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クルスペーラ王太子が部屋を移動してからしばらく経つと、部屋をノックする音が聞こえてきた。形式的なノックだったようで、ヒメリア達の返事を待つことなくドアは開けられた。
「おチビちゃん達は、ここで本を読んでいたんだね。さっき、宝石会のメインになる幻のダイヤモンドが、パーティーホールにセッティングされたんだ。おチビちゃん達も、こればかりは見ておいた方がいいんじゃないかと思ってね」
ドアを開けたのは王宮の老執事で、クルスペーラ王太子のお付きの人だった。本来、ヒメリア達の世話を任されていたのはクルスペーラ王太子だったはずだが、カシス嬢に会いに行ってからは部屋から出て行ったきりだ。王太子は今頃、カシス嬢と悪い噂について話し合いをしているのかも知れない。
本日の宝石会のメインは幻のダイヤモンドという品で、ヒメリアはいかにも曰くありげな品に感じたが、フィオナは興味津々の様子。
「幻のダイヤモンド? 何だか凄そうね、ヒメリア。せっかくだし、見に行きましょうよ」
「あっ……フィオナちゃん、待って!」
好奇心旺盛なフィオナは、さっさと部屋から出てダイヤモンドのあるパーティーホールへと向かってしまった。後を追う形でヒメリアもパーティーホールへと足を運ぶ羽目になる。
途中ヒメリアは廊下の奥の方で、クルスペーラ王太子とカシス嬢が口論となっているのを目撃してしまう。
「レイチェルがたてた妙な噂を、貴方まで信じるの? 酷いわ! 言い掛かりよ」
「しかし、キミの家がいろんな人に宝石を売りつけているのは本当じゃないか。碌でもない噂だって、無理な商品を売りつけた結果が出ただけだ」
「我が家の宝石は、貴方が考えているよりもずっと価値があるの。だって、選ばれた宝石商しか手にすることが出来ない、幻のダイヤモンドの管理を任されたのよ。きっと、幻のダイヤモンドを確保出来なかった余所の宝石商が、嫉妬して噂をたてているのね! ふんっ。クルスペーラも、幻のダイヤモンドを見て考えが変わるといいわ」
カシス嬢は自分に関する悪い噂の殆どは、これから公開する予定の幻のダイヤモンドへの嫉妬だと考えているらしい。周囲の意見に惑わされず本人の言い分もきちんと聞くのであれば、その幻のダイヤモンドとやらを巡って嫉妬や羨望が渦巻いているのだろう。
しかし、それほど宝石に関心がない一般の貴族にとっては、ダイヤモンドが幻でも何でも割とどうでもいいことだ。おそらく、その業界に詳しい者のみにしか分からないような、マニアックな品なのだろうとクルスペーラ王太子は思った。
カシス嬢に対する疑惑が消えたわけではないが、騒動の原因となっている幻のダイヤモンドを見定めるべく、クルスペーラ王太子もパーティーホールへと移動することに。
「あ、あの……王太子様。大丈夫だった?」
「おや、ヒメリアちゃん。心配させちゃってごめんね。一緒に幻のダイヤモンドとやらを見に行こうか、よしエスコートしてあげよう」
「わぁ。ありがとう! クルスペーラ王太子様」
最初はカシスが仲直りと他の女達へのマウントのために、クルスペーラ王太子と腕を組んでパーティーホールへと向かうつもりだったようだが、梯子を外された。最年少の花嫁候補であるヒメリアの小さな手をぎゅっと握って、クルスペーラ王太子は悔しそうなカシスを少しだけ意地悪そうに笑った。
(何よ、売女の噂のある女よりもおチビちゃんの方がいいってこと? 自分だけ小さな子に優しい爽やかなイメージを保とうとして、嫌な男! 今夜、相手にしてくれって泣きついてきても優しくしてやらないわよ)
拗れてしまったクルスペーラ王太子とカシス嬢の中を修復するのは厳しそうだが、それでもまだカシス嬢は王太子を自分の男と考えていた。
どうせ、他の男との噂に嫉妬したのだろうから、後で寂しくなって自分を抱きにくると思っている様子。その発想そのものが、彼女が娼婦扱いされる原因となっているようだった。
* * *
パーティーホールの真ん中には、市場ではお目にかかれないほどの大きな大きなダイヤモンドが鎮座していた。アンティークの台座の上に紫色の布を敷いて、ダイヤモンドをライトアップしている。
その光は眩しすぎて、人生観を狂わせる呪いがかかっているとまで謳われるほどだった。
だが、この時までは宝石にかかっている呪いなど誰も本気にしていなかった。




