#4.リゾッテ復活
僕らはその後も、事あるごとに顔を合わせ、カウンセリングルームで話し合っていたのだけれど。
それらしい手がかりを得ることもないまま、ステラルートが進んでいくこと。
「エリク君も変わったことするねー。交易を自分でやりたい、とか、中々浮かばない考えだよ?」
「そうかな?」
今、僕はステラと二人、馬車でリゾッテ村へと移動していた。
街道沿い、夏の陽射しが弱まってきた辺りだ。
今年も水着のミルフィーユさんは見られなかったなあ、とちょっと残念な気持ちになりながらも、見かけたバグを片っ端から修正していき、平穏な日々を送っていた。
「まあ、ウチも村でずっとお店構えてるだけで、いつまでも儲かるばかりとは思えなかったしね。行商程ではないにしろ、村の外にお得意さんを作るのは悪くないと思うし!」
ステラはよくしゃべる子なので、隣に座っていて飽きることがない。
いつも暇そうに店番をしている時も、僕が店に居る時は暇を持て余してかよく僕に話しかけてきてくれたし、食事の時なんかも大体話しかけてくるのはステラからだ。
特に刺激しなければ物静かに絵を描いてるミースと比べると、とても賑やか。
「これで少しでも恩返しができたらって思うんだよね」
「うんうん! 別に恩着せがましく求める訳でもないけど、エリク君がそういう殊勝な事を言ってくれて、お母さんも喜んでたよ」
ステラのお母さんは、戦地に向かったまま戻ってこない旦那さんの代わりに、女手一つでステラを育てた人ではあるけれど、あまり真面目に経営をしようとしないステラにいつもお説教をしてたりする。
基本的には仕入れやお金の出入りを担当していたり、常連客の接客をメインにしているので、あまり表に出てくることはないけれど、夫婦で頑張って建てたお店を盛り立てて大きくするという旦那さんとの夢をまだ果たそうとしていたり、その夢を現店主のステラに継いでもらいたいと思っていたりと、お店の事をとても大切に想っているのを、僕は知っている。
ステラが交易のために僕について行くと聞いて、ようやく志が受け継がれたのだと、心から喜んでいるのも。
「でも、お母さんも大げさなんだよねー。私がエリク君と一緒に行くって言っただけで、あんなに喜ばなくってもって思う」
「商売に前向きになってくれたと思ったからじゃないかな。ステラは、前からお店の事を気にしてたみたいだけど」
「まあねえ」
店の経営にあまりやる気を見いだせなかったのも、変わり映えしない光景や細っているばかりの客足といった、あまりいい状況とは言えない現状に嫌気がさしていたかららしく、ステラ自身は、お母さんがお店に強い愛着を持っているのも知っていて、事態を打開したい、という気持ちもあったのだ。
だから、これはステラにとってもプラスになる事。
「――他の村の状況って、ずっと気になってたんだよ」
街道の景色は、しばらくは似たようなまま。
隣に座るステラのおしゃべりは、前を向いたままでも良く聞こえてくる。
「この辺りで一番豊かだったラグナがあんなじゃ、他の村はどうなっちゃってるのかな、って。ラグナはまあ、エリク君が頑張ってくれて、一応食料とかが落ち着いてきたけど。食べ物だけが何とかなったって、人の生活はあんまり改善されないから」
「生活するにも色々必要だもんね」
「そう、そうなのよ。それと人手もね。結局、ラグナがどれだけ豊かでも、ラグナで待ってたんじゃ中々手に入らないモノだって沢山あるの。行商待ちじゃ、いつまで経っても生活はよくならないし」
ずっと人任せなのはよくないわよね、と、やる気に満ちた瞳がまっすぐ、街道の先を見据えていた。
ステラルートはとてもシンプルだけれど、でも、ステラ自身がいつもより真面目で、そして商売に誠意を持っているのが解るので、結構好きなルートでもある。
村々と交易して、少しずつ村にあるお店を大きくしていくこと、村を発展させること。
これらが満たせればステラは満足してくれるけれど……でも、達成してしまったらそこで終わりなのがもったいないと思うくらい、ステラとこういう、楽しい時間を共有したいと思う。
夢を追い続けるその楽しさは、人によって違いがあるけれど、どれも楽しいものだから。
「リゾッテはね、ラグナではあまり生産できない綿花から作った布製品や、ラグナ近郊の森林よりも実り豊かな果物を加工したジャムとかが有名な村なの。お店で扱っている布地もリゾッテで仕入れてるのよ」
説明に頷きながら、けれど、内心では「でも布はなあ」と微妙に感じてもいた。
いつお店に行っても山積みにされたままになっている、ほとんど誰も買わない布の山。
だけれどいつも「これは必要なものだから」とステラは言っていた。
実際にステラのお母さんも「あれだけは何故か売れないのよねえ」と疑問に思いながら、明らかにこれの所為で儲けが減っているのに、それでも仕入れるのをやめられずにいるらしい。
僕が気付かなかっただけで、これもバグか何かの一種なのだろうか?
