#10.ターニットは売れる
以前読んだ『ターニット農家のススメ』にもあったように、一週間もすると、ターニットの白い姿がウネの表層から見て取れるようになってきた。
期間的にはもう食べるのに適したサイズになっているらしい。
早速一つ掘り出すと、思った以上に真ん丸で、子供の頭くらいの大きさになっていた。
種の頃は爪先より小さな粒だったのに、随分と育ったものだ。
「わあ、ターニット、収穫できるようになったのね」
声がして振り向くと、ロゼッタがそこにいた。
朝食の準備中だったのか、エプロンをつけて、そして僕が掴んだターニットを見てほっこりとした笑顔になっている。
「これくらいで、食べられるようになってるのかな?」
「うん。これなら十分な大きさだわ。早速食べてみる?」
「どんな味か食べてみたいかも……」
「うふふ、それじゃそれちょうだい。作るのは……朝だからスープの方がいいかしら? ふふっ、ターニットを使うのも久しぶりだなあ♪」
ターニットのおかげだからか、ロゼッタはとても上機嫌だった。
早速僕が持ったターニットを受け取るや、「期待しててね」とにこにこ可愛らしく笑いかけ、足早に家へと戻っていく。
僕は「そんな急がなくても」と、転んでしまわないか少し心配になったけれど、同時に微笑ましくも思えて。
早い内に残りのターニットも収穫してしまおうと、シャツの袖をまくり上げて作業を進めた。
今日の朝食はターニットのスープと、焼きたてのパン。
ふんわりとしたパンの甘い香りが鼻孔に優しくて、手でちぎって口に運ぶと、これまた柔らかな食感と程よい塩気が口の中に広がっていく。
木のボウルの中のスープはちょっと塩気が強くて、ターニットの風味がよく解らなかったけれど、朝からの作業で汗をかいた僕には、ありがたい塩分補給となった。
「これ、結構柔らかくなるんだね。収穫した時は硬く感じたんだけど」
スプーンでも簡単に割れてしまえるほど柔らかい白色の物体。
これがターニットである。他の野菜にはない白一色というのがなんとも神秘的で、スープの彩も綺麗。
「うん。火を通すと柔らかくなるのよ。でも、生のまま酢漬けとかにしてもシャキシャキして美味しいけどね」
「ふぅん……他にはどんな料理があるの?」
「そうね。鉄板の上で焼いてステーキとか、挽肉を詰めてオーブンで焼いた肉詰めとか……煮物にも使えるのよ」
小さくちぎったパンをお皿の上に置きながら、指折るように説明するロゼッタ。
とても楽しそうだった。
「万能食材だね」
「ふふ、そうね。何にでも使えて結構便利よ。その分、ターニットそのものはあんまり味が強くないんだけど」
スープの塩気が強いように感じたのは、どうやらこれが理由だったらしい。
それ単体では他の野菜程甘味も辛味もないらしく、味付けが薄いと淡泊な味になってしまうのだとか。
その為、ターニット料理はターニットの食感を味わったり、味付けによってターニットを染めたりする事で楽しむものが主なのだとか。
料理の事になるとロゼッタは嬉しそうに色々教えてくれる。
料理にあまり通じていない僕にも解りやすく説明してくれるので、なんとなく自分でも作れてしまいそうに思えるからすごい。
実際には、多分僕にはロクに作れないんだろうけど。
「収穫できたターニットだけどさ、半分は売りに出して、残りは家で食材の足しにできたらって思うんだけど……」
折角作れた野菜なので、全部売ってしまうのはもったいないように思えてしまった。
短い期間で育ったとはいえ、自分が世話した畑で獲れた最初の野菜なのだ。
どうにも……変な愛着がわいてしまったのかもしれない。
そんな僕を、ロゼッタは笑わずに「そうね」と、同意してくれる。
「エリクがそれでいいなら。それじゃ、今夜はターニットのステーキにしてみようかしら?」
「楽しみだなあ。それじゃ、早く食べてターニットを売りにいかなきゃ」
収穫できた数はそんなに多くはないし、それを半分にしても数日分、二人が食べる分くらいだけれど。
それでも、そんなものでも、自分が育てた野菜がこのテーブルに並ぶのが、嬉しくて仕方ない。
「うふふ。でもエリク? 折角作ったのだから、ゆっくり味わって食べて? 急いで食べたら、お腹によくないわ」
だけど、かっこもうとする僕に、ロゼッタは優しくたしなめてくれる。
「……うん。そうだね。じっくり味わう事にするよ」
同じくらいの年の子に、「急がないで」と言われてしまうのは、ちょっと恥ずかしい。
僕って奴は、ちょっと調子に乗りやすい奴なのかもしれないなと思い、言われた通りゆっくりと食べることにした。
