#15.本日のデッドエンド
「――残念だったね。折角再生モーニガルデを倒せたのに、セーブポイント直前で死んじゃったね」
目を覚ました場所は、見覚えのあるロイズの部屋。
そこで、僕が死んだらしいと自覚する。
「貴方は?」
「ボクはロイズ。まあ、ありていに言うなら君たちの世界の創造主みたいなものさ。よろしくね。何度目かのよろしくだけど」
そうだね、と、心の中でだけ考え、表面上は初めましてを見せかける。
「僕はどうなったんですか?」
「死んだよ? モーニガルデ相手に刺し違え。いやあ、二年目のボスにシューティングスターはちょっとバランスブレイカーだったかな? 亜光速レールガンみたいな魔法だからね、あれ」
よく解らない単語が飛び交うけど、やっぱりアレは危険な魔法だったらしい。
「気づいたら喰らってたんですけど」
「うん。発動した瞬間に直撃してるような、超高速の物理破壊力による一点突破がウリの魔法だからね。あれでもモーニガルデは属性的に不向きだからあんな程度で済んでるくらいなんだ」
まともなのはもっと怖いよ、と、無邪気に早口で説明してくれる。
「僕も使えますか?」
「エリク君は今魔法レベル0だから無理だね。シューティングスターは魔法レベル3以上の高等魔法だから、今のままだと三年目以降じゃないと無理だと思うよ?」
ああ、三年目とかあるのか。僕の人生。
そこまでは最低でも用意されてたんだなという感想と、そこまで至れなかったふがいなさにため息が漏れる。
それと同時に、恐怖も。
「……僕は、この後どうなるんですか?」
また、すべて失って一からなのか。
折角ミースと仲良くなれていた中で、また最初からになるのか。
恐る恐る聞くと、ロイズは不思議そうに「うん?」と首を傾げてしまう。
「どうなるって……チュートリアルエンド以外のデッドエンドは、基本的に直近のセーブポイントに戻されるだけだよ? 毎度毎度、死ぬたびにボクやアリスと会って、原因を理解して、それとなくその失敗要因を覚えたまま回避できるようにしてる」
まあ全部は覚えられないんだけどね、と、とても解りやすい説明をしてくれた。
どうやら、僕は戻れるらしい。
セーブポイントとやらがよく解らないけど、前にも聞いた気がする。
「ま、今回はシューティングスターに殺されたようなものだから、これの対策だね。一番の対策は撃たせないことだけど……もし撃たれたら即座に無色を発動させて上等な傷薬か回復大以上の料理を使用、で死は免れるよ。心臓や頭に喰らったら流石に無理だし、部位欠損までは応急措置では治せないけど」
あの魔法による死は、応急措置によってなんとかなるらしいのは解った。
問題は、それによって部位欠損が補えない事だけど。
例えばさっきの戦いだって、片腕をなくした状態でその後の生活ができるのか、という話なんだけど。
「まあ、部位欠損は一晩眠れば全快するから」
僕の身体、いい加減すぎる。
「ああ、これだけは絶対に覚えておけるようにしてあげるね。眠ると傷と疲労が全快する。例えどんな負傷であろうと、家のベッドで眠って翌朝まで生きていられれば全快するから」
ほんとさっきのは惜しかったよね、と。
ロイズはとても楽しそうだった。
説明好きな人なのかもしれない。
「それで、水遊びみたいな特殊なイベントが起きた時を除いて、基本的には夜眠って目が覚めたらセーブ完了だから。つまり君は、再度今日という日をプレイすることになる」
頑張ってね、と、涼やかな表情で言い放ち。
また僕は、巨大な斧で頭をかち割られた。
「……朝、か」
小鳥のさえずりが聞こえる部屋、ベッドの中で目を覚ます。
こうなる前に起きたことは、全て覚えていた。
その日の朝に戻されたのも解る。
そう、まただ。
またモーニガルデを、倒さなくてはいけないのだ。
(ロゼッタの家が荒らされないようにする、とかはできるかな? 畑は無理かもしれないけど)
事前に対策が取れるなら、被害を減らせるんじゃないか。
そう思ってどうすればいいか考え始め……やめた。
(もしそれで僕が覚えてる事を、ロイズが知ってしまったら……修正、されかねないもんね)
それだけではない。
ロゼッタの家が襲われたのをなんとかした結果、上手くいっていたことまで失敗に終わる可能性に気づいたのだ。
あの時、モーニガルデを倒せた時点での被害は、畑とロゼッタの家のみ。
それも、荒らされはしたけどあいつらが盗んだものは取り戻せる状態だった。
だから、家を荒らされたことと畑が壊されたことを除けば、ロゼッタの被害は最小に抑えられていると言える。
同じ展開が続くならまだいい。
もしそれが崩れたなら。
僕にとっても予想外な展開が起きたら、その時に、上手くいく保証なんてどこにもないのだから。
(下手に変わったことをするより、モーニガルデと戦うまでは、同じ道をなぞった方がいい、か……?)
