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表裏  作者: 優太くん
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 もしも、時間を戻すことができたのならば、こんな惨事になる前にどんなことをやってでも止めようとしただろう。でも、そんなことは現実にはできない。後悔ばかりが先走り、頭の中で何も他のことを考える余裕なんてない。

 薄れて行く意識の中で見つめるその先には、1人高笑いをしている仲間のことを見ていた。

「どうして……どうしてなんでだよ!」かすれた声に無理を言わせ絞り出すように放った言葉は、自分の耳のみに届く程度で終わってしまう。

 僕らにとって、そいつの存在は絶対だった。圧倒的だった。だからこそ、盲目となっていた。こんなことになるとは誰もが想像していなかっただろう。

 今の状況は、僕らが望んでいた結末とは真逆の結末となっている。もしも、どこかで彼を止められていたら。

 今の僕らには、後悔しかない。先刻まであったはずの希望や夢は無くなっていた。

 僕らの夢は、一年ほど前から始まった。


 夏の中でも特に暑い日のことだった。大学の夏休みを実家で謳歌しているとき、国から1通のメール便が届いた。

 部屋で寛ぐ俺に、母親は玄関口から「あんた宛に通知が来たわよ」と声をかける。その声に「はーい」と気の抜けた返事を返し玄関口でメール便を受け取った。

 『神田無一郎様』と俺の名が書かれた封筒の封を切り、中の書類に目を通した。

 書類には、急遽人員が必要となったため、防衛大を志望している又は、志望し受験をした者に対して防衛大への編入、および進学を行うというものだった。

 俺は一年前、高校の頃は確かに防衛大を第一志望としていたが、入試試験を失敗し違う大学へと進学していた。かつて、第一志望だった大学へ無条件で編入できるという物事だけを捉えてみれば飛び付きたくなるほど好条件の話ではあるが、一つ疑問になっている部分がある。それは、緊急事態により急遽人員が必要となったと記され、高校生にまでも編入を要求していることである。

「最近何か、あったっけ?」

 玄関からリビングへと移ろうとしていた母を呼び止める。

「何かって、何が? 別にいいんじゃないの? あんた、行きたがってたじゃない」

「それは、そうだけど……」

 今の現状に満足感のある俺にとっては、その提案を即決して受け入れることはできなかった。

 直近でも、これいとって大きな問題はおきていないし、こんなに急務を要するような状態ではないはずだ。何が起きているのか、起きようとしているのかわからず、一抹の不安を感じながら、これからどうするかを一考することにすることにした。それは、自衛隊に対しての憧れが拭えなかったこと、今の大学での環境に満足していること。その二つが自分の中で決定を決めきれない要因となっていた。

 そうは言っても、期限まで二週間ほどしかなく、流暢に考えられるわけもない。

 高校生の頃に行きたがっていた大学に、急遽通えるようになるというこの提案は、考えていた人生設計を根本から見直すこときっかけになってしまったのかもしれない。

 俺は、防衛大学に不合格通知を渡された時は、浪人するつもりで頭を切り替えていた。すぐに切り替えられたわけもなく、数週間は立ち直れなかった。しかし、親から金がないから他の大学に入れと説得され、他大を受験したところ不幸にも合格通知を送られてしまい、防衛大を諦めるほかなかった。

 大学に入学してからまだ半年と経過してはいないが、新たにできた友人関係や大学の講義などに不満はなく、むしろ、心地よいものになっていた。だから、編入の申し出は戸惑った。なぜ今のようなタイミングによこすのだ。なぜ、一年前に渡してくれなかったんだと。

 結局、申し込みの期限いっぱいまで悩んだ結果、俺は夢を追うことにした。

 受理するとの連絡を政府に郵送すると、日を待たずに入学届けをはじめとした諸々の書類と今月中に大学の寮への引っ越しをして欲しいとの指示が書かれた指令書のようなものが送られてきた。それほど多くもない荷物をまとめ、結果として二週間ほど時間を要し実家を後にした。

 寮に案内されたと思っていたのだが、その装いはビジネスホテルそのものだった。そして、小さな机の上には、厚さ5センチほどにもなる札束と簡潔な文章でまとめてある誓約書が置かれていた。なんでも、これからのことを考え、見舞金として先に気持ちばかりの金額を用意したらしい。

 誓約書にサインをし、その現金を銀行に預けた後は、新生活が始まるまでの時間を有意義に過ごせるように努めた。

 どうして、寮と言いながらビジネスホテルへと案内されたのかが新生活の初日に判明した。今回招集を受けた生徒たちを一同に集め、入学式に似たような催し物が開催された。会場はこの辺りで一際大きい建物で開催され、数多くのパイプ椅子が受理した生徒の数を表していた。体育館としてもかなり大きめの建物いっぱいに敷き詰められた椅子の数を見るに、寮に入れようにも入りきらないと容易に想像がついてしまうほど数が用意され、俺よりも先に入場していた生徒たちを見るに男女比はやはり男子の方が多いように見受けられた。自分のように大学生活を謳歌していたような風貌の生徒から、顔に幼さを残している生徒、反対に成熟しているであろう生徒まで、ひと目で様々な年齢の生徒が今回の召集によって誕生したことを感じ取れる。

 特出するほどの内容もなく、入学式はつつがなく進行していった。部隊長挨拶なるものがあり、俺と大差ない青年が白い軍服を身にまとい、風を切るように歩き壇上へと上がった。

「はじめに、私の名は青島仁だ。この緊急な召集に対して、好意的な返事をしてくれたことに感謝しよう。君たちは全員私の配下についてもらう。そして、通常の自衛隊の活動は一切行わず、研究の手伝いを主に行ってもらうこととなるだろう。君たちに支給される装備である奏システムは、どうやら君ら個人の心体にストレスがかかっている状態では危険を招いてしまうとのことだ。君らは、自衛隊ではあるが君たちの存在が公表されることはないし、君ら個人が我々の活動を発信してしまう事も禁ずる。以上がこれからについての簡単な説明と注意として、私の挨拶を終了とさせてもらう」

 一息で挨拶を言い終えた我らの上司は、生徒に対して軽くお辞儀をした後、ゆっくりと降段した。

 そして、終わりの挨拶を行い、式は終了した。式の後には予定は組まれていないため、自由時間となっている。

 こうして、これからのことに少なからず不安を抱えたまま、俺たちの自衛隊としての生活が始まったのだった。


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