#11.辿れるはずのないルート発生
山からの帰還に成功した僕は、村に戻るなり、ミースを探すことに。
幸い、そう掛からず散歩をしていたミースを見つけられた。
「あら、私に何か用?」
(あれっ?)
その脇には、いつものようにいつものスケッチブックが抱えられていた。
僕があの変な鳥から入手したものと同じもの。
「え、えーっと」
「……どうかしたの? 何か用があったんじゃないの?」
最初こそ普通に接してくれたミースだけど、僕の様子がおかしいと見るや、怪訝そうにジト目で見てくる。
ちょっと辛い。出鼻をくじかれてしまった。
「あのさ、ミース、これなんだけど……」
袋からスケッチブックを取り出し、差し出す。
直後だった。
「そ、それ……私のっ」
「えっ……!?」
ミースが抱えていたスケッチブックが突然どこかへ消え去った。
ミースはといえば、僕の持っているスケッチブックに驚いてばかりで、自分の手持ちのが消えたことには気づいていない。
「あの、消え……」
「これって、私が山のふもとで絵を描いてた時に怪鳥に持っていかれたスケッチブックじゃない! どうしてエリク君が?」
「エリク……くん?」
今までにないミースからの呼ばわれ方である。
あれ、今まで「あんた」とか言われてなかったっけ僕。
ステラからは君付で呼ばれてはいたけど、これは予想外の変化というか、謎い。
「えーっと、山に登って、たまたまその鳥を倒した……んだと思う。それで、倒れた鳥から手に入れたんだ」
「そ、そうなの。すごい偶然ね……でも、よく取り戻せたわ。すごいじゃない」
珍しくミースが褒めてくれる。
それはすごく貴重な経験な気がするけど、同時に「褒められるような事したかな?」という奇妙な感覚も覚えてしまう。
突然君付で呼ばれるようになったのもそうだけど、たまたま落としたカレーが元で鳥が死んだだけで、別に攻撃しようとしたわけでもなければ狙って倒した訳でもないのだから。
あれはそう、事故のようなもので。
だけど、それをミースに説明しても仕方ないだろう。
それよりも今は、ミースに説明してほしかったのだ。
「そのスケッチブックだけど……本当にミースのであってる?」
「は……? あってるに決まってるでしょう? いつも私が持ち歩いてるの、貴方だって見覚えくらいあるでしょ?」
「うん、あるね」
君付だけでも違和感すごいのに貴方とか言われた。
ミースの中で一体何が起きたんだろう。
「じゃあ、変な疑い掛ける必要ないじゃない……何がしたいの?」
「いや、念のため持ち主の確認できるかなって、中を見させてもらったから――」
勿論そんなつもりはなくて好奇心から覗いただけだけど、そんなこと口にしたら絶対に怒られるので、それとなく理由付けする。
僕は卑怯な奴だった。ミース限定で。
だけど卑怯の恩恵はあった。
それまで怪訝そうな顔をしていたミースが、急に顔を真っ赤にしてばっ、と、スケッチブックを抱きかかえたのだ。
まるで見られないようにするために守るように。もう見ちゃったのに。
「そこに描かれてる絵って、僕だよね?」
「ち、ちがう……」
「でも、格好が僕っぽいし、描かれてるシーンも農作業とかモンスターと戦ってる所とか……すごく見覚えのある女物の水着着てたりしてたし」
「あーっ、あーっ、言わなくてもいいわよっ! 黙って!!」
流石に隠し通せないと思ったのか、大声で手をぶんぶん振りながら止めようとする。
なので、止める。
「でも、なんで僕を?」
「そ、それは……う、うー……」
ものすごく眼が泳いでいる。何に迷ってるんだろうか?
