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教会の大聖堂には多くの人が集まり、神官長のお告げ認定の宣言に盛りを見せていた。悪天候の中、雨風を凌げる場所として大聖堂が役立つのも人が多い理由の一つ。だが、やはり暇を持て余す者特有の野次馬根性が、平時とは異なる【神からの御告げ】に関心をもたらすのだろう。
「時間を操る悪魔の魔の手が近づく時、奇跡が起こるとの伝承。嵐の朝、大きな雷が島中を包み込み、天変地異の前触れの如く激しい落雷の音が鳴り響く。そしてそのような日には、神から御神託が舞い降りるとされている。祈れ……民衆よ、隠し事は神の前では出来ぬ。本日、伯爵令嬢ヒメリアに神の御意志が告げられたのだ!」
「「「うぉおおおおおおおっ」」」
その日、神の像の前で取り憑かれたようにご神託を告げて気を失い倒れていた娘こそが、次期王妃候補のヒメリアだった。
「おいっ聞いたか、なんでもクルスペーラ王太子の婚約者であるヒメリア嬢が、神からお告げを受けたらしい。聖女フィオナとかいう娘に王妃の座を譲るため、体裁上は追放してもらって、この国を出ていくとか」
「聖女フィオナなんて娘の名前、聞いたことがないぞ。それにまさかヒメリア嬢が、自ら婚約破棄を申し入れるとは……気でも違ったのか?」
「いやいや、それが隠された聖女フィオナという娘は、本当に王宮で囲い込まれていて実在しているそうだよ。お告げを受けた教会の神父様は、聖女フィオナの存在を知っていたそうで、酷く狼狽していたらしい」
ヒメリアは唐突に『ご神託を受けた。次期王妃は聖女フィオナでなければならず、私は大陸の修道院へと向かう』と何度も繰り返し語ったという。断崖絶壁の教会で神の像にしがみつきながら大声でお告げを叫ぶ伯爵令嬢ヒメリア・ルーインを目撃したギャラリーは、意外なほど多く噂はたちまち島中に流れた。
これには王家の関係者も驚き、また王太子クルスペーラも神のご神託の鋭さに言葉を失った。
何故なら赤毛の聖女フィオナの存在は王太子と王家の関係者しか、知り得ないもので、ヒメリアとフィオナは面識がないからだ。
* * *
「申し上げにくいのですが、ヒメリア・ルーインに聖女フィオナの存在が知られてしまったようです。何でも神の御神託を受けたとか……クルスペーラ様、如何いたしましょう?」
「ヒメリアは強い祈りのチカラを内に秘めていると、神父様も認めている。どのみち罠に嵌めて婚約破棄せざるを得ない可哀想な娘だったが……まさか、自ら婚約破棄を望むとは」
王宮側は邪魔なヒメリアを排除するために、フィオナを執拗に虐めたという嘘の情報を流そうとしていた。その為、陰謀がバレたのではないかと王宮関係者は不安を覚え始めた。
「我々の陰謀も策略もおそらく、神の目は欺けなかったということでしょう。王太子様、ここは計画を変更してヒメリア嬢のお告げの通り、修道院行きを許可されては?」
「うむ。その方が賢明か……。実は僕も聖女フィオナの命令とは言え、ヒメリアを投獄するというのは、やり過ぎだと思っていたんだ。しかもヒメリアは本気で愛していた女性、せめてもの情けで彼女には修道院での余生くらい見逃してやりたい。爺や……僕からもヒメリアの自由を頼む」
「おぉ……まるで、以前の心優しいクルスペーラ様が戻ってこられたようで、爺やは嬉しいですぞ。では近いうちにお見舞いと称して面会されて、修道院行きを許可する証書を用意しましょう」
まだ聖女フィオナによる洗脳魔法が完全に効いていない王太子クルスペーラと王宮関係者は、残された良心でヒメリアを島から逃してやることにした。
話し合いが終わり、ふとクルスペーラ王太子が自室で鏡を見ると、青白い不健康な青年が恨めしそうに自分自身を睨みつけている。この国自慢の美青年と謳われた日々の面影は、次第に薄れてきているようだ。
「昔は、ヒメリアと穏やかな時を過ごしていた頃は、僕はこんなひどい表情はしていなかったよな。やっぱり、あの隠された聖女フィオナの魔法の加護を受けてから……いろいろとおかしい。しかもこの島国は、悪魔の呪いでタイムリープを繰り返しているという噂。ずっと悪魔の手中で弄ばれているような……僕は一体いつまで、正気でいられるんだろう?」
鏡に自問自答しても、不安と焦燥にかられた情けない王太子が見つけているだけ。タイムリープにより、何度も罪を重ねることを咎めるような仕草で。