プロローグ.僕の周りのおかしな世界
この物語は『趣味人の魔王、世界を変える』『ネトゲの中のリアル』と世界観を共有する『16世界物語』シリーズの一つです。
ところどころ前シリーズまでの登場人物や使われていた言葉などが出てくる為、それらの話を読むとより楽しめますが、こちらから先に読んでも楽しめるように作っていきますので、どうぞお楽しみいただければと思います。
今日もまた、のんびりとした一日だった。
耕作地で一仕事終えた後に村を散策していると、このラグナの村の村長宅の屋根の上に、村長の娘さんが立っていた。
「あらエリクさん。こんにちは」
僕は村長の娘さんがなんでそんなところに立っているのか、理由はよくわからないが、見慣れた光景だったので特に不思議に感じることもなく「こんにちわ」と笑顔で返す。直後。
「そうだ、よかったら――きゃっ」
村長の娘さんが屋根の上から転落した。
いや、自分から何もないところに向け歩き出そうとして落っこちたのだ。
「よっと」
だが、慣れた光景なのですぐに飛び出し、村長の娘さんをキャッチする。
「あ、あら……どうしたものかしら。こんな……」
「何事もなくてよかったです」
「そ、そうねえ……何事かあってくれても、よかったんだけど……」
意味深なことを言うが、別に深い意味はない。
これはいつもの、そう、何気ない雑談のようなものだ。
「それじゃ、僕はもう行きますね。今度は市場の方に行ってみようかな」
「あ、はい。気を付けて……」
村長の娘さんは頬を赤らめ見送ってくれる。
だけど、一度背を向け振り向くと、またいつの間にか屋根の上に登っていた。
屋根の上で手を振り振りしているのだ。
まあ、この村の女の人はみんなこんな感じだ。もう慣れた。
そのまま軽く会釈して、深く気にせず市場へと向かっていった。
村の中央にある市場はとてもにぎやか。
広場ではいつも行商人がお店を出していて、必要なものを買う人、いらないものを売りたい人、何もせず立っている人で賑わっている。
「あわわわ、このままだと納品予定の薬草がたりないよぉ……」
作物商人の女の子が、今日もまた、納品予定の薬草が集まらず泣いていた。
もうかれこれ5年くらいは、今の時期になると同じ薬草が集まらないと泣いている。
最初の内は可哀想なので薬草を集めてプレゼントしていたけれど、最近はもう、面倒くさくなったのでそういうのはやらない。
「やあシスカ」
「あ、はいこんにちはお兄さん! 今日もいい天気ですね!!」
話しかけると頬を赤らめながら満面の笑顔。
さっきまで泣いていたのにすごい百面相である。
ちなみに今日は曇っていて一向に晴れる気配がない。
「えへへ、よく晴れた日にお兄さんと会えるとちょっと嬉しい気持ちになるんですよねぇ」
あ、ちょっとだけ雨が降ってきた。
「薬草はその後どう?」
「あ、はい。お陰様で領主様に納品する予定の薬草は集まりました! 今度必ずお礼をしますね!」
ちなみにお礼はもうもらってるし、領主様は実は存在しない。
イマジナリー領主様である。
「それはよかった。ところでシスカ、君に買い取ってほしいものがあるんだけど」
「作物を売ってくれるんですか? お兄さんなら出血価格で買い取りますよぉ!」
この子の言う出血価格は本当に出血価格だ。
「とりあえずターニットを2500個売りたいんだけど」
「はーい! えーっと、2500個だからぁ、9999999999999ゴールドですね!」
この子はよく、一定数字以上になるとカンストする。
「じゃあそれで」
「はい、ありがとうございました! 他には何かありますか!」
この子の持っている金貨袋にはそんな額入っているはずないのに、売買が成立するとその額が僕の財布の中に入っている。
因みに僕の財布の中身は空だ。
一度この額の数字を受け入れたら以降あるはずの金貨まで見えなくなってしまった。
だけど、あるらしい。意味が解らない。
「シスカが欲しいかな」
「解りました! ポテトが欲しいんですね!」
ポテトが欲しい時はこの子が欲しいと言わないと売ってくれない。
因みにこの子が欲しい時にはポテトを欲しいと言わないと売ってくれない。
他の女の子の前でポテトが欲しいと言うと「浮気者!」と本気で泣かれる。
シスカ=ポテトが成立するのはラグナの村だけ!
「それとシスカを殴りたいんだけど」
「ええっ、私を殴りたいんですか!?」
「いや違うけど」
「ですよねえ、承りましたぁ!」
この問答をしないとレモンの売買ができない。
ちなみに今のやり取りでレモンが2000個買えた。
蹴りたいというとオレンジを売ってくれる。個数はランダムだ。
シスカへの暴力=果物が成立するのはラグナの村だけ!
