03
二週目のループで現れたフィオナは、以前の子供っぽかったフィオとはまるで真逆なマセた少女だった。他の花嫁候補のことを女豹だなんだ言って、ヒメリアにいろいろと悪い用語を覚えさせては不味いと、クルスペーラ王太子が取り敢えずは注意することに。
「こら、オマセさん。ヒメリアちゃんにアレコレ吹き込んではいけないよ。それに、他の花嫁候補の皆さんの悪口を言ってもダメだ。特に女豹だなんて、大陸ではそういう用語が流行っているのかい?」
「ううん。ここに来る途中の馬車の中で一緒だったレイチェルお姉さんがゆってたの。別に私が発案した用語じゃないわ。えぇと……カシスは使用人や宝石のジョーキャクと寝てて、女豹だって。呆れちゃったとか、せっかくいつも高い宝石を買ってあげてるのにとか何だとか」
「今、なんて……。済まないが、もう一度聴かせてくれないか」
クルスペーラ王太子の表情が一変して、険しいものに変化する。思わずフィオナの肩を掴むチカラが強くなり、フィオナが驚いて痛がり始めた。
「うぅ王太子様、強くしちゃ痛いよぉ。ちょっと陰口をバラしちゃったことは謝るからぁ」
「あぁごめんね、フィオナちゃん。別にキミをいじめるつもりはなかったんだ。本当だよ。ところで、もう一度レイチェルさんから聴いた内容を教えてくれるかい?」
「いいけど、私だってそんなに詳しい事情は分からないわよ。確か……今日の宝石会は、カシスさんが身体で、大陸の富豪に高価な石を売りつけて得たお金でするパーティーなんだって。娘に相手をさせているバルティーヤさんも悪いけど、カシスさんも遊んでいるから悪いって。使用人ともそういう仲なのに、不特定多数といろいろして花嫁に相応しくない。友達だと思ってたけど裏切られた、絶交したいとか何だとか……」
当時の話の内容を大人になってからヒメリアが振り返ると、バルティーヤ卿は美しく育った娘カシスに高級娼婦まがいのことをさせて、家の宝石を市場よりも高く売っていたのだろうと推測ができた。このことを馬車の中で愚痴っていたレイチェル嬢は、どちらかといえばカシス嬢とは仲が良かったように記憶している。
「レイチェルさんはね、カシス姉さんとは親友みたいなものだ。彼女がカシスさんの人間性を見てショックを受けたのだろうことはよく分かる。彼女の家はバルティーヤ卿の宝石を贔屓にしていたんだから、裏切られた気持ちが大きいんだろうね」
「二人の仲を壊すようなことを言って、ごめんなさい。レイチェルお姉さんがカシスさんの悪口言ってたことは、他では喋らないから。許して……」
信じていた友人に裏切られたショックがなければ、絶交したいなどというセリフは出てこないだろう。レイチェル嬢は、友人でありながらバルティーヤ家の宝石を定期的に購入しており、俗に言う上客だったはずだ。
付き合いを気にする友人からも高額な金銭を取っておきながら、身体を武器にして他の客に宝石を売る必要性があったかどうかも謎である。
「うん。なかなか過激な内容だから、他では話さない方がいいのは確かだ。さて……」
「どうしたんですか、クルスペーラ王太子?
「ああ、ヒメリアちゃん。ごめんね、ちょっと僕もカシス姉さんに用があって……」
話にイマイチついていけず固まっているヒメリアの頭を撫でて、クルスペーラ王太子が部屋を出ようとする。すると、自分のせいなのかと思ったのかフィオナがクルスペーラ王太子にギュッと抱きついて部屋を出ていくのを止める。
「えっ……ちょっと待って。レイチェルお姉さんとカシスさんの喧嘩を仲裁しに行くの? 王太子様、触らぬ神に祟りなしじゃない? やめようよ」
「いや、レイチェルさんとは、喧嘩にすらなっていないかも知れないし。もう愛想が尽きたか、呆れているようだから。僕の方からも、確認したいことがあってね。二人はここで待機してるように……」
優しげな目元の王太子が、冷徹な眼差しに瞬間的に変わる。おそらくカシスについて彼が着眼しているのは、さらに別の部分だった。
パタン……!
「行っちゃったね、クルスペーラ王太子。ねぇフィオナちゃん。これじゃあ私達が女豹さんを蹴落とす前に、勝手に他の人達が揉めちゃうんじゃない」
「ふんっ。今は直接手を下すことが出来ないだけだわ。それに……良い思い出だけ残して、カシスさんとの仲が終わるとのちのち厄介そうだから。クルスペーラ王太子も現実を見た方が良いのよ!」
「現実を見る……か。実は花嫁候補会って、あんまり仲の良い会合じゃなかったんだね」
ヒメリアの感想はごく素直な気持ちから出たものだったが、それはクルスペーラ王太子も似たような感想だった。しかし、カシスとレイチェルが仲違いしつつあることよりも、クルスペーラ王太子とカシスの仲が壊れたことの方がフィオナにとっては重要だ。
『まずは一匹、女豹を蹴落とせたかしら?』




