#16.しんそうびをてにいれたぞ
『鉄壁工房』の中は、既に熱気で満たされていた。
夏場、気温も結構高くなってきている中で、更にむわっとした炎の熱。
入った瞬間「うわ」と、つい声をあげてしまったが、ミライドさんはといえば、そんな僕を見て笑っていた。
「ここはですね、見ての通り、ずっと炉が動いたままなので、とっても熱いのです」
辛いですか、と気にしてくれる。
確かに暑い。けれど、まだ耐えられないほどじゃなかった。
「今はまだ。けど、ミライドさんはこんな中でずっと?」
「ええ。鍛冶屋は暑さとの戦いでもありますから、ある程度は対策は取ってますけど、これくらいはまだまだですね」
「すごいなあ」
炎すら煮えたぎる炉を見れば、ここでの仕事がどれだけ過酷なのかは想像に容易い。
僕だったら、こんな暑さの中で一日中、それも年中仕事をするなんて到底無理だろう。
最近は畑仕事ですら休み休みの作業になってきていた。
ロゼッタが合間に休憩を促してくれるからそうなっているけど、そうじゃなくても無理を通そうとすれば途中でバテているはずだ。
それを越える、屋内の暑さの中でずっと仕事をするのだ、決して楽なはずがない。
素直に尊敬できる、すごいことだと思えた。
口をついて出た言葉はおべっかなんかじゃなく、自然なものだったのだ。
だからか、ミライドさんも照れくさそうに「えへえへ」と、また身をくねらせている。
炉の次に目に入ったのは、壁に掛けられた武器や農具。
それと棚の上に陳列された鍋やおたまといった調理器具だった。
「エリクさんは、工房でどんなものに興味があるんです? この村で生きていくならやっぱり農具? それとも、グリーンストーンの採掘とかもするなら、武器やツルハシでしょうか?」
僕の視線で興味がどこに向いているのか察して、すぐに話を進めてくれる。
この辺り、ミライドさんは中々商売慣れているようだった。
僕としても鍛冶屋さんとの付き合いなんてなかったので、とてもありがたい。
「とりあえず今のところ欲しいのは武器なんですけど……今はどんなものが?」
「それなら……例えばこれなんかどうでしょう?」
そもそも僕に何が向いているのかわからないし、どんな武器が自分の体に見合ってているのかも謎だった。
まずはお勧めを見るのもいいかもしれないと、ミライドさんが手に取った銅製のショートソードを手に取る。
わずかな熱さ。
形はよくある実用性重視な軍用と違って、彫刻なんかが施された一般持ちのものだ。
「この辺りは、調理器具なんかもそうだけど銅がメインなんですか?」
「んー? 鉄もありますけど、今のところはメインの銅素材のものを打ってからですねー。鉄は、前に打ったものだけれど……これとかになるかな」
そちらのがお好みですかね、と、次に手に取ったのはツルハシ。
全部が鉄製というわけではなく、あくまでツルの部分だけ鉄で、柄の部分は木製だけど、ツル先がきらり、炉の炎に照らされ美しく輝いていた。
「鉄製は熱に弱いのと雷などの属性攻撃を通しやすいところ、後は値段がネックでしょうか。エリクさんはこういうのの方が好きですか?」
「いや……普段使いにはちょっと向かないかな。やっぱり重いですね」
「そうですよね。エリクさんの体型だと、こちらのショートソードの方が振りやすいと思います。もちろん、力があるならツルハシの方が威力は高いでしょうけど」
ずっとナイフメインで戦っていたからか、ツルハシの重さは相当なものに感じた。
普段使いの農具と大差ないはずだけど、やはり使われている金属部分がほかの農具より大き目だからだろうか。
「でも、大物を倒すならこれくらいじゃないと足りないかな……ショートソードをメインにして、ツルハシはフレアリザードみたいな大きいの相手にする時用で……」
実物を手に、まずは状況を想定してみる。
ショートソードは、長さは一メートル程度なので、洞窟内でもナイフとそう違いない感覚で振り回せる。
天井が低いところだけ上振りに気を付けないといけないけれど、広さ的には今のところ深部に至るまで上にも左右にも振れないような場所はほぼないので使えない場面はないはず。
マンイーターみたいな特殊な例を除けば、これ一本で大概のモンスターは倒せるし、ナイフでは厳しいフレアリザードにも一応はダメージは通せると思う。
対してツルハシは、その重さから携帯するのも一苦労だけれど、恐らくフレアリザードを含め、これで叩きつけたり打ち込めば洞窟に潜むモンスターの大半を一撃で倒せるであろう、今のところ最強の武器といえるものだ。
鉄の鋭さ、そしてツルハシとしての重さを活用すれば、フレアリザードの硬い皮膚も問答無用で貫けるだろうから、後は僕のコントロール力次第だろうか。
これがあれば、今までナイフで砕いて取り出していたグリーンストーンも容易に採掘できるし、何より他の鉱石も採掘しやすくなる。
西の洞窟にはグリーンストーン以外の鉱石は見当たらなかったけれど、今後役に立つ場面は必ずあるのだ。