「シスカのパンツが見たい」
「そ、そんな……お、お兄さんにならいいですよぉ」
これを頼むとシスカがパンツを見せてくれるのだが、必ずこれをやらないと売買が成立した後にシスカが荷車と合体してしまうので仕方なかった。
因みにシスカのスカートの中は真っ暗で何も見えない。めくれてるのに何もない。
ダークマター的な何かがシスカのスカートの中に……嬉しくはないかな。
「それじゃまたね」
「うぅ、薬草が集まらないよぉ」
別れるとまた薬草が集まらないモードに戻る。
でも別に死ぬわけではないのでこれはこれでいいかなと思った。
シスカは泣き顔が可愛いし。
そのままの流れで今度は教会に向かってみたのだけれど、珍しく聖堂にシスターがいたので話しかけてみた。
「まだシナリオが用意されていません」
ここ数年、シスターの第一声は大体がこれ系だ。
いつになったら用意されるのか解らない。
「シスター、聖水を売ってほしいんですけど」
「まあ! 私を奥さんにしたいんですか!?」
「……はい」
違うと言いたいけど仕方ない。
ここで選択を間違えると何故か村にドラゴンが襲撃してきてシスターが死んでしまうので仕方ないのだ。
「解りました、貴方がそこまで私を想ってくださるのなら――」
話しかけるまで無表情だったのに今はテレテレと可愛らしく照れているシスター。
最初はこの時にすごく驚かされたものだ。
「セリフが用意されていませんセリフが用意されていませんセリフが用意されていませんセリフが用意されていません」
突然無表情に戻って淡々と同じセリフを繰り返すシスター。
ホラーである。紛う事なきホラーである。
「はい」
だけど僕はもう驚かない。
いつものことだ。慣れた。
そして聖水が手に入った。
因みにここで「いいえ」と答えると呪いの護符をくれるけどシスターが自害する。
なんで自害するのか考えたことがあるけど、どうやらここでの「いいえ」はシスターに告白した時の「神様に祈るよりも幸せにしてくれますか?」という質問に「いいえ」と答えるのと同じことになるらしい。
意味が解らない。
「迷える子羊に聖なる加護を――」
それまでの意味不明な問答により無表情になったりデレデレになったりしていたシスターの顔が、今だけ本来の、ちゃんとした表情になっていた。
「ころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやる――」
そのまま会釈して教会から出ると恐ろしいシスターの独り言が聞こえるが、これはシスターの好感度が最低の時に聖堂で女神像にお祈りせずに出たからである。
ちなみに聖堂でお祈りすると女神像が爆発する。
女神像が爆発するとシスターは何故か村から大きく離れた湖まで瞬間移動して湖の中でおぼれている。
こうなるともう助けられないのでやむなしである。
基本、教会に入るとシスターの好感度が激下がりするのであまり利用したくないのだが、今回は仕方ない。
なんで僕が聖水を用意したのかというと、聖水がないといけない特定の場所に入る為である。
使い方は意外と簡単。
聖水の中身を捨てて、空き瓶を大きく振りかぶり――
「せいっ」
「きゃんっ」
お昼に聖堂の外を通りかかる絵描きのミースに投げつけることで、ワープホールがその場に出現するのでこれに入る。
「ちょっとエリク君! 突然何するのよ!」
「ごめんよミース愛してるっ」
「えっ、そ、そんな……えぇぇ!?」
当然怒るが即最良の選択をして好感度を最大まで上げるので全く問題ない。
ミースはたとえ瀕死になっても翌日には全快しているし、好感度も高いままだ。
ミースちょろい。
そのままワープホールに入り――目的の場所へと移動した。
転移された先は、『ストロベリータワー』という塔。
本来は絶対に入ることのできない場所らしいけど、聖水ワープを活用すると余裕で入り込めるからもう常套手段みたいになった。
ちなみに聖水はさっきのやりとりで500個手に入ったので当分は買う必要がない。
「やっほーエリク君一週間ぶりー。先週はどうだったー?」
目の前にはこの塔の主である『アーリィ・ストロ・ベリィ』、通称『アリス』の姿。
「どうもこうもないよ。いつも通りさ」
そう、いつも通りだ。
僕にとってはもう、こんなのが日常になってしまった。
「いい加減シスターの好感度が下がり続けるの何とかしてほしいんだけど」
「あはは、ごめん。修正してるんだけどすればするほどバグっちゃってー」
村の人たちの行動がおかしいのは大体この人のせいである。
「シスカはまた薬草ループに入り始めてるよ。直す気はないの?」
「えー、エリク君があの子の泣き顔好きかもって言ってたからあえてそうなるようにしてるんだけど? 君には嬉しいでしょう?」
否定できないのが苦しい。
不便ではあるけど、確かにシスカはあのままでもいいか。
「後ミルフィーユさんと結婚できないの何とかしてほしい。先週もプロポーズ断られちゃったよ」
「それは仕様です」
「バグだよね?」
「仕様ですー! あの人は旦那持ちだし子供持ちなんだから結婚させたらダメなのぉ! もう、エリク君の好色魔!」
酷い罵倒である。でも仕方ないじゃあないか。
ミルフィーユさんはすごい美人さんなのだ。笑顔がとてもかわいい。
村のどの女の子より可愛くて綺麗なんだから仕方ないんだ。
攻略意欲が湧くというか。欲しくなるのだ。デレ顔が見たくなるのだ。
「ぐぅ……こんな事ならあの夫婦をこの世界に入れるんじゃなかったわ……あぁぁ、私のエリク君が熟女専みたいになっちゃってるぅ……」
別に熟女だから好きなわけでもないんだけど。
ていうか熟女? ミルフィーユさんは少女だと思うんだけど。
いや、お姉さんと呼ぶべきだろうか?
