#17.早速使ってみる
新たに武器が手に入ったら、使ってみたくなるのが人情というもの。
ショートソードを腰に、銅のダガーナイフ三本を懐に備え、早速西の洞窟へと進んでゆく。
合間にグリーンストーンを回収しつつ、道中のマンイーターは例によってファイヤーボトルを投げつけ無力化。
スライムや大蝙蝠なんかはどこにいるのかも解らないのだけれど、マンイーターは毎度固定の場所に発生するようなので、最近では特に見たりせずに感覚でボトルを投げつける作業みたいになっている。
最初の頃はたどり着くだけで相当時間がかかった深部にも、今ではタイムアタック感覚で到着できた。
「問題はここからか……」
ここまでは、メインはナイフ一本で対応してきた。
一撃で倒せるスライムや蝙蝠相手にわざわざショートソードを抜くまでもない。
だが、ここからは違う。
フレアリザードの群生地。
ここからはナイフでは絶対無理なので、ショートソードを抜く。
『グパァ……ブジュルルルル』
ほどなく一匹目を見つける。
近くの壁のグリーンストーンを舐め取っているようで、特徴的な舌なめずりの音が洞窟内に響いていた。
(こちらには気づいてないな……よしっ)
体格的にもかなり大柄なこのフレアリザード相手に、正面から挑むようなことはしない。
後ろからじりじりにじり寄り、音を立てないように接近し――一気にとびかかる。
「はぁっ!!」
幸い、天井も高い。
最初に倒した時のように、飛びかかって真上から仕掛ける。
ぐしゃり、銅の刃がフレアリザードの頭部を破壊する。一撃だ。一撃で撃破できた。
『グジュ……ブ、ブ・・・・・・!』
びく、びく、と痙攣しながら眼をぐるぐると回し、そのまま動かなくなって消えてゆく。
切れ味に関しては銅は鉄ほど鋭くはないけれど、やはり武器そのものの重さが加わるのは大きい。
これなら、振り降ろしでも十分なダメージが期待できそうだ。
「よし……っ」
一匹始末すると、またすぐにずるずると這いまわるような音が近くから聞こえる。
一匹目の断末魔を聞き、他のフレアリザードが集まってきたのだろう。
奴らは音に敏感だ。まして僕の声を聞いた。
ちょっと軽率だったかもしれない。居場所は割れていると考えていい。
(まあ、無理に進むことはないよな)
このまま前に進めばもれなく敵の群れと遭遇することになる。
わざわざ危険を冒すことはない。少し後ろに下がる。
それだけで、フレアリザードたちは僕を見失うのだから。
少し下がり、横幅に狭い場所まで引き返す。
這いずる音はまだ聞こえている。僕を探しているのだろう。
ここで再び深部を見やり、壁に向けてショートソードをたたきつける。
カァン、という小気味いい音が響き、ゆったりと這いまわっていた音が、俄かに素早い動きへと変化してゆく。
ぞろぞろと近づいてくる気配。ほどなくカンテラ越しにシルエットがいくつも見えた。
「――燃えろっ!」
まずは牽制から。手持ちのファイヤーボトルを投げつける。
落ちた瞬間燃え始めるボトル。フレアリザードは反射的にこれに噛みつこうとして、何匹かが炎に包まれた。
(これで後続が遅れるから……)
炎を吐き出すフレアリザードの、それも口内が燃えたところで、大したダメージにはならない。
けれど、時間稼ぎには十分だった。
団子のように連なっていたフレアリザードの中から、一匹だけ突出してくる。
細い道に差し掛かったところで、僕に噛みつこうと飛びかかってきた。
「よっと」
来るのは解っていたので軽く避ける。
真後ろが無防備なフレアリザードは、一瞬僕を見失ってきょろきょろと視線を動かしていた。
「二匹目っ」
『ギャウッ!?』
背後から大きく振り降ろし、頭部を叩き切る。
三匹目以降はほぼ同じ流れ。
細い通路を抜けてきたところを各個撃破していく。
炎を吐き出そうとする奴が居たら、その口の中にダガーナイフを投げ込んでやる。
『ぐばぁっ!? ギギィッ、ベェァァァァァッ!!!!』
悲痛な悲鳴が聞こえても同情などしてやらない。
これは殺し合い。そう、人とモンスターの、命のやり取りなのだから。
どれだけ時間が経過したか。
「はぁ……はぁ……っ」
すっかり静かになった洞窟の中、僕は一人、肩で息をしていた。
ちょっと焼けた右腕に薬草をすり潰した簡易傷薬を塗りたくり、ぺたり、その場に座り込む。
「はは……勝った、ぞ……」
きしきしと上腕が痛む。何度振り降ろしたのかも分からない。
でも、勝てたのだ。
途方もない時間だったように思えた。
でも実際には大した時間じゃなかったのかもしれない。
とにかく、疲れた。
(やっぱり僕は……こういうのは向いてないのか、な)
戦うことはできる。
けれど、長期戦にはあまり向いてない気がする。
重い武器を振り回して沢山の敵を相手にするよりは、敵をかいくぐって目的を達成する方が楽なような。
そう、フレアリザードの群れを殲滅するよりは、群れから逃げ回ってグリーンストーンを回収する方が得意だったような気がするのだ。
僕の一番の強みは腕力ではなく、脚力の方なのかもしれない。
こと歩いたり走ったりに関しては全然辛くならないのが僕の足だった。
(やっぱり旅人なのか? それとも、走り回るのが仕事の人だったのか……?)
