December's Story 0
この作品は、『December's Story』の前日譚となります。
まだ、『December's Story』を読んでいないのであれば、こちらを先に読むことを強くおすすめ致します。一応、こちらを読まずとも内容は理解できるような構成にはなっておりますが、本編の盛大なネタバレを含みます。作者としましては、是非本編から読んでいただきたいと思います。
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プロローグ
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わたしは小さい頃から本を読むのが好きだった。胸踊る展開に惹かれていた。ピンチに必ず現れるヒーローがかっこいい。どんな事件も解決する探偵がすごい。好きな人のために頑張る主人公が好き。最後まで諦めないチームに燃える。物語はいつだってわたしに感動を与えてくれた。恋愛に、スポーツに、音楽に、あるいはただの日常でさえ。そんな、特別でかけがえのない、物語のような日々を過ごせると思っていた。そうやって、夢を見ながら歳を重ね、小学校を卒業し、中学校を卒業し、気づけば高校2年生。あるいは高校生になったらそんな夢みたいなことが、本の中の世界みたいなことが、現実になると思っていた。そんな時期がわたしにもあった。
事実は小説よりも奇なり。そう言った人は誰だ?出てきたら、わたしが殴ってやる。
現実はつまらない。本のように、強大な悪役が登場するわけじゃあないし、仮に登場したとしても、ちょうどいいタイミングでヒーローが現れることも無い。事件が起きたとしても、探偵が事件を解決することも無く警察が対応する。相手のことを好きだからって、相手が自分のことを好きになってくれるわけじゃあない。どれだけ根性論をかざしたところで試合に勝てるかどうかは分からない。
毎日が、すごい速度で進んでいく。何もしなければあっという間に青春なんて過ぎ去っていく。何かしたい。何かしなければ......。だけど、物語の主人公になるために、何をすればいいのか分からない。わたしは本の登場人物になりたい。願わくば主人公になりたい。もちろんこれは比喩で、正確には本の中の世界みたいなのが、現実に起こって欲しい。そんな世界でわたしは重要人物でありたい。だけど、そんなのはあり得ないことで、結局、わたしは夢に夢見るただの女子高校生なのだ。今日も今日とて、何もない一日が始まる。
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一節
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「委員長、おはようー。」
わたしが、教室に入るとクラスメイトの1人が挨拶をしてくる。すかさずわたしは挨拶を返した。
「おはよう。」
わたしはこのクラスの学級委員長である。通っているのは女子校なので、クラスメイトも当然女子しか居ない。自分で言うのもなんだが、わたしはかなりしっかりしている。欠点をあげるとすれば、今のように自画自賛が激しいところくらいだろうか。でも、事実なんだから仕方がないだろう?とにかく、そんなわけでわたしは他薦で学級委員長となった。断りはしない。だって、委員長ってだけでかっこいいからな。
「今日も委員長、かっこいいな......。」
「ね。スタイルが綺麗で羨ましいよね.......。」
ほら、わたしの姿を見て、クラスメイトが小さな声で褒めてくれているじゃあないか。朝から気分がいい。とはいえあからさまに反応していてはイメージが台無しだ。その囁き声には聞こえないフリをして、わたしは自分の席につく。すると、
「ねえ、委員長。今日の宿題やった?私やってないから見せてー!」
と、隣の席に座る女子に声を掛けられた。
「紗希......。またやってないの?」
わたしは呆れたように言う。
彼女は、中野紗希。隣の席になってからよく話すようになった友達だ。
「いやー、今回はやろうとしたんだよ?だけど、気づいたら寝ちゃってたんだって。」
「とか言って、本当は遊んでたんじゃないの?」
「ま、まさかー。あはは。」
紗希はわたしから目線を逸らして、気まずそうにする。分かりやすいなまったく。
「まあいいけどね。はいこれ。」
わたしは鞄からノートを取りだし、それを紗希の机に置いてあげると、
「おお!さすが委員長。大好きー!」
そう言いながら抱き着いてくる。
「いいから早く写しちゃいなよ。」
「うん。ありがとう。」
そう言って、紗希は自分のノートに書き写し始めた。宿題を終わらせることに集中してしまっているので、邪魔をするというわけにもいかない。わたしはやることも無く、正面に向き直ってぼーっとしていると、気まずそうにクラスメイトたちがわたしの席へとやってくる。
「ねえ委員長、今日の体育って外かな?それとも体育館?」
「いいんちょー!進路希望の提出っていつまでだっけー!?」
「ごめん委員長。この前教えてくれた数学の問題もう一回教えてもらえる......?」
みんながみんな、申し訳なさそうにわたしに一斉に話しかけてくる。だけど特に驚くことはない。こんなのは日常茶飯事。いつものことだ。
「体育は前回外だったから体育館のはず。あとで先生に確認しておくよ。進路希望は来週の金曜までね。数学の問題はこの前教えたときのノートがあるから、それ貸してあげる。それ読んで分からなかったもう一回声かけて。」
わたしがそう答えると周りに居たみんなは口々に、ありがとう委員長と頭を下げて散っていった。そんな様子を隣の席の紗希が楽しそうに見てくる。
「なに......?」
私が尋ねると、
「ううん。委員長、頼られてるなって思って。いつも忙しくて大変だねー。」
紗希はそんなことをニコニコしながら言ってきた。
「一番最初に頼った紗希が何を言ってるんだか。」
「だって、委員長いつも優しいんだもん。......もしかして、実は嫌だったりする?」
紗希は不安そうにつぶやく。
「別に嫌じゃないよ。むしろ頼られて嬉しいくらい。」
対してわたしは微笑みながらそう答えた。これはわたしの本心だ。別に正義の味方なんて言うつもりはないけれど、それでも誰かにありがとうと言ってくれるのは素直に嬉しい。それに、わたしは他の人よりも物事の本質を捉えることに長けている。その才能を使えるのならば大いに使っていくべきだろう。
「もう本当に委員長、聖人じゃん。私の嫁になってくれてもいいんだぜ!」
「馬鹿なこと言ってないで、早く宿題やりなよ。もうHR始まっちゃうよ?」
「ああーそうだった。」
再びノートを書き写す紗希を横目に見ながらわたしはふと思ってしまう。
(ほんと、何もない日常......。)
未曽有の大事件が起こることもなければ、世界征服を目論む大魔王が現れることもない。宇宙人が地球侵略に来ることもないし、ましてや、幽霊や魔法や超能力があるわけでもない。強いて言えば、女子校だからなのか、ときどき不審者が校内に入ってくるぐらい。だけどそれも、何があるわけでもなく、普通に警察に突き出されて一件落着だし。
つまらない......。そう思う。いや、友達との会話は楽しいし、毎日のテレビ番組も面白い。本を読むのは昔から好きだから、新しい小説や漫画を買ってそれに読みふける毎日。楽しいし充実しているの間違いない。だけど、物足りない......。物語の主人公みたいに、こんなあり触れた日常じゃなくて、特別な非日常を過ごしたい。
せめて、不思議女子でも転校してくれれば何かが起こりそうなものだけれど。しかし、現実はそう甘くはない。チャイムが鳴って、担任の先生が入ってきてHRは始められるが、いきなり転校生が現れることもなく、何か不思議なことが起こることもなく、ただ必要事項のみを伝えれられ、HRは終わりを迎えた。
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――――――――――
1時間目、教壇で教科書の内容を上から読んでいく数学教師の声を右耳に聞きながら、わたしは窓の外に視線を向ける。窓際の席の特権、授業中の暇つぶしだ。授業なんて、教科書を適当にめくるだけで内容を理解できてしまうし、しっかり聞く必要なんてない。だから、席替えでこの席になってから、窓の外を見るのはわたしの日課となっている。なにかが起こることをいつも期待しながら、毎日のように、毎時間のように不思議がないかを探す。
(ん?あれは......?)
