#1.湖に行こう!!(前)
燦々とした夏の日差しの中、今日も畑の作業を終える。
額には玉のような汗。まだ朝方だというのに容赦ない暑さだった。
「あらエリクさん。朝から頑張っていますねえ。マーシュさんみたいです」
一通り見渡し、これ以上の作業は残っていないことを確認して家に戻ろうとして――アーシーさんに声を掛けられる。
この時間帯にこの辺りにいるのはちょっと珍しい。
「あ、ども」
「ええ、おはようございます。ちょうどよかったわ。ロゼッタに用があってきたのだけれど、一緒にお話を聞いてくれるかしら?」
「それじゃ、家に戻りましょうか」
「ええ。ご一緒に」
ロゼッタだけならともかく、僕にも用事となると、もしかして何か面倒ごとの類か。
ただの浮ついた話じゃないだろうと覚悟して、先に歩き出すアーシーさんについてゆく。
「ロゼッタ、アーシーさんが用だって」
『アーシーさんが? ごめんなさい、ちょっとキリの良いところまで縫わせてっ』
家に入ってロゼッタを呼ぶも、今はまだ部屋から出られないらしい。
申し訳ないので「ちょっと待っててください」と、リビングまで通して座って待っててもらう。
「貴方の最近の活躍、聞いていますよ。畑を全部使えるようにして、売り上げも結構な額になってきているのだとか」
そのままだと所在ないけれど、都合よくというか雑談が始まってくれたので、素直に乗っかる事にした。
「ようやくコツが掴めてきたみたいで……まだまだですけど、暑くなるともっと収穫量が多くなるというので、ちょっと楽しみです」
褒められるのは照れくさいけど、同時に嬉しくもあった。
この人に認められるという事は、村でも評価が上がっているという事なのだろう。
それだけ、僕がロゼッタと一緒にいても、ロゼッタが笑われることがなくなるということだ。
それはいい。もっともっと、頑張りたい。
「それに、皆の分の税を肩代わりしてくれているのだとか」
「まあ、納税してるのはほとんどクレアモラさんの好きなものばかりな感じだけど……」
「それでも、それだけで済ませてもらえてるのはエリクさんのおかげですよ? ターニットなんて、グリーンストーンなしでは色んなもの犠牲にしなくては作れないんですから」
趣味の作物とはよく言ったもので、確かにグリーンストーンの消費量も他の作物以上に使うようで、安定して手に入る僕でもなければ、まず作れない代物だった。
だからこそ、クレアモラさんも見込んで僕に肩代わりさせたのだろう。
「今のところは、そこまでの負担でもないですから」
「ふふっ、心強いですね。まあ、今回は税のお話は置いておいて……水浴びに誘いに来たんですよ」
「水浴び……ですか?」
「ええ♪ 北の湖まで皆で行くんですよ。きっと楽しいわ♪」
面倒ごとどころか遊びのお誘いだった。
返してほしい。僕の警戒心を返してほしい。
「毎年この時期になるとロゼッタを誘いに来るのだけれど、あの娘、恥ずかしがって中々来てくれないんですよ」
「そうなんですか」
「ちなみにエリクさんは強制参加なので」
既に僕の参加は決まっていたらしい。
「ロゼッタを一人置いていくのはちょっと……」
「だからエリクさんも頑張って誘ってあげてください。私達としても、村の外はそれなりに危険ですから……多人数なら賊に襲われる心配も少ないとはいえ、はぐれた子が誘拐されないとも限らないので」
「命がけですね」
「そうなんですよ。命がけの水浴びなのです」
そうまでする価値はあるんですけど、と、ため息交じりに説明を終え。
そうしてちょうど、奥からロゼッタが姿を現す。
「ごめんなさいお待たせして……それでアーシーさん、用事って何ですか?」
「毎年の事よ。水浴びに誘いに来たの」
「えー……また、ですか?」
「またよー。今年こそはいいお返事をいただきたいわね?」
アーシーさんのお誘いに、けれどロゼッタは難色を示す。
おしゃべり好きなロゼッタの事、他のみんなと遊ぶのが嫌なわけではないのは解るけれど。
「僕も行くことになってるみたいなんだけど」
「エリクも? エリクも、行きたいの?」
「エリクさんは強制参加よ。村長権限でそう決めました」
アーシーさんはわるい権力者だった。
「そうやって強制にするの、よくないと思うの……エリクも、嫌ならそう言っていいのよ?」
「でも、村の人たちを守るのも役目だろうから」
実際、村の外に賊がうろついているのだと聞けば、水遊びで浮かれている人たちが襲撃されないように見張るのも大切な役目だと思う。
村は今のところ安全なのだから、少しくらい離れても大丈夫だろうし。
「……エリクが行くなら……うーん、でも……」
僕が行くと聞いて、目に見えてロゼッタに迷いが見られた。
視線をうろうろ、どうしようか迷いに迷っている。
(エリクさんエリクさん)
そんな時である。アーシーさんが僕に耳打ちしてきた。
(はい?)
