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アイアムバグゲープレイヤー!!  作者: 海蛇
十四章.アイアムデバッグプレイヤー!!

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#9.囚われの少女と謎の男

 ステラルートの概要は、全ヒロインルートで最も平坦で、牧歌的なものだ。

物語の主軸はステラのお店の手伝いと、ライバルでもあり幼馴染でもあるミースも交えての恋愛物語が主体。

両親が恋破れた者同士という事で恋愛に強い関心と競争心を抱くミースは、僕と段々仲良くなってゆくステラを見て強い嫉妬と対抗心を抱くようになる。

そう、他のヒロインのルートではまず見ることのない、他の女の子と一緒にいることで強く嫉妬するミースが見られるのもこのステラルートの特徴的なところだ。

ある意味第二のミースルートと言えるかもしれないし、実際途中の選択肢でステラとミースのどちらかを選ぶか選択できて、ミースを選択した場合変則ミースルートに突入することになる。

ただ、変則ミースルートはミースにとって必要なフラグである山のボス・ロック鳥からスケッチブックを回収しないため、結ばれこそすれそこで話が終わってしまう中途半端なルートとなっている。


 そして、一番重要なのが、このステラとミースを選ぶという選択の際、二人のどちらも手放したくないという旨の返答をした場合だ。

この選択をした場合のみ『親友ルート』が解放され、途中の選択を誤らなければそのまま二人とも妻にする事になる。


 だけれど、この際に何故か二人だけでなく、三人選べてしまうという致命的な問題が発生するのだ。

つまり、ステラとミースだけでなく、あと一人、例えばアーシーさんとかクレアモラさんとかを妻にできてしまえる。

しかしここで三人目を選ぶと、途中で「親友同士で奥さんになってるから」というお茶会のシーンでバグる。

このバグの再現率は今のところ100%で、バグった場合、三人目が唐突に「参照不能」と描かれた黒塗りの人型になってしまい、以降セリフの大半が発声されず、口(らしき部分)をパクパクしているだけになってしまう。

ステラとミースはそのままで、三人目に選ばれた人だけが、誰であってもそうなってしまうので、絵面的にホラーになるのだけれど。

でも、ホラーになって尚、話だけはそのまま進み、そしてラストシーンまで一切三人目に変化がないまま話が終わってしまう。

同じ親友エンドでも、アーシーさんとシスターの時には起きない、ステラとミースから派生する親友ルートのみの現象だ。


(今回はこれを直せるといいんだけど……)


 この手のバグは、大体参照にしてはいけないものを参照にしているケースが多いようで、アリスやロイズでも直すのに手間取るらしい。

多くの場合参照元の何かしらがこんがらがっていて、一か所直すと他の部分に不具合が起こるだとか、直すことで全体に何かしら影響が出るだとか、そんな事になるので手を出すに出せない、というのがアリスの弁で、普通の手段ではこれは直せないもの、と、僕も割と諦めていたのだけれど。

でも、もしかしたら今回導入した新システム、これで直すことができるかもしれないと思ったのだ。



 夜、一人で眠っている時間は、考え事をするのにうってつけだった。

まず一番大事なのは、『参照にしてはいけないもの』の正体を知る事だ。

一体何を参照にしていて、その結果どういう影響を受けてバグが発生しているのか。

その参照元を正常な、あるいは影響のないものに変えることができれば、少なくとも三人目を選ばずに済むようになるか、最悪、真っ黒で無音になる事だけは避けられるかもしれない。

これに関して、個人的には絵面が一番の問題なので、仮に根本解決が無理でも、次善の策という形で妥協できるポイントがあるのは幾分、気が楽でいい。


(そうはいっても、僕は世界の構造だとか、そんなものには詳しくない……)


 現状、僕はあくまでアリス達に力を借りているだけで、あくまでこの世界を舞台に生きている人間でしかない。

アリス達がどうやってこのゲーム世界を変化させ、物語を改変していくのかなんて、今であっても想像もつかない。

何せ、今回のシステムの実装の際だって僕とおしゃべりしている間に、見た目何の変化もなしに「変えたから」の一言で変えられてしまったのだ。

認識できないうちに常識が切り替わったようなもので、恐らくこれは、そこに住む者には感じ取る事すらできない変化なのだろう。


(……とすると、頼れるのは二人、か)


 この手の情報で何かしら頼りにできそうなのは二人。

ミルフィーユさんとメリビアだ。

ただ、メリビアはクレアモラさんが記憶を失った後、どこかやりにくそうに僕の事を避けようとしていたので、あまり協力は仰げないかもしれない。

彼女もまた、クレアモラさんが意図的に(・・・・)自分たちの立ち位置に気づけてしまうように変えられた事に気づいていたのかもしれないから、二度とそうならないよう、警戒しているのかな、とは思うけれど。

やはり、こういう時頼れるのはミルフィーユさんだろう。

ああ、うとうととしてきた。


「早く顔を見たいなあ」


 目を瞑っていても思い出せる、誰よりも綺麗な女性。

きっと、きっと××××も大人びたらあんな風に――


「――あづっ!?」


 不意に額に走る激痛。

何が起きたのか解らず半身が跳ね、意識が覚醒してしまう。

眠りに落ちそうなうとうととした感覚が完全に消え去り、視界が広がってゆく感覚。


(なんだ……? なんだ、今の?)