校門前の一人の男性にふと視線が移る。その男性はマスクをしており、さらに何やら周りの視線を気にしているのか。端的に言えば挙動不審だった。
(また?校内に忍び込もうとする不審者、今月2度目だよ?)
なんの証拠もなくわたしは不審者だと断定する。だってそうにしか見えないし。ちゃんと用がある人はあんなに挙動不審にならないし、何よりわたしが怪しいと思ったってことは正しい。これも授業中の暇つぶしのひとつ。校内に訪れる人が、関係者なのか不審者なのか当てるというもの。まあ、とはいえそんなに頻繁に不審者が入ってくるわけもなく、十中八九関係者なのだが。ちなみに、今までの正答率は100%。わたしが不審者だと思った人は、その後、全員例外なく警察に突き出された。だって分かりやすいんだもの。
(うちの警備厚いからなー。どうせこの人も入ってすぐ捕まるんだろうけど......。)
ただ、絶対に問題を起こさないと言い切ることも出来ない。もし仮に万が一、何か問題を起こして、うちの生徒が不快な思いをするのはかわいそうだ。そこでわたしはふと思いつきで、いらない紙に文字を書き始める。
”もしもこの学校の関係者でないのなら、何か良からぬことを企んでいるのであれば、おすすめはしません。この学校は警備が厳重なので、それで警察に突き出された人を何人も見てきました。関係者でしたら、疑ってすみません。用があるのであれば先に事務室に向かうようお願いします。”
と。そしてそれを紙飛行機の形に折る。
(この距離って届くのかな?まあ紙はたくさんあるし成功するまで投げて、あとでちゃんと全部拾えばいいか。)
前をちらっと見ると、ちょうど先生が板書に集中している最中だったので、静かに窓を開け、こっそりと紙飛行機を校門に向かって飛ばす。紙飛行機は風に揺られながらひらひらと前に進んでいく。それを目で追っていくと、見事に一発で校門前の男の目の前に届いてしまった。さすがわたし。なんでも出来てしまう。男は驚いたようにそれを拾い上げ、開いて中に書いてある文字を読んだ途端、慌てて逃げ去っていった。今の反応から見るに、今回も正解だったっぽいな。それにしてもあっさりと諦めるなんて、信念が無いな。やるならやり切ればいいのに。
わたしは外を見るのにも飽きて、ノートも取らずにぼーっとして過ごす。隣では紗希が熱心にノートを取っていた。今朝の宿題の一件からも分かる通り、紗希は基本不真面目だ。だから授業中も、寝てるか、本を読んでいるか、あるいはほかの友達と手紙を回すかに限られる。その紗希がノートを取っているなんて非常に珍しい。明日は雨でも降るかも。
一方でわたしはやはりやることもない。ペンをいじったり、時計を見たり、外を見たり、教科書をぺらぺらとめくったりと、怠惰な時間を過ごしていると、やがてチャイムが鳴り先生が言う。
「それじゃあ今日はここまで。号令。」
号令は学級委員であるわたしの役目だ。
「起立。」
わたしが言うと、クラスメイトが全員一斉に立ち上がる。
「礼。」
お辞儀をすると同時に、みんなはぼそっとつぶやく。
「「ありがとうございました。」」
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――――――――――
「委員長、さっき何やってたの?」
休み時間になると同時に紗希が話しかけてくる。
「......?」
わたしが無言で首を傾げると、言葉足らずだったと理解したのか、紗希が言葉を続けた。
「授業中に紙飛行機折って、外に投げてたでしょ。」
「ああ、そのことね。校門前に不審者がいたから忠告してあげようと思って。」
わたしがそう答えると、紗希は怪訝そうな顔をして、
「また不審者ー!?この学校多すぎない?」
と嘆く。
「多いよね。」
「あれ?でもどうして不審者だって思ったの?」
「仕草とか雰囲気とかで何となく。」
「ええ!それだけじゃ分からないでしょ!それで?何で紙飛行機?」
「だから紙飛行機に忠告文書いて、それを校門までほいっと__」
わたしが言うのを途中で遮って紗希は驚いたように声を張り上げる。
「届くわけないじゃん!ここからどれだけあると思ってるの?」
「いや、でも届いちゃったし。」
「......うそ?」
「本当。」
「......委員長って本当に完璧超人だよね。」
「たまたまだって、そんなほめるようなことじゃないよ。」
「委員長くらいなんでも出来たら、困ることが無くて人生楽しそうだなー。」
紗希は無邪気にそんなことを言うが、それを聞いてわたしは俯いてつぶやいてしまう。
「そんなことないよ......。なんでも解決出来るってつまらない......。」
「委員長......?」
わたしのつぶやきを聞いた紗希が心配そうに尋ねてくるので、わたしはすぐさま明るい表情で話題を変える。
「そんなことより紗希こそ、授業をちゃんと受けるなんて珍しいじゃん。」
わたしがいきなり声のトーンを上げたことに紗希は一瞬動揺するが、しかしそれ以上は何も言わずに紗希も明るい表情に変わる。
「え?私、授業全然聞いてないよ?」
「あれ?でもさっき熱心にノートに何か書いてたでしょ?」
「ああ、それね__」
紗希は答えながら、先ほどのノートを取り出し、開いてわたしに見せてくる。それを読んで、わたしは思わずつぶやく。
「小説......?」
「そう。ちょっと書き始めたら止まんなくなっちゃってさ。」
「紗希、小説書いてたんだ。」
わたしが素直に尋ねると、紗希は恥ずかしそうに答える。
「うん。これが結構面白いのよ。まあもちろんただの趣味程度だけどね。」
これは素直に驚いた。まさか友達が小説を書いているなんて思いもしなかった。
「どんな内容なの?」
「な、なんか恥ずかしいな。えっとね、今書いてるのはミステリーなんだけど。」
「推理もの?」
「うん。学校で殺人事件が起こって、その犯人をクラスメイトたちと暴いていくっていうやつ。」
「いいね。」
「それでね、今考えてるのは、実は主人公が犯人でしたっていう展開なの。」
「叙述トリックか。」
「そうそう!だけどこれって難しいんだよねー。主人公の視点で描くのに、主人公の感情が読者に知られないようにしなきゃいけないって無理でしょ!」
「結構ガチでやってるんだ。」
「まあ、やるからには全力でね。」
「そっか頑張ってね。」
「うん!もしメディア化したら委員長に教えてあげるね。」
「楽しみにしているよ。」
紗希ってわたしに負けず劣らず自信がすごい。それにしても小説なんて、全く知らなかったな。そういえば普段から漫画なり小説なりを授業中によく読んでいたけれど、つまりはそういうのが好きなんだろう。そこでふと一つの考えが浮かぶ。藁にも縋る思い、ではないけれど、とにかく、当たって砕けろの精神で紗希に聞いてみるのも悪くないかも。別に減るものでもないし。
「ねえ、紗希はやっぱりそういう漫画とか小説とかが好きなの?」
「そうだね。」
「じゃあさ......。事件が起きないミステリー。悪役が居ないヒーローもの。恋愛感情がないラブコメ。問題が起きないサスペンス。怪奇現象の起きないホラー。そんな作品見たことない?あるいは読みたいと思う?」
わたしが真剣な表情で尋ねると、紗希は不思議そうに首を傾げて聞き返してくる。
「ほのぼのとした日常ってこと?」
「いや、そうじゃないんだけど......。」
「うーん。委員長がどういうのを言ってるのか分からないけど、だったら委員長がそういうの書いてみたら?」
「え?」
「小説書くの楽しいよ!私も仲間がいると嬉しいし。」
「......。」