まあ、別に好奇心以上の理由も特にないし、これ以上追及するのは可哀想だから止めた方がいいだろうか。
そう思いながら思考を巡らせていると、「解ったわよ」と、観念したようにミースが俯いてしまう。
「説明、するわ。でもここじゃ困るから、畑に行きましょ? あそこなら座りながら話せるし」
「ここじゃダメなの?」
「ここじゃ、嫌」
人に聞かれると困る事なのか。
よく解らないが、ミース的にそれは嫌だというならいじわるをするつもりもない。
僕も別に困らないので「解った」と頷き、畑へと向かう。
「――ここならいいかしら、ね」
畑に着くや、ミースはいつもの定位置の柵に腰掛け、おもむろにスケッチブックを開く。
「これはね、パパの小説の挿絵にする為に、スケッチしていたのよ」
「ミースのお父さんの……? そういえば、作家さんなんだっけ?」
「そうよ」
この村での数少ない納税可能な家の一つに、ミースの家が入っていたのを思い出す。
そこそこ売れている作家さんなのだとかで、貴重なこの村での男の人なんだと思うけど、そういえばまだ顔も見たことはなかったな、と気付いた。
まあ、人の父親なんてそんなに会うものじゃないとも思うけど。
「挿絵が付くとね、本の売れ行きが倍増するの。ただ文章しかない本よりも、お客が喜ぶんだって、街の製本所の人が言っていたわ」
「へえ……それじゃ、僕はそのモデルだったって事?」
スケッチブックに余すことなく描かれた少年の絵を見れば、これが僕であろうことは想像に容易いし、きっとそうなんだろうとは思ったけれど。
ミースはどこまでも恥ずかしいのか視線をうろうろさせ、やがてまた観念したように「そうよ」と小さく頷いた。
「大人の男の人はまだ……パパやガンドさんみたいに参考にできる人はいたんだけど、同い年くらいの男の子ってエリク君しかいないから……折角だから、参考にさせてもらったのよ」
参考に、というけど、絵を見ればほとんど僕なのだ。
ものすごく描きこまれた僕っぽい少年。
「何も隠れて描かなくても、頼まれればいくらでもポーズとか取るよ?」
「そ、そういうのはいいのよ! 自然な……あくまで、普通に生きてるエリク君を描きたかったの! わざとらしいポーズとか、いらないの」
「そっか……」
「……でも、その、水着のところは、忘れて」
僕としても忘れたい記憶だった。
だけど、それ以上にあの丸文字の「可愛い♪」が忘れられない。
「ミース的には、僕は、女装が似合う男なんだよね」
「あれは……ううー……だって、すごく可愛かったし。華奢で、大人しい感じがして……」
中々にグサリと来る一言だった。
変な言い訳せずに直球で来られたせいで耐えられない。きつい。
「い、いいじゃない! それだけ顔が中性的ってことなんだから。変に濃い顔とかよりずっといいわよ!」
「嬉しくない……嬉しくないんだよ、それは」
ミース的には褒めてくれてるのかもしれないけど、僕はむしろ濃くてもいいから男らしくありたいのだ。
そう考えると、戦場で行動を共にしていた連中はどれも、むさくるしいくらいに濃かった気がした。
「なによ……顔を褒めたのに嬉しくないって」
「でも、ミースはこういうのが好きなんだよね」
「はあ? べ、別に好きなわけじゃ……」
ハート乱舞だったんだから隠さなくてもいいのに。
僕は女装が似合う男なのだ。
それはもう、受け入れて生きるとしよう。絶対に女装なんてしないけど。
「じゃあどういうのが好きなの?」
「えっ? そ、それは……」
聞き方が変だっただろうか?
さっきとは違う意味で視線を逸らされてるように感じる。
「――エリク君に言えるわけないじゃない! もう、気にしないでよ!!」
ちょっと質問攻めし過ぎただろうか?
ぱたん、とスケッチブックを閉じて、そのままぴゃーっと逃げ出してしまった。
追いかければ追いかけられただろうけれど、突然のことに唖然としてしまって、そのまま見逃してしまう。
「あー……」
気が付けば一人、畑に取り残されていた。
けれど、眼をぎゅっと閉じたまま逃げていったミースの顔は、かなり可愛かった。
胸の高鳴りが強まってゆくのを感じる。
僕は、ミースが気になっているのだろうか……?




