#2.クレアモラは変わらない
「――お久しぶりです! 徴税に参りましたわ!!」
翌日、朝の開店前。
お店のカウンターでステラと雑談をしていた所に、クレアモラさんが現れる。
話し合いの後別れて、その後どうなったかというと、細かい部分は修正しながらも、基本的にはステラルートをそのまま進めることになっていた。
つまり、いつものように最短で農地を貰い、グリーンストーンとブルーストーンを集め、会話は基本的にステラとミースを中心に進めていく、という感じで。
そして合間合間でステラルートの修正をしながら、ミルフィーユさんと話し合って細かく計画建てて行く。
クレアモラさんには、いつものタイミングで徴税に来てもらい、村と関わってもらうようになる。
それが一番修正の手間の少ない展開だからだ。
話し合いの段階では翌日からでもクレアモラさんが出張ろうとしていたけれど、それだと色々予想外のオンパレードになりそうなので、とりあえずは妥当なラインから攻めていきたかったのもあって説得した。
「あれ、代官様の所の……無事だったんだね。よかった~」
ステラとクレアモラさんは、それほど親しい関係ではないのか、言葉の上ではステラは心配していたような感じだが、内心では「面倒くさい人がきた」くらいの感覚で話している。
特別嫌っているわけではないけれど、そのテンションの高さ、意外と細かいところまで攻めてくる聡さが付き合っていてしんどいらしい。
この辺り、親友のミースと違って表裏で違う事を考えているのがステラの魅力だ。
あっけらかんとしているように見えて、意外と考えている。
「ステラも元気そうで何よりですわ。それはそうと、私、領主代行のお役目を父から引き継ぎましたの。今月から徴税させていただきますわ」
「徴税ねー、今のこの疲弊した村で税まで増やしますか」
「増やさないわよ。でも最低限形として徴税は必要なんです!」
徴税とは、権力が、権威がその地域を満たしているという表向きの証明。
法の支配がその地域に及んでいる、無法の地ではないという何よりの証拠だった。
少なくともクレアモラさんはそう考えていて、だからこそどれだけこの地域の人たちが苦しくとも、徴税は必要だと考えている。
「はいはい。全く、生存報告だけで来るならもうちょっと歓迎するのに……はっきり言ってウチもそんなに儲けになってないからね?」
「そんなの解ってるわ。それでも貴方のところはいくばくかでもお金を稼げている。そしてそちらのエ……こほん! そちらの男性がこの村で作物を育てているそうじゃない?」
「どこで聞きつけて来たんだか……まあ、そうねえ。隠すことでもないし、隠しきれるものでもないし。それで、いくらよ?」
「1万ゴールドよ。この雑貨屋なら払えるわよね?」
「……相変わらず真綿で首を絞めるような……ちょっと待ってなさいよ。おかあさーんっ」
深いため息とともに背を向け、カウンター後ろの自宅のドアに入ってゆく。
奥ではステラのお母さんがいて、台帳やお金なんかを管理しているのだ。
ほどなく、奥から金貨の入った袋を手に、戻ってくる。
「はい。1万ゴールド。ちゃんと確認してね。しなくてもいいけど」
つっけんどんな態度でクレアモラさんに差し出し、クレアモラさんが受け取るや「もういい?」と、カウンターに片膝をつく。
基本的には村の人には愛想がいいステラだけれど、この最初の徴税の時だけはこんな態度なのが気になっていた。
けれど、変えてしまっていい部分ではないようにも思える。
気になる部分ではあるけれど、これはあくまでステラの個性のようなものだろうから。
徴税を嫌がるのなんて、誰だってそうだろうし。
「ええ、しっかりと確認させてもらいますわ」
ミースの時とは対照的に、クレアモラさんはカウンターの上に袋の中身を一枚ずつ積み上げてゆく。
結果を知っているから大丈夫なのは解るのだけれど、クレアモラさんも、「この店なら誤魔化しかねない」と解っているのだ。
ステラがお金に汚いとかではなく、ステラのお母さんがお金に細かい人なのでありえるという理由で。
