03
朝の日差しは優しく、ふかふかのベッドはヒメリアの華奢な身体を包みこんでくれる。鏡の前に座るヒメリアは、誰の目から見ても箱入りのご令嬢だ。
(五回目の転生が、どのようなパラレルワールドなのかまだよく分からない。取り敢えずは使用人達の態度を見て、様子を探ろう)
この国でも有数のお嬢様であるヒメリアが、そのうちひどい仕打ちを受けるなんて誰が想像するだろうか? 先程までの記憶は、ただの悪夢なのではないかと疑うほど。
「おはようございます! ヒメリアお嬢様は今日も美しくて、メイド冥利に尽きますわ。王太子様との結婚発表パーティーもきっと素晴らしいものになるでしょう」
「おはようアーシャ。ねぇ私、寝ぼけているみたいなんだけど、結婚発表パーティーって、あとどれくらい先かしら?」
「えぇと……だいたい、二週間後ですね。その一ヶ月後はついに、島中の民を集めての結婚式。うふふ、ヒメリアお嬢様の可愛いらしい花嫁姿。楽しみです」
ベッドから起き上がりメイドに日付を確認すると、すでに結婚発表パーティーの二週間前だった。
(もう時間がないわ。急いで処刑ルートを回避しないと! けど、どうすれば……そうだわっ。一か八か、神の像の前に行って……ご神託を受けた事にすればっ!)
「……神様にお祈りを捧げに行ってくるわ。とても大事なご神託を受けに行くために」
「……ヒメリアお嬢様? あっお待ち下さい、お嬢様っ」
* * *
天候の変化が激しい島国特有の突然の雨、ざあざあと降りしきる強い雨に打たれながら神の像の前で天を仰ぐ娘が一人……他ならぬ伯爵令嬢ヒメリア・ルーインだ。
「神が、この島国の神が私に御神託を授けました。この島国の次なる王妃になるべきは、聖女フィオナであり私ではないと。王太子クルスペーラと聖女フィオナ、二人の邪魔にならぬよう私は大陸に向かい修道女として生涯を過ごします!」
「なっ……お気を確かに、ヒメリアお嬢様! おそらくマリッジブルーというものです。さあ早く、お屋敷に戻りましょう」
お付きのメイドアーシャが必死にヒメリアを説得するが、ヒメリアの意思は固く神の像にしがみつき離れようとしない。神の像は断崖絶壁の教会敷地にあり、下手に動けばヒメリアも崖から海へと転落してしまう。
「お願いアーシャ、話を聞いてちょうだい。私は王太子クルスペーラとの婚約を破棄して、この島国を出ていかなければならないの。神父様を呼んでご神託をこの国の重要事項として記録するようにっ。早くっ!」
「わっ分かりました。分かりましたから、崖から飛び降りるような真似はしないでくださいな。ゆっくり、ゆっくり、その場から離れて……」
自殺にも似た狂乱の御神託騒ぎ、いつの間にか奇行を起こしたヒメリアをひと目みようとギャラリーが集まっていた。
ざわつく人々は、ヒメリアが結婚のプレッシャーでおかしくなったと疑わなかった。
「知っているのか、隠された聖女フィオナ様の存在を……! まさか、本当に神が?」
「神官長、極秘情報が。奇跡なのか」
だが、聖女フィオナという人物は架空ではなく実在するらしいとの情報。
(良かった……これで、婚約破棄への足掛かりを掴めたわ)
無理なパフォーマンスに体力を使い果たしたヒメリアは、その場に倒れ込んだ。しかし、それすら神の御意志と評価され、いよいよ御神託は本物であると噂は広まった。ヒメリアの命懸けの芝居が、彼女の五回目のタイムリープに新たな活路を見出した瞬間だった。