紗希にしてみれば何気ない一言だったのだろうけれど、わたしはその発言に対してそれ以上の意味を見出した。つまりは、この世にわたしが理想とする物語が無いのならば、夢のような生活がないのであれば、そういった環境を自ら作り出せばいい。わたしは物語の主人公にはなれない。わたしの日常には事件が起きない。悪役が登場しない。問題が問題になる前にわたしが解決してしまう。わたしは主人公向きじゃあない。そんなことはずっと前から分かっていた。分かっていたけれどあきらめきれなかった。だけど、だったら物語の作者になればいい。主人公にはなれなくとも、わたしが理想とする主人公を作り上げて、わたしが理想とする展開を創造して、わたしが理想とする結末を迎えさせる。いつ来るのかも分からない特別な非日常。そんな不確かなものを待つよりも、自らそれを作り出す。そういった環境を作り上げる。悪くはないかもしれない。
紗希の言われたことを自分なりに考えているうちに、気が付くと休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、同時に2時間目担当の先生が教室へと入ってきた。わたしは定式的に号令の合図を済ませたのちに、考え事に耽る。
思い立ったが吉日。先ほどの案を、理想論で留めるのではなく、より現実的なものにするために何が必要なのか。あるいはいつも通りにただの授業中の暇つぶし。どうでもいいような妄想話というオチに落ち着くかもしれないけれど、それならばそれで構わない。だって、もしかしたら本当に何かが変わるかもしれないから。一番駄目なのは何もしないこと。現状を維持すること。それはだって、絶対に何も変わらないってことなんだから。
まず一番の問題は時間。わたしは学生だ。わたしが理想とする主人公を見つけ出し、理想とする物語を構築するためにはどうしたって時間が必要になる。まずこの町を出ることになるだろうし、その主人公役を四六時中観察する必要がある。だとすると、当然このまま高校生のままというわけにはいかない。別に学校をやめること自体は構わない。高校を中退しようがどうにでもなる。なるようになる。だから問題は親の説得の方。基本的には放任主義だし、なんだったらわたしは今一人暮らしをしているわけだから、どうにでもなるけれど、それでもやっぱり、いきなり高校を辞めるなんて言ったら素直に頷いてはくれないだろう。当然反対もされると思う。
......いったん保留。
あと必要なのは衣食住。つまりは財力。だけどこれはまあ大丈夫か。最も簡単にお金を稼げるのは競馬かな。宝くじとかパチンコ、スロットとかは運の要素が関わってくるからさすがのわたしでもどうにもできないけれど、競馬なら必ず正解があるのだからやってやれないことはない。その日の天気、気温や湿度。コースの状態。馬の技量、コンディション。乗る人の身長体重。その他もろもろの無数とも思える、だけど確定的な要素から、始まる前から勝敗は決まっている。決まっているなら予想できないことはない。
あとは年齢か......。流石に16歳の女一人で歩き回っていたら怪しいし、何より家を買うにも馬券買うにも未成年だと非常に不便だ。だとすると、数年は計画を立てることに力を注いで実際に行動に起こすのは20歳になってからというのが現実的だろうか。それならば親の説得なんて必要ない。早く始めたいという気持ちと、だけれど先は長いのだから焦る必要はないのだという気持ちが入り混じる。とりあえず具体的な方法を思いついてから考えようかな。
というか物語を作り上げるって現実的じゃあないな......。だって、つまりは人ひとりを操って、どころか多数の人を操って主人公や、ヒロインや、あるいは悪役でさえ操って、理想の結末を迎えるなんて、それこそ特別な力でもない限りは不可能だ。
ここまで考えてひとりため息をつく。
(結局そこに落ち着くんだ.......。)
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「ただいま。」
誰もいない家に帰って、私は一人つぶやく。誰もいないのは一人暮らしだから当然なのだが、それでもただいまと言うのは昔からの親の教え。誰も家に居なくても、家に対して言いなさいという。八百万の神々を信じる日本人特有の考え方だと思う。もし本当に万物に神様が宿っているのなら、いつか具現化して出てきてくれないかな。なんて期待を込めつつも今日もわたしはただいまと言うのだった。
帰ってからはまずシャワーを浴びて、服を着替えてそのまますぐに家を出る。用は特にない。ただの散歩だ。これも日課。一日中家に居ては絶対に変化が起きないだろうから。自分から行動しなければ特別にはなれない。だから実を結ばないようなことでも欠かさない。0.1%でも可能性があるのならばそれを続ける。それがわたしの生き方。それに、それでもなおこの世に希望が無いのならば諦めがつくから。この世のどこかには希望に満ち溢れているとわたしは信じたい。だから今日も外を歩く。
川沿いをひたすら歩いて、途中にある公園を通ってみる。毎日違う道を通って、行ったことのないところに行ってみる。もしかしたらこの曲がり角を曲がったら異世界が広がっているかもしれない、常にそんな期待を込めながら。次の一歩で何かが変わるかもしれない、そんな理想論を掲げながら、歩くペースを上げたり、立ち止まってみたり、時々振り返ってみたり。そんな風にいろいろなことを試しながら、およそ2時間ほど歩く。
(今日も何もなかったな......。)
そんなちょっとばかりの絶望を胸に、わたしは家に帰ってくる。夕飯を支度をしながらニュース番組に耳を傾ける。そしてお風呂に入り、布団で目を閉じた。
何もない一日が終わる。
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二節
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朝6時に起床。まずはカーテンを開け外を確認する。異常なし。次に携帯を開いて日付を確認。間違いなく一日経っている。異常なし。自分の身体を確認。異常なし。自分の記憶を確認。昨日の出来事、昨日の夕飯を思い出す。異常なし。そこまで確かめてわたしはため息をつく。
「はぁ.......。」
どうやら今日もいつもと変わらない日常が始まりそうだ。
朝食を用意し、テレビをつけニュース番組を横目に一人で味噌汁を飲む。制服に着替えて身支度をし、家を出た。徒歩で駅まで向かい、そこから電車に乗って20分ほど揺られる。学校の最寄り駅に着くと、人の流れに乗りながら改札を出て、そこからさらに10分ほど歩いてようやく学校に到着する。校門をくぐり、下駄箱で上履きに履き替え、教室に入るといつも通りにクラスメイトに、
「委員長おはようー。」
と声を掛けられるので、わたしも、
「うん。おはよう。」
と返す。そのまま自分の席につく。鞄を下ろし、わたしがほっと一息ついたことを確認したのか、クラスメイトたちが話しかけてくる。
「委員長。昨日の数学のノートありがとう。すごい分かりやすかったよ。」
「うん。また何かあったら言って。」
「委員長。さっき化学の先生が委員長のこと探してたよ。」
「わかった。後で行ってみる。」
「いいんちょー!この書類ってボールペンで書いた方がいいのー!?」
「油性ボールペンじゃないとだめだと思うよ。」
わたしの席の周りにみんなが集まってくる、そんな様子を面白そうに隣の席の紗希はちらちらと見てくる。
「また宿題?」
わたしが紗希の方を見て聞いてみると、首を横に振る。
「ううん。今日のはもうあきらめてるから平気。それより今日も朝から大変だね。忙し子ちゃんだ。」
「好きでやってるからいいの。っていうか忙し子ちゃんって?」
「私が今考えた委員長のあだ名!」
紗希が自信満々に言うので、わたしはつい笑ってしまう。
「何それ。つけるならもっと可愛いのにしてよ。」
