07
まるで神がヒメリアを応援しているかの如く、上手い具合に彼女の逃亡劇はトントン拍子に進んでいった。この話の展開に異議を唱え何とか従来の『ヒメリア処刑』まで話を進めたいのが聖女フィオナだ。
「ねぇ、闇部隊隊長。本当にヒメリアは私の存在を知っていたの? 聖女である私の存在は、外部には秘密のはずよね」
「はい、しかしながら伯爵令嬢ヒメリアは、確かに聖女フィオナに王妃の座を譲るようにとのご神託を聞いたと。どっちにしろ、邪魔者がいなくなるのですから、これでよしとされては?」
城の別棟で守られるように暮らしている『隠された聖女フィオナ』の自室は、豪華なドレスや美しい宝石が多数飾られ、絵画や壺などの芸術品に満ちていた。
だが、隠された聖女と言えば聞こえがいいが、殆ど幽閉に近い生活を幼い頃から強いられていたせいで、フィオナの心は狂いながら病んでいたのだ。王家の関係者以外、誰もフィオナの存在を知らない。家族もおらず戸籍すらなく、便利な占いの道具のような存在……それがフィオナである。
占いと治癒魔法の勉強に明け暮れる聖女は、外の世界へ歪んだ憧れを抱いていった。
フィオナが自由になるには、次期王妃の座を獲得した『伯爵令嬢ヒメリア』を殺してしまう以外方法はなかった。いつしかタイムリープの禁呪を覚えた聖女フィオナは、自分が王妃になることよりも伯爵令嬢ヒメリアを処刑することに悦びを覚えていた。
――要するに、聖女フィオナは狂人なのだ。
「いいはずないでしょうっ? 一度でも王太子様の寵愛を受けたあのアバズレは、地獄の苦しみを味合わせてギタギタに処刑しないと駄目なのよ! アイツが次期王妃候補になったせいで、私はずっと、世間から隠された存在だわっ。アイツのせいで、アイツのせいで……私は明るい空を見ることが出来なかったのにぃいい。殺す、殺す、絶対殺すわっ。殺さなきゃダメなのよぉおおおおおおおおぉっ!」
カシャンッ! バキンッ!
棚に飾られた大陸からの輸入品である花模様の壺が、無残にも壊される音が響いた。
時折、聖女フィオナは気狂いを起こしながら、物を投げつけたりみずからのドレスを引きちぎる。今も目の前で怒りに任せて、せっかくの貴重な壺を叩き割っては、足で踏みにじっていた。
フィオナは王家の中で王太子の婚約者候補に名前が挙がっていたにも関わらず、まだ聖女として認定されていなかったため、候補から落ちたという話だ。優秀な祈りの力を持つヒメリアさえいなければ、幽閉が解かれていた可能性もあった。
「おやめください、フィオナ様! お気を確かにっ」
「ちきしょう、ちきしょうっ! あぁっ運良くヒメリアが生き残るなんて許せないわっ。アイツの命は私のオモチャなのにっ。私を差し置いて、この国随一の美女の栄冠を授けられていたなんて、万死に値するのっ! 生かしてたまるもんですかっ」
暴れるフィオナをメイドが宥めるが、一向に怒りは収まる気配がない。
すぐにヒメリア殺害を望むフィオナだが、闇部隊とて目立つポジションの人間を殺すのは自分達の組織がバレる可能性もありリスクを感じていた。ここは自ら手を下すのではなく、ヒメリアに近しい人間を買収するのが手っ取り早い。
「フィオナ様、ではこういう方法はどうでしょう? ヒメリアが馬車で出かける際に付き添う予定のメイドを買収するのです。何でも新人のメイドが、最近屋敷に入ったとか。密室で毒薬を盛って殺せばバレにくいですし、移動中に心臓麻痺で亡くなったという設定にすることで偶然を装えます」
「えぇっ? その毒薬というのは、本当に苦しいものなの。一瞬で死ぬような薬じゃ意味がないわっ。苦痛の表情に歪む、アイツの顔をこの目で確かめないと気が済まないっ!」
「しかし処刑できぬ以上、今後の彼女は無実の修道女。あまり目立つ殺し方は足がつきますゆえ。ご勘弁ください」
仕方なしに聖女フィオナは一旦は毒盛り役のメイド買収計画で妥協したが、闇部隊とは別の方法も画策する事にした。
「ふんっ毒殺なんて生温い方法が、本当にあの牝豚に効くかどうか……」
「ほう……随分と警戒心がお強いようですね。何か理由でも。例えば、真の聖女様は……実のところヒメリア嬢の方だとか」
「……! 馬鹿な話はよして頂戴っ。あぁっ気分が悪いっ。中庭を散歩してくるっ」
鋭い指摘にフィオナは思わず、散歩と称して部屋を出て行った。実のところヒメリアは、悪魔に魂を売った闇の聖女であるフィオナとは逆の加護を持っている。
それは、ヒメリア本人が気付いていないだけでヒメリアこそが【真の聖女】であることを示していた。




