序
―「○○○」こそがこの世で最も美しく罪深い物である
私には父がいた。
実際には「父のような存在」であって、本当の父ではないが、長い事側にいたので父と呼んでも違和感は無い。
思い出話は私の性格上、過去にしがみついているようであまり好きではない。
しかし、私自身の終わりを私の手で迎えるに当たって、最後に余韻に浸ろうと思う。
父は美しいものが好きだった。
あちこちから綺麗なものを集めては、専用の大きな箱に詰めていた。
綺麗なものが好きであるにも関わらず、その箱は古臭かった。
父は寡黙だった。
父と私の間に会話が無いことが日常茶飯事だった。あるとすれば、私が父の綺麗なものを見ようとした時の、お決まりの一言である、
「私が死ぬまでは開けてはダメだ」
以外に会話は存在しなかった。
毎回聞くたびにふくれていたのを覚えている。
父は仕事熱心だった。
私とろくに会話をしなかったのは、父の頭の中が仕事でいっぱいだったからというのもある。
仕事に一途な父を尊敬していたため、特に何とも思ってなかった。
ただ、時折浮かべる父の切なそうな表情が気になっていた。
そんな父がいなくなったのは本当に突然だった。
小さな机の上に父の使っていた道具が並べられていた。
古びた天秤と錆びた分銅、その使い方をまとめた本と一緒に、簡単な書き置きがあり、細く鋭い字で、
「お前なりの美を追求しなさい。P.S:箱を開けなさい、お前ならできるはず」
とだけ簡単に書いてあった。
何のことかさっぱり分からなかったが、とりあえず、整理整頓が最期までされていなかった父の部屋に入り、箱を探す事にした。
子どもの頃からこの部屋に出入りしていたが、あまりの汚さに何年経ってもどこに何があるかを理解できない。
意味不明なのは父の頭だけにしてくれ…と考えていた矢先、押入れの一番深い所で箱を見つける。
小さい頃から開ける事を禁じられていた箱。
どんな綺麗なものが入っているんだろう。
胸が高鳴るのを感じていた。
鼓動がピークを迎えるのと同時に、私は両手で箱を開けた。
―眩い光と同時に、1つの世界が生まれた