#15.鍛冶屋さん戻る
「ロゼッタ、今大丈夫かしら?」
夏のさわやかな朝のある日、ノックしながらに入り口のドアが開けられた。
ちょうど朝食を取っていた僕とロゼッタは、ちょっと驚きながら、そこに立つミースに気づく。
「あらミース。朝からなんて珍しいわね。どうしたの?」
「朝牧場からの配達を受け取ってたら、面白い話を聞いてね」
あくまで座ったままミースを見ていた僕と違い、ロゼッタはすぐに席を立ち、急な来客に対応する。
とはいえ、相手はミースである。
すぐに「ああ、いいわよ」と、手をひらひらさせながら勝手に入ってくる。
そして、まるで我が席かのように空いていた席に着くのだ。
「面白い話って?」
ロゼッタもそのままミースに並んで座り、二人が僕の正面に。
そういえばこうやって並んで座るのは初めて見る。
村で一番かわいいロゼッタと、小柄だけど綺麗めなミースの二人が並ぶと、なかなかの圧迫感があった。
「鍛冶屋のとこの子、戻ってきたらしいわよ。山でずっと修行してたんですって」
「ああ、ミライドさんが戻ってきたのね。よかったー、包丁がそろそろ限界かなーって思ってたところだったから……」
「ちょうどいい機会よね。うちもお鍋に焦げが目立ってきたし……そろそろ新調しようかしら」
何の気なしにおしゃべりが始まるが、内容はというと、僕がまだ会えていない鍛冶屋さんの話らしかった。
「その、ミライドさんって、どんな人なの?」
僕が村に来てから軽く二月。
その間ずっと山に籠っているとかで会う事もなく、ずっと気になってはいたのだ。
そろそろ、ナイフ一本で洞窟に潜るのも苦しいし、鍛冶屋さんの仕事にも興味もあった。
僕の質問に、ロゼッタとミースは顔を見合わせながら「うーん」と、ちょっと難しそうな顔。
説明できないというより、どう表現したものか、と迷っているようだった。
「悪い子じゃないわ。でも、ちょっと面倒くさいかしら?」
「とっても一生懸命なのよ。師匠を越えようと頑張ってるの。頑張り屋さんなのよね」
悪い子じゃないけど面倒くさい。
一生懸命で、師匠越えしようとしている努力家。
二人の説明を聞くに、ちょっと引っかかるところはあるものの、会うのをためらうような人ではなさそうだというのは解った。
「ロゼッタ、もしそのミライドさんのところに行くなら、僕も一緒に行っていいかい?」
「エリクも? ええ、勿論よ。鍛冶屋さんはとても大事なところだから、一度はちゃんと挨拶した方がいいものね」
「うん、それも勿論だけど……農具とか武器とか、打ってる物にも興味があるんだ」
「あ、そっちもなのね。うん、解ったわ」
快諾してもらえたので、とりあえず今日は鍛冶屋さんに行くのが決定した。
実際にどんなものがあるのか、どんな物を作ってもらえるのかは解らないけれど、楽しみが増えたと言える。
「あんた、もしかしてまだナイフ一本で洞窟に入ったりしてるの?」
「うん。今のところメインで使える武器がそれしかないからね。マンイーター倒す時だけファイヤーボトルを使ったりしてるけど」
「なんて強気な……」
「エリク、それは流石に無茶だと思うの……」
洞窟の深部ともなるとマンイーターどころではないモンスターもごろごろいて、最初に戦ったようなフレアリザードもそこかしこに生息しているしで、かなり危険度が高い。
実際、まともに戦っていたのは倒せる間だけで、深部に潜るにつれ敵はなるべく避け、逃げ回りながらグリーンストーンだけ回収する、といった作業になっている。
二人の心配も無理はないのだけれど、現状、こうするしかなかった。
倒したモンスターから得た素材と作物から得た油なんかを使って有効なアイテムがいくらか用意できたのはほんとに幸いだった。
「じゃあ、装備の方も更新しておきなさいよ。いくらなんでも軽装にナイフ一本とか、ちょっと油断したら死んじゃうかもしれないんだから……お金はあるんでしょ?」
「うん、そうするつもりだよ。でもどんなものを作ってるのかも興味がある」
「ミライドの流派は基本なんでもありな感じよ。調理器具から農具から武器防具から、何でも打てるようにっていうのが代々の基本方針のはず」
「服飾もちょっとだけど噛んでるって話だものね。だからエリクのブーツも直せたのよ」
そういえば、と、ロゼッタと会ったばかりの頃、ブーツを直してもらったのを思い出す。
忘れていたわけでもなく、記憶の隅っこにしまいこまれていたもの。
今も僕が元気に畑仕事に洞窟攻略にと動けているのも、これがあるからなのが大きい。
「しばらくはいつもの工房にいるみたいだけど、久しぶりだからね、早めに行っておいた方がいいと思うわよ?」
「そうね。ご飯を食べ終えたら、すぐに出発した方がいいかしら」
「多分ね」
元々残り少なくはなっていたけれど、急いだほうがいいのかもしれない。
すぐに残っていたパンを頬張り、スープで飲み下そうとする。
喉に止まってしまった。
なんとか水を飲んで事なきを得る。
「……ぐ、う、う……ぷはっ」
「もう、エリクったら。別にそこまで急がなくても大丈夫よ」