 何かを思い出しそうになって、思い出せなかったかのような、そんな感覚。

いや、思い出すことを、身体が拒絶したとでもいうかのような。

あるいは、思い出すための痛み、なのだろうか?


(戦場での記憶を思い出した時だって、そんな風にはならなかったぞ……?)


 時々走ることがある、謎の頭痛。

不規則で、けれどそれが走ったからと何かが変わる訳でもなく、ほどなく忘れてしまう程度の事だった。

だから、あまり気にしないでいたけれど、これもやはり、気になる違和感の一つではある、のかもしれない。

また、眠気が支配的になってゆく。

僕の脳みそは、あまり考えることに向いていない。


(……何か、忘れてる事があるの、かな)


 戦場でのことは、ほとんど思い出しているはずだった。

けれどやはり、解らない事は解らないまま。

例えば、僕達を率いていた隊長は、結局なんて名前だったのか、とか。

僕がこの村に来る、その切っ掛けは、とか。


(いや……そんなもの、所詮は、創られたものだし)


 僕のあらゆる人生は、そしてこの世界の全ての住民は、創造者たるアリス達が考え、産み出したもの。

そして、全てがゲーム世界の、僕を中心とした物語の、設定に過ぎない事。

スタートラインが村での覚醒、そしてゴールが各種エンディングとして。

必要な部分以外、何も設定していなくても、不思議ではないのだ。

あの街のように。あの時のように。


(ああ、やっぱり、考えるのは……バカバカしい、かな?)


 少しでもマシな人生を歩みたいと思って、バグで突然狂った展開になるのが嫌で変えたいなんて願ったけれど。

でも、そんな事の為に頭を使うのは、ちょっと、疲れてしまう気がする。

アリスにでも似たんだろうか?


 眠気が限界に至り、今度こそ深い眠りにつく。




『――いや参ったな、まさかこんなところに閉じ込められちまうとは』


 夢なのか何なのか。

薄暗い、レンガの壁が広がる建物の中、だろうか?

そんな場所に、その人はいた。

白い服を着た眼鏡の、どうみても悪党にしか見えない男だ。

そんな男が、足や首を鎖につながれた――どこか見覚えのある女の子の前に立っていた。


『あの、助けてください。ここから――』

『勿論助けてやりたいが、俺もここから出る方法が解らねえ。どうやら俺のしたことは、あの姉妹の逆鱗に触れちまったらしい。全く、困ったもんだ』


 参っちまうぜ、と、少女に背を向けたままどかりと座り込み、胡坐をかく。

顔を合わせないのは、怖がらせないためか。

ふう、と深い息をつきながら、男は天を仰いだ。


『――滅茶苦茶強固なプロテクトが施されてやがる。俺なら時間を掛ければ余裕だが、解いた瞬間、中にいる俺たちはもろともデリートされちまうな』

『ぷろ、てくと……? でりーとっていうのは……?』

『ああ、すまん難しい言葉使っちまった。えーっと、すごく厳重に鍵がかけられてるんだ。そして、中から下手に開けたら中にいる俺たちが死ぬようになってる』

『死っ……そんな、の、だめ、です……わたし、まだ、しにたく、ないの……』


 男は軽く説明してみせたが、少女からすればあまりに恐ろしい言葉だったのだろう。

お腹を守るようにしながら、身をカタカタと震わせていた。


『まあ、俺だって死にたくはねえ。嫁さんと子供たちがいるのに、こんなところで死ぬのはな』


 まるで記憶の中の『隊長』のような顔で。

顔の作りとか全く違うのに、そう思わせるような顔つきで、男はにやりと口を歪める。

改めて少女の方に向き直った。


『――とりあえず、自己紹介しねえか? 俺の事はドクターとでも呼べばいい。医者をやってる』

『あ……お医者様、だったんですね? 私は、××××と言います』

『××××か……いや、いい名前だ』


 聞き取れない名前。

けれど男には聞けたのか、反芻してにやりと笑う。


『君はなぜこんなところに?』

『解りません……気が付いたらここにいて……私、大切な人と一緒にいたはずなのに、突然こんなことになって……』

『なるほど、んー、ちょっと待ってな』


 不安そうに語る少女。

男は中空に手を触れ、それに連動して、薄暗い空間に文字列が浮かび上がってくる。


『ひゃっ……あ、明るい……魔法、ですか?』

『そんなところだ。んー、該当データ無し。ああそうか、やっぱり(・・・・)これが原因か』

『えっ……えっ……?』

『あの姉妹、データを消すなら消すで完全消去しちまえばいいのに、こんな空間に隔離するだけで消した気になってやがったのか。全く、性質の悪い――』


 またも少女に解らないような難しい言葉が続く。

困惑する少女――でも、僕にはなんとなくだけれど、解る気がした。


(これ、もしかしてゲーム世界の設定の話……)

