#9.条件の揃った瞬間
「あの、実際僕って、あの二人より強くなれるんですか……?」
ピオーネさんの出した結論は、確かに実行できればすごくシンプルだと思う。
僕でも理解できるくらいなんだから、ほんとに無駄のない作戦だ。
だけど、実行できるかといえば、どうしても疑問に感じてしまう。
ガンツァー相手ですら、シナリオの大半を消費して鍛え続けてようやく単騎撃破が可能な程度なのに、毎度リセットされる中で、あの二人を相手になんてできるほど強くなれるのか……
「まあ、普通にやったら無理ね」
「多分、まっとうな方法では絶対にエリクさんでは勝てないでしょうね」
案の定というか、ピオーネさんもミルフィーユさんも顔を見合わせ「ねえ」と苦笑いしていた。
やっぱり無理だったらしい。
可能性すらなさそうな話でがっくりきてしまう。
「多くの世界において、人間にはリミッターが課せられているからね。数値化されているかいないかは世界によって違うけれど、大体の場合、人間は人間相応の力しか発揮できない事の方が多い」
「それでもたまにいますけどね。規格外にすごい能力持っちゃってる人とか。でもそういうのは突然変異とか、何かしら特殊な条件が重なった人だけみたいで」
人間としての限界。
そういうのが設定されているなら、なるほど、確かにそれは無理なのだろう。
「僕も、例外ではないって事ですね」
「そうね。むしろエリクさんの場合、ゲーム世界の主人公だからこそ、その限界は越えられないようになってるのよ。今確認してるけど、限界数値はレベル500程度まで。二人の内弱い方のロイズですら250億だから、まあ、無理ね」
天上人過ぎた。
人間が頑張って500の世界で億超えは流石に差があり過ぎじゃないだろうか。
「ガンツァーが最大200万くらいだけど単騎撃破する時は大幅に弱体化していて200程度。その時のエリクさんがものすごく頑張って150くらい、かつ様々な条件が重なった結果での撃破だから……普通に鍛えたら、このくらいがエリクさんの限界なのよね。タイムリミット的にも」
前に修正された壁打ちも、序盤の経験値稼ぎにはできても終盤くらいになると誤差程度にしかならない気がした。
つまり、現状僕が知っている以上に高効率な稼ぎが必要になるという事。
……確かに、普通にやっていたら無理な気がする。
「例えばですけど、鍛えた場合のヒロインって、誰が一番強いんですか?」
自分一人で無理だとしても、仲間がいれば。
そう思って縋るような思いで聞いてみる。
ピオーネさんは「そうきたか」と言わんばかりに口元を歪めながら、それを隠すように指をあてていた。
「あらゆる面でガンツァーが一番強いけれど、それ以外なら前衛はレベル200まで鍛えられるシスカ、後衛ならレベルは150止まりだけれど強化でレベル500まで狩れるクレアモラが最強よ。モンスターとして一番強くなるのはまるキノコ。レベル999でポイズンブレス(防御無視継続ダメージ付与)を吐けるようになる」
とりあえず、どれもゲームの範囲では到達しえない数値な気がする。
話を聞くに一番頼りになる味方がまるキノコというのが絶望感が半端ない。
「味方は、あんまりあてにならない、と」
「そうね。ちなみに最高レベルまで鍛えてもまるキノコじゃそこのミルフィーユさんですら倒せないわよ」
「つよい」
「まあ、別のゲームで結構倒しましたから……」
そのままの扱いなんですかね、と、苦笑い継続。
どうやらミルフィーユさんも相当な強者らしかった。
強い弱いの話はもう聞いていて疲れたので、どうしたものかと、紅茶をひとくち飲んで、再びピオーネさんに問う。
「例えば、アリスとロイズを弱体化させる手段、とかはないんでしょうか?」
直接対決の方向性は無理だというなら、搦め手ならどうなのだろう、と考えたのだ。
「んー、ない訳でもないけれど」
「ないけれど?」
「多分エリクさんでは絶対に無理」
鼻で笑われてしまう。
ピオーネさん的にはこちらの方が可能性がないらしかった。
一杯悲しい。
「あいつらの動力って魔力なんだけど、その魔力の提供者が……ね?」
「あのお二人が束になって掛かっても絶対に勝てないくらい強い方ですから……」
無理過ぎた。
というか外の世界広すぎない? 怖すぎない?