「でも、最近は行商の人たちも仕入れ量が激減してるって言ってたし……多分、私達が想像している以上にリゾッテは厳しい状態になってるんだと思うのよね」
「ラグナでああだもんね。でも、だからこそ直接見ないとね」
「そうね。話に聞くだけじゃ解らない事っていっぱいあると思うし。問題が起きてるなら、今のラグナならなんとかできるかもしれないかもしれない訳だし」
この辺りの流れは、他のルートでもあまり違いがない感じで、大体いつもこの流れでリゾッテや他の村の窮状に気づき、アーシーさんを経由して直接問題解決に着手していく、といった形になる。
ステラルートでも、そこはそんなに変わらないのだ。
おしゃべりはずっと続き、合間に休憩を挟みはしたものの、最短でリゾッテに到着する事ができた。
やはりというか、村人は皆、暗い顔をしている。
そんな人たちの中に入っていき、村長さんの家の場所を聞き出し、村長さんを経由して村を救うところまで一緒。
違うのは、ここで交易先となる村の商人とコミュニケーションを取っておくことだ。
こうして訪れた先で現地の商人と接点を築くことで、ステラのお店は従来よりも廉価で、大量に様々な品を仕入れられるようになっていく。
同時進行で村が豊かになっていくにしたがって人口が増し、お店は繁盛していく、といった具合だ。
「貴方達が村に支援をしてくれた人たちね? ラグナから来たって言う――」
そして、この村の商人の一人として出会ったのが、やはりピオーネさんだった。
他の村には存在しない服飾職人。
服を自分で作ることができる、とても重要な人だ。
「初めまして。私はステラって言います。こっちの彼はエリク君」
「はじめまして」
「ええ、初めまして……ピオーネと言うわ。まずは感謝を。ありがとう、救ってくれて」
例によってぎりぎりの状況に追い詰められていたリゾッテの人々は、僕らがラグナから持ってきた支援物資によってひとまずの安息を手に入れることになる。
おかげで、この村の商人たちも復活。
食料生産に関してはまだ難を抱えたままだけれど、支援が継続すると解り、生産がストップしていた加工品にまで人手が回る様になり、村の経済に血が通っていく。
多くの村でそうだったけれど、商人の人たちも支援をした僕らに、感謝の言葉を聞かせてくれて、これもまた、「やってよかった」と思えるものだった。
「……エリクさん」
けれど、ピオーネさんは僕を見て、僕の名を呼んで。
そして、じ、と、僕を見つけ続けていた。
「え、えーっと?」
「僕の顔に、何か?」
「……いいえ。幼馴染の名前と同じものだから。気になっただけよ」
ここでこの話題が出るのはおかしい。
ここではいつも当たり障りない会話に始終していたはずだ。
ステラルートでのこの話題は、物語の中盤以降の、ピオーネさんとの交易が進んだ状態でしか出ないものだったはず。
(修正を加えた影響……? いや、これもバグか……?)
解らなくなってゆく。
けれど、おかしいと思えた。
そしてまた、ピオーネさんは僕をじっと見つめ……そして、にやり、口元を歪めた。
「そう、解るのね貴方。いいことだわ」
意味深な事を言って、そして……ステラの方を向いた。
ステラはというと、とても不機嫌そうな顔をしている。
いや、怪訝な、というべきだろうか。
「あの、エリク君に何か?」
「素敵な彼氏君ねと思っただけよ。幼馴染に似ていたから、ついまじまじと見てしまったわ。ごめんなさい? 彼女の許可もとるべきだったわよね?」
「かっ……ち、ちが……そういうんじゃ、ないし!」
ステラ、赤面。
いや、可愛いけれど。
とっても可愛いんだけど、今は疑問が気になって。
彼女の言う幼馴染――本当のエリクと僕が似ているはずがないし。
それについても聞かないといけないしああでも可愛いなステラ。
「聞きたいことはあるけれど、今は商売のお話なのよね? 私は服飾職人をやっているのだけれど、お役に立てるかしら?」
「違うし……私達、まだそういうんじゃ……」
「ステラ」
「はっ、あ、う、うん! そう、商売のお話よ! 私、ピオーネさんと交易についてお話がしたくてここに来たのよ!」
赤面したまま若干の混乱が見られたけれど、幸い名前を呼ぶとすぐに我に返ったのか、ステラはすぐにピオーネさんに本題を切り出していった。
ピオーネさんも「そう」と、小さく頷きながらやんわり、頬を緩めてゆく。
「いいことだわ。ようやくこの村の商売も蘇るのね。ぜひ協力させて頂戴」
