34.商会長
「……そ、そんな。商会長以外では負けた事無かったのに」
俺の前で盤面を見ながら呟く副商会長。いや〜、久し振りに将棋を打ったけど、楽しかった。案外覚えているものだな。
「お前、そんなに頭良かったのかよ」
突然の声に後ろを振り向くと、クリアさんが盤面を覗き込むように見て来た。うおっ、びっくりした! 人にバレないようにフードを被っているけど、それでは包みきれない大きな胸が当たっています。
「ま、まあ、頭が良かったと言うよりは、これを知っていただけです。昔に知り合いから教えてもらったんですよ」
俺は膝の上で寝ているフランとフリューレを撫でながらクリアさんに話す。クリアさんは俺の話には興味無さげだけど、将棋には興味があるようだ。これは……仲良くなれるチャンスでは?
「クリアさん、将棋、俺が教えましょうか?」
「えっ? で、でも、お前修行あるし、疲れているだろうから良いよ。べ、別に興味もねえし」
「そう言わずに、俺が教えたいんですよ。駄目ですか?」
「……そ、そこまで言うのならお、教えてもらってやらない事も無い」
なんて面倒臭い言い回しなんだ。だけど、これでクリアさんと話すきっかけが出来た。この半年、殆ど会話という会話は無かったからな。業務連絡で終わっていたし。
良し、後で将棋セットを買って帰ろう。さっきチラッと見たけど、まあまあの値段はしたけど、買えない事も無い。
それより先に目的を果たそう。未だに盤面を見ながらぶつぶつと呟く副商会長の気をこちらに向けさせるため、副商会長の前でパンッ、と手を叩いて音を鳴らす。
すると前と後ろから「ひゃん!?」と、下からは「キュッ!?」と、びっくりする声が聞こえて来た。前と後ろは副商会長とクリアさんで、下からはフランとフリューレだ。
クリアさんからは頭をバシンッと叩かれ、下からはフランとフリューレにお腹をぽこぽこと叩かれる。地味に痛いから。
「痛て……それで副商会長、約束は守ってくださいますね?」
「……仕方ありません。約束ですから。ただ、今は会議中ですので、それが終わってからでもよろしいでしょうか?」
「構いません。その間店の中にいますので呼んでくださればと」
「わかりました」
副商会長と別れた俺たちは、まずはうずうずとしているクリアさんの為に将棋盤を購入。それからこの商会の4階にある飲食コーナーで向かい合って将棋盤を取り出す。
あまり飲食用の机の上に、フランたちを載せるのは気が進まなかったが、覗きたそうに跳ねるので、机の上に布を敷き、その上に座らせた。
俺とクリアさんが対面に座り、左右からフランとフリューレが覗き込む感じだ。
まずは最初の駒の置き位置から教えて、駒の進め方、相手陣地に入った時の変わり方など、基本的な事を教えていった。持ち時間とかあるが、そんな事を教えても楽しく無いだろうから教えていない。説明書にも載ってなかったし。
それから暫く指し合っていると、クリアさんも要領を掴んで来たのか、楽しそうに微笑む。そういえばクリアさんの笑顔って初めて見るな。なんだか新鮮。
フランとフリューレも、俺たちが指すのを見て「ワウ」「キュウ」と何か話し合っている。もしかすると将棋を理解しているのかもしれない。
こいつらは人語を理解するほど賢いからな。あり得ない事ではない。この予想が斜め上に当たるとは、この時は思っていなかったが。そんな事を思っていると
「あっ、ここにいましたか」
と、副商会長がやって来た。どうやら会議が終わり、少しだけ俺のために時間を作ってくれたそうだ。その分副商会長は残業らしいが。
商会長の仕事部屋は1階の奥にあるらしい。その間に商会長の事を軽く聞いた。商会長は20代半ばの女性らしく、6年前にこの店を建てたそうだ。それまでは別の商会で副商会長と一緒に働いていたらしい。
とても綺麗な女性で、婚約の話もやまないとか。貴族からも告白されたが断ったって。そんな話されたら緊張するな。
色々と話を聞いていると、部屋の前まで辿り着いた。副商会長がノックをすると、中から「はい」と返事が聞こえてくる。柔らかい女性の声だ。それに副商会長が返事をすると、入室の許可が下りた。
副商会長が扉を開けて入るので、後に続いて入る。壁際には色々な書物が入った本棚が立てられ、真ん中には話し合い用のソファが対面に触れるように並び、奥には仕事用の机があった。
そこにかけているのが商会長だ。見た目は聞いていた通りの20代、いや10代ほどにも見える。紫色に近い桃色の髪をしており、とても優しそうな表情をしている。クリアさんのキリッとした表情とは真反対で、見ているだけで和む。
そして何より特徴的なのが、他を寄せ付けない圧倒的な存在感を放つ大きな胸だ。スイカ並みの大きさを2つ抱えていた。
当然向こうは俺が見ている事に気がついているので、クスッと微笑んでくる。そして立ち上がって俺の下まで歩いて来た。
「ふふっ、フェルシーから聞いたけど思ったより逞しいのね。あなたが私に面会を求めた少年?」
「ええ、俺の名前はゼストと言います。初めまして、商会長」
「よろしくね、ゼスト君。私の名前はチェルシュ・ミーンテル。知っての通りこの『シロネコヤマト商会』の商会長をやっているわ。さあ、座って」
俺はチェルシュさんの向かいに座る。その間に副商会長は飲み物を入れてくれていた。チェルシュさんが副商会長の入れてくれた紅茶を一口飲む。なんか飲み方も蠱惑的だな。見ていてドキドキする。
ふぅ、と一息ついてカップを置くと、足を組んで俺を見てくる。
「それで、ゼスト君が私に会いに来た用事は何かしら? 悪いのだけど、付き合ってくれとか、お金の融通とかいう話は聞かないわ。そんなの1人聞いていたらキリがないもの」
本当に嫌そうな顔で言うチェルシュさん。色々と言い寄られたりしているんだな。まあ、俺には関係ない話だけど。
「俺がここに来た理由はそう言う話ではありません。チェルシュさんにお尋ねしたい事があって来たのです」
「私に? 何かしら?」
俺の目を見ながら余裕な表情で微笑むチェルシュさん。さて、あなたはこの言葉を聞いても、そんな余裕な表情を保っていられるかな?
「チェルシュさん、単刀直入に聞きます。『聖羅学園』って知っていますか?」
俺の言葉を聞いたチェルシュさんは、余裕な表情で固まってしまった。