「うーん......。考えとくねー。」
「楽しみにしてる。」
そこまで話して、ふと前を見るとクラスメイトの3人組がわたしをちらちらと見ながらひそひそと話している姿が目に映る。いや、わたしというよりは......。
その3人組はわたしと目が合うと慌てたように教室を出て行ってしまった。すぐさまわたしは時計を見る。
(HRまで、まだ時間はあるか。)
今の雰囲気から察するにおそらく......。わたしはちらっと紗希の方を見ると、
「ごめんちょっと出てくる。」
それだけ言って3人の後をばれないように追うことにした。3人組は早足で歩いていき、人気のないところまでつくと、わたしが近くに居ることも気づかずに話し始める。
「紗希のやつ調子乗ってるよねー。」
「ほんと。たまたま委員長の隣の席になったからってさ。」
「だよね。みんなの委員長を独り占めするなっての。」
(ふっ。モテる女ってのは罪だな。)
3人の話を聞いて、ついついそんなことを思ってしまう。しかし、なんて典型的な逆恨みなんだか。別に紗希はわたしのことを独り占めしているわけじゃあないし、なんならわたしと話がしたいのなら話しかけてくればいいのに。それを拒んだりはしないのだけれど。まあとはいえ、わたしは陰口に関しては特段怒るようなことでもないと思っている。いや、善いことではないし、しない方が良いのは間違いないのだから、容認は出来ないけれど。かといって、陰で何を言っていようと本人が知らなければそれで何かがあるというわけでもない。知らないものは無いのと同義。だから陰口だけならば、わたしがでしゃばるようなことでもない。だけど__
わたしがそのまま教室に戻ろうと振り返り、一歩、足を踏み出そうとしたところで、
「これからさ、あいつのこと無視しようぜ。」
と後ろの3人の誰かが言ったことでその足は止まる。
陰口だけならばわたしがでしゃばるようなことでもない。だけど、それで何らかの行動に移るのならばそれは認められない。紗希のことを無視すると言った発言を無視はできない。いや、それは別に相手が紗希だからというわけではない。私はこういう性格であるが故に、他の人が気づかないようなことでも気づいてしまう。問題が問題になる前に問題を発見してしまう。気づいてしまえば、分かってしまえばそれを解決するしかない。だって、わたしが理想とする物語の主人公たちはみんな、こういうところで先送りにするなんてしないだろうから。
「それは良くないな。」
わたしが3人の前に姿を現すと、3人は驚いたような表情になり、かと思えば今の話をわたしに聞かれていたのだと察して、申し訳なさそうな表情に変わる。
「委員長......。え、えっと。私たち......。」
「ああ、別に謝る必要は無いよ。わたしは陰口とかは勝手にやってくれって思ってるタイプだからさ。だけど無視は良くないかな。」
「......。」
「人には好き嫌い、合う合わないがあるだろうからさ、別に紗希と仲良くしろとは言わないよ。だけど、無視とかそういう攻撃を仕掛けるのは見逃せない。」
わたしがそこまで言うと、1人が顔を上げて、
「あの......。」
と何かを言おうとするが、そのまま無言で再び俯いてしまった。
「まあ実際には、3人はまだ紗希に攻撃を仕掛けたわけじゃあないし、まだ何もしていない。だからまあ、冗談話を聞いたってことにしてわたしは教室に戻るよ。」
「......。」
「それから、もし困ったことがあったらみんなもわたしに相談してほしいな。それが、非現実的なことであればあるほどわたしは嬉しいからさ。」
そう言ってわたしは教室に戻る。
これでいい。事態を悪化させないためにも、まずは怒っていないことを示し、さらにはいつでも相談して良いと言うことで、本当水に流していることの根拠とする。そのうえで、もしも友達の紗希に攻撃を仕掛けたら、という点で釘をさしておく。くだらない理由で逆恨みするような連中だ。わたしに目をつけられたこと含めて紗希のせいにすることも考慮しなければならない。ならば、下手に高圧的に行くよりも、何もなかったかのように対応してやるのが一番良いだろう。
わたしが席に戻ってくるのを見ると、紗希は待ってましたと言わんばかりに、嬉しそうに声を張り上げる。
「お!委員長やっと戻ってきた!」
「ただいま。」
対してわたしはにこっと微笑む。まったく、こんなに可愛い子なのに逆恨みなんてひどい話だな。
「どこ行ってたのー?」
「乙女にそんなこと聞いちゃあ駄目だよ。」
「ああ、トイレね。」
「まあそんなところ。それで、何か用でもあったの?」
「用ってほどでもないけど、委員長ってさ、そのスタイル維持するために何かやってることってある?」
「え?何、急に?」
「ほら、委員長ってスタイル抜群じゃん。外出たらナンパされまくりでしょ?」
「そんなことないけどね。」
「えー!私が男だったら惚れてるよ?」
「なにそれ、別に女のまま惚れてもいいんだよ。紗希にならわたしのすべてをさらけ出してあげる......。」
楽しくなって、わたしは照れながらそんなことを言ってみると、
「ふっ。私はもうすでに惚れているぜ。」
紗希はそれに乗っかってくれてキメ顔でそんなことを言う。こういうことをしてくれてるから紗希との会話は楽しい。
「......。それで、なんだっけ?」
「だからー、委員長のそのぐんばつスタイルを維持するために何かしてることないの?私もイケメンにナンパされたい!」
「だからナンパはされてないって。えっと、強いて言えば毎日の散歩とか?」
「散歩?どのくらい歩いてるの?」
「だいたい2時間くらいかな。家に帰ってから歩いてる。」
「2時間!?すご!」
「すごくは無いでしょ。なんだったら今日は紗希も一緒にしてみる?一回わたしの家に来てもらって。」
「委員長の家!?行きたい!あ、でも迷惑じゃないの?家の人とか。」
「平気。わたし一人暮らしだから。」
「はえー。高校生で一人暮らしって......。やっぱり委員長ただものじゃないなー。」
「結構いるんじゃない?」
「わかんないけど。でも私は一人暮らしあこがれちゃうなー。自由でうらやましい。」
「ああ、それなら今日泊まりでもいいよ?明日休みだし。」
「委員長と一つ屋根の下で?それはプロポーズと受け取ってもいいのかな?」
「紗希が夫になってくれるならいいよ。」
「任せておけ。私が委員長を一生守ってやるぜ。」
「......。」
わたしが無言でじっと見つめると、やがて紗希は恥ずかしくなったのか顔を赤らめる。ああ、本当に楽しいな。
「......冗談はさておき。じゃあえっと、委員長の家に泊まっていいかな?」
「もちろん。」
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――――――――――
「ただいま。」
放課後、朝の約束通りに紗希はわたしの家に来る。玄関を開けて、わたしが中に入ると、それに続いて紗希が、
「お邪魔しまーす。」
と言って入ってくる。
「荷物は適当にその辺に置いていいから。」
言いながらわたしは部屋の隅を指差す。
「了解!」
一方で紗希はテンションが上がっているのか、右手で敬礼をして答える。
「わたしはいつもシャワー浴びてから散歩に行くんだけど、紗希はどうする?」
「シャワー浴びてから?湯冷めしない?」
「この時期ならわたしは平気なんだけど。さっぱりしてからの方が気持ち的に落ち着くし。」
「そういうものなのか。なら私も委員長に倣おうかな。」
「じゃあ先に浴びてきていいよ。お風呂はまた夜に入るから汗を流す程度でいいかも。着替えとかは用意しとくから。」
「ではお言葉に甘えて、行って参ります。」
紗希はそう答えて歩き出すが、ふと何かを思い出したかのようにこちらに振り向く。
