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ついに、王太子花嫁候補達の顔合わせお茶会の日がやって来た。
「あぁ、ヒメリアお嬢様! 本当に今日はいつにも増して可愛らしいっ。きっと将来はこの島一番の美女になることでしょう」
「我が娘ながら驚くほど可愛いわ、ヒメリア! ここだけの話だけど、他の御令嬢なんか目じゃないわよね」
「メイド長もママも大袈裟……」
本日のヒメリアのファッションはオートクチュールの清楚な薄水色のワンピースドレス、揃いの白い靴、リボンをあしらったカチューシャだ。メイド長が検討した結果、定番かつ悪目立ちし過ぎない服装の方が、ヒメリアの品の良さが際立つと判断したと言う。
「もうっ。貴女は将来は王太子様に嫁ぐのだから、もっと自信をもって! 内面の自信が容姿に現れると、ファッションデザイナーも占星術師も仰っていたわ」
「そうそう。最後は自信が全て! 臆してしまっては、勝てるものも勝てませぬゆえ」
(なんでお嫁さんにいくのに、勝ち負けがあるんだろう? 喧嘩みたいでコワイな……)
ヒメリアの心の声は完全に無視されて、支度はどんどん進んでいく。精神面なのか胃の辺りがキリキリしてきた為、お腹が痛いと言う理由で欠席しようかともヒメリアは思ったが、仮病扱いされそうで言い出すことは出来なかった。
追い討ちをかけるように、両親やお付きの者達と馬車が待つ邸宅入り口へと移動する際に、他の使用人達の噂話が聞こえてくる。
「先代の王太子、つまり現在の国王の花嫁候補達は一切顔合わせをしなかったらしいんだけどね。まぁ、色々あったじゃない?」
「えぇ……不審死や不可解な病死なんかが、頻発されたとか」
「まぁ闇でライバルを潰すなど良からぬ事件が多かった為、今回から幼いうちにお互い知り合いになる機会を設けることになったと言うことです。だから、ヒメリアお嬢様は以前の花嫁候補に比べれば安全……」
ヒソヒソとした話し声とはいえ、自らに関わる内容だと自然と耳に入るものだ。当時七歳のヒメリアにとっても、何となく詳細が分からなくとも【イヤな噂】という記憶として残ることになった。
結局、今回の外出からは逃れることができず、ヒメリアは馬車に乗り込み王宮へ。
「天気があいにくの曇りですねぇ。帰りに雨が降ってもいいように、馬車を停める場所に気をつけないと」
「爺やったら、心配しなくても王宮の馬車スペースなんかは全て屋根付きだわ。あら、ヒメリア……緊張しているみたいだけど平気かしら」
「大丈夫よ、ママ。ただこういうのって初めてだから、どうしていいか分からなくて」
曇り空の中、ガタガタと音を立てて走る馬車は行く末の不安定さを暗示しているようだった。
* * *
王宮に着くとさらに移動して、王室居住スペースという別の建物へと案内される。どうやら今回のお茶会は、本当に王族が個人的に開くお茶会という形式となっている様子。
「ようこそ、いらっしゃいました。ルーイン伯爵家の皆様ですね。既に、何組かの花嫁候補が集まっていますが、全員揃うまでしばらくかかるとのことです。ヒメリアお嬢様は、こちらの談話室へどうぞ」
「ありがとうございます。パパ、ママ、また後で……」
「ヒメリア、しっかり!」
行儀よくしなくてはいけないと躾けられているためあまり余所見は出来ないが、思わず圧倒されるものが王宮内部にはあった。硬くなるヒメリアに、案内役の若いメイドが優しく話しかけてくる。
「ふふっ緊張されていますね。大丈夫、殆どの御令嬢がこの島の出身者。いわば、家族です。ヒメリアお嬢様も、もちろん……島の家族ですからリラックスしてくださいな」
「はっはい!」
幼いヒメリアも一般参加者が来訪できる範囲では王宮に来たことがあるが、関係者のみが入れる王室居住スペースは初訪問である。初代女王が島の総力を挙げて造ったとされるだけあって全てが絢爛だ。
大理石の床や壁に大陸から取り寄せた深紅の絨毯やシャンデリア、目を惹く純金の神獣の置物は東方の架空の生き物をモチーフにしたもの。全てが大陸贔屓かと言うとその一方で、島伝統の鮮やかな絵画やハイビスカスなどの南国特有の花々が其処彼処に飾られていて、異文化同士が調和していた。
コンコンコン!
「失礼します。ルーイン伯爵家の御令嬢、ヒメリア様をお連れしました」
「ご苦労様、ヒメリアさんも緊張しなくていいよ」
「あ、ありがとうございます……」
回廊を抜けて談話室に着くと、既に他の御令嬢達が噂話に花を咲かせていた。今日をもってヒメリアは、クルスペーラ王太子の花嫁候補としてその第一歩を踏み出したのである。




