#5.レーズン=アルトリオンとの戦いにて
レーズンが塔に到着するのに、そう時間はかからなかった。
エリク達が到着して、五分と経たずに、レーズンは内部に侵入。
そのまま、エリク達の前に現れる。
「――もうちょっとくらい時間をくれてもいいと思うんですけど」
「私は面倒くさくなったらさっさと片づけたいタイプなの」
「なんとなくそんな気はしましたけど……」
ジト目のまま、小さく息をつき、周囲を見渡す。
その眼前には空間が――果てしなく広がっていた。
「塔の内部空間を弄ったのね。でも、流石に時間は足りなかったか。空間だけ広くしたところで、肝心の自分たちがここを離れられなくちゃ、足止めもできやしないわ」
「解りますか」
アリスを背に隠すようにして立つエリクは、けれど恐れを知らぬかのように目の前の『魔王』と対峙する。
敵意を感じ、レーズンもわずかばかり眉間に皺が寄る。
けれど、すぐには攻撃には出ず、まずは、とばかりに手を広げた。
「……エリクさん。最後通告よ。アリスを手放して村に戻りなさい。今なら見なかったことにできる。私と戦う必要なんてないはずよ」
けれど、エリクは傲岸不遜に口元を歪めていた。
「レーズンさんにはなくても、僕には戦う必要があるんです。だってレーズンさん、アリスを殺そうとしている」
「当然よ」
「僕のヒロインに手を出すなら、貴方は僕の敵だ」
「……はぁ」
解っていた。
けれど、それでも手を出したくなかった。
深いため息。レーズンはエリクをにらみつける。
「解っているの?」
「解らないですよ」
「言葉遊びをしてる訳ではないわ」
「でしょうね」
「私と対峙するという事が、どういう事なのか解ってるのかと聞いてるのよ?」
「死ぬかもしれませんね」
「そうよ」
それでも尚か、と、その覚悟を問い。
エリクは「解ってますよ」と、尚も笑う。
それで以てもう、レーズンは「確認は取ったからね」と、諦めることにした。
――引き下がってくれないのならば仕方がない。
ならば、目の前のこれは、敵である。
時間を停止して、肉薄し顔面を殴りつける。
それだけでもう終わる。エリクは所詮人間である。
「――っ、これ、は」
しかし、違和感を覚えた。
時間を停止させようとして、それができない。
何が起きたのか察して、目の前の相手の顔を見る。笑っていた。
少年が、楽しそうに笑っていたのだ。
「この空間にいる間は、時間操作はできませんよ、レーズンさん」
手を広げ、レーズンを見るエリクは……ここに唯一の勝機を認識した。
「アリスの拠点の優位点を利用して、私に罠を張ったのか……やるじゃない」
「それはどうも」
時間操作のはく奪。
これは、現在認識している中でレーズンの最大の有意点を無力化させ、同じ土俵での勝負に引きずり込む為、どうしても必要な事だった。
けれど、アリスがレーズンを恐れ、また仮に封印できても即逃げに入られる恐れのある場所では、仮に時間操作を封印しても逃亡からの自力解除で対処法を編み出される可能性がどうしてもあった。
だが、この塔ならば、アリスが最も得意とするこの空間ならば、レーズンを罠にハメることは容易なのではないかと、エリクは考えたのだ。
幸いにしてノアが足止めしてくれたおかげで、その罠を張るだけの時間が稼げた。
その成果が、目の前にあったのだ。
「この広い空間は、足止めの為に用意したんじゃないんですよ」
「……なんですって?」
「僕は、この世界の多くの人たちと交流を結び、沢山の人たちと仲良くなりました」
広げた手を振りながら。
エリクは不敵な笑みを浮かべ、やがて右手を高く掲げる。
「僕の力は、沢山の人たちとの交流の力。結ばれたヒロインとの絆の力」
やがてその拳には、光が溢れてゆく。
光に呼応し、一つ、また一つ、塔の外から謎の光が溢れ――やがてそれが人の形になっていった。
「――僕の仲間たちと、僕のヒロインたちが、僕の最大の力なんだ!!」
一人一人が、レーズンには見覚えのある顔だった。
最初に揃ったのは、ラグナの村でエリクと結ばれていた娘達。
そして次第に、村人たちが、騎士達が、様々な人たちがそこに結集してゆく。
「……驚いた」
瞬く間に、その数は膨大なものとなっていった。
目の前に広がる広大な空間、その遠方に至るまで、ヒトで埋め尽くされていった。
いいや、人間ばかりではない。魔物もいる。
「これ全部、エリクさんと同期しているのね。レベルも強さも全部」
「そうです。そうしました」
「こんなのなんでもありじゃない。ずるいわ」
酷い人、と、口元を歪め、レーズンは拳に力を入れる。
「全員――」
「これだけの人数をそろえれば、私に拮抗すると、そう思った訳ね」
「――攻撃開始だっ」
エリクの声と共に、彼の軍勢は前に突き進む。
入れ替わりに後方に下がるエリクとアリス。
前に立つレーズンは……小さく息を吐き、ぽそり、呟く。
「――その思い上がりを、正してやらないと」