「......?」
すると紗希は恥ずかしそうに顔を赤らめ、両腕を組むように胸を押さえながら、とはいえ口元はにこにこしながら、
「覗きたかったら、覗いてもいいのよ......。」
なんてことを言う。
「うん。早く行ってきな。」
対してわたしがそっけなく答える、紗希は不服そうにお風呂へと向かっていった。
紗希がシャワーを浴びている間に、紗希用の着替えと、これから私が着る用の服を用意し、それからわたしたちの制服を洗濯する。
夕飯のメニューでも考えながら、紅茶を飲んでまったりと待っていると、やがて紗希がお風呂から上がってきた。
「ありがと委員長。」
「うん。じゃあわたしもシャワーを浴びてくるよ。湯冷めしないとは言ったけど、髪はちゃんと乾かしておいた方がいいよ。そこにドライヤーあるから勝手に使って。」
「分かった。」
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――――――――――
わたしはいつもの日課通りに、家を出て、足の向くまま気の向くままに、目的地も決めずに散歩をする。いつもと違うのは、わたしの隣には友達の紗希が居ること。そして、そのおかげか会話を楽しみながら散歩が出来るということ。
「委員長はどうして一人暮らししてるの?」
紗希は首を傾げて尋ねてくる。
「どうしてって?」
その問いにわたしは聞き返す。
「ほら、うちの学校って一人暮らししてまで通うようなところでもないでしょ?」
「まあそうだね。」
「実家が田舎で、それが嫌だったとか?」
「ううん。実家はすぐ近くだよ。」
「そうなの?ならなおさらどうして?」
「それは......。」
わたしは少し考える。紗希と仲良くなってから、実はまだそんなに経っていない。話すようになったきっかけは席替えで隣同士になったことだし、だけどちょっと話しただけでも分かるのは、紗希は優しいし、なによりわたしとよく合う。話してみてもいいかもしれない。
「わたしはね、昔から本を読むのが好きだったんだ。」
「......?」
わたしの唐突過ぎる発言に、紗希は不思議そうに首を傾げる。
「幼稚園とか小学生の頃ってさ、お姫様になりたいとか、白馬に乗った王子様が来てくれるって信じてなかった?」
「まあ、女の子が誰しも通る道だよね。」
「ベクトルは違えど、わたしは今でもそういうことをいつも考えながら生きてる。お姫様じゃなくてもいいけれど、王子様が来てくれなくてもいいけれど、とにかく特別になりたい。」
「えっと......?」
「つまりさ、一人暮らししたら結構自由に過ごせるでしょ?そういう不思議な体験を探す時間も作りやすいかなって思ってね。」
ようやく最初の質問の答えを聞けたことに、納得したように紗希は頷く。
「ああ、そういう話だったのね。ってことは日課っていうこの散歩もそういうことなの?」
「そう。何事も自分から探しに行かないとね。」
「へえ......。」
わたしの話を聞くと、紗希は何やら俯いて考えに耽る。
「紗希?」
「ああ、ごめん。委員長でもそういうこと考えてるんだって意外になってさ。」
「わたしでもって?」
「委員長はさ、いつもしっかりしてるし、周りのことよく見えてるし、何より優しいし。だから悩みがあるなんて考えたこともなかった。」
「悩みではないよ。ただの夢ってだけ。昔から見続けている儚い夢。」
そう答えるわたしは果たしてどんな表情をしていたのか。わたしの顔を紗希が見ると、ふと気まずそうに、あるいは不安そうに、恐る恐る尋ねてきた。
「......委員長は今が楽しくないの?」
「え?」
唐突の質問に思わずわたしは聞き返してしまう。
「特別になりたいってことはさ、今に不満があるってことでしょ......?私はずっと思ってたんだ。委員長は毎日のように誰かに頼られて、誰かにお願いをされて。私たちのクラスでは、とりあえず委員長を頼ればどうにかなるっていう空気になってる。いつも忙しそうだし、一人暮らしなら家でも多分忙しいんだと思う。私自身、いろいろとお願いしちゃってるからこんなこと言う筋合いが無いのは分かってるんだけどさ。本当は嫌なんじゃないかなって__」
紗希が言い切るよりも前に、わたしは被せるように答える。
「それは無いよ。」
「本当?」
「そもそもわたしは、むしろみんなにわたしを頼るように言ってるし、頼られて嬉しいってのも本当。というか、紗希がわたしのことをどう見てるのかは知らないけどさ。わたしだって嫌なことはちゃんと嫌だって断るよ。」
「そっか。」
紗希は心底安心したような表情に変わる。
「それにね......。」
「それに?」
「お世辞じゃなく、わたしは紗希と話してるときが一番楽しいから。そんな心配は必要ないよ。」
わたしが紗希の方をまっすぐ見てそう言うと、
「えっと......。嬉しいこと言ってくれるじゃないの。惚れちまうぜ?」
なんて、紗希は恥ずかしがりながら、顔を赤らめながら、その恥ずかしさを隠すかのようにわざとらしくそう答える。だけど多分、顔が赤くなっているのは紗希だけではない。
「......。」
「......。」
そのままなんだか気まずくなって、しばらくは無言のまま歩みを進める。やがて、わたしが切り替えるように声を張り上げる。
「じゃあ次は紗希の番。」
「へ?」
いきなり呼ばれたことに驚いて紗希は素っ頓狂な声を出した。
「だから、わたしの話はしたから次は紗希の番ね。」
「は、はい。」
「紗希さん。あなたはどうして小説を書こうと思ったんですか?」
インタビューをしているかのように、わたしは手にマイクを持っている風にして、紗希の口元に近づける。
「うーんと。自分の思い通りの物語をつくりたいからかな?」
「というと?」
「委員長も本を読むのが好きって言ってたからわかるかもしれないけどさ。漫画でも小説でも、納得のいかない展開とか、好きなキャラクターが死んじゃうとかってよくあるでしょ?」
「ああ、あるね。」
「でも自分が書けば絶対にそれは無いんだよ。納得のいく展開しか書かないし、好きなキャラクターは死なさないようにする。そうやって自分が一番好きな作品を書くことが出来る。そんな感じかな。」
「素敵だね。」
「でしょ?」
「昨日、紗希が自分で小説書いてみたらって言ってくれたじゃない?」
「うん。」
「それでわたし思ったんだ。特別は探すんじゃなくて、自分で作り出してみようかなって。」
「作り出す?」
「そう。紗希のおかげでそういう考えに至ったんだ。ありがとう。」
「よくわからないけど、どういたしまして?」
「まあ、未成年のうちは行動に移すつもりはないんだけどね。もっと自由に動けるようになってからにする。だからそれまでは、いつも通りよろしくね。」
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終節 -本編-
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なぜ主人公はいつも不思議な運命に居たり、あるいは特別な力を持っているのか。小さいときにそんなことを疑問に思ったことがある。だけど答えは単純で、つまりは主人公だから特別なのではなく。特別だから主人公なのだ。不思議な運命のもとに居るから、人と違った能力を持っているから主人公に選ばれた。物語の第一話で何かが起きるのも同じ理由。第一話で不可思議なことが起きるのではなく、不可思議なことが起きた日を第一話にしているだけなのだ。つまり、何が言いたいのかというと。紗希とこんな話をした直後にわたしが不可思議な現象に巻き込まれるのは、ご都合主義なんてものではない。わたしだって、誰かと一緒に散歩をしてきた過去は何度でもあるし、わたし自身のことを話したことも何度かあった。だから、今回たまたま偶然、紗希と一緒のときそれが起きただけの話である。もしもこの世に、わたしを主人公とした物語があったとしたら、多分第一話は今日になるだろう。だって、不可思議なことが起きた日だから。
