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08


 カレンダー通りに予定が進めば今頃は、結婚発表パーティーに向けて、エステや美容院で美しさに磨きをかけるはずだった。しかし、王太子クルスペーラとの婚約をお告げをもらったという理由で自ら破棄し、島を出て大陸の修道院へ入ることを宣言したヒメリアの生活はまったく別のものとなった。


「ねぇお母様、シスターになるためには、修道院に一生分の生活費とお布施を用意しなくてはいけないの。流石に家のお金を使うのは気が引けるし、今まで使っていたドレスやアクセサリーを売却して費用を工面しようと思うわ」

「お願いよ、ヒメリア。もう少しだけ考え直したらどうかしら?」

「ごめんなさい、お母様。私に残された時間はあと僅かなの」


 修道院への移動準備、伯爵令嬢に相応しいドレスやアクセサリーが飾られた自室の片付け。多すぎる財産は、まとめて処分出来るように、専門の目利きに売却金額を算出してもらう。


「このドレスは、かなりの値打ち物ですねぇ……しかし本当によろしいのですか? せっかく次期王妃様になることが決まっていたというのに」

「神のお告げには逆らえませんし、物への執着もありませんもの……」


 行商人にドレスやアクセサリーを売る度に、両親や使用人達が哀しみで涙を拭っていた。


 その涙の理由は、財産が失われることの哀しさではない。令嬢ヒメリアがこの邸宅で過ごした痕跡が、一つずつ消えていくのを実感させられるからだ。


 淡々と片付けられる伯爵令嬢の部屋は、次々と物が消えていき……ドレスやアクセサリー以外では貴重な骨董品、美しい絵画、絨毯でさえ売却してしまったのである。



 * * *



 随分とスッキリしてきた部屋の家具は、ベッド、鏡台、デスク、作り付けのクローゼットのみとなった。そこでヒメリアは鏡台の椅子に座って、自らの長い髪を鬱陶しそうに梳かした。


「修道院へ入る前に、髪を切ろうと思うの。確か修道女に対する決まりでは、髪の長さはショートヘアからロングとされているはず。今の髪の長さでは長すぎるわ……最後のお願いよ、髪を切って頂けるかしら」


 スッと髪切り用のハサミを取り出して、メイドに髪を切るように頼むヒメリア。だが普段は従順なはずのメイドのアーシャが珍しく首を横に振り、ハサミを鏡台の引き出しにしまった。


「ヒメリアお嬢様、もう少しお待ちになっては如何でしょうか? お嬢様の……女の命とも言える麗しい髪を切るなんて、私にはとても出来ません。神様のお告げも状況によって変化すると言いますし。私からも最後のお願いです……考え直してくださいな」

「アーシャ、貴女の気持ちは十分過ぎるほどよく分かったわ。ごめんね、今日はもう休むから下がって」

「……はい。おやすみなさいませ、お嬢様」


 一般的な見解からすれば、修道院行きを止めるアーシャの言い分はよく分かる。ヒメリアとて我儘で婚約破棄と修道院行きを決めたわけではなく、何度でも巡り巡るタイムリープの記憶が原因でこのような行動に出ているのだ。


(五回目の転生である今回も、以前と同じルートに戻されてしまっては……ヒメリアのみならず、両親も使用人も全員処刑される。それだけは、駄目っ)


 だから誰に止められても、ヒメリアは王太子から逃れて、この島国を出て行かなくてはならない。ヒメリアさえ居なくなれば、両親や使用人が巻き添えになり殺される可能性は格段に減るからだ。


「ここで引き下がるわけには、いかない」


 使用人達が全員ヒメリアの自室から退室したのを確認した後、おもむろにヒメリアは長い栗色の髪をハサミで切り始めた。


 ジャキ、ジャキ、ジャキ、ジャキ……。


 いくつかの束に髪の毛を小分けにして結んだ後に、適度な長さにカットしていく。ほどよく長さを整えた後は、ハサミを斜めや縦に入れて、自然な毛先を作る。ヘアカッターで毛髪を調整して……スッキリとしたショートヘアが完成。


「これが私、なんだか自分じゃないみたい。けど、なかなか似合っているわ!」


 鏡に映る爽やかなショートヘアの美女は、これまでの王妃候補ヒメリア・ルーインとは同一人物とは思えないほどの活動的な雰囲気だ。五回目の転生にして、ヒメリアはようやく新しい自分に出会った気がした。


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* 2024年04月28日、第二部前日譚『赤い月の魔女達』更新。 小説家になろう 勝手にランキング  i984504
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