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ペアの腕時計

作者: 坂下真言

「ああー遅刻ー!」

 俺は病院に向けて車を飛ばす。ちゃんと法定速度は守ってるぞ? 念のため。

「くっそー。昨日夜更かしし過ぎたなぁ」

 パソコンでボイスチャットを延々と時計の短針が四を指す夜中まで続けてしまった。まぁ楽しかったからいいんだが。そんな俺は案の定寝坊して精神科の予約に遅刻しそうになっている。

 一度鬱やら統合失調症で壊れたメンタルをケアすべく自分から通院を始めたものの、なかなかよくならないという事になっている。まぁ予後は良くないというタイプの病気だから仕方ないのかもしれないのだけれど。


 二十分ほど遅刻して病院に到着。受付を済ませてスマホにイヤホンを刺して音楽を聴きながら順番を待つ。

 遅刻をしたせいかとても長く感じる。イライラしてくるのをどうにか自販機で買った炭酸飲料と一緒に嚥下する。シュワシュワと少し気が晴れる。全くもってメンタルが弱いなぁなんて自分でも思ってしまう。

 そしてやっと順番待ちが終わり診察室に呼ばれる。

「はい、お待たせしました。今月はどうでしたか?」

「うーん。ボチボチですかねぇ」

「夜は眠れていますか?」

「あー最近ちょっと不眠気味です。眠剤を少し追加して貰えますか?」

「ふーむ。じゃあ弱いのをちょっと入れてみますか。様子を見たいので次回は二週間で来てくださいね」

「分かりました」

「何か楽しい事はありましたか?」

「今日遅刻しちゃいましたけど友達と深夜にパソコンでボイスチャットをしてて……。孤独が紛れている気がするんです」

「なるほど。安定につながっているのなら問題無いのですが、あまり夜更かしはしない様にしてくださいね」

「はーい」

「では二週間後に」

「了解です」

 凄く短時間だが一応こちらの要求は飲んでくれたので血液検査にも応じる。まぁ拒否権は無いわけだが。

 会計を済ませて薬局に行き薬を貰う。一応いろいろ支援は受けているので病院代はそんなにかかるわけではないが。

「さーて。帰るか、いや腹減ったな。定食でも喰いに行くか」

 遅めの昼食を定食屋に行ってアジフライ定食を注文して食べる。時計の短針が二を刺す。今度こそ帰ろう。


 家に帰り仕事を開始する。俺の仕事は在宅のプログラマーだ。延々とモニターに向かい合いコードを書いていく。おかげで目も悪くなったし、首や肩の凝りも酷い。オマケに偏頭痛までやってくる始末である。

「はぁ……。なんかノンビリしたいなぁ……」

 独り言を呟く。ただの願望だ。温泉宿とかでゆっくり温泉を満喫して美味しい食事に舌鼓を打ち、美味しいお酒を飲んで、ぐっすりと眠る。最高じゃないか。

「まぁ無理なんだけどなぁ……」

 多分メンタルが強い人なら実行に移すんだろうなぁなんて思ってしまう。俺は気弱で押しにも弱いから仕事をガンガンと押しつけられてしまう。在宅という事はメリットであり、デメリットでもあるというわけだ。

 まぁそういう仕事なので基本年中無休である。休日はあって無い様なモノだ。まぁ都会で電車に揺られて通勤する自分を連想する事が出来ないのでこれはこれで合っているのかもしれない。

 プラス思考は大事だ。なるべく心がけているのだが、あまり板についていない。自己重要感という言葉があるが、俺はそれが結構薄いんだと思う。

 そんな感じで仕事をこなして夜中になる。薬を飲んで横になる。すると割と早く意識は水面に沈む石の様に水没していった……。


 数日後。

 コンビニで買い物をする。すると店員の女の子が……。

「あ、あの!お客さん、ちょっと待ってください!」

「なんでしょうか?」

 店員さんはメモ帳を取り出しボールペンで何かを書いている。

「こ、これ私のメールアドレスです! よかったらお友達になってください!」

「え? ええ!? 俺と!?」

「は、はい!」

「じゃ、じゃあ喜んで」

 俺はメモを受け取る。顔が赤くなっているのを自分でも感じる。他の女性店員も暇なのかキャーキャー言っている。

 それが俺と彼女との出会いだった。


 それからは結構自分でも変われたと思っている。彼女の前では素直になれる。ボイスチャットを夜遅くまでしてたり、メンタル的な事を話したりと。まだこの頃は無知だったが彼女も病気を持っていたらしい。

