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アイアムバグゲープレイヤー!!  作者: 海蛇
最終章.アイアムバグゲープレイヤー!!(三人称視点)

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ED-3.いつかのために


「――くちゅんっ!!」


 ストロベリィタワーの遥か天上。雲間にて。

薄緑色の四翼を持つ熾天使が、広げた本で口元を抑えるようにしながら、可愛らしいくしゃみをしていた。


「風邪ひいたのー? 随分人間くさくなったねーリーブラ?」


 相対するは、黒色の四翼を持つ熾天使ノア。

突然くしゃみをした同僚を前に、目をぱちくりさせながら能天気な事をのたまう。

それに対し、くしゃみをした当人であるリーブラは唇を尖らせながら不機嫌そうな顔をしていた。


「馬鹿言いなさい。熾天使が病気になんてなるものですか。これは……誰かが噂をしたのよ」

「ああ、世界にある謎機能の一つのあれ? なんで誰かが噂するとランダムでくしゃみするようになるなんてシステム備わってるんだろうねー?」

「そんなの私でも知らない……そんな事よりノア。貴方こんなところで何をやってたの」


 この世界にリーブラが訪れたのは、行方知れずになっていたノアの居場所を、女神メリヴィエールが突き止めたからである。

帰還したメリヴィエールによって居場所を知らされたリーブラは、他の者の言葉では戻りもすまいと判断、自ら帰還を促すために顕現(けんげん)したのだ。


「えー? 私の気に入った主人公が、永久に幸せな人生を送れるように寿(ことほ)ぎのBGMでも流してあげようかにゃ~ってー」

「……聞き方が悪かったわ。貴方、何のためにこんな世界でゲームごっこなんてしてたのよ」

「えー? なんかヴァルキリー様が『あの子』にうつつ抜かしてるの見て『そんなに恋愛って必要な事なのかな?』って思ってたら、メモリアが『そんなに気になるなら間近で観察でもすればいいじゃないですか』って言うからー」

