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アイアムバグゲープレイヤー!!  作者: 海蛇
十六章.『酷薄水晶』

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#7.助け出された者達


――ロイズは囚われていて、アリスはその力を得ていたんだ!


 そう伝えたかった。

レーズンさんは完全に意識をアリスから逸らし、僕の方を見ていた。

けれど、僕には一瞬だけ、感じ取れたんだ。

拭いきれない、何か怖いモノが迫っているような感覚が。

「レーズンさんっ!」

「……? っ!?」


 僕の声がそれまでの展開にあまりに不釣り合いだったからか、不思議そうに首をかしげてしまうレーズンさん。

すぐに、何かがおかしいと察知してくれたようだったけれど――


『――ブロークン・スタイナー!!』

「なっ――がふっ!?」


 レーズンさんの意識が僕に向いていたからか。

突然真横から現れた、ロイズ……の格好をしたアリスの不意打ちは。とても鮮やかで。

身長大の巨大なハンマーを大きく振りかぶっての一撃を頭部に受け、レーズンさんは……ぱたり、倒れ込んだ。


「――ふん。こんなもんじゃ死にはしないでしょうね。ハーニュート人は殺しても死なないもの。人の事を化け物扱いしておいて、自分だって人間って言う種族の化け物の癖に」


 そのまま意識を失ったレーズンさんをブーツで踏みつけ、にじり、アリスは冷淡な視線をひとしきり向けた後、今度はドクさんの方を向く。


「次は、貴方よ?」

「そのようだなあ。こんなところで勝ち誇ってる場合じゃなかったか」


 参っちまったぜ、と、余裕ぶるドクさん。

さっきから何か調子のいい事ばかり言っていたように思えたけれど、何か手でもあるのか。

また、僕の方をちらりと見る。


「あんた、『魔王』ロイズの格好をしてるが……アーリィだよなあ?」

「そうよ? だから何?」

「今更だけどさ……ロイズの方はどうなったのさ?」

「聞いても仕方ないでしょう? 貴方はもう終わりよ?」

「世の中には冥途の土産という言葉もある」

「貴方の魂はあの世になんていけないわ。永遠にこの世界で苦しみ続けるのよ?」


 レーズンさんにやられるまでとは打って変わって、こっちのアリスの言葉は抑揚のない、感情を感じさせないものだった。

言ってる事こそさっきまでとそんなに違いないけれど、さっきまでよりも冷たく、怖く感じる。

そんな、見ているだけで恐ろしい相手に、ドクさんは……「参っちまったぜ」と、後頭部を掻いて苦笑いしていた。


「それでも、最後の慈悲って奴で教えてくれよ? 『魔王』ロイズはどこ(・・)に? 俺はこの塔にいるもんだと思ったけど、その身体、この塔に封印されてたロイズの身体だよな?」

「ロイズのコアはマップの隅っこに封印したわ。これで満足? じゃあ諦めなさい?」

「マップの隅っこか……つまり、海の先」

「……いい加減にしなさい。それを知って――」


 そこまで聞いて、ドクさんは笑っていた。

そう、笑っていたのだ。そして僕を見ていた。

元からこの情報を聞き出す為だけに、わざわざ残ったという事か。


「――だとよ、少年!」

「それを僕に報せてどうしろっていうのさっ」

「きゃっ!?」


 ドクさんの言葉は僕に向けて。

それはあたかも「走れ」と言われたかのようで。

僕は、目の前のポータルに飛び込んでゆく。

胸に、ロゼッタを抱えたまま。


「エリク君……? あっ、ポータ――あぁっ!? しまったぁっ!!」


 後ろから聞こえてくるアリスの声は何を示すのか。

どうにも僕に向けられたものではなかったようだけれど……そのまま、塔の外へ出た僕は、ロゼッタを抱きかかえたまま、村へと走り出した。




「――ふぅ、とりあえず、村にはついた、か」


 真っ暗だった。

いつの間にか夜になっていたらしい。

おかげで村には誰もいなかった。居たら騒ぎになっていただろうか?


