#13.納税ガンバロー
日々の日課に税の支払いというクエストが追加された今日この頃。
僕はターニット30個の納品のため、今まで以上に畑を耕していた。
「……大体こんなところかなあ」
今まで使っていた畑の面積を倍くらいに拡張して、それまで使っていなかった部分を耕し、ウネを作って種を撒いてゆく。
それまで使っていた畑にはターニットと、新たに挑戦中のビーズ豆が既に育成途中で、週末には収穫ができる状態になっていたけれど、こっちは生活用。
半分は食用として保管し、残りは売ってお金にする。
栽培が安定するまではただの居候だった僕も、ようやく今はロゼッタに生活費を渡せるくらいにはなっていた。
ただロゼッタの世話になっているだけじゃなく、自分の意志でロゼッタと一緒に暮らす日々。
……毎日が楽しくて仕方ない。
「前より広くしたのね。そういえばロゼッタが言ってたっけ。クレアモラさんが来たんでしょ?」
例によって柵の上に腰かけ眺めているミース。
今日は僕を見ながら、何やらスケッチブックに描いているようだった。
「まあね。月末までに税を払わなきゃいけなくなったから、その分広げたんだ」
「……そ。まあ、あんたならそれくらいできるんでしょうね」
珍しく好意的な反応。
会話をしながらも視線はほとんどスケッチブックに向いていて、手はせわしなく動き続ける。
「畑の運営も軌道に乗り始めてるし、税も村のみんなの分肩代わりして……それだけできれば大したもんだわ」
褒め言葉は続く。
聞いていると照れてしまうけれど、そんな言葉がミースの口から出てくるなんて、と、ちょっとした驚きも感じていた。
不思議に思ってじーっと見ていると、やがて描く手を止め、ミースが僕を見る。
「あによ?」
「いや、ミースが僕を褒めるのって珍しいなあって」
素直に答えると、目を白黒させ「はあ?」と首をかしげる。
ああ、眉をひそめてる。いつもの顔だ。安心した。
「そりゃ、頑張ってるのは見てるし、結果が出てれば褒めるでしょうよ。なに? あんた私のことなんだと思ってるの?」
「いつもツンツンしてるスケッチブック持ち歩くのが趣味の女の子……かな」
「なんですってぇ!?」
いや、実際には優しいところもあるし、いつも着てる服を見れば結構お洒落さんだし、周りを気遣うことも結構あったりでかなり可愛いところもあるんだけど。
でも、僕はこういう、ミースのツンツンしてるところのほうが見ていて面白いと思ったからいつもこんな返答をしてしまう。
僕はかなり歪んでるのかもしれない。
「ス、スケッチブックは……絵を描くために持ち歩いてるだけよ! 別に持ち歩くのが趣味じゃないったら!」
「前も言ってたね。でも、いつも何を描いてるの? 畑?」
「……作物の観察日記よ」
それはそれですごく変な趣味だと思うけれど。
気づいたけど、ミースは何かごまかしたりしようとしてる時、唇を尖らせる癖がある気がする。
今もまた、唇を尖らせたままそっぽを向いてしまう。
「僕の作物を観察するのが趣味のミース」
「だから変なあだ名つけないでよ! 定着したら困るんだから!」
困らせたい僕がいた。
なんというか、ミースなら困らせてもいいんじゃないかなって思えてしまうのだ。
なぜだろう。僕はこんなに意地悪な男なのだろうか。
ロゼッタのことは、全然困らせたいなんて思わないのだけれど。
なんだかんだ、税の立て替えを引き受けたことで、村の人たちは前よりも僕に話しかけてくれるようになっていた。
日々の生活が苦しい中、その上で税の支払いまで課せられたらどうしよう、と、不安になっていた人も多かったのだ。
それが僕のおかげでひとまずは気にしなくてもよくなるから、と、感謝の言葉まで向けてくれる人が出てきたのは、僕としてもうれしい出来事だった。
そして、僕がこうやって毎日畑を耕しているのを見て、その様子を村の人たちに話してくれているのもまた、ミースだったのだ。
もちろんロゼッタもこれでもかというくらい僕の話をするらしいけれど、ミースはロゼッタとはまた別のつながりがあるようで、おかげで村での評価が上がり始めている。
「ねえミース」
「なに? また変なこと言うんじゃないでしょうね?」
さっきの発言のせいでもういつもの調子に戻ってしまったけれど、僕はこの娘のおかげで村に溶け込めるようになりつつある。
だから、これだけは照れずに伝えたい。
「いつもありがとうね」
ただそれだけ。
こんなのいつもロゼッタに言ってることだけど、それでも。
ミースには一言も言ったことがなかったから、言いたかったのだ。
だって、ミースがいなかったらグリーンストーンの使い方もよくわからず、きっと今ほどは上手くいってなかっただろうし。
グリーンストーンを採掘する洞窟だって、ミースがいたから知ることができたようなものだし。
ロゼッタとの関わりだけではきっと、今ほど僕の評判は上がってないだろうし。
村で僕が他の人たちと接することができるようになってるのも、きっとこの娘のおかげだから。
だから、感謝していた。
「……へ?」
ミースはというと、目を丸くして、ぼーっとしてしまっていた。
何が起きたのか理解できなかったのかもしれない。。
あるいは、僕の言ったことが信じられなかったのかもしれない。