紗希とたわいもない会話をしながら、それからもまったりと散歩をしていたが、夕ご飯の支度もしなければならない。今日は二人分だし、紗希もいることなのでわたしも少し張り切って料理をしたい。いつもより早めに帰路につき、家までもう少しというところで、それはあった。
何の変哲もない一冊の本。それが道に落ちていた。
表紙には何も書かれていない。
「なにこれ?」
わたしは何気なく本を拾い上げる。
「本だね。表紙に何も書いてないなんて珍しい。何の本?」
隣で紗希が興味深そうに覗き込んで尋ねてくる。
そしてわたしは、特に何も考えず。何も警戒せずに本を開いた。
......途端に世界がおかしくなった。いや、違うか。視界がおかしくなった?視点がおかしくなった?いきなりのことすぎて、何が起きたのかわたしでも理解するのに時間がかかる。とりあえず、わたしが本を開いた途端に世界が高くなって、紗希が大きくなって......。いや、違うのか。わたしは視線を下に落として理解する。理解できない現象だけどそうとしか言えない。
わたしが"小さくなった"。
地面が近い。手が小さい。腕が短い。足が短い。
「......。」
わたしがその場で硬直していると、
「委員長......?えっと......とりあえず服......。」
隣で紗希がやはり突然のことに困惑したように、そんなことをつぶやく。言われてわたしはいったん落ち着いて自分の姿を確認すると、まあつまりは身体が小さくなっているわけなので、ズボンは地面に落ち、服も首回りのところから全身が通り過ぎていた。不幸中の幸いなことに下着に関しては、ストップしていたがそれも時間の問題。わたしとて女子高生であるので、人並みの羞恥心くらいは持ち合わせている。人が通る前に慌てて、衣服を拾い上げ手で押さえながら、とりあえずは家に急いで向かうことにした。一冊の本を抱えながら。
――――――――――
――――――――――
必死な思いで家に戻り、鏡を見て改めて確認する。間違いなく小さくなっている。だいたい小学三年生くらいの身長だろうか。
「委員長なんだよね......?何かのドッキリとかじゃないよね......?」
紗希は恐る恐る尋ねてくる。
「うん。わたしにもなにがなんだかさっぱり。」
原因として考えられるのは、先ほど拾った本くらい。というか本を開いた瞬間にそうなっているんだから十中八九そうだろうけれど。ずっと抱えていた本を改めて見ると、開く前には何も書いていなかった表紙に、何かの紋章のようなものが描かれていた。
「紗希、さっきは何も書いて無かったよね?」
わたしは本の表紙を紗希に見せると、
「うん......。」
紗希は不安そうに頷いた。小さくなったことももちろんだけれど、表紙がいきなり変わるってのも変な現象だ。
「とりあえずいつまでも手で押さえてるの面倒だから、服着替えてくる。ちょっと待ってて。」
わたしはそう言って、紗希の返事も聞かずにこの身長体格でも落ちない服を選んで着替える。
「お待たせ。」
「......。」
戻ると、紗希はやはり不安そうに俯いていた。
「紗希?」
わたしが声をかけると、紗希は驚いたように答える。
「え?な、なに?」
「いや、心ここにあらずって感じだったから大丈夫かなって。」
「私は大丈夫だけど......。委員長はどうしてそんなに平気そうなの?こんな変な事おかしいよ!」
「平気そうっていうか、正直わけわからな過ぎて心が追い付いていないだけなんだけど。ちょっと待ってね、今落ち着くから。」
状況を整理しよう。わたしが道に落ちていた本を開いたら、わたしが小さくなった。開く前には表紙に何も書かれていなかったのに、今は紋章が描かれている。以上。
......。異常だ。事実は小説より奇なり。最初にそんなことを言った人は誰だろう。出てきたら、わたしが精一杯褒めてやる。こんな現象がこの世に存在していたとは、わたしが期待したような世界は在ったんだ。そんなわずかな嬉しさとともに、わたしの心に渦巻いているのは、いつまでこの姿のままなのだろうという不安。もしもいつまでもこのままだったら......?本を開いたらこうなったのだから、本を破ったり、燃やしたりしたら元に戻るのだろうか?だけど、そんな取り返しのつかないことをして、元に戻らなかったら。そう思うと安易に実行できるものじゃない。もしかしたら時間が経てば戻るものかもしれないし、破ったり燃やしたりしたら、むしろ元には戻れなくなる。みたいなことだって十分考えられる。とにかくわからないことが多すぎる。
「困ったな......。」
ふとつぶやく。これはわたしの正直な感想だ。たしかに昔から特別になることを望んできた。不思議な体験にあこがれてきた。だけど、こんなものはわたしの理想とは程遠い。体が小さくなったからなんだ?唯一良かったのは、こんなよくわからない現象がこの世に存在すると知れたことくらい。戻れるのならさっさと戻ってほしい。
「委員長......。これからどうするの......?」
「とりあえず悠長に夕ご飯を作る気にはなれないから、紗希。好きにキッチン使っていいよ。料理するのが面倒だったら出前とってもいいし。」
「そうじゃなくて!ずっとこのままだったら......。」
紗希は言いにくいだろうことを、それでもあえて言ってくれる。本当に優しいな......。
この容姿で最も困ることは身分の証明。つまり、わたしがわたしであると証明することの難しさ。昨日までは、女子高校生だったのに、一日で女子小学生になっていたと言って一体何人が信じてくれるか。いったい何人が認めてくれるか。もう学校に通うことも難しいのかな。あと3年我慢すれば20歳になる。自由になれる。物語を創造できる。そう思っていたのに。紗希に教えてくれた、ようやく夢を叶えられるかもしれない方法を見つけたのに。こんな姿では自由に行動することなんて、今よりもむしろ難しくなるだろう。
「どう見ても別人だよね?」
「......うん。」
わたしの問いに、紗希は気まずそうに頷く。まあそうだろうな。
「......。」
唯一の救いは隣に紗希が居てくれたことか。紗希だけは信じてくれるだろうから。
「あの、こんなときに言うことじゃないと思うんだけど......。」
紗希は一層辛そうに表情をしかめる。
「いいよ。なに?」
わたしが聞き返すと、紗希は少し悩んだ後、やがて涙を流しながら、吐き出すように言う。
「......ごめんなさい。私、委員長がこんなことになっているのに、本を拾ったのが私じゃなくて良かったって思っちゃってる......。心のどこかでほっとしちゃってる......。ごめんなさい......。」
ああ、本当に優しいな......。言わなくても、紗希にデメリットがあるわけでもないのに。自分の心の内にしまっているだけでも何も困らないのに。
「そう思うのは当然だし、謝ることじゃないよ。それに、言ったでしょ。わたしは特別になりたかって。むしろわたしはわたしが拾って良かったって思ってるんだから、安心してよ。」
わたしは半分嘘をついて、半分本当のことを言う。これはわたしが目指した特別じゃあない。だけど、わたしが拾って良かったと思っているのは本当だ。というよりも、目の前の、わたしの友達に拾わせなくて良かったと思っている。拾ったのがわたしで本当に良かった。唯一悔やんでいるのは、この容姿では、泣いている紗希に胸を貸して、抱きしめて、慰めてやることが出来ないこと。そして、心優しい友達と隣に座って授業を受けることが、もう無いかもしれないということ。