「メモリアの仕業か……あの悪戯っ子め」

「デスちゃんにも何か焚きつけてたよー?」

「デスサイズがいないのもあいつの所為か……だからって安易に乗らないの。貴方がいないと結構大変なんだから」


 諸所の迷惑の元凶を把握し、リーブラは深いため息とともに、ノアを静かに諭した。

諭したのだが……ノアは不満そうに頬を膨らませる。


「なによ?」

「何が大変なのか知らないけど、別にリーブラ一人でなんとかできるでしょう? 私と違って知性全振りなんだからさー」

「馬鹿言わないで頂戴。私は……」

「はいはい、いつもの制約がー、でしょう? 私より身軽なんだから、もっと自由に動けばいいのに。なんでそうしないんだか」


 ずるいよねぇ、と、自分より大分スマートなリーブラを見やり、つまらなさそうに視線を逸らす。


「……そうよ。私は、動けようと動いてはいけないの。私だけではないわ。貴方達全員が、役目を果たさないと……いつか誰かに怒られちゃうんだから」

「私達に怒れる存在なんて誰もいないでしょうに。何をそんなに気にしてるんだか」

「ノア。自分が自在に動けるからと、皆が皆そうなのだと思い込むのは、思慮が足りていないわ」

「それは自分から動かない負け犬の考えだと思うなあ。リーブラはなんでそんなに負け犬になりたがってるのさ。動けば勝てるのに?」


 目を細め、手を平げながら。

けれど、その瞳はリーブラを優しくは見ていなかった。

そんなノアの様子に違和感を覚えながら、「仕方ない娘ね」と、リーブラは大きくため息をつく。


「勝ち負けの話なんてしていないわ……貴方、本当にノア? 随分と小賢しくなったように思えるわ」

「えー? そんなことないよ。私は私。でもそうだなあ……短い間だけど人間のフリをしていたから、そんな感じになったのかも。人間臭くなると、賢く見えるのかな?」

「……はあ。仮にもパンドラに並ぶ美しい存在が、人間に肩入れするとこうも醜悪な精神を持ってしまうとは。愚かでも清らかなままの貴方の方がよかったわ、ノア」

「醜悪とか愚かとか言いたい放題過ぎない?」


 流石にそれは怒るよ、と、大きく翼をホバリングさせる。

強烈な突風が吹くが、それでリーブラの服や髪が揺れることはなかった。


「私からすれば、リーブラ、貴方の方が変わったように思えるんだけど? もうちょっとニュートラルじゃなかった?」

「私はいつだって中立よ」

「そうそう、そんな感じ。私が人間に肩入れしたからって、別に気にするような人じゃなかったでしょ?」

「人間がどうなろうとどうでもいいのよ私は。でも、熾天使の貴方がそれに影響され狂わされたとなれば、それは看過できないわ」

「私、狂気に染まっちゃってたかー」


 それは困っちゃうなー、と、道化のように手を広げ首をフリフリ。

けれど、すぐに真面目な表情になっていた。


「ねえリーブラ? 私、流石に気に入ってる人たちをバカにされると怒るよ?」

「怒ったらどうするの? 私と戦うつもり? 止めておきなさい。無意味だわ」

「そうだよねー、戦闘になんてならないよ。リーブラじゃ、私一人にすら勝てないもんね」

「そうよ。私はとてもか弱いの。おかげでパトリオットの暴走も止められなかったわ。パンドラといい貴方といい、なんでか弱い私を一人残して好き放題するのかしらね?」


 困ってしまうわよね、と、眉一つ動かさずに皮肉に皮肉で返す。


「……解ってるわよ。でも、気になっちゃったんだもの」

「似たような返答、ヴァルキリーからも言われた気がするわ。後先考えずに、ホントに貴方達ときたら」

「……」

「まあいいわ。一度神界に戻って頂戴。今のままだと、パンドラが壊れかねないから」

「えっ、姉様が? なんでまた……」


 唐突に姉の名前が出て、ノアは眼をぱちくり。

一時の不穏な雰囲気など消し飛び、注意がそちらに向いてしまっていた。


「あの娘、人間の男になんて懸想して――ちょっと会えないだけでメンタルのブレ幅が凄いことになってるから、定期的に解放してあげなきゃいけなくなっちゃったのよ」

「あちゃー……姉様、彼氏に依存するタイプだったかー」

「そんな訳だから、代役勤められるの貴方くらいなんだから変わってあげて頂戴。私じゃなく、貴方の姉様の代わりなら、問題ない訳でしょ?」

「うーん、それならまあ……はぁ、仕方ないにゃぁ。姉様の為なら――」


 大事な大事な姉のする事。

流石にそれを盾にされれば跳ねのける訳にもいかず、ノアはため息とともに下界を見やる。


「――じゃあ、最後に一曲だけ」

「何時間の?」

「ほんの二百五十時間だけー」

「長すぎる。三分以内に収めなさい」

「えー、仕方ないなー」


 リーブラはほんと短気なんだから、とブーたれながら、ノアは自らの手に楽器を展開し。

そうして、演奏を始める。

聞きなれない曲に、リーブラは首を傾げ、ノアに問う。


