とある令嬢と王子の婚約破棄騒動
やりたかったから書いた。反省も後悔もしていない。
婚約破棄シリーズ第三弾。ギャグ路線でお送りします。
「…………」
場は静寂で満ちていた。
息遣いすら音を立てては罪だとでも言うかのように潜められる。そのような中でも、密やかな目配せで意思を交わし合うのは流石貴族の集まりといったところだろう。
この場の誰もが見つめる先、大広間の中心にいるのはこの国で一番有名と言っても過言ではない人物達。
「ラピス!お前との婚約を破棄する!」
一人目が、鍛えられた肉体を惜しみなく使用し高らかに婚約破棄を告げる、フィール第一王子。恐ろしいほどの静けさをものともせずに我が道を行くのは、龍さえも叩き斬ったというかの覇王の血ゆえか。
鋭い視線と油断なく隙のないお姿は立派ですが、殿下。人を指差してはいけません。
「な、なんですって!?このっ……泥棒猫!」
二人目、相対するは、フィール王子の婚約者である公爵令嬢ラピス。名の元となったラピスラズリがごとき瞳をくわっと見開き、王子の腕の中の聖女を睨みつけている。瞳の宝石は今にもこぼれ落ちそうで、しかし乙女小説のように涙に潤んだものではなく般若じみて開いた目は見るものに恐怖を与える。
淑女にあるまじき顔なので、是非ともその手に持っためりめりいってる扇で隠していただけませんかね。目も口もそんなに開いては……。
最後に聖女。彼女は異界から召喚された救世主である。
今から十数年前に瘴気と呼ばれる魔物達の力の源が溢れた結果、大量の魔物が異常発生し神官達の浄化のみでは追いつかなくなった為に二年前に最終手段である伝説の聖女召喚の儀が執り行われたのだ。現れた彼女は見るからにか弱く、最早この世界の滅亡は秒読みかと一時はこの国を絶望が覆ったのだが、予想に反して彼女は無事にやり遂げてくれた。ついでに一人の青年を連れ帰ってきたが。
突如として始まった婚約破棄騒動を端の方で面白そうに眺めている男こそ、聖女に救われた魔王だ。彼は元々ただの弱い魔物だったが、偶々瘴気が彼に集まってきてしまったので変異して魔王と成り果てた。現在はこの国の戸籍を取得し、将来と彼の野望のために勉学に励んでいる。
閑話休題。
さて、話はラピスとフィールに戻るが、ラピスはあまりの怒りにわなわなと体を震わせてフィールを糾弾していた。
因みにラピスは、女性の憧れのような豊満でありながら腰はくびれているという艶やかな体つきをしており、更には着ているドレスがフィールの趣味で少々露出が多めなので震えると彼女のたわわに実った果実もふるふると震えているのがわかる。
フィールの目線はそこに釘付けになっていたが、そこに突っ込む者は誰もいなかった。いや、心の中では多分誰もが突っ込んではいたと思う。おい王子、と。
「泥棒猫風情が……ッ!長年尽くしてきたわたくしを置いてその猫とイチャラブすると仰いますの!?」
「泥棒猫などと言うな!彼女は聖女だぞ!」
「だって、だって……せ、聖女とか仰いますけど、」
ラピスはびし、と聖女を指差した。フィールの腕の中で居心地良さそうにしている彼女を。
「猫じゃありませんの!」
フィールに顎の下を撫でられて聖女(猫)はごろごろと喉を鳴らした。
「聖女だろう!?彼女のおかげでこの国は救われた!」
「そうですけど、そうですけど!でも猫ですわよ!?何故わたくしが婚約破棄される羽目に!」
「お前が猫アレルギーだからだ!」
驚愕の事実にラピスは言葉も出ない。
「っしゅん!」
でもくしゃみは出た。ついでに抗議を示すようにたわわがふるんっと揺れた。
ラピスは猫アレルギーである。本人は猫が好きなのだが、身体は全力で拒否していた。令嬢として人前でくしゃみをするなどはしたないがアレルギーなのでしょうがない。
黙って立っていたラピスの兄がラピスとフィールを取り囲む人の輪から離れて、そっとラピスにハンカチを渡す。
涙目になりながらも「ありがとうございますお兄様」と言って躊躇いなくラピスはハンカチで鼻をかんだ。鼻水まみれのハンカチを見てラピスの兄は少し悲しそうな顔になったが、ラピスがそれに気づくことはない。
「ね、猫アレルギーだから婚約破棄もおかしいですわ」
ずびずびと鼻をすすりつつも強い眼差しのラピス。流石伝統ある公爵家の令嬢だ。王妃教育も受けている彼女は威厳すら持って王子に問う。……やっぱりくしゃみは出たけれど。
代わって、フィールの方は些か情けない顔である。腕の中の聖女を庇いつつラピスをきっと睨み返す彼の瞳には涙さえ溜まっている。情けなくとも、王族の美形遺伝子を継いだフィールは浮かべた涙さえも芸術品のように美しくはあるが。
「お、お前が…………お前が猫アレルギーだからっ!」