絶望しかないのかってくらいに上には上が居て自分が虫けらのように思えてしまう。
こんなに自尊心が傷ついたのは初めて女装させられた時以来だろうか。
「そもそもそんな方法取れてるならあいつら敵視してた奴らが真っ先にやってそうなものなのよね。できないからあいつら現状も元気な訳で」
「今は皆さんそこまで対立してるように見えませんが、実際には……?」
「かつてはバチバチにやりあってたのよ。というか、他世界に平気で攻め込んでくる奴らだったから撃退できない世界はその都度滅ぼされてたの」
凶悪過ぎない? 僕、そんな二人とお茶を飲んだりしてたの?
色々と怖くなってきた。僕は何者と朗らかに会話してたりしたんだろうか?
ちょっとシャレにならないほどに危ない存在なんじゃ、と思えてきた。
「ほんと、アルフレッドに入れ込むまでのあいつらは人間という生き物がただの玩具でしかないって感じの倫理観だったから。血の通ってない奴らに血の通った考え方しろって言う方が無理なのかもしれないけどね」
「それは、まあ……あはは」
見ろ、ミルフィーユさんもあまりの酷さに半笑いだ。
僕だって笑うしかない。
「笑うだけの余裕があるのね。心強いわ」
そして違う風に受け止められてしまう。
「笑えませんが?」
「笑ってたじゃない」
「いやそれは」
「笑ってたでしょう?」
ピオーネさんが僕に笑顔を強要する。とても困る。
「まあまあ、とりあえず現状、そのままではあのお二人を倒すのは無理という事ですよね」
困っていたらミルフィーユさんがフォローしてくれた。
天使だ。やっぱりこの人天使だよ。
可愛い美人で優しくて素敵なお姉さんで天使とか最高過ぎる。
「結婚してください」
「私のルートはありませんよ?」
現実は無慈悲だった。
「――可能性自体は、作れなくもないのだけれど」
僕のやり取りを見てか、それとも最初から何考えがあったのか。
ピオーネさんは、そんなもったいぶった言い回しで語る。
「ミルフィーユルートの可能性が?」
「そっちではないわ」
「そっちではないです」
二人揃って否定される。がっかりである。
そっちでもいいのに。
「そうじゃなくて、エリクさん改造計画の話よ」
強化じゃなくて改造なのが怖すぎる。
この人は僕に何をするつもりなのか。
僕はどうなってしまうというのか。
「熾天使ノアがね……あの娘がいれば、あの娘の『繁栄』の能力で生物としての限界を幾分強化できるはずなのよ」
「熾天使ノアの『繁栄と衰退』の力って、そういう能力だったんですか? 私もよく知らなかったのですが」
「本来はもっと広範なもののはずだけれど……このゲーム世界的にはそのように設定されてるみたいだからね」
そういうものとして受け取るものだというのは解ったけれど。
つまり、熾天使ノアと出会えれば、そしてお願いを聞いてもらえれば、僕はアリス達と戦える……?
「あの、幾分って言いましたよね」
「そうね」
「それで、数値億超えの人と戦えるようになるんですか……?」
「エリクさんの可能性次第で?」
「絶対無理ですよねそれ!?」
投げっぱなし過ぎる。
「ミルフィーユさん助けてください。この人無茶しか言ってきません」
「あはは……ごめんなさい」
天使にも無理なことがあるのはよく解った。
フォローしきれずに半笑いになっている。かわいい。
「とにかく、そんな訳の分からない事で僕はあの二人と戦えませんよ。別の方法を考えて――」
このままだととにかく僕があの二人と戦う事にされてしまう。
しかも限りなく可能性が低い方法で挑まされる気がする。
それは流石に避けたい。
そんな事して、「もういいや」されたらおしまいなのだから。
僕は、あいつのようになりたくない。
いや、あいつらの為にも、そうなってはいけないのだ。
「――皆さんっ、聞いてくださいまし! 熾天使ノア様、見つけましたわ!!」
そうしてなんとか別の作戦をひねり出そうとしたところで、クレアモラさんが現れ、とんでもない事をのたまった。




