#4.僕達は手足を食いちぎる
森から離れた僕は、村に戻るまでの間に、村の周囲の警戒をしていた。
確かに、居たのだ。賊の集団が、ぱっと見ただけで三か所にばらけ、ラグナの周辺に潜んでいた。
そちらの数は一つ一つの集団は大したことはなくて、多くて五人くらい。
けれど、下手に刺激すれば増員が来るかもしれないので、あくまで数の把握だけして、村に戻る。
「――なるほど、西の森は、既に賊の拠点と化していた、と」
「それだけじゃなく、村の周囲を囲まれつつあるってのも厄介だね。これは、守りにばかりかまけていると、数で押しつぶされるかもしれないよ」
「とりあえず今、手の空いてる奴らで村の周りの柵やなんかを補強してるが、これだけじゃちっと不安だなあ」
村に戻ってすぐ、アーシーさん達に周辺の現状を伝える。
幸いすぐに主要な人たちは集まってくれたので、一まとめに説明できた。
「他の村からも、近くに賊らしき集団の姿が見えたっていう所が増えてきてるの。最初はリゾッテだけだったけど、後からどんどん情報が来て、四つの村と二つの集落が狙われてるみたい」
今回は、受付にいたロゼッタも会議に参加していた。
受付嬢をしていたロゼッタは、掲示板経由で各村の危機が把握できていたのだ。
「大本は西の森としても、一度にどうにかっていうのは難しいだろうし、まずはこの村や集落の周りに集ってきてるのをなんとかしないといけないと思うんです」
仲間と一緒に手足を、というのだから、まずはこの先遣隊的な奴らをどうにかすることが大切なんだと思う。
これをどうにかしないと、他の連中を叩けても村々が襲撃されかねない。
「一か所ずつ確実に、と行きたいが、あまり悠長にやっていると他のところが襲われかねないねえ。どこから解放するか、結構重要なんじゃないかい?」
ある程度の戦力が各地にある現状、攻められてそのまま即全滅なんてことはないだろうけど、それでも戦力に偏りはあるはずで。
特に、男手がまだ不足している地域では戦える人は少ないだろうから、狙われているようならそこから助けないといけないかもしれない。
「まずは、人手の少ない地域から、と思ってるんだけど……」
「そうですね。この村はある程度戦える人が居ますし、一番に狙われそうなリゾッテも、バケツ騎士団の人たちが控えてるみたいだから、他よりも耐えられるでしょうし」
もしここで私情が挟まるなら、何を以ても第一に自分たち優先で考えてしまう所だ。
でも、これはただの勘だけど、一つでも村や集落が陥落すれば、その時点でもう、この回は詰みになってしまうんじゃないだろうか。
バケツ騎士達が必要以上に死んだだけでガンツァー降臨の条件が満たされてしまうようだし、ここは慎重に行きたい。
取りこぼしのないように、自衛の手段がある場所は、後に回せる猶予があるのだから。
「ではとりあえず、現状で狙われていそうな中で一番人手の不足していそうな場所を……と考えると、どこが一番危ないのかしらね? ロゼッタ?」
選別の条件を伝えながら、アーシーさんはロゼッタに視線を向ける。
一同、ロゼッタを見つめた。
「えっと……多分、ムライソの集落が一番危ないと思うわ。あそこは別の鉱区が近いし、移住した男の人もそんなに多くないから……」
視線に臆することもなく、ロゼッタはすぐさま頭の中からアーシーの問いに該当しそうな地域を引き出し、説明を始める。
「エリク、ムライソの場所は解る? ここから北東に向かった、山に近い場所なんだけど」
「そこなら一度行った事があるよ」
ミースと周囲の地域を馬車で調べて回ったことが、ここにきて大きな意味を持ち始めた。
位置まで説明されれば、すぐに頭の中に村での光景が浮かんでいた。
「じゃ、まずはそこから――」