「あの、この二つって、値段はいくらくらいなんですか?」
「ショートソードは2000ゴールド、ツルハシは4000ゴールドになりますね~」
「ツルハシは二倍かあ……」
今の僕ならそれくらいは買えて買えない値段ではないけれど、何もほしいのはメインアームばかりではない。
他にも壁にかかっているものを見れば、ツルハシ一つに財産の大半を使うのももったいなく感じた。
「使うならショートソードかな……後、こういうナイフがあるといいんだけど」
今のところはツルハシは必須の工具ではないし、ショートソードの方に軍配があがることになった。
ただ、目的はそれだけじゃあない。
それまで使っていたナイフを取り出し、ミライドさんに見せる。
「どれどれ……鉄製のナイフですね。これ、手投げ用?」
「今のところは普通に切断用だけど、本数があるなら投擲にも使いたいなあって」
ナイフの使い道は何も切るだけではない。
今こそ使い道は限定されているけれど、余裕があるなら自分が有利に立てるように色んな使い方ができるのがナイフの強みの一つ。
持ち運びも容易だし、今のうちに数を確保しておきたいのだ。
「よく使いこまれてますねえ。ここまで立派なものは中々……でも、投げナイフに使うくらいなら、こういうのでどうです? これよりは小ぶりですけど、殺傷力はある程度確保してるダガーナイフなんですけど」
対応してミライドさんが壁から選んでくれたのは、僕のナイフよりやや小ぶりな短剣。
柄と刃の長さが同じくらいで、それでいて刃がかなり細くなっていた。
なるほど、投擲向きというのも頷ける。
「これだと、一本で500ゴールドになります。銅製なので安いんですよ」
「切れ味はそんなに?」
「ナイフとしては鉄製のそのナイフより低いでしょうね。でも、投げナイフなら求めるのは切れ味よりは投げやすさでしょうから」
実際に手に持ってみると、かなり軽量化されているのが解る。
重さがないので威力そのものは落ちるだろうけど、サブアームとして持つならこれくらいの軽さの方が便利だ。
何より、ある程度の数を懐に忍ばせるなら、これくらい小ぶりな方が適しているといえるだろう。
「じゃあ、これを三本とさっきのショートソードで」
「あらあら、ありがとうございます~」
これで3500ゴールド。
手持ち金はまだあるけれど、生活を考えたら一旦はここでとどめておくべきだろう。
防具なんかも更新できたらと思ったけれど、今のところはこれで用が足りるだろうから、またしばらくはお金稼ぎに奔走することになりそうだ。
金貨を渡し終えるとニコニコ笑顔で鞘に収まったショートソードとダガー三本をおまけのカゴ付きで渡される。
軽いダガーナイフも、ショートソードとセットで持つと中々の重量。
お金稼ぎも大切だけど、まずは筋力をつけることも大事なのだと痛感する。
「後、エリクさんにちょっとしたお願いがあるんですが、聞いていただけます?」
「僕にお願い?」
渡した後、挨拶をして出ていこうと思った矢先、ミライドさんは気になることを聞いてくる。
お願いと言われれば、それはどんな願いかは気になるけれど、とりあえずは「まずは話を」と促した。
聞かなければ判断できないし、何も聞かずに断るつもりもないからだ。
ロゼッタからは「あんまり安請け合いはしないでね」と言われていたけれど、僕はこれを、村の男として貢献できるチャンスがあると考えていた。
「西の洞窟にはあんまり鉱石類はないと思うんですけど、もし深部や別の場所で銅や鉄、銀など何かしらの金属の鉱石が見つかったら、私のところに持ってきてほしいんです」
「グリーンストーンではなく?」
「ええ。グリーンストーンは私のお仕事では全く使わないですから。お仕事で使う金属はこの辺りでは結構貴重でして~」
そういえば、これも前にロゼッタから聞いた気がする。
西の洞窟では鉄が取れないこと、そしてミライドさんが山に籠っていたこと。
恐らく、ミライドさんの言うようにこの辺りではなかなか手に入らないのだろう。
「ええ、良いですよ。今のところそれらしいものは見たことないし、多分西の洞窟では手に入らないだろうけど……」
「ああ、見つかったらでいいんです! 今はまだ自分で手に入れたものがありますし……ただ、持ってきてくれたら、お礼といってはなんですが、それに応じてエリクさんの装備を更新してあげますよ」
僕自身にとっては、ガンドさんかステラに売るくらいしか使い道のない金属の鉱石を、ここに持ってくれば装備更新の足しにしてくれるというのは、僕にとってもありがたい申し出だった。
断る理由もない。「そういうことなら」と、元気よく頷いて見せた。
ミライドさんも「ありがとうございます!」と喜んでくれていたし、まあ、いい気分だった。
これからは、グリーンストーン以外の鉱石類も気にする必要がありそうだ。
すぐに手に入るものではないだろうが、壁面にはもっと気を付けようと心に誓った。