僕はまだ、変わったことをやる勇気がなかった。
おっかなびっくり、見えない道を進むのと、既に見えている、最終的には失敗したものの、二度目なら上手くやれる可能性のある道を進むのと、どちらがマシか。
そう考えて、僕は後者を選んだ。
「――死ねよ、シューティングスター!!」
「うっ、ぐ……」
そしてまた、シューティングスターで、左肩を撃ち抜かれた。
衝撃にぐらつきながら、無色を発動させ、モーニガルデから離れる。
なんとか腰につけておいた強化回復薬を使い、傷を癒す。
「むぅっ、まだ動けるのかこいつ――」
『前』の時は、この瞬間に無理やり肉薄してカレーによる一撃を見舞ったけど、離れたおかげで武器を弾かれることなく、なんとか意識も保てる。
応急措置により、さっきの魔法による僕の死は回避された。
でも、モーニガルデはまた、手を僕に向けていたのだ。
「ぐはははっ、離れたからと助かったと思うな! シューティング――」
――まずい、また次が来る。
次弾の想定なんてできていなかった僕は、慌ててダガーを投げつけようとしたけれど、到底間に合いそうにない。
《ヒュッ――パシィッ》
「ぐぎゃっ!? 目がっ、目がぁっ!!」
またやり直しかと腹をくくった直後の事だった。
突然、モーニガルデの右目に石が当たった。
痛みに呻き始めるモーニガルデをよそに、後ろから「今よ!」と声が聞こえ。
僕は、その最愛の声に応えるべく、一気にモーニガルデに突進してゆく。
恐らくは、これが最大のチャンスだろう。
肉薄し、残った手に持ったショートソードで、モーニガルデの首を狩ろうとした。
《がきぃんっ》
「ぐうっ、調子に乗るな小僧がぁっ!! 吾輩のっ、吾輩の目を、よくもぉっ!!」
片目を潰されながらも、尚も僕の攻撃を防ぐ。
――かなりしぶとい。
だけど、彼の目はもう、片方しか利かない。
ならば、死角は当然増える。
モーニガルデの右側に飛び退き、そのまま、真横から仕掛ける。
「なっ、なっ――くそっ、そっちかぁっ!?」
右狙いを警戒し、真横を向いたモーニガルデの、その更に後ろに、僕は居た。
「こっちだ――」
「ぬぉぉぉぉぉぉっ!?」
「――よっ!!」
落ちていたカレーを拾い、顔面に見舞ってやる。
《ズガガガガガガガカガガガガガッ》
「んぉぉぉぉっ、おおっ、おぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
村中に響き渡りそうな絶叫を聞かせながら、盗賊王モーニガルデは、カレーにまみれ消えていった。
「エリク君っ!」
「アニキっ、怪我がっ――」
「大丈夫」
腕一本、消し飛んだけれど。
でも、勝てた。
血の気が引きそうな状況だけど、応急措置のおかげか血も止まっていて、なんとか死なずに住みそうだった。
ただ、それはそれとして――無色で動いた反動が、一騎に襲い掛かってきて――僕は、急激に襲い掛かってきた睡魔に飲み込まれそうになっていた。
「……ほんとに、大丈夫、だから――」
「エリク君っ、嫌よっ、死んじゃやだっ! お願いだからっ」
ああ、ミースがすごい心配してくれてる。
必死になって抱き起こそうとしてくれてる。
――ミースの泣き顔、可愛いなあ。
「だいじょぶ……ねむい、だけ」
「アニキっ、アニキが死んだら俺はどうしたら――っ、くそ、もしアニキが死んだら、女物のドレスで着飾ってやる!」
「死なないでくださいよエリクさんっ! もうエリーちゃんが見られないとかあんまりっすよ!!」
「俺たち残して死ぬなんて、そんなことになったらあんた、村の女の子俺たちにプレゼントするようなもんですよ!?」
慰みは人それぞれとしても。
元気づけるにしても、もう少しこう、言い方というものがあるんじゃないだろうか。
「シギー」
「へっ?」
「……後で覚えてろ」
シギーの教育のせいだ。
絶対許さない。後でこいつらにも女装させてやる。
ああ、一瞬だけ冷静になれたのはありがたかったかもしれない。
「まだ賊がいるかもだから、皆の家を、警戒して――」
「あっ、はいっ」
「解りました、やっときます!」
「任せてくださいっ、へへっ、家の警戒くらいお手の物ですよっ」
後で、に僕の生きる意志を感じ取ったのか。
シギー達は途端にお気楽な感じになって村のいずこかへと散ってゆく。
「ほんとに大丈夫なの? もう、貴方って人は」
「……はぁ」
眠り落ちる意識の中、頭の後ろにやんわりとした感覚が伝わって。
そして、目の前にミースの顔があるのが、なんとも心地よかった。
(良かった……僕、生きてる――)
真っ暗になってゆく。
けれど、これは嫌な暗さではなく、嬉しい暗さで。
目が覚めた時が楽しみだと、苦労が報われた気持ちになって、素直に落ちた。
翌日、ベッドの中で目を覚ました僕は、無事繋がっている左腕を見て安堵し。
その日一日は全ての仕事を休み、ゆっくりとしていた。
その後、シギーやミースから聞いた話で、今回の賊の襲撃で捕らえた者達は、全員が村の仲間になることになったのだという。
最初こそ近くの樹に縛り付けられ、シギーやアーシーさん達に対しても反抗的で、口汚い事ばかり言ってきたらしいが、その場に現れたロゼッタから「どうしてあんなことしたの」と泣きながら追及され、自分たちが破壊した畑が、そして奪おうとした装飾品や農具が、ロゼッタにとって、両親との大切な接点だったのだと聞かされ。
賊達は急に自分たちのしてきたことに罪悪感を覚え始め、贖罪の道を選んだのだという。
僕も、ロゼッタを泣かせるような選択肢を選んでしまったので、反省しないといけないだろう。
何か、お詫びができればいいのだけれど。




