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アイアムバグゲープレイヤー!!  作者: 海蛇
十六章.『酷薄水晶』

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#9.時を稼ぐ者達


 アリスと話し合う、という方向で話をまとめようとすると、やはり問題になるのは、今のアリスの気分の問題と、アリスと僕の力の差だった。

ノア様の繁栄の力のおかげで住民を増やして育てた分だけ僕の力は増しているけれど、それでもアリスには全く届いていない、というのが実情らしいから、今のままでは難しいのだろう。

では、また鍛えるのか。さらに増やし続けなければならないのか。

だが、穏やかだった時のアリスならともかく、今のアリスは気分で世界そのものをダメにしてしまう可能性がある。

そんな時間は存在しないだろう、というのがノア様、ドクさん、そしてミルフィーユさんの共通の見解だった。


「結局この問題をなんとかできないと、どこまでいっても土壇場で押し込まれちまうんだよな。どうしたもんか。ノアちゃんなんとかできねえか?」

「うーん、流石に私もこれ以上の力の貸与はできないよ? エリク君はどこまでいっても人間だから、それ以上の力なんて与えたらエリク君自身が破綻しちゃうし……」

「エリクには強くなって欲しいけれど、それでエリクが壊れちゃうのは困るの……」


 困った困った、と、皆して腕を組んでうんうん唸る。

いや、無茶な事を話してるのは解ってるのだ。

こうなる前の段階で、ドクさん達を解放するように説得するのとは訳が違う。

今回は、場合によっては僕自身が消されてしまう可能性すらあるのではないかと、そんな気すらするのだから。

今はまだアリスの殺意は僕に向いていないのかもしれないけれど、いつ、ドクさん達に向けられた殺意が僕に向けられるのか、解らない。


 どうしたものかとひとしきり困っていると、そろそろと、ミルフィーユさんが細腕をあげる。

少し迷ったような顔で。


「……もしかしたら、私なら、お力になれるかもしれません」

「ミリィ? 力になれるっていうのは?」

「ブルーベリータワーにタカシさん達が捕らえられているのを確認した際に、私、魔法で戦えてたんですよ。タカシさんも感覚的に解ってるかもしれませんが、今のこの世界、私たちの知るゲーム世界と同じ感覚で魔法や奇跡が行使できるみたいで……」

「あー……やたら『コマンド』の通りがいいのはその所為か。いや、確かに他の世界と比べて変わってるなーとは思ってたが……」

「同じ感覚で使えますから、タカシさんも多分奇跡を……」


 二人が何の話をしているのかが今一解らないけれど、塔の前でミルフィーユさんが使っていた強力な魔法の数々。

あれに関わる事なんだと思う。

つまり、ドクさんも同じように戦える……?


「まあ、そうは言っても俺がゲームと全く同じように戦えるとしても、せいぜいが人間一人分の戦力増だ。俺は対人戦なら誰にだって負ける気はせんが、流石に『魔王』相手は勝算どころか生存の可能性すら見出せそうにないぜ?」


 正直ドクさんは顔こそ威圧感があるもののそこまで飛びぬけて筋肉質だとか、怪力がありそうだとか思えないから、そんなに強そうには見えないのだけれど。

それでも対人で負けないと言い切れるのはかなりの自信だ。

ミルフィーユさんだって強いのだから、ゲーム世界とやらでは相当な腕利きなのだろうか?

そんな人でもこの状況下ではどうにもならないらしいのが悲しいけれど、ミルフィーユさんは「いいえ」と首を振る。


「エリクさんを育てることはできますよね? 私も、ゲーム世界なら伝えられることがあると思って」

「ああ……それもそうか。俺たちの知ってる技術を少年に教えることは可能か」

「私がゲーム世界で覚えた事……この中に、逆転の可能性を見出せそうなものがあったので、試せればと」

「なるほどな。ならば、俺は――」


――わずかな光明が見えた気がした。

けれど、次の瞬間、僕達のいる『空間』が、激しく揺れる。

ドカ、と、何かに叩きつけられるような音が鳴り響きながら。


「あー……私の作った隔離空間、攻撃されちゃってるね」


 視線だけを上に向けながら、ノア様がぽつり、呟く。

振動と音の元凶は、やはりアリスだった。


「容赦ねえな。ちょっとしたお喋りもできやしねえのか」

「ノアさん、この空間はどれくらい保つんですか?」

「えー? 無理無理、今のアリスがまともに攻撃仕掛けてきたら、一時間も保たずに壊れちゃうよ。空間耐性がない人は壊れたら強制的に壊れた空間に飲み込まれて死んじゃうから、その前に別の空間に逃げた方がいいよー?」