「エリク……無理せずに、降ろしてくれてもよかったのに」

「そうはいかないよ。ロゼッタは、ずっと捕まってたんだから」


――何十年も。

普通に考えたらおかしな事になってそうだけれど、ロゼッタは結構無事なようだった。

夢で見たけれど、ドクさんがどこかから取り出した食事や飲み物のおかげで、餓死するという事はないらしい。

いや、そもそも……僕らがそれで死ぬのかも謎だけれど。


「でも、これからどうしたら……アリスを怒らせちゃったから、このままだとロゼッタが――」

「あ、あの……なんであんなことになってたのか解らないけれど、もし、エリクが大変なようなら……」


 その先は、言わせたくなかった。

見捨ててとか、そんなような事を言おうとしたんだと思ったから。

抱きしめていた手をロゼッタの背中に回し、唇へ唇を重ねる。


「んむっ……」

「……僕が、守るから」


 これ以上、アリスの好きにさせたくなかった。

僕の腕の中のロゼッタは、とてもか弱くて、そして……震えていたから。

あんな意味の解らない展開の中、一人だけ普通の女の子なのだ。

混乱しているのもわかるし、落ち着かせたかった。


「う、ん……よかった。また、エリクと会えて」

「うん」


 また会えたのだ。

こうしてまた、抱きしめられた。キスもできた。

僕の、ヒロインと。


「私ね、私……エリクの事、ずっと、信じてた」

「うん」

「きっといつか助けに来てくれるって……それでも、それでも、心細くて、つらくて……訳が分かんなくて、頭の中がぐしゃぐしゃになってしまったようで……」

「うん」

「ずっと、ずっと悲しかったの。なんで会えないのか解らなくて……エリクだけじゃないわ、ミースやステラとだって、ずっと会えてなかったのよ?」

「もう、大丈夫だよ」


 何も大丈夫じゃないけれど、でも、安心させてやりたかった。

これから先どうなるのかなんて、僕にだって解らない。

レーズンさんが倒されて、ドクさんは……どうなったのか。




「……塔が」

「うん?」


 しばらくして落ち着いたのか、ロゼッタは顔をあげてくれるようになったけれど。

顔をあげたロゼッタが最初に声に出したのは、僕が背を向けていた、あの塔だった。

村外れからも見える、ブルーベリータワー。

その塔が、ガラガラと崩れ始めていった。

遠目でも、真っ暗な中でも解る。

塔が、上から下へと崩壊してゆく。

まるで主を失くしたかのような――


「――はいっ、感傷にふけってる所ごめんねぇっ」

「えっ――おわっ!?」


 何が起きているのか、胸がざわめくのを感じていた僕は、突然空間のゆがみから現れた――ノア様に引きずり込まれていった。

例によって、ロゼッタを巻き込んで。




「ふう、無事に意中の女の子を助けられたみたいだねぇ、おめでとー☆」


 そうして、連れてこられたのは、植物の生い茂った清浄なる空間。

全く違う世界のような、そんな明るい場所に連れてこられ、だというのに、眩しさは感じなかった。


「ノア様……」


 目の前に立っていたのはノア様。


「――っと、なんとか連れてこられたぜ」

「はぅ……あ、エリクさん」


 そして、僕らに遅れて、ドクさんと、その脇に抱えられてミルフィーユさんが転移してくる。


「いやああぶねえあぶねえ。まさか『魔王』レーズンが敗れるとはなあ」

「見てたよー? レーズンちゃん、相変わらずうっかり屋さんなんだから……まあ、半日もすれば意識を取り戻すでしょうけど」


 うっかり、というにはあまりに致命的過ぎるうっかりだけれど、アリスが言うにはレーズンさんも簡単には死なない人みたいだし、とりあえずは捨て置いていいのだろうか?

結果的に、あの人のおかげで僕らは無事に戻れたけれど……


「というかドクさん。どうやってアリスから逃げたんです?」

「うん? ああ、あの塔、外から中に転移するのはコマンド使っても超絶ハードル高いけど、中から外に転移するのは特に何の枷もなかったからな。俺が逃げ出せなかったのは、あの部屋の中だったからだし」


 やはりというか、逃げる算段あってのものだったらしい。

それにしたって、アリスが何の慈悲も見せずに殺しに掛かったらアウトだったのだから相当なギャンブルだと思う。

この人、見た目通りかなりアレな人なんじゃないだろうか……?


「突然あなたが現れたのでびっくりです……でも、また再会できてよかったです♪」

「ははは、君と娘達を残して簡単には死ねないさ」

「タカシさん……♪」


 そうかと思えばミルフィーユさんと抱きしめあっている。

仕方ない事なのだけれど、胸がもやもやとする。

これが……これが、嫉妬……?