ぎゅっと聖女を抱きしめてフィールは言った。
「私は猫をもふれないんだ!可愛いのに!めちゃくちゃ可愛くてもふもふして癒されたくてもお前が猫アレルギーだから触りに行けないんだよちくしょう!」
早口でまくしたてるフィール。相当ストレスがたまっているようだ。彼の右手は素晴らしい速さで聖女を撫で……もふっている。上品に整えられた毛並みはさぞもふり心地が良いのだろう。フィールの顔が花咲くように綻んだ。というか後ろに花が咲いているような幻覚さえ見える。
なんとも男に狙われそうな綺麗な顔してますね、殿下。
ラピスとフィールは幼い頃からの婚約者だ。故に二人は大体セットで扱われてきた。二人が生まれたころから危機に瀕しているこの国の上層部は子供に構う暇があんまりなかったのである。人手も不足していたので、纏めて育てられていた。
だから二人が離れて一人になる時間はあるにはあったが、かなり短いものになっていた。一人一人に護衛をつける余裕もあまりなかったので。
結果、ほぼずっと一緒にいた二人は好みも似ていた。同じものを食べ同じものを見ていたのだから当たり前の話だが。
ラピスは猫アレルギーだが猫好きならば、フィールも猫好きなのだ。その結果、ラピスとフィールは指をくわえて猫たちを見守るしかなかった。大変悲しい過去である。
「わたくしも好きでアレルギーになった訳ではありません!わたくしだって猫ちゃんをもふりたいですわ!」
「もふったらお前寝込むだろうが!今はくしゃみだがここからどんどん悪化していくだろ!」
「わ、解ってるのなら近づかないでくださいまし!?くしゅ、あなたの服には猫ちゃんの毛がついているんですわよ、っくしゅん!」
わいわいと言い争う二人。片方は猫の毛まみれでもう片方はくしゃみを連発しているが、仲が良い。幼い頃からの仲だからだろうか。婚約破棄騒動中だというのに。
いや、実際二人が本気で婚約破棄をするかといえば、確実にないだろう。よくある恋愛小説のようにここで他の求婚者が出てきたとしても、きっとラピスは頷かない。
もう二人は二人でいることが当たり前になっているからだ。相手がそばにいないとなんだかんだ落ち着かないと聞く。名前を呼ぶだけで大体相手も何を言いたいか察するから一緒にいるのが楽とかも前に聞いたが、もうそれ熟練夫婦じゃないかと思ったね、正直。
「おい、聖女」
「にゃう?」
フィールの腕の中からするりと抜け出た聖女を魔王が手招きする。フィールとラピスは言い争うことに夢中で気づいていないようだ。二人の世界である。生憎と空気はピンク色ではないが。
「この魔王様が魔法をかけてやろう」
「にゃーう」
「ちちんぷいぷい、えい」
かなりテキトーな呪文だが、その効果は確からしい。ぼふん。聖女は爆発音と共に変身シーンに入った。ちゃっちゃらっちゃちゃ。 軽快な変身音楽はどこから流れているのか。幻聴かもしれない。誰も動揺していないし。……疲れてるのかな。
煙が晴れると、そこにいたのは…………猫耳と尻尾を持った幼女だった。
どういうことだ。
シンプルな白いワンピースを身に纏った幼女は不思議そうに自らの身体を確認し、ぱっと笑顔を咲かせラピスに向かって駆け寄る。
「まま!」
「なんですとっ!?」
芸人ばりの仰け反りリアクションを見せるラピス。公爵令嬢らしからぬリアクション芸である。でも彼女は大体いつもこういう感じだったりする。
駆け出した猫耳幼女は彼女のたわわな果実に飛び込んだ。
「ほぎゅうっ!」
「まま、まま!」
むにゅりと柔らかく変形して幼女の顔を包み込むそれに目を奪われつつも、幼女の首輪についた鈴を見てフィールは「まさか!」と声をあげる。
「聖女か!?」
「なにぃ!?」
ラピスが驚きの声を上げる。幼女を抱きとめつつもリアクション芸を忘れないところ、プロである。
「うん、そうだよぱぱ!」
「なにぃ!?」
ぱぱと呼ばれてフィールも揃ってリアクションする姿はぴたりと一致している。さすが幼馴染。
二人はいつの間にか猫耳付きの娘ができていたらしい。初耳。
聖女の首輪は彼女を溺愛するフィールとラピスがデザインしたこの世に二つと無い特別なものだ。それと同じものをこの幼女もつけている。しかも猫耳と尻尾の色は聖女と同様。ここまでくればもう誰も疑わない。この幼女が、あの聖女なのだ。
後ろを振り返れば魔王が親指を立ててドヤ顔をしている。彼の仕業らしい。
恍惚とした顔でラピスとフィールが親指を立て返した。いい仕事をしたという意味だろう。
「まま、ぱぱを許してあげて」
ちゃんとこの一連の騒動が理解できていたらしい聖女は潤んだ上目遣いでラピスに懇願する。
「はぅあっ!」
こうかはばつぐんだ!
