06
古代からペリメーラ島に残る赤毛の魔女の魂に導かれたフィオナは、ついに自分自身を完全に棄てて真のチカラに目覚めた。そして、外部の人間にもそのチカラは次第に及んでいった。
まずは最も身近な人物から。王宮地下牢に閉じ込められているフィオナが唯一接触する人間は、一日に一回だけ食事を届けにくる兵士である。
「おい、赤毛の魔女。今日のメシだ……ありがたく食えよ。おい……聞いているのか?」
「あら、女王に向かってその態度は何? こんな残飯よりも上等のレアステーキが食べたいわ」
彼は落ちぶれたフィオナを見下し、人間とも思わぬ態度で彼女に接していたが、その指に触れた瞬間豹変する。
「何だ貴様、突然気でも狂れたか……あれ、オレは一体。フィオナ女王に向かって、なんて無礼を……ひぃいいいいいっおっお許し、お許しおぉおおっ!」
――支配、恐怖、隷属。
これらの感情が本能的な部分に訴えてきて、フィオナをこの島の女王と認めなければ命が危ういと焦り始めた。
「うふふ。アンタもようやく、この島の住民らしくなってきたわね。そうよ、この島の女王は私。支配者も私。ずっとずっと、ペリメライドという国が建国された時から、そうなると決まっているの。奴隷以下のアンタがこれから何をすれば良いのか、分かっているわね?」
「はっはい! フィオナ様に相応しい部屋を一刻も早く用意して、それからドレスと食事を……」
「いい子ね、もし上手くやれたら私の付き人にしてあげるわ。じゃあ、すぐにここから出して」
ガチャン!
二重にかけられていた錠をすぐに解除させて、まずは地下から出ることにする。従属した兵士はすっかり言いなりで、一刻も早くフィオナを安全な場所へと逃すのに必死だ。
「おっおい! 一体何をやっているんだ。赤毛の魔女を牢から出すなと、上から命令が出ているだろう?」
「ここより先は、上級魔導師の命令で行かせるわけにはいかない。殆どの城のものは、貴様が何処か遠い場所で療養していると思っているんだからな」
見張り役の兵士二人が異変に気付いて、食事役が錠を開けてしまったことに慌てて怒鳴り散らす。片方の兵士は出入り口を塞ぎ、もう片方の兵士はフィオナに槍を突き出して威嚇の姿勢。
「へぇ……そういう嘘を吐いて、私がいなくなったことを隠蔽していたのね」
「ふんっ! 分かったなら早く戻れ! 運が良ければ処刑されずに済むんだぞっ。命が惜しくないのかっ」
つい最近まで王太子の花嫁候補だったフィオナを投獄したとは体裁上は言えず、ただの病気療養という設定で誤魔化している様だ。事実がバレると不味いと思っているらしく、何度も槍を突いて早く牢に戻るように指示する。
食事係の兵士は武器を腰に下げていたため、すぐに手を触れることで洗脳出来たが、見張の兵士は槍で一定距離を取っているため洗脳魔法が届かない。
「命が惜しい? ふふっ。魔女の最後は釜茹でかギロチンか、命が惜しいからこそこうして足掻いているのよ。それに、命乞いするのはアンタらの方なんだからねっ!」
「なっ何だ! 突然炎が……うわぁあああああっ」
「ひぃいっ。こんな魔法を使えるなんて聞いていないぞ! この女、本当に……魔女だっ」
だがフィオナは洗脳魔法を直接使わなくとも、攻撃型の炎魔法で槍を突いていた兵士を火傷させて倒してしまう。このようなタイプの魔法を使えるという情報は無かったのか、見張り役の兵士は怯え出して思わず槍を落としてしまった。
「ふふっ。平和ボケの兵士なんて、私の敵でもないわね。さっ……捕まえた! アンタらは永遠に私の操り人形よ」
「ひぃいいいいっ。お許し、お許しをフィオナ様ぁ! どうか、どうか、命だけはぁあああ」
「じ、実は大陸側がフィオナ様のしばらくの住居にと、コテージを用意しておりまして。すぐに馬車で移動致しましょう。今、手配しますので!」
* * *
こうしてフィオナは操り人形となる者を増やしながら牢獄を出て、本来自分が住む予定だったコテージへと拠点を移す。
コテージには、定期的に社会情勢を報せる新聞や雑誌が送られてきた。クルスペーラ王太子とヒメリアが、仲睦まじく結婚の準備をしているとの記事が多く見られる。
『美しき聖女ヒメリアに永遠の誓い、クルスペーラ王太子が贈った婚約指輪』
『新居は王宮近くの別邸か、早くも世継ぎを期待する声』
『傷心のフィオナ嬢は何処? 療養施設で長期入院か』
『フィオナ嬢の追放はいつ? 迫るエックスデーを大胆予想!』
その一方で、花嫁候補から外されたフィオナは病に伏せており、そのうち島を出るという噂になっていた。愉しそうに談笑するヒメリアとクルスペーラ王太子の写真が、フィオナの心をより一層傷つける。
(どうりで王太子もヒメリアも顔を出さないと思ったら、私……本当に療養している設定にされていたのね。けど、もういいわ……あんな二人。心のどこかで私のこと、魔女って差別してるから気にも留めずに暮らしているんだわ)
コテージに移ってから三週間もすると、牢獄暮らしで痩せ細った身体もだいぶ持ち直して美貌を取り戻してきた。資金繰りも兼ねて、聖なる魔法で悩める人々を救うという名目で、カウンセリングを交えつつ洗脳魔法を施す。
「やっぱりフィオナ様はお美しい……本当はフィオナ様に王妃になって欲しかった」
「フィオナ様に魔法をかけてもらうと病気が治るだけでなく、不思議と心に平穏が訪れて、不安が消えていきます。貴女は神の生まれ変わりだ……」
また、大勢の信仰を集めるため、時には無償で治癒魔法をかける。
「貧しい私を治療してくれる人は誰もいなかった。この命はフィオナ様のもの……私はこの命をフィオナ様に捧げます!」
洗脳魔法を使い少しずつ、味方になってくれる者を増やしていくと、次第に洗脳魔法を使わなくとも是非フィオナについて行きたいと切望する者も現れてきた。本来ならば、助からない命を助けた甲斐があったのだろう。
以前のフィオナだったら、か弱い人々に感謝されたことにより元の優しいフィオナに戻っていたが……。残念ながら、魂を悪魔に捧げたせいで心は復讐に燃えるばかり。
(機は熟した……! これだけの信者がいれば民衆は味方になったも同然。ヒメリアに反撃をしなくては。あの女を……ざまぁして見せる!)