ダメだよく解らなくなってきている。まあいいか。
「実は昨日、なんとなしに垂直ジャンプしたら雲の上まで飛んだまま降りられなくなって焦ったんだけど」
「あら、それはまた新しいバグね。ジャンプしたら戻れなくなるとか謎い」
「雲の上に飛ぶのはおかしくないの?」
「エリク君のステータスならジャンプすれば雲の上くらいいけるわよそれは」
私でもいけるもん、と、当たり前のことのように流される。
まるで僕が化け物だと言われてるようで気分が悪い。
アリス自身はまぎれもなく化け物の部類なんだけど。
「それで、どうやって戻ったの?」
「色々試した結果全裸になったら自然と着地できた」
「斬新な着地方法ね」
「そんなの求めてないんだけどね」
やっぱりこの世界はちょっとおかしいらしい。
というか僕自身何年か前までは普通に生きてたはずなんだけど。
少なくとも着地に全裸になる必要があるジャンプなんてその時までしたことがなかった。
「おかげでその場にいたミースからすごい泣かれたんだよ? 頭撫でたら即許してもらえたけど」
「相変わらずちょろいわねー」
「ほんとだよ。ほんとはミースはそんなちょろくないはずなのに」
「ほんとはもっと気難しい子のはずなのにねえ」
そう設定したはずの本人がその通りに設定できてないんだから困る。
今ではもう、ミースはどんなことをしても数秒後にはにっこにこのデレデレになってしまう。
おかげでミースのデレにありがたみが全くなくなってしまった。
「まあいいじゃない。他には何かある?」
「なんでこの世界には僕のお風呂がないの?」
この世界には、女風呂しかない。
「エリク君必要ないじゃない。エリク君の体は絶対に汚れないし絶対に臭くならない成分でできてるしトイレにも行く必要ないから大丈夫よ?」
「疲れも翌日には取れてるよね」
「チュートリアル以降は一晩眠れば全快するからね」
疲労に限らず、不治の病にかかろうと胴体が真っ二つになろうと一晩眠れば全快するのが僕という奴だった。
僕って一体。
「なんで女の子のお風呂は用意してるの? 汚れるの? 臭くなるの?」
「基本汚さなければ汚れないし臭くはならないけど……覗きイベント欲しくならないの?」
「最初はアリだなと思ったけど」
「思ったけど?」
「今の僕はもう、そういうの見飽きてるし」
何も設定されていない黒いモヤを見させられる身にもなってほしい。
魔法を使って無理やりそれを消し去ってもそこには何もないのだ。ホラーでしかない。
「人間の構造ってよくわからないのよねー」
「もっと勉強して? 人間を理解して?」
「えーだってそういうのつまんないし……」
とても切実な問題だった。
なのにこの世界を作った張本人は、全く気にしていなかった。
無責任すぎる。
そう、このアリスという少女じみた化け物は、人間からしたら途方もない存在なのにもかかわらず。
今日もまた、無責任に適当な運営をするのだ。
「エリク君を観察するのなら喜んでするのだけれど♪」
「いつもしてるじゃないか……いつもしてたじゃないか……」
「うふふ、また、これからもずっとするからそのつもりでね。ところでキャベツ畑のアップデートをしたのだけれど――」
こうして、今週もまた、この塔でこの世界の『最新の状態』を説明してもらう事になる。
僕のおかしな日常は、一週間は、こうして始まるのだ。
(最初は、こんなんじゃなかったはずなのになあ)
ため息を漏らしながら、だけれど日々を生きていく為に、アリスの説明に耳を傾ける。
けれど、頭に浮かぶのは、いつだって村でのこと。
まだ新鮮な気持ちだった頃の、何もかもが手探りで楽しかった日々だった。