 彼女にはだいぶ助けられているなぁなんて思ってサプライズプレゼントに時計を用意した事もあった。けど、それは後悔に変わった。彼女の家に向かってみると運悪く彼女にしつこくつきまとう元彼と鉢合わせしてしまった。

「おい! お前か! アイツの男ってのは!」

 ガンガン言葉で攻撃してくる元彼。俺は気弱な羊にしかなれなかった。この時、勇敢な人になれていたら、と今でも考える。

「アイツはなぁ! 癌なんだよ! 無理してお前に合わせて元気なふりしてるけどなぁ!」

 愕然とした。知りたくなかった。彼女は俺の前では元気な姿をしていた。けれど癌だなんて信じたくなかった。無理もして欲しくない。

「ちょっと! 誰と喋ってるの!? 近所迷惑でしょ!」

 ドアを開けて彼女が顔を覗かせる。そして俺と目が合う。

「あっ……」

 微かに漏れた言葉が、真実だと強く訴えていた。

「本当なのか……?」

「……ごめんなさい。貴方にだけは知られたくなかったけど」

「そうか……。コイツの言ってる事は本当だったか……」

 三人して黙る。

 そして三者三様に散っていく。家に帰ってからメールをする。電話だと声を聞いていると泣いてしまいそうになるから。

『今日は突然家に行ってゴメン。サプライズプレゼントを用意してたんだけど渡せる空気じゃなかったね』

『私の方こそごめんなさい。病気の事、詳しい話を隠していて……』

『もう間に合わないのか?』

『……うん、今年の冬を越えられるかどうかって先生が言ってた』

『そっか……。なぁ、二人で逃げちゃおうか?』

『え?』

『ずっと逃げるのは無理だけど……。旅行にでも行って現実から逃げよう』

『私は貴方について行くわ』

『分かった。秋のうちに旅行に行こう! 俺も仕事ちょっと休みたかったんだ!』

『楽しみにしてる!』


 そして旅行へと向かう日。俺は彼女の家に迎えに行く。

 二人で旅行を思う存分楽しんだ。旅の途中で寄った定食屋の時計を見て残された時間を嫌でも感じさせられるが、その気持ちはひた隠しにして、こんな豆腐メンタルだが彼女に楽しい思い出をプレゼントしたかったからだ。

「ありがとう! 楽しかったよ! 大好き!」

「俺もだよ!」


 次の日。彼女の訃報がスマホに届いた。自殺らしい。遺書には俺宛ての感謝の言葉が綴られていた。喪服で彼女の葬儀に参加する。涙は流れない。俺のメンタルは豆腐から無機質な石にでもなってしまったかの様だ。

「君には娘が世話になったよ……。私からも感謝を」

 彼女の父親が頭を下げる。

「やめてください……。救われたのは俺の方なんですから……」


 独り。部屋に閉じこもり彼女からのメールを読み返していく。胸に穴が空いた様な気分だ。悲しい、虚しい、辛い。こんな現実からも逃げ出したいとさえ思う。死ねば彼女と一緒になれるのかなぁなんて考えている。俺の精神はすり減って張り詰めていた糸が切れたかの様にひたすら落ち込んだ。

 最早何もしたくないし、生きていても無意味かな……。そして俺は自殺しようとした。

「私の分も生きて!」

 ハッとした。脳内に響く彼女の声。それが例え幻聴でも構わない。彼女の分も生きないと……。


 それから彼女が見ていてくれると信じて生きている。俺と彼女のペアの腕時計が今日も時を刻む。

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