最初の目的地は決まった。後は迅速に動くのみ、という所で、突然扉が開かれる。
「おっと待った! アニキ、また一人で飛び出すつもりじゃないでしょうね!?」
シギーだった。
後ろには、武器を持った村の人たち。
たまに訓練を受けていた人たちだ。
「私達だって戦えるようになったから、お手伝いさせてください」
「俺、魔法使えるようになったんだ、だから足手まといにはならねえ!」
「エリクさん! 一人で怪我してまで無理しないでください!」
……心強い人たちだった。
戦力になるかどうかじゃなく、自分で戦う気になってくれていることが、本当に。
「俺だって、もうアニキに頼られる存在になってるはずですよ! 戦える奴だって、この村にはほかにもたくさんいるんだ!」
「……シギー」
胸が熱くなるような事を言ってくれる。
生意気な奴だった。殴ってやりたくなる。
――だけど。だけどそう。
こういう奴らなら、僕も知っていた。
「解ってたよ。うん、僕も、仲間を頼ろうと思ってたところだから」
一人で突っ走った結果があの末路だというなら。
そして、仲間と一緒に戦う事が正解なのだというなら。
僕は、この頼りになる奴らと、新しくできた、信頼できる仲間たちと、戦いたい。
「僕一人じゃできない戦術だってあるから。手伝って欲しい」
「解りましたっ」
「そういうのなら得意中の得意だぜ」
「任せてねエリクさん! 戦えないミースの代わりに、私達頑張るからっ」
そうだ。ミースはもう、戦わせたくない。
一番隣で一緒に居て戦ってくれた人が、もうお嫁さんなんだから。
他の仲間に、同じように頼るのはとても大切なのだ。
(僕は……一人で戦ってた訳じゃ、なかった)
そんな事に気づくのに、どれだけ時間がかかったのか。
最初の仲間は全て失い、一度目の人生を敗北で終わらせ、幾度か死んだ末に、そして死にそうになった挙句に、ようやくそれに気づくことができた。
僕はやっぱり、頭が悪いのかもしれない。
だけど、バカなりに、やれることはあるじゃあないかと思う。
だってこんなに、僕を助けてくれる人が居るんだから。
「シギー、別動隊を率いて、この村の周りの賊達を蹴散らしてくれ。僕が見てきた限りの、正確な場所を教えるから。アーシーさん、それくらいの余力はありますよね?」
ならば、期待に応えなければならない。
この地域を守りたいという、皆の気持ちを汲み取らないといけない。
最大限に活かして、皆で笑顔で終わらせる。
その為に、きっと今の僕はここにいるのだ。
「ええ。大丈夫でしょう。村の皆も、この状況なら必ず協力してくれるはずです」
アーシーさんも力強く頷いてくれた。許可は貰った。やれる。
「エリク」
今度こそ、仲間たちと共に会議室から出ようとした時。
また、ベルタさんが僕に声をかける。
何か、また心配事があったのだろうか。
けれど、どんな話をされるのかと振り向くと、ベルタさんは今まで見せた事もないような笑顔だった。
「いつの間にかいい男になったみたいだねえ。今のあんたには、心配なんてなさそうだ!」
行っておいで、と、何の不安もなさそうに送り出され。
僕も「行ってきます」と、にかりと笑って部屋を出た。
「くそっ、防備が薄い場所を狙ったつもりが、こんなところまで現れるとはっ」
――北東、ムライソの集落にて。
賊の襲撃にわずかに勝り、僕らは、集落の中で賊を待ち受けることができた。
防護柵もない、集落側の支援もほとんど受けられないような状態だったけれど、でも。
僕は、今までにないくらい、安心感を覚えていた。
「やっちゃう? やっちゃいますかエリクさん?」
「俺、全然負ける気しねえわ。破壊魔法撃ちまくっちゃうよ」
「私、頑張りますよっ。超がんばりますよっ」
連れてきた仲間達は三人。この集落の防衛を任されていた人には、集落の人の避難を任せてある。