それを見てステラも「めんどくさぁ」といった感じの顔で退屈そうに眺めていた。
1万ゴールドを確認するのは、意外と時間がかかるのだ。
「あのさー、いつも思ってたんだけど、金秤に入れて重さで測った方が楽じゃない? 一枚一枚数えるのって時間の無駄でしょ?」
「そうでもありませんわ。お金は重さで測れるとはいえ、秤がいつも正確とは限りませんから」
「そういうものかねえ。ま、いいけど」
お店にはまだ、お客さんは来ない。
以前は布がよく売れていたらしいのだけれど、今では布を買う人もあんまりいないしで、なんで儲かっていたのかもよく解らないらしい。
お客さんも、たまにミースやアーシーさんが来るくらいで、市場で買えば安い物をわざわざ高い野菜や鉱石を買いに来る客はあまりいないのだ。
まだ朝の内だからというのもあるけれど。
「それに私、お金には真摯でいたいですから」
「それはまた殊勝な事で……」
「このお金は、貴方がたが一生懸命働いた証でしょうから」
クレアモラさんは、村の人の事を決して悪しく思っていたりはしていない。
どれだけぞんざいな扱いを受けようと、徴税そのものを嫌がられようと、あるいはその高いテンションを嫌われようと、皆大切な領民くらいの気持ちで考えている。
自身の扱っているお金も同じで、皆が頑張って働いた成果、文字通りの血税なのだとよく理解している。
本来この時点のこの人からはそんな事知り様もないけれど、クレアモラルートを知っている僕には、この人がこの時点で何を考えているのかくらい、はっきりと解るのだ。
「……そ」
ステラもそれ以上の何かを言う事もなく、居心地悪そうにそっぽを向いてしまう。
ちゃりん、ちゃりんと、金貨を並べる小さな音がお店に響いていた。
「――はい、確認が終わりましたわ。それで、そこの貴方!」
「僕ですか?」
「そうです。お名前は?」
「エリクと言います。初めまして」
「ええ、初めまして!!」
この人生では二度目の、この人との初めましてだった。
ちょっと笑いそうになってしまう。
クレアモラさんは真面目な顔なので余計に。
「貴方は貴方で、農業によりお金を稼いでいるのは解っています! あの、なんといったか――商人の娘の」
「シスカの事ですか?」
「そう、そのシスカから売ってもらったターニット! あれが大変すばらしかった事、私、決して忘れていませんわ!!」
例によってクレアモラさんの最短接触ルートを進む為に最速でターニットを作った。
これによりクレアモラさん登場の条件が整った訳だ。
つまり今回も流れは同じである。
「ターニット! ターニットを税として徴収しますわ!!」
「お金じゃないの? エリク君かなりお金持ってるよ?」
「お金では頂けないモノもあるのです! 真心や愛情、それにターニット!!」
普通の人から見たら「いやターニットとそれらは並ばないだろう」と思うけれど、この人は本気で並べてしまってるからすごいと思う。
食べ物に対しての愛情が人間に対してのソレと同列なのは、変わった人の多い僕の人生の中でもこの人くらいだ。
「三週間後に、三十個のターニットを納品してもらいますわ。できますわよね!?」
「勿論。いますぐにでも払えますけど」
「頂きますわ!」
そして即納税。
クレアモラさんは「やりましたわ!」と目をキラキラ輝かせている。
ちなみに僕と結婚して勝利のポーズを取る時も同じ感じの目のキラキラだ。
やはりこの人は見ていて飽きない。
「うふふふ、ふ、ふふ……ふへへへ……」
ターニットを一杯入れた籠を背負ったクレアモラさんは、相変わらず汚い喜びの声をあげていた。
どんなことがあってもこの人はこうなんだなあと思わされる。そんな安心感のある姿だった。
「はっ、いけない私ったら……それでは、また来月来ることにしますわ! お元気で!!」
「はいはい。またねー」
「また」
去り際に「後でミルフィーユさんのところで」と耳打ちして。
そのまま手をぶんぶん振りながら、クレアモラさんは去っていった。