ゆっくり食べても、ロゼッタの料理はおいしいのだから。
食後、半分に分けたターニットを、市場に持っていった。
ロゼッタに借りたカゴを背負って、中にターニットを入れて。
作物は作物商人のシスカに売る方がいいらしいので、とりあえずシスカの姿を探す。
「――あ、あのー、すみません、それはそれ以上安くしたらちょっと……」
「いいじゃないかい。その代わりにこっちのを買ってあげるからさあ」
「シスカちゃん、あたしはこっちのポテトをもらうよ。そっちの人が安くなるならうちのも同じ値段で良いよねえ?」
「ふぇっ? あっ、おばさん流石にそれはちょっと――安くするつもりも……っ」
「この小麦粉を300gの大豆と交換して頂戴な」
「あっ、すみませんっ、それはレートが合わないというか――」
「おーい、何してるのよぉ。並んでるんだから早くして頂戴な」
「ふ、ふわあああああっ」
……見ると、シスカが村のおばさん達に囲まれて大混乱に陥っていた。
目をグルグルさせ、周りのおばさん達に言われるままにあれやこれや言われては言い返してを繰り返し、やがて言い負かされて言い値で売ってしまう。
一応は「それ以上安くできません」と言おうとするのだけれど、人数が多すぎて混乱しているせいか、「列を捌けないと」と、余計に焦ってしまうのだろう。
でも、その結果損をしてしまうというのは、商売としていかがなものか。
「うぅ……また、また言い負けましたぁ……どうしよう、儲けがほとんどないよぉ」
当の本人も、おばさんの集団が居なくなった後はへこたれてその場で俯いてしまった。
用意していた品はよく売れたようだけれど、案の定というか、儲けにはなっていないらしい。
「あの」
「ひゃんっ!?」
あんまり落ち込んでいるので心配になってしまい、つい話しかけたのだけれど。
それだけでびっくりしたのか、小柄な身体が大きく跳ねる。
そうして僕の顔を見て「あ」と、赤面した。
「こ、こんにちは……お兄さん」
「うん。こんにちはシスカ。商売、大変そうだね」
「ううぅ……集団で来られると私、ダメで……それがバレちゃってるのか、この村のおばさん達、皆集団で来るんですよねえ」
村のおばさん達の中では、もうシスカは格好のねらい目となっているのだろう。
まあ、あの混乱具合を見れば、商売に疎い僕だって「今買えば安くできそう」と思うし、家計を握る人達なら、抜け目なく狙ってくるだろう。
「あの、それで……お兄さんは何かご入用ですか? あんまり……安くはできませんけど」
「いや、僕はこれを売りたくて来たんだ」
背負っていたカゴを降ろし、シスカに見せる。
こわごわとカゴの中身を見たシスカは……ターニットを見て、ぱあ、と目を輝かせた。
「わあ、ターニット! それもこんなに丸々と! 久しぶりに見ましたぁ!」
ロゼッタもだけど、シスカもこんなに喜んでくれるあたり、本当に珍しいモノなのかもしれない。
「今はこの辺りだと作ってないんだっけ?」
「ターニットは、グリーンストーンが無いと割に合わないお野菜ですから……でも、こんなに売りに出すという事は……もしかして!?」
「うん。とりあえず作ってみたけど、これからも作れそうだよ。買ってくれる?」
安定供給できるかもしれない。
そんな期待がシスカの目を輝かせていたのだろう。
僕もそんな彼女の期待に頷いて見せながら、カゴをずい、と、シスカに差し出す。
するとどうだろう。
さっきまで落ち込んでいたのがウソのように「おおおお!」と興奮気味にカゴを受け取ってくれたのだ。
「あ、あのあの……お兄さん、これを本当に私に? 私が、売ってもいいんですか……?」
「うん。買い取ってくれるなら、だけど……」
「も、もちろんですよーっ、わあ、わあーっ、ターニット、ターニットだーっ! あ、ありがとうございますっ、目玉商品ゲット出来ましたーっ」
目の端に涙まで浮かべて喜ばれる。
ちょっと喜び過ぎじゃないだろうか。
喜んでくれるのは嬉しいんだけど、あんまりにもオーバー過ぎて「そこまで?」と困惑してしまう。
というか、そこまでピンチだったのかと思うと、シスカが不憫に思えてしまう。
「あの、このサイズだと、ターニット一つにつき50ゴールドになるんですけど……」
「50ゴールド……うん、それくらいならいいよ」
あらかじめロゼッタに聞いておいた『ターニットの相場』と比べてそこまで違いが無いので、言われた値段で頷く。
シスカは……ぱあ、と華のように笑った。