 中々にシャレにならない状況らしい。

他に逃げるにしても、思い当たるのは他には一か所くらいしかないけれど。

その一か所を知るミルフィーユさんは、蒼白になりながら首を横に振る。


「異空間を作る、というのは相当高度な技術ですから、私達でもそう簡単には……こうなると、私の『カウンセリングルーム』もアリスさんから目を付けられているでしょうし……」

「ま、一時間程度で作るのは無茶だわな。こういう時レーズンがいれば全く違ったんだが……」

「時間と時空のプロだからねえ。相変わらず肝心な時には役に立たないナンバー2だにゃぁ」


 こういう時に役に立つ人だったのかレーズンさん。

こういう時にいないのはほんとに残念な人だなレーズンさん。

僕の中のレーズンさんという人がどんどんアレな人になっていくのはなんでだろうか?

ミステリアスな近隣の村のお姉さんだったのに……


「――仕方ないなあ。じゃあ、私が時間を稼いであげよう」


 一時間というタイムリミットだけでは流石にどうにもならない、という中で、ノア様がとことことどこぞへと歩いてゆく。


「時間稼ぎって。あんたでもあのアリスはやばいんじゃないのか? いくら熾天使っつっても――」

「まあ、正面対決なんてしたら力負けしちゃうけどねぇ。でもほら、私って戦うのが本質じゃないっていうかー? 私の本分は楽器(こっち)だからー」


 振り向いて、にっこにこの笑顔でもってどこからか取り出した楽器を見せる。

あれは……いつかの戦場で見た気がする。

木の板に糸を張り付けたような奴。名前は何と言ったか……


「バイオリンか。パンドラは歌だったが、あんたは楽器の方が強みがあるんだったな」

「そゆことー♪ この演奏だけは、誰にだって負ける気はしないよぉ?」


 ぎぃ、と指先で糸をこする様にして音を鳴らす。

それだけでもう、耳が心地よくなってしまった。


「良い音色……」

「平和な時に聞きたいですね」

「ふふんそうでしょうそうでしょう♪ 熾天使ノア様のミュージカルライブなんて開いちゃった日にはもう、その世界が天上に染まっちゃうんだからね♪ んじゃ、ちょっと行ってくるね」


 私ならきっと大丈夫、なんて呟きながら。

ノア様は手をあげ、また歩き出す。

なんとなく、このまま行かせてはいけない気がしたけれど。

それでも、今は送り出すしかできないというのか。


「……解せねえな」


 けれど、ドクさんはため息交じりにその後ろ姿に声をあげる。

呟きなんかじゃない。ノア様に向けて言ったのだ。

それは、あたかも止めようとして言っているようで。


「俺やミリィは生き残るために協力せざるを得ないって感じだが、あんたはその気になればこんな状況、一人で逃げる事だって、アリス側について無事やり過ごすことだってできるだろうに。なんでそんなにこの少年に肩入れするんだ?」


 それは、僕が今まで思っても居なかった事で。

けれど、言われてみれば確かに、不思議に感じる事ではあった。

気に入られている、というだけでここまでしてくれる。

それは、本来とても稀有な事のはずなのに。


 ぴたり、足を止めたノア様は、今度は顔を見せず、そのままだった。

ただ、ふわ、と、(あで)やかな黒色の翼が一揺れする。


「――あのね。私はエリク君の事は可愛いなあと思ってるけど。一番好きなのは、人間なんだよ。頑張ってる人間。一生懸命生き抜く人間が好き。悪いことを考えず、ずるいことをせずに、ただただ生きるためだけに、繁栄しようともがく人間が大好き」


 その声は、今までのどのノア様の声よりも静かで。

それでいて、威厳に満ちた、そう、『熾天使』という存在らしい、とても(おごそ)かなものだった。


「今まで『魔王』の都合で、沢山の人間がね、意味もなく死んでいくのを何度も見たよ? それは仕方ない事なのかなあって思いながら、それでも嫌だなあって感じながら今まで気にしないようにしてたの。似たような事は、レゼボアにもあったよね?」

