#17.僕はミースをお嫁さんに欲しい
無事村に帰り着いた僕達を、村の人たち、それからメリウィンに参加する為訪れた他の村の人たちもまた、温かく出迎えてくれた。
「すごいわ皆! 最初はどうなるかと思ったけれど、よくがんばりました!!」
村を代表してアーシーさんが言葉をかけてくれて、それに倣うように皆が「よくやったわ」「みんなおつかれさま」と労いの声をかけてくれる。
癒される瞬間。
ようやく張り詰めていた気が抜けて疲れがどっと出て、くたびれてしまうけれど、でも。
僕らは上手くやれたんだと、良い気分になった。
「疲れたけど、頑張った甲斐はあったわね」
隣で笑顔になるミースに、僕も頷き。
手をあげながら、皆の声に応えながら家に帰っていった。
二日目はもうそんな感じで、それ以上どこかに、という気分になれず、ミースと二人、家の中でぐったりとしていた。
時間的にももうすぐ夜だし、ミースも食事を作るのが大変だろうから、そこは楽をさせてあげたいのだけれど。
「ちょっと、出かけてくるね」
「おでかけ……? それなら、私も」
「ご飯をもらってくるだけだから大丈夫だよ、無理しないで」
一日通して投石に陣地構築の準備にと頑張ってくれたミースに、あんまり無理はさせたくない。
広場に行ってちょっとご飯を取ってくるだけ。それだけなのだから。
ミースも「そう」と、ちょっと寂しそうな顔になるけれど、理解はしてくれたのか頷いてくれた。
一度気が抜けてしまったので歩くだけでも結構きついけれど、頑張れば僕はまだ、歩ける。
かぼちゃ頭は遠慮させてもらって、広場まで時間をかけてなんとかたどり着いた。
後は料理を受け取るだけ……なのだけれど、広場という事もあり、気が付くと僕を囲い込むように人だかりができてしまう。
「エリクさんだわ」
「おつかれさまエリクさん」
「今日は格好良かったですよ」
「素敵でした」
メリウィンの光景にも、多少は若い男の姿も見られるようになったものの、まだまだ集まる人の大半は女性だ。
今年は男が増えたからか、去年以上に着飾っている若い女性が多く、とても華やかな集まりだった。
かぼちゃ頭も、夜が近いからか外している人がほとんどだし。
掛けられる声も、村の入り口の時よりも黄色い声が多く、ちょっと恥ずかしくなってしまう。
「ありがとう」
こういう時、どう返すのが上手いやり方なのか、僕にはよく解らない。
まだまだ、人の期待に応えるというのができてないんだなあと、自分の弱点のようなものを覚えずにはいられなかった。
「エリク、広場まで出てこれたのね!」
「チャオ~、エリク君」
なんとか人だかりから抜け出した直後に、今度はロゼッタとステラに会う。
二人もやっぱり、かぼちゃ頭を脱いでいた。
「ミースが疲れちゃうだろうから食べ物を貰いに来たんだけど、ロゼッタ達も?」
「ううん、私は遊びたいから来ただけよ」
「あたしはきついんじゃないのって心配したんだけどねー、この子、お祭りの事になるとほんとどこから力が湧いてくるんだか」
お祭り大好き娘ロゼッタさんすごい。
「私は戦ったりしなかったし、エリク達ほど疲れてはいないだけよ。エリクはゆっくり休んでね?」
「うん。あんまり長居する気はないよ」
折角二人に会えたのだから、こんな時でもなければ遊びたいくらいだけれど。
今はもう、遊べるほど体力もない。
一度死にかけたのが本当に、僕にとってはかなりの負担になっていたらしい。
回復薬で癒えたとはいえ、体力への負荷は無視できないようだ。
「それじゃ、僕はこれで――」
「おつかれーエリク君」
「お疲れ様……あっ、エリクっ」
そのまま別れようとして。
ステラと同じようにロゼッタも別れを返してくれた直後、何かを思い出したかのように引き止められる。
振り返ろうとして、けれど足を止め、またロゼッタを見ると……赤面していた。
「あの……戦ってるエリク、すごく格好良かった」
「怪我しちゃったけどね」
「でも、それでも……私、間近でエリクが戦ってるのを見るの、初めてだったから」
そうだったかな、と思いながら、確かにそんな気がしてくる。
この辺り、記憶があいまいなのもいけない。
前の人生の記憶も、意外と完璧に覚えているわけではないようだし、もしかしたら僕は結構物覚えの悪い奴なのかもしれない。
本当に何かしら、偉い人たちにいじられてる可能性やバグの可能性もあるのだけれど。