「あ、あの、本当に……? 『それじゃ全然足りないから倍払え』とか『その価格でもいいけどその代わり小麦をよこせ』とか言わないですか……?」
そして余計に不憫になった。
どれだけ足元を見られ続けたんだろうか。可哀想過ぎる。
「うん、言わないから……僕、そんな風に君の足元みたりしないから、安心していいよ」
少なくとも僕は、僕だけでも、この子には優しくしよう。
そう思わずにはいられない一幕だった。
自力でお金を稼ぐ手段を得た僕は、ターニット以外の植物にも挑戦することにした。
ミースの教えてくれたポテトなんかは収益性がいいらしいし、と、シスカと相談しながらお店で種芋を購入し、カゴに入れて帰る道すがら。
「あら、エリクさんじゃない。市場帰り?」
丁度近くの家から出てきたアーシーさんが、僕のことを見つけて声をかけてくれた。
「こんにちは。ええ、初めてターニットが穫れたので」
「まあ、そうなの! ターニットかあ……懐かしいわねえ。昔はマーシュさんがよく作ったのを荷車に山のように積んでたのがこの村の定番の風景だったのよ」
ターニットと聞いて目の色が変わるのはこの村では珍しいことではないのだろうか。
アーシーさんも昔を懐かしむように目線を上に逸らしながら語る。
それから、僕の背中のカゴを見てか、にっこりと微笑んだ。
「畑、順調なようですね。ポテトを作るのかしら?」
「前に、畑で作るならポテトかキューカンが良いって、ミースが教えてくれたんです」
「まあ、そうなの。ミースもよくマーシュさんの畑を見てたから……エリクさんの働く姿も見ているのかしらね?」
やっぱりミースは畑好きな女の子なのかもしれない。
毎日のように畑を見に来るし、僕が作業してるとじーっと見てるし。
今度から「畑を見るのが趣味のミース」とかあだ名で呼んでみようか。
「もう聞いているかもしれないけれど、ポテトは一度に穫れる収量がとにかく多いの。ただ、その代わり連作障害が起きやすいから、1~2回植えたら半年くらい置いたほうがいいわ」
「グリーストーンを撒いても?」
「グリーストーンでなんとかできるのはあくまで土地の活力と作物の成長だけだから。ポテト類は何度も植えているとね、寄生虫が湧くからよくないのよ」
「き、寄生虫……」
不意に出た不気味なフレーズにぞわ、と背筋が粟立つ。
作物につく寄生虫。というのは意識に全くなかったが、寄生虫というだけでなんだかもう気持ち悪く感じてしまう。
本能的な嫌悪感だろうか。あるいはよくわからないものに対しての恐怖だろうか。
とにかく、ぞわぞわとした嫌な感じがするのだ。
「まあ、寄生虫そのものは人には無害だと思うし、ポテトやそれに近い植物にはつきものだからそこまで不思議なものじゃないんだけど、何度も同じ土地で育ててると大量発生して生育に悪影響を及ぼすわ」
「じゃあ、収量が多いからって何度も育てないように考えなきゃいけないんですね」
「そうなるわね。合間合間に違う作物を植えることをお勧めするわ」
これは知らなかったことだけにありがたい知識だった。
知らずにやって寄生虫まみれのポテトを食べることになるのもそれはそれで嫌だし、全然収穫できなかったら今の僕には結構な打撃だしで、知ることによる恩恵はかなり大きい。
「ありがとうございました。おかげで連作障害で躓かずに済みそうです」
素直に礼を言う。
アーシーさんのおかげでいらぬ失敗を避けられたのだ。感謝しないと。
そうして頭を下げていると、アーシーさんは「いえいえ」と優しい微笑みのまま肩をぽん、と叩いてくれる。
「そうやって皆、農業のことを覚えていくものなんですよ。この村にはもう、それについて全部を教えられる農夫さんはいなくなって久しいから……よく作られるポテトや麦はともかく、難しい植物の生育は自力で考えてもらうことになると思うけれど」
「まずは基本からしっかり育てていければと思います」
僕はまだ素人農夫なのだ。
村の男として生きていくためには、相応にいろいろな作物を生育できるようにすべきだろう。
そうすることで、お金だってより多く稼げるようになるのだろうから。
「うふふ、エリクさんは頑張り屋さんねえ。ロゼッタと二人でいるのを考えると、なんだか初々しいわぁ」
頬に手を当てにっこり微笑みながら「応援したくなっちゃう」とかありがたいことを言ってくれる。
こうやっていろんな人とコミュニケーションをとっていければ、ロゼッタと一緒にいる事を少しずつ認められるようになるんだろうか?
とにかく頑張りたいと思う。
その後、アーシーさんと別れた僕は、家に帰ってポテトの作付けをしてその日を終えた。