目に広がる範囲で沢山の人間たちが、仲間になった魔物たちが、レーズンに襲い掛かった。
皆手に持った武器を使い、あるいは魔法を放ち。
ただ一人の相手に対し、一斉攻撃をかける。
時間操作を封じられたレーズンは、これを直接戦闘で以てどうにかするしかない。
人間である以上、少なからず消耗するはず。
そう、人間なのだから。
そうエリクは考えた。
少しでも消耗してくれれば、少しでも勝ち筋が見えれば。
勿論、ただ傍観しているばかりではない。
「――魔法で弾幕を形成! 視界をふさぐんだ!!」
後方で指示を飛ばしながら、自身も魔法を放つ。
時間操作を封じられて尚、軍勢と真っ向からぶつかり合うレーズンに、油断などできるはずもなかった。
一人、また二人、どんどんと吹っ飛ばされてゆく。
レーズンは、魔法なんて使ってこない。
他には何も知らぬとばかりに、ただ暴力で以て前に突き進んでくる。
「エリク君、レーズンを相手にするなら、波状攻撃しかないわ! 少しでも消耗させて、気絶狙いで!」
「前衛は腕や足よりも頭を狙うんだ! 上手くダウンを狙っていけ!!」
アリスのアドバイスを受け、動きに修正を加えつつ。
どれだけ離れても構わず突っ込んでくるレーズンを前に、エリクは、その突破力を目の当たりにし、素直に「すごいな」と驚嘆していた。
(これだけの人数相手でも全く足止めにならないぞ。バケツ騎士やシギーだっているのに、全く有効打が通ってない……)
塔での、アリスの不意打ちがどれだけ奇跡的なタイミングだったのか、というのが解るくらいには、レーズンには隙が無かった。
周囲を取り囲み、一斉に襲い掛かっているはずなのに、その手を、足を、止める事すらできやしない。
アドバイス通りに気絶狙いの攻撃をさせても、そもそも攻撃した時にはもうその場にはおらず、攻撃した者達が吹っ飛ばされているのだ。
時間を操作させていないはずなのに、空間転移まがいの速度で移動し、突っ込んでくる。
その速度から来る破壊力だけで、集団が吹っ飛ばされる。
拳を溜め、振りかぶったなら、その拳が誰を狙ったなどと関係なく、正面にいた数十人が一まとめに片づけられてしまう。
回し蹴りなどしようものなら、全方位にいる仲間たちが一息に沈められていくのだ。
そうして、レーズン自身は全く消耗した様子がない。
「うぁぁぁぁ、相変わらずの化け物っぷりだわ……ゲーム内効果と塔の効果で大幅に弱体化してるはずなのに、なんでこんな――」
更にアリスがまた怖がり始めてしまっている。
このままではいけない、と、エリクは双剣を手に、一歩前に進み出た。
「戦うよ。アリスも手伝って」
「前に出るの? もっと時間をかけた方が……」
「違うよアリス。時間を掛ければ掛けただけ、レーズンさんに有利になる」
時間稼ぎなどという状況ではないのだ。
時間が経過し、レーズンがこの状況に慣れてしまえば、封印すら自力解除されかねない。
黙って事の成り行きを見守るような余裕なんてないのだ。
人数的に分がある今の内しか、エリクには勝機は見いだせないのだから。
「……エリク君が、戦うなら」
怖がっているのは、実際にその脅威を身体で思い知らされているから。
それでも尚立ち上がれるのは、愛する主人公が求めてくれるから。
アリスは自分の内に、信じられないくらいに強い戦意が沸き上がってくるのを感じ、「これはなんなんだろうね」と、不思議な気持ちになっていた。
怖いはずの相手なのに、問題なくなっていた。
「皆も、手伝ってね」
エリクの周りには、ヒロインたちが集まっていた。
「回復は任せて! 皆のサポート頑張るから!」
ロゼッタは心強く隣に立っていた。
「……ま、エリク君が戦うなら、手伝うわよ。私だって」
ミースは相変わらず素直ではなかった。
「ふふーん、任せて頂戴よ! 前衛は私とシスカちゃんで頑張るからさー!」
ステラは珍しくやる気に満ちていた。
「お、お兄さんがやるなら、私も頑張ります……!」
シスカは既に戦闘モードに移行していた。
「後方火力はお任せあれ!! バシバシ撃っていきますわー!!」
クレアモラは相変わらずハイテンションに魔法を展開させ始める。
「全員の武器を強化しますよ! 修理もお任せください!!」
ミライドはその武器強化スキルで全員の戦闘能力を跳ね上げさせた。
「エリクさんが沢山の他の女性と……憎い憎い憎い……はっ、し、支援をいたしますねっ!」
セリカはネクロマンサーになりかけ。
「えっ、えっと、私はっ、私は何をしたら……そ、そうだっ、エリクさんの代わりに皆さんの指揮を執りますねっ、がんばれーっ!!」
そしてアーシーは……一人戦う術を持たずあたふたしていた。
全員登場にはまだ足りないが、それでも、エリクの考える最高のメンバーがそこにいた。
そう、彼女たちがそこにいれば負けない。
彼女たちの前で、無様に負けるわけにはいかないのだから。
「行くよっ、レーズンさん!!」
エリクは、駆けた。