でも、今はそんなことを考えている場合ではないのだろう。
ロゼッタが、何か必死になって伝えてきているように思えたから。
「ありがとう」
「あの、それでね……」
「うん」
「……わ、私と」
「……」
ステラが無言のまま、一歩離れる。
自然、僕の視界の中に、ロゼッタだけが映っていた。
今だけの、二人きりの状態だ。
「私と、ダンスを踊ってくれないかしら!」
それは、ロゼッタのあらん限りの勇気だったのかもしれない。
掛け値なしに、何の打算も思惑もなく、ただただ、思いを告げたかっただけなのは僕にだってさすがに解る。
聞いていて背筋がむずがゆくなって、ついつい「いいよ」と「もちろんだよ」と答えてしまいそうになった。
頬が緩みそうになる。嬉しかったのだ。
この嬉しいという気持ちが沸き上がってくるのを感じて、「やっぱり僕はロゼッタが好きだったんだなあ」と、かつての自分の気持ちを肯定できた。
そして、だからこそ今の僕は、それを受け止められなかった。
「……ごめんねロゼッタ」
焚火でのダンスは、プロポーズとして考えなければいけない。
ロゼッタだってそれを知っている。
意味が解って言っていたのだろう。
前の時は僕からだった。
受け止める側だったロゼッタが、今度は自分から言ってきた。
あの恋愛面では恥ずかしがり屋の、控えめなロゼッタが。
「――っ」
拒絶された時、ロゼッタは大きく揺れてしまう。
それだけショックが大きかったのだろう。
さっきまでのいい雰囲気が全て消し飛び、狩猟イベント後の心地よさすら薄れ。
後に残ったのはただ、悲哀だけなのだから。
「僕は、ミースが好きなんだ」
本人に言ってない事を、違う女の子に告白する。
それはなんとなく順番が違うような気がしないでもないけれど、でも。
ロゼッタに対しての、僕なりの筋の通し方だった。
「僕は、できるならミースとダンスを踊りたい」
きっと、ロゼッタも解っていたんだと思う。
だから焦ったのだ。気持ちだけでも伝えたいと思ったのだ。
それが解っているから、余計に胸が締め付けられる。
ロゼッタは、何も言えないままに、涙をぽろぽろ流してしまっていたから。
僕が、泣かせたのだ。
かつては笑顔で泣かせたのに、今度は、悲しさで泣かせてしまった。
「……」
何も言えないのは、ロゼッタだけではなかった。
ステラもまた、目の端に涙を浮かべながら目を背けていたのが見えた。
視界から消えたはずのステラをなんで見ていたのか。
あんまりにもロゼッタに申し訳なさ過ぎて、直視できなかったからだ。
だけれど、ステラばかり見ているわけにもいかず、僕はまた、ロゼッタを見る。
ぐしぐしと、目元を袖で拭いながら、ロゼッタは小さく頷いていた。
「うん……やっぱり、そうよね。二人は仲がいいし……」
順番の違いでしかないのに。
送った人生が違ったなら、僕はロゼッタを選んでいたっておかしくはなかったのに。
なのに、今筋を通そうと思ったはずの僕が、激しく後悔をしてしまっていた。
目の前で泣くロゼッタが、あんまりにも辛そうで。
泣かせてしまった自分に、酷く罪悪感を覚えてしまうからだろうか。
曖昧にしてごまかしていれば、逃げてしまえばよかったのではないかと、そんな気持ちになり。
だというのに、自分の行動を間違えただなんて、口が裂けても言えやしない。
「……君の事は、多分、好きだと思う」
「えっ……」
「だけど、僕にとっては、ミースはそれ以上に好きな女の子なんだ」
もしかしたら、一瞬だけでも期待を抱かせてしまう言葉だったかもしれない。
それでも、ちゃんと伝えたかった。
ロゼッタもやっぱり、好きだったから。
そういう気持ちが僕にあったのは、本当の事だから。
それでも尚、今の僕は、ミースを選びたかった。
「だから、僕は、ミースを誘いたいんだ。ごめんね」
誠意を以て断らなくてはいけない。
それで嫌われてしまっても仕方ないと思いながら、はっきりと断った。
これ以上、可能性を残してはいけない。
断ち切って、それで僕はようやく新しい人生を進めるのだから。
「……っ、う、うぁ」
「ロゼッタ……」
二度目のショックは、最初のショックよりも大きかったらしく。
ロゼッタはもう、僕の事は直視できなくなり、後ずさりしてしまう。
ステラに声を掛けられ、けれど振り向くことすらできず。
口元をわなわなと震わせ、嗚咽を漏らして。
「うっ――あぁっ」