(エリクさんは、ロゼッタと遊びたくないんですか?)
(ロゼッタと……? それはまあ、遊びたいですけど)
(それなら)
どうぞ、と、迷っているロゼッタを手で示し、説得を促してくる。
まあ、確かにロゼッタと遊ぶって、一緒に暮らしていても中々ない機会だし。
お茶をしたりおしゃべりしたりする以外にも、そういうのもあっていいと思う。
「ねえロゼッタ」
「ふぇっ? あ、う、うん、なあにエリク?」
「僕もロゼッタと遊べるいい機会だと思うから、一緒に来てくれたらうれしいんだけど……」
「え……えぇぇぇ……え、エリクが……? 私と?」
更に動揺が深まったようだった。
視線こそ僕に揺ぎ無く向いているけれど、指先とかがすごくそわそわしている。
あんまり困らせても悪いので、はっきりと言うべきだと思い、「うん」としっかりと頷いて見せた。
それきり、ロゼッタも動揺しなくなり。「そっか」とか「エリクがそう言うなら」とぽそぽそ呟いて、アーシーさんへ向き直る。
「それじゃ……私も」
「あらあら♪ よかったわ。今年は欠席者なしね♪ それじゃ、予定は明後日、朝早く日が昇ってすぐに出発予定だから、遅れないようにね。集合場所は村の入り口よ♪」
二言はさせまいとばかりに要綱を伝え、アーシーさんは満足そうにニコニコ顔で帰っていく。
よほどロゼッタを参加させたのがうれしかったのだろう。
なんとなく、嫌がるロゼッタを無理に説得してしまったのでは、と、ちょっとだけ後悔しそうになるけど、見た感じロゼッタもそれ以上嫌そうな顔もしていないので良しとしよう。
「それじゃ、頑張って縫わなきゃ……」
「キルトの続き?」
「ううん。エリクの分よ」
「……? そうなんだ」
「うん。私、頑張るわ」
ロゼッタはとても働き者な女の子だ。
毎日キルトを縫ったり、裁縫が苦手な人のために服や腰布、布巾なんかを縫うこともある。
今日はいつもと違うものを縫っていたみたいだけど、さっきのでキリがよくなって僕の為の何かを縫ってくれるのかもしれない。
嬉しい反面、代金とか払わなくていいのかなと、ちょっと申し訳なく思ってしまう。
その分だけ、僕が働いてロゼッタを楽させてあげられたらいいのだけれど。
「ところでエリク。その……エリクは、可愛いのときわどいのって、どっちが好き?」
「えっ?」
「あ、その……えっと。もし私が着るなら、どちらが似合うと思う?」
突然の質問だったので混乱しそうになったけど、なんとなく「服の事かな?」と思い、真面目に考える。
ロゼッタは、間違いなく将来美人になると思う。
でも、今はどちらかというと、可愛い、という感想に落ちつく女の子だろう。
勿論ただ可愛いんじゃなく、村で一番可愛いという最強の可愛さだけど。
「ロゼッタなら、可愛い方がいいと思うよ?」
「そ、そう……よかったわ。それじゃ、私、しばらく集中するから」
「うん。無理し過ぎないようにね」
僕のだけじゃなく自分の分も作るのかな、と思い、しばらくは静かにしていようと思った。
「――よし、できたわ!」
実際にロゼッタがその縫物を終えたのは、前日の夜だった。
筋力アップのためにショートソードの素振りなんかをやっていた中で聞こえてきたやたら気合の入ったロゼッタの声に、聞こえてきた部屋の方を二度見してしまったが。
まあ、完成したようで何よりだった。
僕もまた、用事を終えたら寝るとしよう。