全く戦いを知らない訳ではないのだろう。
それは、僕の体に染みついた的確な戦闘方法やモンスターに関する知識も証明している。
だとすれば、これは戦術の問題なのだろうか。
(あと少し……あと少し戦えれば、何か思い出せる気がする)
記憶を思い出すなら、身体に慣れのある事を繰り返す方がいいのかもしれない。
残念なことに村に居たり農業をしていたりで思い出せることはあまりないので、こちらの方が本来の僕に近いのだろう。
今後は、記憶を取り戻す方向も目的で、戦闘に関りのありそうな選択肢を取捨してもいいかもしれない。
ふと気が付けば、また炎の前で、あの男たちが談笑していた。
顎髭の男を中心に、僕の隣には顎に傷のある若い男が座って、僕の背中をバンバン叩いていた。
「いやあよくやったな坊主! お前が敵の目を引き付けてくれたおかげで、無事作戦が成功したぜ!」
「いたっ……痛いよ、やめてよ。解ったから叩かないで」
「がははは! まあそれくらいにしといてやれよ。さあ、今夜はお前が主役だ。しっかり食え! 敵の補給部隊が中々にいい食材を持ってやがった! まずは俺たちの腹をふくらまさなきゃ、な!」
敵、という言葉から、僕たちが戦いに向かっていたのを思い出す。
全員が、僕と同じ格好。
全員が、くたびれた服に、手入れされた武器。
斧やショートソード、クロスボウ、時々農具。
顎髭の男は自分のすぐ脇にスコップを置いていた。
鋼でできた、頑丈そうなスコップだ。確か、戦地で敵兵から奪ったものだとか。
「うん? どうした坊主。俺のスコップなんて眺めてないで、早く食えよ」
「……うん」
僕たちの前には、大き目の葉っぱに盛られた鶏肉の蒸し焼きや、簡易的に焼いた糧食パンが置かれていて、おいしそうな匂いを漂わせていた。
確かにごちそうだ。見ているとお腹がぐう、と情けない悲鳴を上げている。
手に取ってぱくつくと、久しぶりの肉の味がした。
味付けなんて塩を振りかけただけで雑なもの。しかも中身は生焼けだったけれど。
それでも、本当にまともにとれた、食事らしい食事だったのだ。
「美味いか?」
「生焼けだよこれ。しかも味付けがすごくムラがあるよ」
嬉しいという気持ちを表現するのが下手な僕は、こんな時でも皮肉ばかり口にする。
「がははは、野味があっていいだろう」
「隊長、やっぱダメだったじゃないっすかー。俺ちゃんと言ったよ? 蒸す時は弱火でじっくりにしなきゃって」
傷の男はやれやれと言った感じに首を振り振り、「仕方ねえなあ」と、懐から小さな箱を取り出す。
「ほら、代わりにこれやるよ。鶏肉は焼きなおすからさー」
差し出してきたのは、茶色い板切れ。
「いいの? 貴重なんじゃない?」
「ああいいっていいって! 今回はお前に助けられたからな。普段の斥候の任務もこなした上であの大活躍だ。お兄さんからの愛のご褒美だよ!」
料理下手な隊長に代わってな、と、ウィンクしながら差し出してくる。
ありがたく受け取って、小さくぱきりと割って、スープに放り込む。
まだ熱かったスープによく溶け込み、得も言えぬスパイシーな香りを漂わせ始めた。
「あー、やっぱカレーの香りはたまんねえなあ。腹が鳴るぜ」
「ありがとうね、エリク」
「ああ、これからも頼むぜ、名無しちゃんよ」
「――っ!?」
いつの間に意識が落ちていたのか。
気が付けば僕は、壁にもたれかかったまま座り込んでいたらしい。
だけど、今の夢……あれでまた、何か思い出したような気がした。
いや、今のは夢だったのだろうか。
見覚えのある戦場跡。
見覚えのある男たち。
そして……聞き覚えのある呼び名だった。
名無し。名無しちゃん。名無し君。名無しの坊主。
そういえば、そんな風に呼ばれていた気もする。
(そうか……思い出せないんじゃなく、そもそも僕には名前なんてなかったのか)
咄嗟にロゼッタに名乗った名前が今の僕の名前になっているが、実際にはそんなものは別の……あの顎に傷のある男のものだったのだろう。
なんで名乗ったのかといえば、それが親しみ深い名前だったからだろうか。
あるいは、適当に名乗ってもいいと思えるくらいどうでもいい奴の名前だったからか。
その辺はまだわからないけれど、一つだけ分かったことがある。
僕は、戦場にいたのだ。
(この辺りの若い健康な男は皆、戦争に駆り出されたっていうけど……僕も、やっぱりそうなのか?)
だとしたら、僕は戦場から逃げて来たのだろうか。
戦争がもし終わっているのだとしたら、僕以外にも帰ってきている人が居てもおかしくないはずで。
なのに、ロゼッタのお父さんをはじめ、村の男の人たちが一人も帰ってきていないのだ。
つまり、戦争はまだ終わっていないか、戦争そのものが、かなり悲劇的な末路を迎えた、という事になるのではないか。
(最悪は……この国は戦争に負けたか、あるいは、僕が逃亡兵だった可能性があるのか)
改めて分かった自分の立ち位置。
そして、知ったからと何か変われるわけでもないという事実。
実際僕は他に行き場などないし、今はもう、ラグナの村の農夫として生きる以外の道は残されていないように思える。
当面は、現状維持しかないだろう。
(でも、戦争の顛末は……少なくとも僕があの村に行きつく事になった理由は知りたいな)
記憶を探る、という方針はそのままで。
その上で、僕が僕として生きていく為にも、農夫は続けなければならないのだろう。
ロゼッタと笑って暮らすためにも。
こうして、西の洞窟の深部は完全に攻略し終え、大量のグリーンストーンとフレアリザードの素材を確保して帰還した。