そっか......。もう、紗希との楽しい学校生活は無いんだ......。嫌だな......。こんな本要らないよ......。元に戻ってよ......。
わたしは今までになく強く願う。元に戻ってほしい。本の効果が解けて欲しい。心の底から願う。
だけど、わたしの身体は"小さなまま"だった。
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――――――――――
泊まらせるという約束だったので、紗希はわたしの家で一夜を過ごした。結局夕ご飯は出前を取ることにしたが、わたしたちはお互いに考え事ばかりをして、ほとんど会話はなかった。そして翌日。紗希が身支度をして家に帰ろうとする。最後まで不安そうだったし、もっと長く居てくれるとも言ってくれたけれど、わたしが断ったので仕方なく諦めたように玄関まで行く。
「学校は辞めることにする。」
そこで、わたしは一日考えたことを告白する。すると、紗希は焦ったように、
「え!?もしかしたらすぐに元に戻るかもしれないよ......?」
と言うがわたしが首を振って否定する。
「ううん。戻らないよ。わたしの勘って外れたことないんだよね。」
「そんな......。」
「だから紗希とはこれでお別れかな......。紗希と隣の席になってからはずっと学校が楽しかったよ。ありがとう。」
「......。」
「......じゃあね。」
それだけ言って、わたしは振り返る。これ以上、紗希を見ていたら泣き出してしまいそうだから。そうしたら、紗希をまた不安にさせてしまう。それだけはさせちゃあいけない。そして、わたしは一歩足を踏み出し、だけどそこで止まる。後ろから手を掴まれたから。
「待って。」
「......。」
わたしは振り返らない。この表情は見せられない。わたしが黙ったままでいると、少しして紗希は話し始める。
「昨日からずっと考えてた。これからどうなるんだろうって。もしかしたら委員長が学校辞めるって言いだすかもしれないとも考えた。そして、多分一度決めたら私が何を言っても覆ることは無いんだと思う。委員長はそういう人だから。」
紗希は今どんな表情で話しているんだろう。
「そうだね。わたしはそういう人だよ。」
わたしは精一杯、クールぶって答える。
「だから......。」
「......。」
「師走ちゃん。」
紗希は目いっぱい悩んだ後に、そんなことを口にする。
「え?」
「いつも忙しそうだから、師走ちゃん。可愛いでしょ?」
「えっと?」
わたしは思わず振り返ってしまった。そこには、たくさんの涙を流しながら、だけど精一杯の笑顔を、頑張って作っている紗希の姿があった。
「楽しみにしてるって言ってたでしょ?私が頑張って考えたあだ名だよ。」
「ああ。えっと。」
「可愛いよね?」
ああ分かっちゃった。紗希がどうしてこんなことを言い出したのか......。
いつもいつも、すぐに答えが分かってしまう。気づいてしまう。だからサプライズに心から驚いたことも無いし、何かに騙されることも無かった。だけどまさかこんなときまで分かってしまうとはね。
「師走か。うん可愛いかも。気に入ったよ。」
「良かった。じゃあさ......。......。」
そこまで言って、とうとう耐えられなくなったのか紗希はその場で崩れて盛大に泣き出してしまった。
「紗希......。」
「これでお別れなんて嫌だよ......。もっと話がしたい。委員長と話しているの本当に楽しかった。もっと隣に居てほしいよぉ......。」
紗希がここまで頑張ってくれたんだから、今度はわたしの番かな。今にも流れてきそうな涙を必死に抑えてわたしは口にする。
「師走って名前すごい気に入ったからさ、これからずっとそう名乗っていいかな?」
「......え?」
「やっぱりこの姿だとさ、今までのわたしと同一人物ってことにはいかないでしょ?だからこれからは師走として生きていこうと思ってね。今日までのわたしとこれからのわたしは別人ってことで。」
「......。」
「それに、師走って名前を付けてくれた紗希といつまでも繋がっていられるみたいで嬉しいしさ。」
「すごいね。私が言おうとしたこと、全部お見通しだ。流石だよほんと。」
しゃがみ込んでいる紗希を抱きしめてわたしは言う。
「ありがとう紗希。紗希と過ごす時間は短かったけれど、今までの人生で一番楽しかった。紗希の友達になれて本当に良かったよ。」
「うん。私もだよ。」
「ここからは師走として話させて。」
「いいよ。」
「学校には通えないけれど、もう隣で授業を受けることは出来ないけれど、もしかしたらもう会えることは無いかもしれないけれど。わたしと友達になってくれないかな?」
わたしがそう尋ねると、
「もちろんだよ。これからよろしくね。師走ちゃん。」
紗希はわたしの腕の中で小さく頷いた。
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エピローグ
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わたしは小さい頃から本を読むのが好きだった。胸踊る展開に惹かれていた。ピンチに必ず現れるヒーローがかっこいい。どんな事件も解決する探偵がすごい。好きな人のために頑張る主人公が好き。最後まで諦めないチームに燃える。物語はいつだってわたしに感動を与えてくれた。恋愛に、スポーツに、音楽に、あるいはただの日常でさえ。そんな、特別でかけがえのない、物語のような日々を過ごせると思っていた。
それはたしかにあった。不思議な力は存在した。求めていたものではなかったけれど、特別にもなれた。そして、手放したくない学校生活と、かけがえのない友達も居た。
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数年後
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「もしもし?師走ちゃん?」
「どうしたの?」
「ちょっと報告があるんだけど、今から会える?」
「いいよ。ちょうどわたしも紗希に話したいことがあったし。」
「駅前集合でいい?」
「分かった。今から行く。」
あの日から紗希と直接会うことは一度もなかった。電話での連絡は何度か交わしたが、それも紗希が高校を卒業してからはしなくなった。それが今日になって唐突に連絡があったというわけだ。
言われたとおりに待ち合わせ場所につくと、そこには当たり前のように成長して、大人になった紗希の姿があった。
「久しぶり、紗希。」
「久しぶり、師走ちゃん。」
わたしたちは軽くあいさつを交わして、とりあえず近くのベンチに腰掛ける。傍からは多分年の離れた姉妹に見えるだろう。紗希の方に目線を向けると、ふと左手の薬指に光るものが目に入る。
「報告したいことってそれ?」
わたしが指をさして尋ねると、紗希は恥ずかしそうに指輪を見せて言う。
「さすが師走ちゃん。お見通しだ。」
「おめでとう。紗希。」
「うん。ありがとう。」
「紗希も結婚か。わたしを嫁にしてくれるって楽しみにしてたのにな。」
なんてわたしは意地悪にもそんなことを言う。
「......うん。」
対して紗希は気まずそうに小さく頷く。
「今、紗希が考えていること当ててあげよっか。」
「え?」
「紗希が嫁にしたいのは師走じゃあなくて、師走になる前のわたしなんだよね。」
それは別に容姿云々の話ではなく、ただ単純にわたしがこの姿である限り、紗希はわたしに対して気を遣ってしまうから。同情してしまうから。
「......さすが師走ちゃん。なんでもお見通しだ。」
「電話でも話したけどさ、わたしも紗希に話したいことがあるんだ。」