鼻から溢れる赤い液体を押さえつつ、ラピスは聖女を見下ろした。
フィールは王太子という高貴な身分の人間がしてはいけないくらいにでれでれした顔をしていたので、周りの人間は皆視界から彼をそっと外した。
「ふ、ふふ……わかりましたわ、わたくしはフィールを許しましょう。ですが、聖女。わたくしの娘ならばママではなくお母様と呼ぶがいいですわ!」
「はい、おかあさまっ!」
「私も!私もお父様と呼んで欲しい!」
「おとうさま」
「可愛い!可愛い!うちの子最高!」
「わたくしたちの娘は最高ですわね!」
解決したようである。
遠い目でずっと見守っていた僕は、兄と義姉がまた一緒に騒いでいるのを見て、思わずため息をついた。
相変わらずはた迷惑な二人だ。結局いつもの痴話喧嘩じゃないか。
「ルエル」
僕の名を呼び、きらきらした目で僕を見つめてくるイケメン。今回最大の功労者、魔王だ。
褒めて欲しいらしい。ブンブンと振られる尻尾が見えるようだ。こんなだから忠犬とか呼ばれてるんだろうなあ。まあ、否定するつもりはないけど。
犬がいいことをしたら褒めてあげるのが飼い主の務め。
「ん、いい子」
よしよし、と撫でてやると(僕より背が高いのがムカつくが)、魔王は僕に抱きついてきた。おいやめろ。みんながこちらを凝視しているだろうが。
義姉上、ラブラブねとかいうのやめてください。僕らは清い関係です。犬と飼い主みたいなあれです。
「そろそろ、俺の求婚を受け入れてくれてもいいと思うが」
「僕は兄上の補佐をするんだから、嫁入りする気はないと何度言ったらわかる」
女で政務に携われるのは王妃くらいだ。王女である僕は男装したってどうにもならないのはわかってるけど。それでもこのボロボロな国を立て直すためには一人でも多くの力が必要だと思う。
「なら婿入りすればいいんじゃないか?」
義姉に嫌がられて義姉と聖女を抱きしめるのを諦めた兄がにっこりと笑って提案した。何をおっしゃるかこの兄は。
なるほど、って頷くなよ魔王。
「ならば妻を支えるためにはもっと勉強しなければな……!」
意気込んでいるのはいいが、僕は妻になることを承諾した覚えはないんですけど。
え、決定事項なんですか兄上、義姉上。笑ってないで助けて聖女。
周りの人間も何やら祝福ムードだったりする。あれ、これ外堀埋められた?
嬉しそうに笑う魔王を見る。その顔は見てるこっちが恥ずかしくなるくらい本当に幸せそうで。
そう、顔が赤くなるのは恥ずかしいせいだ。
「……まあ、飼い犬の面倒は最後まで見るのが飼い主の仕事か」
だから決して、照れ隠しではない。
楽しかった。幼女かわいい。男装ボクっ娘っていいよね。
登場人物
・フィール王子
基本的に有能。ただしラピスについてだけアホになる。猫好き。巨乳派。比較的目線が素直な思春期。
・ラピス公爵令嬢
基本的に有能。ただしフィールについてだけアホになる。要は似た者同士。猫アレルギー。たわわ。見られてることは気づいてるけど昔からなのでそんなに気にしてない。
・聖女
ラピスとフィールを親と慕う猫。二人のことが大好き。ラピスに抱きしめられてすごく喜んでる。胸のことじゃなくて初めて触れられた的な意味で。
・ルエル王女
冷静な苦労人。いつもフィールとラピスに振り回されている。でも絶対に言わないけど二人が大好き。ツンデレ男装ボクっ娘。魔王の飼い主。
・魔王
聖女とおともだち。なので魔法をかけてあげた。今回の最大の功労者。ルエル大好き。ずっと求婚してる。忠犬。
ラピスとフィールにはお姉ちゃんとお兄ちゃんって呼んでねと言われるけど、見た目的に魔王の方が年上なので周りの人間は複雑な顔をする。なので呼ばない。
あとの裏設定とかは活動報告にて。