「……まあ、な」

「ええ、ありましたね」


 他でもなく私達も死にましたし、と、神妙な顔で頷きながらつぶやくミルフィーユさん。

ドクさんも頷く。


「姉様はそういうの絶対許せないし嫌って言う人だから、大半の『魔王』は嫌いだったの。私達には弟みたいに可愛がってた子もいたけれど、その子もやっぱり『魔王』らしく人間の事なんて何とも思ってない、平気で人類滅ぼしちゃう子だったし。内心では怖がってたんだよね」


 威厳を感じたのは一瞬だけ。

すぐに元の砕けた口調に戻るけれど、それでもその言葉は、茶化してはいけない、とても重苦しい事なのだと、言ってる事の本質が解らなくてもそう感じさせられるような、そんな言葉だった。


「私も、繁栄する為に頑張ってる人間を、平気で殺せちゃうメンタル持ってる相手は嫌なんだよね。エリク君が頑張って増やして頑張って育てた人たちを、こんな事で台無しにされるとか、ちょっと許せなくて」


 またふわりと翼が揺れる。

そうかと思えば、ノア様は振り向いて、満面の笑みを見せてくれた。


「――だから、ちょっと『演奏』してくるね♪」


 とても柔らかな、美しいと感じさせられる笑顔だった。

けれど、その柔和なはずの笑顔が、何故かとても恐ろしいもののようにも思えた。

とてつもない力を内包しているような、すさまじいもののような。

ぞわ、と、背筋が(あわ)立っていた。腕が、震える。


「ははっ」


 そんなノア様を前に、ドクさんは笑っていた。

この人には恐怖の感情は備わっていないのか。

思えばアリスを前にしても怯えた様子すらなかったし、そういうメンタルの人だとでもいうのか。

ある意味この人の方が怖い気がする。


「だったら俺は、付け焼刃の技術を教えるよりも、起死回生の手段でも考えてみるかね。少年に全部押し付けるってのも気分が悪いし、な!」


 そうかと思えば、妙な事を口走りながらノア様に並んでいくのだ。

本当にこの人は、読めない。


「タカシさん……?」

「ミリィ。君が少年に教えたいっていうのは、『レプレキア』だろう? なら、必要なのは時間と、少年が心穏やかに居る事のはずだ」

「……そう、ですね。あれは、身体的な技術ではなく、心の在り様、考え方ですから」

「なら、その為に必要なのは君と……少年の大事な大事なロゼッタ嬢だな。二人でなんとか彼に『心剣』を体得させてやってくれ」


 任せたぜ、と、にかりと笑いながらノア様の肩をポン、と叩く。

とても気軽だ。まるで百年来の親友と並ぶかのような気軽さだ。

そんな気軽さで、ドクさんはその隣に並んだのだ。


「……死ぬ気ですか?」

「死ぬ気はないぜ? なんだ少年、俺を信じられないのか?」

「信じられない事ばかりしてる人だなあと思いましたよ」

「ははは! まあ、ゲーム世界だとそんな感じだったな。これでも普通に暮らしてる分には堅実な科学教師だったんだぜ?」

「教師……?」

「先生だったって事だ! ま、そんな事はどうでもいい。今重要なのは、どう生き抜くだ。なあ、ノアちゃん?」


 ドクさんは相変わらず気安い感じだけれど。

でも、やれる事をやる、そういう人だと思えた。

思えば捕まっていた時も、この人は何せず救出を待つような人ではなかった。

不意に、ロゼッタに裾を引っ張られる。


「……あのね、エリク。この人なら、大丈夫だと思うの。私も、この人のおかげで救われたから……」


 最愛のヒロインがそう言うのだ。

その信頼を笑う訳にもいかないだろう。


「解りました。でも、何をするつもりなんですか?」

「貴重な情報をアリスご本人から頂いたからな。ちょっとした嫌がらせ(・・・・・・・・・・)をしてやろうかと」

「……?」


 聞いた上でもよく解らない。

けれど自信満々だ。この自信の根拠は何なのか。

何故この人はこんなにも胸を張れるのか。

不安という言葉は存在しないのか。

とても尊大なように思えた。けれど。

けれど、彼はきっとやるのだろうと、不思議と笑って送り出せる。

妙な信頼感のある人だった。

全く以て、不思議だった。


「……また」

「ああ、またな! 次は酒でも飲みながら語り合おう!」

「その時は私の演奏も聞かせてあげるねー♪」


 なんてひどい会話だと笑いながら、僕は二人を見送った。

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