対峙する賊は、二十人ほど。
「蹴散らすよ――」
即断し、双剣を構え姿勢を低くし、一気に駆け出す。
目指すは敵の背後。
「なっ、こいつ、俺狙いか、おらぁっ!!」
一番奥に控えている、この場のリーダー格の奴が、自分狙いだと思い込んで攻撃してくる。
けれど、的外れだ。
こんな奴、どうだっていい。
一人倒すために敵陣に突っ込むなんて、そんなことをするはずがないじゃあないか。
「んぁっ!? 横ぉっ!?」
そのままリーダー格の攻撃をかわし、その横をすり抜け。
「――挟撃だ!!」
距離を開けた後、双剣の斬撃を、敵陣中心に叩き込む。
《ヒュバッ――ドゴォンッ》
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ」
「ひぎぃっ! 腕がっ、腕がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
かなりしぶとくなっているのか、もう爆発程度では即死させられなくなっている奴も多かった。
そうじゃなくとも、中心部から外れた位置にいる奴は無傷か軽傷と言ったところ。
「はふはふっ」
「うぐっ、痛ぇ、痛ぇよおっ、ああっ、あああああああ!!!」
生き残った奴は苦しみながらも、傷薬を使ったり料理を食べたりと、回復行動を取り始めた。
(僕一人なら、間違いなく手間取っていたんだ)
一か所にまとまっていた賊達は、追撃を警戒して散開し始めていた。
同じことをやっても、これでは効果は薄い。
「ファイヤーボールッ!」
《ぼぅんっ》
「ぐはっ」
「えいえいっ」
《ひゅっ――バスッ》
「あぐ――ぁっ」
けれど、今の僕には、ばらけた敵に対し、有効な打撃を与えてくれる仲間がいる。
まとまった状態では防がれたかもしれない魔法や投擲が、僕ばかり見ている、ばらけた相手になら効果的にダメージを与えられるようになっていた。
「くっ、くそぉっ、村人風情がなめやがって、あのガキより先にお前らをっ――」
いち早くその支援効果の脅威を悟ったリーダー格の男が、仲間達へと攻撃を仕掛けようと接近する。
「きゃあああっ、こないでっ、こないでぇぇぇぇっ」
「うわーっ、にげろーっ」
当の仲間はというと、自分たちが狙われたと解るやあわてて逃げ出してしまう。
攻撃されそうになって、恐怖が勝ったのか。
いいや、そんなはずはなかった。彼らは覚悟を以てここにいるのだ。
だからその悲鳴は、賊を釣る為のブラフ。
「くはははっ、そんなとろい逃げ足で――ふぐぁっ!?」
彼は爆発の土煙で気づけなかったのかもしれないが、仲間たちを守るように、地面にカレーが敷設されていた。
《ズガガガガガガガガガカガッ》
多段ヒットするカレー。
体力は幾分回復していたようで、即座に消えることはなかったけれど、意識を失ったのかふらりと倒れ込み。
《ズガガガガガガガガガガっ》
丁度、顔面に第二のカレーが当たり、彼はアイテムとなった。
「やった♪ やりましたっ、私も敵を倒せたっ♪」
トラップ設置の訓練を積んだという彼女は、とても嬉しそうにぴょんぴょん跳ねていた。
相手のリーダー格を潰したのだから、大戦果だ。
「うふふ、残りの賊も」
「がっつり仕留めていってやるぜぇ」
初陣の勝利が確定し、彼らの士気は大いに跳ね上がった。
残った賊達には可哀想だけれど、これも戦いならば、自分たちの戦術能力のなさを呪うべきだと思う。
僕はもう、呪ったから。
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
「お助け――うぎゃぁぁぁぁぁっ」
そのまま、僕と仲間達とに挟まれた賊達は、碌な抵抗もできないまま全滅した。
こうして、僕達は緒戦を勝利と作戦成功で飾ったのだった。




