03
談話室の扉を開けて現れたのは、花嫁候補の少女ヒメリア。
一瞬、ヒメリアに他の御令嬢達が一斉に注目する。が、何と無く知っているルーイン家の御令嬢だと分かると、関心が逸れたようだ。
花嫁候補の少女達の中でまとめ役らしい一番の年長者が、にこやかにヒメリアを出迎える。
「ああ、今回はルーイン伯爵のお嬢さんも呼ばれたのね。私はカシス・バルティーヤ、島の鉱山を仕切るバルティーヤ家の長女、十三歳よ。宜しくね」
「はっはい。宜しくお願いします……カシスさん。ヒメリア・ルーイン、七歳です」
「うふふっ緊張しなくても平気よ。そっか、まだ七歳か……可愛いわね。私も一応花嫁候補だけどバルティーヤ家はもう何度も王家と婚姻をしていて、クルスペーラ王太子とも親戚なの。多分、形式だけの花嫁候補で実際に嫁ぐ可能性は殆どないわ」
まだ七歳のヒメリアからすれば、十三歳だと言うカシスは随分と大人びて見えた。ぱっちりとした瞳と赤茶色の髪も相まって、少女とは思えない色気すら漂っている。そして、何代も前から王族と血縁だという彼女は、自らが花嫁になる可能性をやんわりと否定した。
すると、もう一人、金髪の可愛らしい少女が明るく話の輪に入ってきた。
「そうそう! みーんな血の繋がりが濃くなっちゃってるから、結婚の可能性はないかなぁって。あっアタシは、レイチェル・ハーディス、十二歳。博物館や闘技場なんかを取り仕切るハーディス一族の次女よ。ハーディス家の場合は王族のお姫様からお嫁を何度か貰っているから、やっぱりクルスペーラ王太子とは親戚なのよね」
「親戚……皆さんの家は、もう王家と繋がりが出来て長いんですね」
「うん。けど、最近は血縁以外からお嫁を貰うようにって、医者が意見を出してるらしいの。まぁみんな同じ一族みたいなものだし、ヒメリアちゃんも仲良くしましょ! 疲れているでしょ、オレンジジュースよ」
「わぁ。ありがとうございます」
年上のお姉さんが多いせいか、ヒメリアは特に虐められることもなく、むしろ可愛がってもらえる雰囲気だ。本命の花嫁候補と見られていないのだろうし、ライバルになりそうな家の者は寄り付きもしない。意外な展開に緊張がほぐれて、ようやくオレンジジュースをごくごくと飲んでのどの渇きを癒す。
「クルスペーラ王太子がここに来る前に、一応基本的なことを教えておくわね。花嫁候補を島内で選ぶのは揉め事が多かった前国王以来で、今の王妃様は大陸出身者よ」
「だからという訳ではないけど、王妃様の従者は大陸出身者が多いわ。有体に言えば、王宮に大陸贔屓がチラホラいらっしゃると言うことね」
御令嬢達の説明によると、先代の花嫁選出は島内でのいざこざが多かったせいで、結局大陸の貴族から花嫁を貰ったという。だから、クルスペーラ王太子の母親は、島内の人間ではなく多くの貴族が暮らす大陸の出身者だ。
島民と故郷が違う王妃は、食の好みや遊びのセンスなどがいちいち国王と合わないと言う評判。それらの事情も、再び島内から花嫁候補を選ぶことになったのだろう。だが、文化の違う大陸の人間の意見を取り入れることに意味があると考える者もおり、花嫁は大陸から……という声も王宮内には未だある。
「だからね、多分花嫁候補の最終にはヒメリアちゃんも入るとは思うんだけど……大陸から候補者を呼ぶってうるさい派閥があってね。その辺りの関係者には気をつけた方がいいかも」
「派閥……。その人達は皆、クルスペーラ王太子には大陸からのお嫁さんが欲しいと言うこと?」
「えぇ。ヒメリアちゃんのルーイン伯爵家が、これまで花嫁候補に選出されなかったのは、王家の歴史と関係があるらしくて。実は初代女王と花嫁候補の座を奪い合ったのがルーイン家のルーツである網元のお嬢様だったらしいの」
両親からすら聞いたことがない話をよその家の御令嬢から教えられて、ヒメリアは言葉に詰まってしまい返答が遅くなる。
「……私、自分のご先祖様が初代花嫁候補だったなんて、知りませんでした」
「ヒメリアちゃんはまだ小さいし、歴史からも消されている部分が多いから仕方がないわよ。むしろ網元のお嬢様と結婚して欲しかったという庶民の意見が残っていた程だわ」
「あんまり、初代女王様を快く思っていない人が多かったんでしょうね。初代女王様については記述が不思議なほど削除されていて、詳細は今となっては分からないのだけど。多分、大陸出身者なんじゃないかって……女神信仰から脱却して造った国だし、島民には脱却は不可能だしね。次期博物館長の私の勘では、十中八九、初代女王は大陸の方よ」
カシスとレイチェルは自分達の家柄も王室と近しいせいか、庶民が知らない裏事情まで詳しい。レイチェルに至っては、王太子の花嫁になることよりも次期博物館の館長になることを目標としているようだ。
「けど、どうして私の代でルーイン伯爵家を花嫁候補にしてしまったのかしら」
「いずれ、そういう因縁が巡る時が来るって、私のお父様は仰っているわ。ただ、因縁と聞くと大陸からの花嫁候補が来そうなものだけど。今回は、招くことが出来なかったのよね」
「えぇ。何でも、一人だけ大陸公爵家の縁戚だという少女の名前が挙がったらしいのだけど、まだ小さいからって理由で今回はパスになったそうよ。その時まで、因縁について調べておくのも良いかもね」
先祖のことを自慢げに話していた父の様子を思い出すだけで、深い因縁を今回の結婚で解消する気なのだと気付いてしまう。
カシスやレイチェルの勘が当たり、島内以外から花嫁を呼ぼうとする派閥が強くあるのを体感させられるのは数年先。
もう一人の本命とされる花嫁候補、フィオが大陸から連れてこられた時からだった。