そして、耐えられなくなって走り出してしまった。
「ロゼッタっ」
ステラもそのまま、ロゼッタを追いかけいなくなり。
ただただ、辛い気持ちになった僕だけがそこにぽつん、と立っていた。
「まあ、ある意味漢らしい選択よね」
「っ!? ピオーネさん」
不意に、視界の外から声を掛けられる。
誰かと思えば、ピオーネさんだった。
さっきまで気配すら感じなかったのに。
そう思いながら、けれどよくよく見ると、すぐ近くにピオーネさんのお店があった。
「貴方なら、別に一人だけと言わずとも、何人かの女の子を、そのまま自分の恋人にし続けることだってできたでしょうけど」
「それは……ちょっと」
権力者とかなら、確かにそうやって複数の女性を侍らせる人もいたのだとは教わったけれど。
でも、それは流石にどうかと思う。
だって、ロゼッタは真剣に僕に気持ちをぶつけてくれたのだ。
なら、それはきっと、ただ一人の女性になりたいからやったことのはずで。
そんなロゼッタに「二人目でもいい?」なんて聞けるはずもないし、そもそも僕もミース以外に愛を伝える気なんてないのだから。
だけれど、ピオーネさんはため息交じりに「あらそう」と曖昧な笑みを見せていた。
「まあ、男一人で村の若い女性が多数、なんて状態だったのだから、一人しか選べないなら当然、一人しか幸せにはできないわよね」
「……そう、ですね」
僕が幸せにしてきた人数。
多分、今までで幸せと思わせたのは、前の人生の時のロゼッタだけだろう。
それですら、最後は僕の死という形で終わっている。
なら、ミースは果たして、幸せにできるのだろうか。
幸せの人数。それを考え僕は、答えに淀んでしまうというのに。
「私は、それは不自然と思えたけれどね?」
「不自然、ですか?」
「だって考えてみて? この村は最初、貴方一人しか若い男性がいなかったのよ? 当然村の女性たちの意識は貴方一人に集中する。でも今は違うわ。若い男性がほかにも複数いる。後から後からどんどん増えてくる」
疑問なのよね、と話しながら、ピオーネさんの謎掛けのような不思議な問答が続く。
「だというのに、一部の女性は今でも、貴方ばかりを見ている。叶わぬ恋だと思いながら。あるいは恋とすら気づかぬまま」
「……」
ロゼッタもそうだった。
だから、ずきりと胸が痛んだ。
「貴方はこれから、ミースさんを選ぶのでしょう? だったら、その、貴方だけを想っていた女性達は、これからどうなるのかしらね? 他の誰かに貰われるの? それとも、一生貴方だけを想いながら、割り切れない気持ちを抱いたまま独り身を通すのかしら?」
まるで僕の選択を責めるかのように、あるいは試すかのように。
ピオーネさんは愉しげに僕を見ていた。
僕の反応を見る様に。
「……僕は、間違っていたんですか?」
「直球ね。私は間違ってるだなんて思えないわ。貴方の人生でしょう?」
それを間違えと感じるのは、僕がすること。
そうとでも受け取って欲しいみたいに、意地悪に笑う。
「でも、貴方はちょっと、揺らいでしまったみたいね。本気で、掛け値なしにミースさんを想っていたんでしょうに――」
ひとしきり笑った後、唐突に興味を失ったかのようにピオーネさんは背を向け。
そうして、その言葉は吐き捨てるかのような呟きに変わっていく。
「――貴方はきっと、身を焦がすような愛を知らないんでしょうね。焼きただれてもいいと思えるような、すべて失ってもいいと思えるような、全力の愛を」
「……っ」
「本当に……子供みたいな歳で恋だの愛だのなんて、語るものではないわね」
それは、大人だからこそ感じた事なのか。
それとも、僕がそんなにも幼稚な奴に見えたからなのか。
僕には解らなかったけれど、でも。
ただ一つ、僕には言えることがある。
「僕は、ミースの為なら命だって賭けられますよ」
「ええ、そうなんでしょうね」
抵抗は、けれどあっさりと受け流され。
ピオーネさんは後ろ手に手を組みながら、自分のお店すらほっぽってどこかへと歩いてゆく。
「だから、またすべて失うのが怖いんでしょうに」
最後に意味深な何かを呟きながら。
それこそ、僕の反応など待つ気もないまま、人ごみに消えていった。
「……怖くないはず、ないだろう」
ピオーネさんがいなくなった後の広場は、酷く空虚に感じて。
ただ、せめての抵抗とばかりに呟いた一言は、僕の不安を如実に表していた。