わたしがそう言うと、紗希は興味深そうに聞き返す。
「なに?」
わたしが本によって小学生の姿にさせられてから数年が経った。いまだに効果は解けていない。あの日。師走としての人生が始まったあの日から、わたしは学校を辞めて、ひたすら本について調べる日々が続いた。とはいっても、結局一度たりとも本について知っている人には会っていないし、あの日のように落ちている本も見ていない。だけど一つだけ進捗があった。
「これ、覚えてる?」
わたしは鞄から一冊の本を取り出して紗希に見せる。すると、それを視界に入れるなり、表情をしかめて答える。
「本でしょ。忘れるわけがないよ......。」
「うん。よくわからない不思議な本。だけどね、この本は私の身体を小さくしたものとは別なんだ。」
「どういうこと?」
「あの日からわたしは本についてとにかく調べることにした。結局、本について知っている人も、落ちている本も見ていないんだけどね。」
「......?」
「前に話したよね。わたしの夢のこと。」
「特別になりたいって言ってたね。」
「そう。それでわたしは思ったんだよね。この世にこんな不思議な本があるのならわたしの理想の物語を作ることも出来るんじゃないかって。たとえば"本を作り出せたら"いいなって。そう願ったら、目の前にこの本が現れた。」
「現れた......?」
「そう。それから周りの人や、施設や、果ては町の願いまで分かるようになった。それでわたしは試してみることにしたんだ。その願いを叶えようとしたらどうなるか。」
「どうなったの?」
「その人の目の前に本が現れた。その本は、その人の願いに即した効果を発揮していたよ。すぐさま解除したけどね。とにかく、わたしは周りの人の願いに対して本を使うかどうかを選べるようになったんだ。」
「すごいね。」
より正確に言うのであれば、願いに対してそれに近しい内容の本を、結構自由な条件で作り出すことが出来る。さらには、その使用者の視点になることもできるのだけれど、それはまあ今は話したい事でもないので割愛することにする。
「いろいろと試してみて、分かったことはたくさんあるんだけど。でもわたしが紗希に言いたいのはそんなことじゃなくてさ。」
わたしは一度言葉を区切る。
「ん?」
「紗希は優しいね。」
唐突なそんな発言に紗希は不思議そうに首を傾げる。
「......?」
「紗希と会ってからずっと、わたしが元に戻りますように。って願ってくれてるでしょ。ちゃんと伝わってきてるよ。」
わたしがそう言うと、紗希は恥ずかしそうに俯くが、少したって気づいたのか、顔を上げて尋ねてくる。
「師走ちゃんは私の願いを叶えられるんでしょ?だったら師走ちゃんが元の姿に戻ることも出来るんじゃ......?」
そう。紗希の言う通り。今わたしの本を紗希に対して使えば、わたしは元に戻ることが出来るだろう。それで紗希に迷惑をかけるというリスクもない。だけど、わたしはそれを首を振って断った。
「たしかに元に戻れる。だけどごめん。わたしはもうそれを望んでないんだ。わたしが元の姿に戻りたかったのは、紗希と一緒の学校に通いたい。紗希の隣で授業を受けたい。それだけだったからさ。今はむしろこの姿を楽しんでるんだ。紗希がくれた師走って名前も大好きでね。そういうわけだから、もうわたしのことは気にかける必要が無いよ。」
わたしが言うと、紗希は楽しそうに笑って答える。
「師走ちゃんらしいね。」
「でしょ?」
わたしと紗希はお互いに笑い出す。
「あのね師走ちゃん。私の今日の報告って結婚のことだけじゃないんだ。」
「そうなの?」
わたしが聞き返すと、紗希は頷いて答える。
「うん。こっちがメイン。」
そう言いながら紗希は鞄から一冊の本を取り出してわたしに見せる。
「これは......。」
「約束だったでしょう?教えるねって。」
それは、一冊の小説。作者のところには中野紗希の文字がしっかりと書いてあった。
「すごいな。素直に驚いてる。」
「これだけじゃないよ。実は映画化まで決まっちゃいました!」
「映画?なんだ、わたしの友達ってとんでもなくすごい人だったのか。」
「師走ちゃんが、夢を追いかける姿に感化されたんだよ。それで、ようやく夢が叶った......。」
「おめでとう紗希。じゃあ次はわたしが夢を叶える番だ。」
「頑張ってね。師走ちゃん。」
大人になって夢を叶えた紗希に言われて、わたしはこの小さな身体で小さく頷く。
さあ、始めよう。わたしの理想とする物語。『師走の物語』を。
-あとがき-
みなさまお久しぶりです。作者のさくらもちです。まずは、『December's Story』の前日譚となるDecember's Story 0を読んでいただき、非常に嬉しい限りです。
『December's Story』のあとがきでは、その話数でのネタバレはしないように書いていましたが、今作は申し訳ないですがネタバレ含むあとがきとさせていただきますので、もしもまだ内容を読んでいない方がいればここで読むのを止めることをおすすめします。
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以下ネタバレ
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ということで、December's Storyの前日譚。すなわち、師走ちゃんの過去編でした。師走ちゃんが少年くんに会うよりもずっと前、初めて本と出会った日のこと、そして、師走ちゃんが物語を創造するに至ったきっかけを読んでいただきました。もともとDecember's Storyを書き始めるにあたり、この師走ちゃんの過去エピソードは視野に入れていました。そのため、少年くんを主人公役とした本編の方でも、ところどころに、師走ちゃんの容姿が元とは異なることを匂わせる文章が含まれていたりします。
ちょっと裏話をしましょう。当初の予定では、師走ちゃんの友達、紗希とはもっとギスギスしてもらうつもりでした。そのせいで、師走ちゃんはこの世は偽善に溢れているのだと思い......。という展開を考えていました。しかし、この案を取らなかったのには2つ理由があります。まず1つ目として、師走ちゃんほど、物事の本質を捉えられる人ならば、すれ違いや勘違いなどでギスギスするのがあり得ない。そして、そんな経験がなくとも、偽善に溢れているのだと、既に思っているのではないかということ。そして2つ目は、私が紗希のことを好きになってしまったからです。作中で、紗希が自分の書く小説について、自分で書けば納得のいかない展開も無いし、好きなキャラクターが死ぬことも無い。とい言っていますが、これはまさしく私自身が思ったことです。こんなに優しくて可愛い紗希が、師走ちゃんとギスギスして欲しくない。そんな展開見たくない。ずっと仲良しでいて欲しい。そういう思いが、結果としてこういった内容に落ち着いたということでした。
―――――――――――――――――――――――
以上ネタバレあり
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ということで、なんだか語りすぎてしまったような気がしますが、December's Storyの前日譚である、December's Story 0でした。
(大きな声では言いませんが、もしかしたらいずれまた、December's Storyのキャラクターたちに会える日が来るかも......?まだ大きな謎も残っていますし......。)
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。評価や感想などお待ちしております!