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赤い月の魔女達


 月の下で輝く夜の海は幻想的だ。

 それが航海中の船の甲板から眺めるものなら余計に。


「なんだか、眠れなくて甲板に上がったのに。こんな美しい月を見れるなんて。得しちゃったわ」

「みゃああん!」

「ふふ。ノカちゃん、夜のお散歩楽しそう。親善猫はいつでも堂々としてるわね」


 船室にいても聴こえてくる波の音は想像よりも大きく、ヒメリアは仕方なしに夜の船内散策に出たわけだが。頭上で出迎えてくれた大きな満月は、まるでヒメリアを待ち侘びていたかのように輝いていた。

 親善猫としてペリメライドへの航海を共にする黒猫のノカも、月夜が気に入った様子。猫特有のアーモンドのような瞳にキラキラと月を映している。


「みゅう。ゴロゴロ!」

「猫は月夜の晩に会議するというものね。もしかして、ノカちゃんは私と会議しているつもりなのかしら?」

「みゃみゃーん」


 修道服の裾にじゃれついてきたノカをヒョイっと抱き上げて、ヒメリアは改めて月を見上げた。今宵の月は中央大陸で眺めるものよりずっと大きく、心なしか赤い。

 先程までは感じなかったが、朱を帯びたように染まっている。


「満月にはひと月ごとに名称があるの。こんな風に赤い月は確かストロベリームーンって呼ぶんだけど。今は未だ時期じゃないはず」


 ノカに語りかけるも、首を傾げるだけで無反応だ。だが、ヒメリアの疑問に応える声は意外なところから聞こえてきた。


「ストロベリームーンは先住大陸の苺の収穫に合わせた月の名称だから、まだ一ヶ月くらい時期が早いかな」

「レオナルド公爵! 最近ではハウス栽培が主流になってすっかり忘れていたけど。苺って本来は六月くらいが収穫シーズンだったわ」

「ちょうどその頃に、青い光が弱くなり月が赤く染まるということらしいが。大きな苺だと思った方がロマンティックだと思ったんだろう。先住民族にとって苺が大切な存在だということがよく分かるね」


 波の音が二人の会話を遮ると、レオナルド公爵はヒメリアの肩にそっとストールをかけた。


「あっ……このストールは」

「女性は冷えが大敵だというからね。大陸からの土産品の一つだが、これは君にプレゼントするよ。ヒメリア・ルーイン」

「私、まだシスターマリアなのよ。故郷に戻るとはいえ今回は教会のお仕事だし、ヒメリアには戻っていないわ。けど、ありがとう」


 ヒメリアに抱きかかえられていたノカは、ヒラヒラと風に舞うアイボリーのストールが珍しい様子。手を動かしてじゃれつきたい仕草を見せている。


「おや、親善猫ちゃんはオモチャをご所望かな? オジサンがとっておきの猫ちゃんグッズをあげよう。大陸自慢の猫用工芸品だ。ほら……おいで」

「みょみょ!」


 ストールにじゃれつこうとしていたノカをレオナルド公爵が大きな手で抱き上げた。お転婆のノカも流石に驚いたようで、まさに借りてきた猫状態で大人しくなってしまう。


「まぁ。ノカちゃん良かったわね。けど、レオナルド公爵、まだオジサンを自称するには早いんじゃないかしら?」

「いや。この可愛らしい猫ちゃんからすれば、きっとオジサンだよ」


 ノカの頭を軽く撫でるとレオナルド公爵は、視線を真っ直ぐとヒメリアに移した。夜の船の甲板は月明かりと足元を照らすライトが頼りで、昼間のようにはお互いの顔がよく見えない。けれど、彼の瞳はヒメリアの心まで射抜くように、情熱的な光を帯びていた。


「……そろそろ、戻らなきゃ。明日のお昼にはペリメライドに着くのに、これ以上夜更かししたら寝過ごしちゃうわ」


 先程まで月を共に眺めていたはずのノカは、いつの間にかレオナルド公爵の腕の中でスヤスヤ眠っている。そろそろヒメリアも、就寝しなければならない。


「では、船室まで送っていこう。限られた人間だけの船内とはいえ、女性の一人歩きは危険だからね」

「……お言葉に甘えて」



 * * *



 赤い月は今回の旅の終着点となるペリメライドからも観測された。


「ねえ、クルスペーラ王太子様。お月様が赤くなってるよ」

「やれやれ。フィオちゃんの姿が見えないと爺や達が慌てていたんだが、まさか王宮のテラスで優雅に月見とはね」

「なんで、今日の月は赤いの?」


 本来はまだ時期尚早であるストロベリームーンの出現に、クルスペーラ王太子は一瞬だけ眉を顰めた。前世からの因果に浄化により、一時期は心身ともに憔悴しきっていた彼だが今ではだいぶ回復している。だからこそ、今宵の満月の異様さにほんの僅かな嫌な予感を覚えてしまう。


「きっとお月様は人間より早く苺を食べてしまったのだろう。そうだ。フィオちゃんにピッタリな苺色のアクセサリーがあるんだ。王宮と親しい宝石商から頂いたストロベリークォーツという天然石のペンダントだけど。明日の出迎えにつけていくと良い」

「えっ? 苺色のペンダント、フィオが使って良いの」

「ああ。フィオちゃんの大好きなレオナルド公爵やヒメリアお姉ちゃん、これからお友達になる猫ちゃんに会うんだ。おめかししないとね」


 話題を上手く明日の出迎えの計画に切り替えて、テラスから室内に移動し赤い月の光からフィオを遠ざける。フィオを追いかけるように伸びていた月明かりは、王宮の室内までには届かなかったようでフィオを追うのを諦めたようだ。


(貴女のことはこれから紡ぐ本にきちんと書き記すから、ゆっくり眠ってください。赤毛の魔女フィオリーナ……)


 祈りにも似た思いでそっと窓の向こうの月に視線を向けて、クルスペーラ王太子はロザリオを胸に十字架を切る。

 物語の登場人物が久しぶりにペリメライドに揃う……前日譚は彼の祈りで幕を開けた。


* 次章は2024年05月下旬以降の予定です。

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* 2024年04月28日、第二部前日譚『赤い月の魔女達』更新。 小説家になろう 勝手にランキング  i984504
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