「だから、ありがとうねって。ミースにも結構世話になってるからさ」
「あ、ああ……うん、いいわよ、別に」
二度告げてようやく我に返ったのか、視線を逸らしながら柵から降りる。
いつものようにお尻をはたきながら、僕の横を抜けて。
そうして畑の出口で立ち止まり、思い出したように。
「別に……ロゼッタのために頑張ってくれてる分には、応援くらいするわよ」
それだけ呟いて、逃げるように速足で去ってゆく。
……こういうところは本当に可愛いと思う。友達思いなのだ。
最初はツンケンした子だと思ってたけど、今ではその背もほほえましい気持ちで見送ることができた。
「シスカ、税で納品する分のターニットが集まったんだけど……」
しばらくして、僕は必要数のターニットを荷車に乗せ、シスカの元へと訪れた。
流石に30個ものターニットはそのままでは運べなかったので、ロゼッタから荷車を借りたのだ。
そんなに大きくはないけれど、やはり直接持つよりはるかに効率がいい。
ここまでもそんなに苦も無く運び込めた。
シスカはというと、相変わらず村の女性陣にいいように買い叩かれた後らしく、涙目でスンスン鼻を鳴らしていた。
「……大丈夫?」
「あ……お兄さん。こんにちは」
僕に気づくや、目元を指で拭いながら、なんとか笑顔を作ろうとする。
けれど、中々笑顔になれない。
「ご、ごめんなさい……その、また、村のおばさんたちに……」
「やっぱりそうなのか……その、商売を良く知らない僕が言っても慰めにもならないかもだけど、大変だね」
「い、いえいえっ、これも生きていくために必要なことで……必要な、事で……ぐすっ」
本人的には自分が対人能力が低いことを含めて受け入れてはいるのだろうが。
それにしても、不憫に思ってしまう。
この子は別に何も悪いことはしていないし、村の人たちだって、生活が苦しいからより安く買えるこの子から買っているだけだろうし。
シスカ自身がもっと強く言えるようになれれば変わってくるのだろうけど、今はまだ、それは難しそうだった。
スンスンと鼻を鳴らし、しばらく様子を見守っていると、なんとか立ち直ったのか「ごめんなさい」と再度謝り、今度こそにこりと笑みを見せてくれる。
無理をしている笑顔。だけれど、それでも本心から笑おうとしてくれているのが解った。
だから僕も「大丈夫?」などと聞かず、今回の要件をもう一度伝える。
「納税のためのターニットを持ってきたんだ。シスカが受け取り役なんだよね?」
「あ、はい……期限は月末なのに、こんなに早く……」
「畑をいくらか拡張したから。数はあってるよね?」
「えっと……はい、確かに30個。品質もしっかりしてるから、領主代行様もきっと認めてくれると思います」
僕の方でも初めての納税なので、少しでも品質のよさそうなものを選んだつもりだった。
シスカの作物商人としての目利きの程はわからないけど、それでもターニットを見る目つきは真剣だし、きちんと一つ一つ見た上で品質を保証してくれたので、まずは一安心といった所か。
小さく息をつくと、シスカもさっきまでよりは落ち着いた様子で、一つ一つ台車の中のターニットを自分の台車へと移し替える。
非力そうな細腕ながら、移し替えの作業そのものは慣れた様子で、手際よく進んでゆく。
「――はい、確かに受け取りました。お疲れさまでした」
ほどなくそれも終わり、ぺこり、シスカがお辞儀をする。
ほっと一安心。
まずは最初の関門をクリアできたのだ。
「うん。じゃあお願いするよ。それと……シスカに売る分のターニットももうすぐ収穫できるはずだから、そしたらまた買い取ってくれるかな?」
ここで今しがた商売でダメージを受けたシスカにそれを言うのは酷かもしれないとは思ったけれど、これはこれで僕自身にも必要な事なので、ついでに伝える。
どんな反応になるかと思ったけれど、シスカは「わぁ」と、目を輝かせて胸の前で手を組んだ。
「も、もちろんです! お兄さんは……私にとって救世主様ですっ」
ほろりと涙まで流す始末である。
今更ながら、シスカはちょっと涙が多い女の子のようだった。
悲しいときもうれしい時も涙を流すのだろう。
「そんな、大げさな……」
「大げさなんかじゃありません! だってお兄さんは無理に買い叩かないし、目玉商品まで売ってくれるし……こんな事、本当に最近になるまで全然なくって!」
照れくさくて謙遜すると、とても力強く悲しいことを語る。
思わず一歩引いてしまったが、それ以上は否定する気にはなれなかった。
「そ、そうなんだ……うん、シスカの商売が上手くいくように、僕も何かあったら売りに来るから、さ。その時は頼むよ」
「はいっ! よろしくお願いしますっ」
つい鼻の頭がむずがゆくなると同時に、「僕が来るまで本当に報われてなかったんだなあ」と思うと、ついつい僕まで鼻を鳴らしそうになってしまった。
それをなんとかごまかしながら背を向け、手を挙げながら去ってゆく。
少し離れてからちら、とだけシスカのほうを見たけど、シスカはまだ、僕に向けて頭を下げていた。
深々とした、感謝を感じられるお辞儀。
照れ臭い以上に、「僕はそんなにこの子の救いになれたのかな」と、ちょっとだけ誇らしさも感じるようになっていた。