#4.初めてのデス
どうやら僕は泳げなかったらしい。
というか浮かぶことができないというべきか。
この身体、走り回るには軽いのに、水の中ではまるで何の抵抗もないかのように沈んでいくばかりで、腕を少しくらい揺らしたくらいでは留まりもしないのだ。
(なん……で……)
肉がついていないからだろうか?
それとも泳ぐ方法をマスターしてなかったからだろうか?
元々僕は浮かぶようにできていなかったという事だろうか?
混乱するよりも疑問ばかりが浮かんで。
そして僕は、意識を失った。
「いやいやいや、水に落ちたら死ぬとか虚弱すぎるでしょ!」
突然響いた声。
さっきも聞いたような、女の子の声だ。
気が付けば明るい場所。部屋だ。
周りを薄い赤色に塗りたくったような、眼で見ただけで甘ったるく感じてしまうような部屋だった。
いたるところにイチゴやらよく解らない生き物のぬいぐるみやらが散乱している散らかった部屋だった。
「あ、起きたのね。おはよー♪」
そしてその部屋の中心に、女の子が居た。
赤い大きなリボンをつけた、ストレートの銀髪。
まるで造り物のような金色の瞳。
ひらひらとした少女趣味全開の、それでいて質のよさそうなドレス姿。
――今まで見たこともないくらいにあらゆる部分が整った、人形のような少女。
「君は……?」
「私? 私はアーリィ。まあ、アリスと呼べばいいわ」
「アリスか……」
見た目に似合った、とても可愛らしい名前のように思う。
「僕は、なぜこんなところに……? 水浴びをしようとしていたはずなんだけど」
「水浴びをしようとして、お遊びで湖に落とされてそのまま沈んでたよね」
「そう……だね。うん、確かにそうだ」
言われてみれば確かにそう。
僕は湖に落とされ、そのまま浮かぶこともできないまま……沈んでいったのだ。
新たに判明した事実は、僕がカナヅチだったという事。
……あんまり嬉しい記憶じゃないかな。必要な記憶ではあるけれど。
「いやいやそんな記憶ないから。普通に泳げたはずだから」
「え……」
思考を読まれたのか。
不意に思っていたことをアリスに突っ込まれて困惑する。
けれどアリスは困ったように眉を下げながら「あれはねー」と話を続けるのだ。
相手が疑問に思ったことよりもまずは自分の話を、というタイプなのかもしれない。
「うっかりフラグ管理間違えてて、西の洞窟の『泳げる記憶取り戻す前に水に入るとおぼれちゃう』っていうのがそのままあの湖でも適用されちゃってたみたい。だから、本来は君は泳げるはずなのよ」
「本来は……? フラグって、さっきも湖で聞いたような……」
「あれ? 私の声が聞こえてた……? おかしいわねえ。ちょっとチェックするわね」
やはり、このアリスという少女が、湖で話していた声の主だったのだ。
あの時もフラグとか、そういうことを言っていた気がする。
「ああ、やっぱり……『天の声』が常に聞こえるようになっちゃってる。おかしいわねえ。普段はオフにして都合のいい時しか聞こえないようにしてたはずなのに……とりあえず切って、と」
何かよくわからない半透明なノートのようなものを指先で操作しているアリス。
そのまま少しの間指先ばかりが動いていたけれど、やがてそれも止まり、ノートも透明になっていき、やがて空に消えていった。
「時間操作したのにエリク君がそれを覚えているのは、きっと属性『時』をチュートリアル中は無効化にしてたのを外し忘れてたのね……これのチェックも外したし、ヨシ!」
独り言が続き、やがてそれも終わったのか、改めて視線を僕に向けてくる。
「それじゃ、異常は元に戻しておいたから」
「え……?」
手には、いつの間に取り出したのか、人間大の巨大なハンマー。
何か特殊な鉱石でもついているのか、見たこともない翠の輝きを放っていた。
これが、揺れる。
「じゃあ、セーブポイントまで戻すわね。また何かあったら会いましょうね。それ、じゃあ――眠れぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「なっ――」
こともなげに、そんな巨大なハンマーが高速で振るわれ。
そして、僕は頭の上から、容赦なく叩き潰された。
「――はっ!?」
気が付けば湖だった。
「ん? どったのエリク君?」
ステラに投げ飛ばされる直前。
そういえば、確かそんな時だった。