『君がここに閉じ込められている理由は解らんが、ともかくこの()の中では俺には打つ手なしだ。妻が気づいてくれるか、あの姉妹が許す気になってくれればって感じだが……』

『あの、その姉妹っていうのは、偉い人か何か、なんですか……?』

『ああ、そうだな。領主様や王様よりも偉い、とっても偉い人たちだ。俺はその姉妹にやるなって言われた事やっちまって怒られたんだが、君は理由は解らないんだろう?』

『はい……』

『なら多分君は何も悪くないさ。しかし、その状態になってから相当長いようだな?』

『……解らない、です。もうずっとずっとこんな状態で。怖いし、寂しいし、お腹空いたし……何より、何よりエリクとジュニアに会えないのが辛いわ』


(僕と、ジュニア……?)


 忘れていたものが、不意に思い出せそうな、そんな気持ちになってくる。

何故この子が僕の名前を知ってるのか。ジュニアとは何だったか。

僕は昔、どこかでこの娘と……?

また、目の端から涙をぽろぽろと流してしまう少女に、ドクターと名乗った男も「やれやれ」と後ろ手に頭を掻く。


『――後は、あの少年が、どこまであの姉妹のコントロールから外れてくれるか、かねえ』


 しみじみと語りながら、白い服のポケットから変な容器のようなものを取り出し、爪を立てる。

ぷしゅ、と気の抜けたような音が鳴り……そして、ドクターはそれを、少女に手渡した。


『飲めよ。コーヒーだ……ああ、この世界にはなかったか』

『コーヒー……?』

『苦いがお茶みたいなもんさ。今の君の状態だと、意識が朦朧(もうろう)としているんだろう? 飲めばいくらかは意識がはっきりしてくる』

『お茶、ですか……んく……苦い……』

『ま、好みの分かれる飲み物さ。俺は好きなんだけどな』


 少女がそれを飲み始めたのを見て、ドクターもまた、同じようにポケットからコーヒーを取り出し、ぷしゅ、と、開けて飲み始める。


『とりあえず、気を紛らわせるために雑談でもしようぜ? 俺には今度三つになる娘がいてなあ。この娘に、妻は食い物の名前を付けてな』

『食べ物の名前、ですか? どんな……?』

『チーズスフレ』

『……えっ』

『チーズスフレだ。妻の好きな食い物らしい』


 酷いネームセンスだった。


『本当はチーズケーキが一番好きらしいんだが、流石にそれは人の名前としてどうなのかって思ったらしく、妥協してそれになったんだ』

『妥協してもそれなんですか……?』

『まあ、妻の母方の実家にある大陸の風習らしくてな? 生まれた子供に奥さんが好きな物の名前をつけるとかなんとか……なので妻も食べ物の名前なんだが』

『やっぱりその……そういう(・・・・)名前で?』

『いや、妻の名前は普通に可愛い響きなんだよな。妻の姉さんも可愛い系の名前だから……これに関してはほんと、運なんだろうなって思うよ』


 可愛い名前なら食べ物でも許せるだろうけど、流石に聞いて「何それ」と思うような名前はちょっと辛くなりそうな気もする。

というか生きてて周りからからかわれたりしないだろうか?

何故か会った事もない、知るはずもないドクターの娘さんが心配になってしまう。


『私は……子供の名前は大切な人が決めてくれたから大丈夫だけど……人によっては、そういう名前の決め方になる事もあるんですね』

『ほんとにな。まあ、でも妻なりに悩んだらしいからな、愛がない訳ではない』


 そこだけは本当に良かったんだが、と、苦笑いしながらぐび、とコーヒーを啜る。

愛のない名前の付け方なんて、それは確かに酷いとは思うけれど。

僕だって、子供の名前を付ける時は相応に悩んだし、決める時はその時々の奥さんと相談したりしながら決めたりすることも多かった。

ハーレムルートなんて全員と子供を作ることになるから、名前を決めるのも大変だったし。

思い返せば、ルートによって性別も顔も全然違うから、同じヒロインとの間の子供もその都度考えなきゃいけなかったのは割と大変だったかもしれない。

でも、それは本来、嬉しい大変さだったはずだ。


『話は変わるが、君は好きな本とかあるか?』

『本、ですか? えっと……一番好きなのは、「空を飛んだウサギ」かな。後、「メリヴィエールとガンツァー」も好きだけれど、こっちは悲しいお話だから読んだあとちょっと辛くなるの……』

『ああ、空を飛んだウサギなら俺も読んだことはある。神話の奴だな』

『わあ、読んだことがある人がいるなんて! 私のお母さんも、このお話は好きで――』


 とりとめのない雑談に移ってから、ずっと沈んでいた少女の顔が、少しずつだけれど穏やかなものになっていく。

ドクターも、そんな少女の顔を見てか、幾分楽しげに弾ませながら会話を続けていった。




 そんな、夢を見た。

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