「ふーん、君が姉様とゲームで仲良くしてる人? へぇ、ふーん……」


 ノア様はといえば、ドクさんに寄っていって、興味深げにじろじろと見ている。


「……熾天使ノアか。いや、外見的な特徴がすげえ見覚えあるんだが」

「私もそう思いました。お姉さんが、妹さんの外見を模倣した感じなんでしょうか……?」

「そんな感じなんだろうな」

「んんー? 私の姿、そんなに見知った感じなのぉ?」

「まあな」

「うわ何それすごい気になる! 姉様ってゲーム世界だとどんな感じだったの?」

「実はあんたの姉さんはすごく駄犬みたいなプリで――」


 なんだかこちらを置き去りにして勝手に楽しげな会話になってしまってすごく……すごく寂しい。

僕とロゼッタを置いていかないで欲しい。


「――おっと、いけねえいけねえ。今はパンドラの事はいいんだよ。熾天使ノア、見てたかもしれねえが、『魔王』アーリィが暴走しちまってる。このままだとこの世界……ちょっとやばいぜ?」

「暴走させたのはエリク君と君のキスの所為だよねぇ?」

「不慮の事故ですよっ」


 ノア様にまで見られてたのは辛い。

すぐに忘れ去って欲しい。


「――あれはあれでちょっとドキッとしちゃったなぁ♪」

「……タカシさん?」

「そんな冷たい目で見るなミリィ。彼の言うように、事故っただけだ」


 勝手に目を輝かせるノア様はともかくとして、まるでアリスのような冷淡な目で自分の夫を見るミルフィーユさんには、流石にドクさんも真面目に否定。

それでも「そうですか」と納得はしてくれたものの、どこか不満気味なのか視線を背けてしまう。

奥さんから見れば、かなり複雑な気持ちなんだろうけど……ロゼッタはランランと目を輝かせていた。


「私は、ああいうのも嫌いじゃないわ」

「解る♪」

「ロゼッタ、今はいいから……ノア様も」


 このままだと収拾がつかなくなりそうなので話を区切る。




「そもそもさあ、あの娘はいつもあんな感じよ? 感情の赴くまま、気に入らないものは全て破壊して回るような子だもん」

「それにしたって無茶苦茶すぎるだろう。双子の妹の魔力供給奪ってまで二つの世界を統合して支配するとか尋常じゃねえぞ」

「私も……今のアリスさんはちょっと、おかしくなっているように思えます。従来の行動パターンからも、大きく外れてるように思えますし……」


 直接目の当たりにしたドクさんと、情報から分析するミルフィーユさん。

方向性は違うけれど、異世界人のこの二人からすると、明らかにおかしなことになっているのだろう。

でも、ノア様は「うーん」と、腕を組み、納得しかねるかのように首をかしげていた。


「ノア様は、異常だとは思わないんですか?」

「異常というか、暴走はしてるなあと思うけど、アリスが暴走するのはいつもの事というか……でもそうだなあ、いつもと違う点があるとすれば、それは君にあるんだと思うよぉ?」

「僕に……?」

「そう! 君はさあ、多分、この世界の存在限定で魅了しちゃうんじゃないの? 『魔王』自身が望んでるから、アリス達まで魅了されちゃうの」


 多分その所為だよねえ、と、うんうん勝手に頷いている。

翼もぴよぴよと揺れている。コミカルだった。


「別にテンプテーションに掛けたとかそういうんじゃなくて。でも、どうしようもなくエリク君が愛しく思えちゃって、独り占めしたくなっちゃうの」

「……異世界の人には効果がないんですか?」

「ミルフィーユちゃんは君を好きにならないでしょう? メリヴィエールも、勿論私も」


 言われてみれば解るような気もしないでもない。

つまり、ミルフィーユルートは土台無理な話だった……?


「あっ、ちょっ、そんなガクーンと落ち込まないでよエリク君っ! 君、自分のメインヒロインの前でなんでそんな落ち込んじゃうのさっ」

「エリクさん……そこまで……」

「まあ、気持ちは解らんでもないがな! 全く俺の嫁さんは罪な女だぜ! ふははははっ」

「……くっ」


 こういう時ドクさんの騒がしさは殴ってやりたくなるけれど、おかげでなんとか立ち直れる。

こういう時は、変な慰めの言葉よりは、笑われた方が幾分マシな気持ちになるのだ。

それでも殴ってやりたくなるけれど。


「ま、とりあえず、このままほっとくとこの世界滅びかねねえからさ、熾天使ノアも手を貸してくれないか?」

「えー? いいよー? 一々熾天使って呼ばれるのもめどいからノアちゃんでいいよー?」

「すっげえ気軽なのなノアちゃん」

「だって姉様の彼氏君だし……ゲーム上とはいえ義理のお兄さん? 私が敬語で話すべきかも? だし」

「なるほどそれもそうだな! よろしく頼むぜノアちゃん!!」


 世界が滅びかねないという割と聞き捨てならない事よりも、この男がノア様の義理の兄という展開の方が聞き捨てならないような気がしてしまうのは、僕もこの空間に毒されているということなのだろうか?


「あ、あの……世界が滅びてしまうのは、さすがに困ってしまうの……」


 けれど、この場において唯一普通の子なロゼッタが、そんな非常識な空間を元の空気に引き戻してくれた。

居てくれてよかった。僕のメインヒロイン。


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