僕は意識を失っていたのだ。そのはず。
だってそんな気がしてくるし。
「ごめん、ちょっと記憶を取り戻しそうになってて……」
「えっ!? そうだったの? ごめん、てっきり怖くて立ち止まっちゃってたのかと」
ステラの立っている先を見れば、そこが崖だというのが解る。
これは……これでは、まるで湖に投げ飛ばされようとしていたかのようで。
「まあいいや、じゃあ、いけーっ」
「あっ、うわ……わぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
だが、止まっていたのはそこまで。
見事に投げ飛ばされてしまう。
目の前に広がる水面。鼻先から突っ込んで――そして、水の上に顔を出す。
「ぷは……ステラッ!」
「あはははっ、じゃあ行くよー、おりゃーっ」
突然そんなことをしたステラに抗議の一つもと思った矢先、すぐ隣にステラが飛び降りてくる。
下から見れば、実際そんな大した高さでもなく。
だけれど意外と深くなっているおかげで、水中の岩場に身体を打ち付けてしまうという事もなかった。
その証拠に、ステラもすぐに浮かんできて「えへへー」と、子供っぽいにやけ顔で崖上に立つ二人に手を振っているのだ。
「ほらほら、二人とも早くーっ」
無邪気な光景だった。
こんな光景みたら、流石に怒る気にはなれない。
「やれやれ……飛び降りなんてする訳ないでしょ。行きましょうロゼッタ」
「で、でもエリクが……エリク、泳げたのね。よかったわ、カナヅチさんじゃなくて」
せめてその確認くらいはしてから落としてほしかったが。
結果として、そう、結果として僕は記憶を取り戻したのだ。
――僕は、案外泳げる方なのだ、と。
そのまま水中で手足を振って少しずつ二人の向かった方へと移動してゆく。
ステラは言うと、「おりゃぁぁぁぁぁぁっ」ととても頼もしい声をあげながら先に泳いで行ってしまった。
僕はさすがにそこまで泳ぐのが得意でもないようで、少しずつの移動。
(でも、これくらい泳げるなら西の洞窟の水場も泳いで越えられるかな……?)
以前見かけた、西の洞窟の水ばかりのエリア。
あそこを越えることができれば、徒歩だけでは踏破できないフロアにもいけるかもしれない。
そこには未知のグリーンストーンがあるかもしれないし、場合によっては他の鉱石類が見つけられるかもしれないのだ。
今であっても、泳げる事を思い出せてよかった。
この調子で、やってみれば意外とできることが多いとありがたいのだけれど。
その後は僕たちは、ロゼッタ達と合流し、しばし水辺で遊んだ後、昼食の時間となったので皆が集まる小屋の前に移動した。
「はい、エリクの分よ」
昼食は難しいものは作らず、アーシーさんが用意した食材を串に刺して焼いた串焼きと、雑に煮込んで作ったスープを食べることに。
ロゼッタが受け取ってきて、僕の分を配ってくれる。
「ありがとう。焚火、あったかいね」
「うふふ、そうね」
管理小屋の前では、調理に使われた焚火がそのままになっていて、水遊びで濡れた身体を乾かすのに役立っていた。
まだまだ陽射しは強いけれど、意外と水に濡れると身体はひんやりとしてくるもので、焚火の存在はとてもありがたかった。
流石、毎年のようにやっているだけあって、開催側も慣れている。
「はむ……たまには、こういうワイルドなのもいいね」
串焼きとはいっても、持ってきた燻製肉や野菜を突き刺して塩とハーブ粉を振っただけの簡易的なものだ。
だけど、そんな簡単なものが、なんでかとても美味しい。
「うふふ、こういう場所だからね。皆で集まって食べるご飯は、それは確かに美味しいもの」
今までは二人きりで食べていたご飯だったけれど。
今回に関しては、皆で同じように食べているのだ。
僕とロゼッタだけでは会話がない瞬間があるけれど、今この瞬間にでも、至る所からおしゃべりが聞こえてくるのだ。
とにかくにぎやかで、気分がいい。
「ご飯って、その時の気持ちで美味しさが変わるものなのかな……?」
「そうかもしれないわ。こうやって皆で遊んでるときはいつもより美味しく感じるもの!」
間違いない。
今はとても楽しいのだ。
そして、楽しいと感じた時は、いつも美味しかった。
ロゼッタと二人の時でも。
――食事が美味しいと感じるようになったのは、いつからなんだろう?