「まるでリスみたいねえ。子供っぽいわ」
プークスクス、と、いじわるそうに笑うミースにちょっとムッとしながら。
けれど取り繕う事もできず、恥ずかしさから頬が熱くなる。
こういう風にからかわれるような事は、できるだけ減らしていかないと。
その後「私も用意しないと」と家に戻っていったミースを見送り、畑の水撒きを済ませてからロゼッタと二人、鍛冶屋へ。
鍛冶屋は村の東側、こちらは北側から流れる川とは別に、小さな小川が流れていて、その小川に隣接する形で工房が建っている。
「ミライドさん、いますかー? ロゼッタですけどー」
「はいはーい? あ、ロゼッタちゃん。お久しぶりです!」
バスケット片手に、入り口でロゼッタが声を掛ければ、すぐに反応が返ってくる。
開かれたドアの奥から出てきたのは、黒髪に褐色の健康的な肌の女の人。
背も高いし、ロゼッタやミースよりは年上なのだろうけれど、いでたちは村の女性と違って、肩掛けズボンに、上半身はさらしというかなり独特なものだった。
「むむ? そちらの彼は……?」
「あ、はい。前にブーツを直してもらった……」
「あああの! そういえばそれ履いてましたね。そっかそっか、彼が例の――」
「初めまして、エリクです」
「はい、初めまして! 鍛冶屋『鉄壁工房』の店主代行をやってますミライドといいます! 本当は師匠がここの店主なんですけど、戦争に連れていかれちゃったんで……」
つくづく戦争に足を引っ張られてる地域だった。
自己紹介の度に気まずくなるのはほんとに辛い。
「でも、ミライドさんの腕はもうお師匠さんに追いついてると思うわ。エリクも、ブーツの調子はいいでしょう?」
「うん。直してもらってから、一度も具合が悪くなったことはないから……重宝してます」
「そ、そうですかー? えへへ、そう言われると照れちゃうなあ……はい、ありがとうございます!」
えへえへと身をくねらせてひとしきり照れた後、びし、と姿勢を直し敬礼のような変なしぐさを取る。
うん、ちょっと話しただけでわかる。変わった人だ。
でも良い人そうなので安心できる。表情がコロコロ変わるのも面白い。
「それでそれでロゼッタちゃん? 何かご入用ですか?」
「うん。包丁の切れ味が悪くなってきたから、新しいものが欲しいなあって思ったのだけれど……研ぐのもそろそろ限界みたいで」
「なるほどなるほど……持ってきてます?」
「ええ、あるわ」
問われ、バスケットにかぶせていた布を取り出す。
きちんと鞘に収められた包丁が、陽に当たり、鈍い光を放っていた。
「ふむ……ほむほむ……あー、確かにこれは限界が近いかなあ」
受け取ったミライドさんがまじまじと眺めていたので、僕も釣られて眺めていたのだけれど、素人目に見てもちょっと限界なのが見て取れた。
かなり薄いのだ。
恐らく研ぎ続けてその分だけ薄くなってしまったのだろうが、それだけの間、ずっと使い続けた結果がこれなのだろう。
形そのものは悪くなっていないが、これ以上無理に研いでも刃こぼれが起きるだけ、無理に使えば割れてしまうこともありえるだろう。
そう長く保たないのは目に見えていたから、今替えられるならその方がいいはずだ。
「何かオーダーはあります?」
「特にこれといって。私の手に馴染むサイズならそれでいいです」
「OK。じゃあ同じくらいのサイズで一本打っておきますね。明日には持っていけると思います」
「お願いします。おいくらくらいかかるかしら?」
「1000ゴールドですねー。前より高くなっちゃうけど、材料手に入れるのがすごく大変だったので……ごめんなさいねー高くなっちゃって!」
ほんとごめん、と両手を前に頭を低くするミライドさん。
けれどロゼッタは「いえいえ」と、気にした様子もない。
「それくらいなら問題ないわ。後は……エリクがどんなものを打ってるのか見てみたいそうなのだけれど」
「エリクさんがですか? じゃあ、工房の中を見てますか? 今ならまだ他のお客さんも来ないし……」
「あ、うん。見せてくれるならありがたいかな」
ロゼッタの援護がありがたい。
これからお客さんが村中から来るみたいだけど、早めに出た甲斐があったのかもしれない。
「じゃあ中にどうぞー。ロゼッタちゃんは、悪いけれど……」
「ええ、ここで待ってるわ」
「……? ロゼッタは来ないの?」
「エリクさん。鍛冶屋の工房は基本女性厳禁なんですよ。鍛冶職人として鍛冶の女神様に認められた者は例外、ですけど」
「私が入ると女神さまが怒るらしいの。だからここで待ってる」
「そっか……うん、解った」
女神様も色んなのがいるからなあ、と、納得しながらも「それで工房の外で応対してたのか」と、それまでの違和感が解消されたことに気づく。
つまり、これ以降も女性客は工房に入れず、ずっとこんな感じで屋外で対応されるのだろう。
お客さんも大変だけど、ミライドさんも大変だろうなあと思いなから。
「どうぞー」と笑みを見せながら中に入っていくミライドさんに続いて、僕も工房へと入っていった。