「なんて曲なのよ」

「えっ? うーん、そうだなあ……『アイアムバグゲープレイヤー!!』」




 希望に満ちたバイオリンの音色に始まり、様々な楽器の音が、祝福の波となり世界に広がってゆく。

愛に満ちたこの世界に、様々な繁栄を促すために。

美しく彩られてゆく全てを、優しく包み込むかのように。


「――綺麗な音色ですわ。ノア様かしら?」

「あ……そう、かもしれませんね。とても強い、神聖な力を感じます」


 代官屋敷にて。

その音色に耳を癒されていた者達がいた。

代官令嬢クレアモラと、その友人メリヴィエールである。

傍には、大きなトランクが一つだけ。


「生きていて、こんなに素晴らしい演奏を聞けるなんて。ふふっ、なんだかんだ、悪くない人生ですわ」

「……そう、ですね」


 綺麗に音色に機嫌よさげに微笑むクレアモラに対し、メルヴィエールは不安そうであった。


「あの、クレアモラさん……本当にいいんですか? こんな、勝手に居なくなるような事をして」

「あら? 心配してくださいますの?」

「それは……だって、この世界にも、未練はあるんじゃないんですか?」


 不安そうなメリヴィエールの言葉に、クレアモラは「うーん」と、一旦は考える様に視線を逸らし、やがてまた、勝気な笑顔を見せる。


「問題ありませんわ! 領主様とお父様がお戻りになって、代官としての私の役目も終わりましたし……お父様のお仕事を奪う訳にもいきませんもの」

「だからって、異世界に旅立つのは突飛すぎませんか?」

「そうかもしれませんわ。でも、必要な事だと思いますの」


 空から舞い降りる音符の雨。

キラキラと輝く視覚化された音達が、まるで雪のようにふわふわとクレアモラ達の元に降り立ってくる。

手でそれを受け止めれば、じんわりと溶け、温かな気持ちにさせてくれた。


「私は、もっとエリクさんの役に立ちたいですわ。『同志』ですから。でも、今のままではいけませんから」

「……」

「この世界にいては、きっとエリクさんに頼ってしまいますわ。そうじゃなくても、きっとエリクさんと肩を並べられるほど強くはなれません。ですから――」

「戦う形でなくても、助けることはできると思いますが……」

「――そういうのはきっと、他の娘達の役目ですわ。私、ロゼッタほどお裁縫が上手ではありませんし、ステラほど要領よく立ち回れませんし、アーシーほど指導力がある訳でも、シスターほど慈愛に満ちている訳でもありません。ミースほど可愛い女の子になれる訳でもありませんわ」


 それくらいは解ってますのよ、と、静かに呟き。

そして、腰に腕を当て、大きく胸を張った。

すう、と、大きく息を吸い込み。


「――でも! 私は行動力だけなら誰にだって負けないと思いますわ!!」


 それだけが強みですから、と、ドヤ顔で。

そう、自信に満ちた顔でメリヴィエールに笑ってみせたのだ。


「ですから! いつかどこかの世界で、必ずやエリクさんに追いつき、その力になれるように成長してみせますわ! 例え、人でなくなったとしても!!」

「いや、人間はやめないでくださいよ……」

「モノのたとえですわ!! さあ、メリヴィエール、私を連れていってくださいまし!! 貴方だけが頼りですのよ!!」

「解りましたよもう……」


 こんな事の為に呼び出されるなんて、と、深いため息とともにメリヴィエールは胸の前で手を組むのだ。


「帰還した後、女神像から何度も私を呼び出す祈りが聞こえて……何事かと思ったらこれなんて」

「流石に私も『界渡り』の方法までは知りませんでしたから! さあ、お喋りはここまでですわ」

「はいはい……でも、こんな事はもう、二度はできませんからね? 帰りたくなっても、自力で戻ってくださいよ?」

「当たり前ですわ! 友人だからと神様を都合よくこき使うなんて考え、私にはございません! メリヴィエールこそ、困っていたら私を呼んで下さいましね!!」


 相変わらずのテンション。

美しい光景が広がっている夜景の中、世界から旅立つには少しばかり賑やか過ぎたが……「それくらいの方が寂しくなくていいかも」と、メリヴィエールは次第に、ポジティブに考えられるようになっていった。


「さあ、ターニットに満ちた希望の世界へ、私を誘いなさい!!」

「行先限定されるような希望唐突に出すのやめてくださいよーっ」


 祝福の夜空に、姦しい娘達の声が響き。

ほどなく、旅立っていった。


これでこのお話は終わりとなります。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

また他のお話を書くこともあると思いますので、どうぞその際にはよろしくお願いいたします。

では、またいずれ。

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