毎回そうだけれど、ステラルートのこの人は、いつも二つ返事で協力してくれる、大変ありがたい商人だった。
「――あのピオーネさんって人、最初はエリク君をじっと見てたり、何か変な感じの人だと思ったけど、話してみたらいい人だったわ」
リゾッテからの帰り道すがら。
僕はステラと、リゾッテでの成果を話し合っていた。
その中でも、話題にまず出て来たのはピオーネさんについて。
やっぱりあの人は、どのルートでもそのルートのヒロインに気にされる人だった。
「それに、新しい服も売ってくれることになったしね。これでお店に新しい商品を並べられるわ!」
「服は大事だもんね」
僕の服も、かなりの部分ピオーネさんが作ってくれたもので成り立っている。
特にステラは縫物が得意ではないので、ピオーネさんが来るまでは基本的にありあわせのものでなんとかするしかないのだ。
ただ、ステラの傍にはミースが居るので、大体ミースがなんとかしてくれる事も多いのだけれど。
このルートでも水着とかはミースが用意したし。
「可愛い服、一杯扱えるといいなあ。村にも若い女の子いっぱいいるんだから、お洒落しないとね」
「ステラも可愛い服着られるしね」
「うんうん! 可愛い服手に入ったら、一緒に見せあいっこしようね!」
「僕も着るのかい?」
エリーちゃんになるのも、いい加減慣れてきたのでもう抵抗もないけれど。
でも、最初はすごく困った覚えがある。
ステラルートは、とにかく女装の回数が多いのだ。
「エリク君って華奢な女の子相当の服装が似合うからさ、モデルにちょうどいいんだよ」
「背丈は一応僕の方が上なのにな……」
「そうだけどね。胸とかさ。ミースみたいな子にもぴったりとしたの仕入れたいじゃない? ミースは割と柔軟だから多少ぶかぶかくらいなら工夫して可愛く着こなせちゃうけどさ」
まあ、言いたいことは解らないでもない。
実際に商品として並べるなら、どういう層に売るべきかイメージしておいた方がお勧めする時に説明しやすいみたいだし。
実際に着たモデルが存在していた方が鮮明にイメージできるのは間違いないし。
「それならミースに着てもらえばいいのにね」
「断られちゃうからね。あの子基本塩対応だから」
商売っ気あることはだめなのよねえ、と、足をぷらぷらさせながらむくれる。
そんなときのステラは、リスみたいで可愛い。
いつもは爽やかな元気いっぱいの女の子なのに、表情の変化でとても子供っぽく見える。
「ピオーネさんってさ、なんか憂いを湛えてて、とても儚く見えるんだよね」
「そうだね。今回は商売以外にはあんまり話さなかったけど」
帰ってくることのない婚約者をずっと待ち続けているピオーネさん。
彼女が商人としてラグナを訪れてくれるフラグはいくつかあって、一つはリゾッテを救う事、そしてもう一つは、ピオーネさん自身と交友を深めてゆくこと。
その為に重要なポイントとして、ピオーネさんを取り巻く状況を理解していくことも必要なのだけれど。
これは、そのとっかかりにもなる重要な会話の一つだ。
「次に会った時には、もっと雑談みたいな事もできるといいわね。幼馴染の人とか、エリク君と似ていたらしいし」
「そうだね……うん、そこは気になる」
少なくとも僕の記憶にある本当のエリクは、僕とは似ても似つかない皮肉屋な奴だった。
好きな女に告白一つできない、家庭の話をする隊長を羨ましがっているモテない奴。
顔から体格から僕と違っているし、多分雰囲気も違うだろうに、何が似ているというのか謎過ぎる。
というか、ピオーネさんの口からそんな言葉が出たのが初めて過ぎた。
想定にないことは「セリフがありません」になるのに、これは妙だとずっと思っていた。
「またここに来る時が楽しみね。まあ、まずは他の村も回らないと、だけど」
「他の村や集落も似たような事になってそうだしね」
救わなければならない場所は他にもたくさんある。
当分の間はまだ、ピオーネさんの疑問に関しては調べられそうになかった。
けれど、気になる点が見つかったのは収穫と言えるかもしれない。
まだ、何が原因でそうなっているのかも解らないけれど、でも。
一つの指針みたいなものが、見え始めているみたいだから。
「エリク君との旅路も、結構楽しかったしね~」
のんびりとマイペースに鼻歌まじりに。
いつもの調子でゆったりと風にたなびく黒髪を手で煽るステラは、牧歌的にも思え。
なんとなしに「こんな日常も好きだったんだな」と、小さく息をつきながら、「そうだね」と返し。
僕はまた、ステラと雑談に耽った。




