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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Lily of Rain

作者: muramura

 微かに聞こえる雨音で私は目を覚ました。いつの間にか眠ってしまったようだ。

 まあどうせ人は来ないのだしいいか……。そう思い私は読みかけの本を開く。

放課後の図書室は開放中にも関わらず、図書委員である私を除けば全くの無人である。

時刻は午後5時、生徒たちの大半は帰宅するか部活に励んでいる頃だろう。私はというと来るかわからない利用者のため、1人図書室のカウンターに座り本を読んでいる。

 窓の外はきれいな夕焼け……ではなく灰色の空が広がり、小雨が降っている。雨は嫌いではない。むしろ好きなのだが、今日のような日は別だ。今日は傘を持ってきていない。

そのことを思い出し私は気を落とす。どうやって雨に濡れずに家に帰ろうか。そんなことを考えていると、不意に入口の扉が開いた。


「相変わらずひまそうだね詩織。」


そう言って入ってきたのは長身の少女だった。


「ああ恵か……見ての通りよ。あなたは部活が忙しいのじゃない?」

「今日は外練の予定だったんだけど雨が降ってきたし、休みになったんだ。」


 恵はそう言いながらタオルで濡れてしまった長い髪を拭いている。彼女の髪はさらさらでとても綺麗な黒髪だ。なんというか髪を拭いているだけで絵になるなあ……くせ毛の私からするととてもうらやましい。身長高いくせに顔小さいし、やせてるし、色白だし、同じ女として嫉妬してしまう。


「怖い顔してどうしたの?」


 考えが顔に出てしまったのか、恵が怪訝な顔で訊ねてくる。


「別に、考えごとしてただけよ……それより図書室になんの用? まさか本を借りに来たわけじゃないでしょう?」

「まさかとは酷いな、私だってたまには本を読むよ。まあ今日は詩織を誘いに来ただけなんだけどね。素敵なケーキ屋を見つけたんで帰りにでも行かない?」


 大人びた容姿に反して恵は大の甘党である。休日には1人でケーキ屋巡りなどもするらしい。私も恵ほどではないが甘いものは好きなので恵の誘いを快諾する。


「いいけど、図書室閉めるまでまだ時間あるしそれまで待ってくれる?」

「わかってるよ。じゃあここで待たせてもらうね。」


 恵はカバンと上着を近くの机に置くと小説などが並ぶ棚へ向かった。

 静かな図書室で1人本を読むのも至福の時間ではあるが、友達と2人で過ごすのもいいかもしれない。本はいつでも読めるがこの友人は滅多にここには立ち寄らないのだもの。そう思い私は読みかけの本に栞をはさむと本棚を眺めている恵に近づき声をかけた。


「なにか探してる本でもあるの?」

「いや、特にはないんだけどね……図書室なんてめったに来ないから珍しくってさ。何かおすすめの本とかある?」


恵はしゃがんで本棚の下段に目を向けたまま答える。


「おすすめしたい本はたくさんあるけど、どうせあなたは途中で飽きて読まなくなるでしょう?」


 実際に恵に何度か本を貸したことはあれど、1度として彼女が最後まで読み切ることはなかったのだ。


「それを言われると痛いな……どうも私は読書には向いていない性分なのだろうね。」


 恵が苦笑いで答える。あまり長い付き合いではないとはいえ、私も彼女の性分はある程度理解しているのでそれ以上は言及しない。


「そういえば後輩からお菓子もらったからさ、いっしょに食べない?」


 本棚を難しい顔で眺めていた恵がいきなり声をあげた。


「お菓子って……図書室は飲食禁止よ。それにこのあとケーキ食べに行くのでしょう?」

「まあまあ固いことは言わずに、他に人もいないし。あとケーキは別腹だよ。」


 恵の別腹理論は正直何を言っているかわからないけど、確かに人もいないしお菓子ぐらいなら問題ないだろう。それに少しおなかもすいてるし。そう思い、恵の提案にのる。こうして私はお菓子の誘惑にたやすく敗北するのだった。

 私たちは机に向かい合い、恵はカバンから可愛らしい包みに入ったお菓子を取り出した。中身はクッキーのようだ。しかもどうみても市販のものではない。


「恵……それもしかして後輩の手作り?」

「ん? そうだよ沙雪っていうんだけどさお菓子作り好きらしくてよくくれるんだ。」


 そう言って恵は包みを開けてクッキーに手をつける。

 よく見るとクッキーだけでなく包みも手が込んでいるようだ。なんかメッセージカードま

でついてるし……


「相変わらずモてるみたいね、あなた。」

「べっ別にそんなもんじゃないよっ……」

 

 恵は少し頬を染めて困ったように反論する。

 恵は気づいているか知らないが女子生徒の中にも恵に好意を寄せているものは多い。まあこれだけ美人なのだからしかたのないことかもしれないが……そんなことを考えながら私はクッキーに手を伸ばす。欲を言えばお茶があれば良かったな。

 しばらく私たちはクッキーをつまみながら他愛のない会話を楽しむ。


「そういえば噂で聞いたのだけれど、あなたまた告白されたみたいね?」


 ふとそんなことを思い出し私は恵に訊ねる。

 恵は私からの突然の質問に驚きで吹き出しそうになるのを必死で押える。


「なっなんで知ってるの!? 噂になってるの?」

「まあ少しね……それでどうだったの? 詳しく聞きたいな。」


 私だってこれでも年頃の女性である。このような話はもちろん大好物だ。

 恵は頭を抱えてうつむいてしまう。そしてあきらめたように長い溜息をついた。


「どうせ話さないと言っても聞き出すのでしょ?……いいよ教えてあげる、といっても面白い話でもないよ」


 そう言って詳しい顛末を語ってくれた。



 話を終えた恵は疲れたように机に伏せている。


「結局今回も断ったのね。そうではないかとは思っていたけれど……前にも聞いたけど本当に恋人とかいらないの?」

「恋人か……いらないわけじゃないけど……そういう詩織はどうなの?」


 恵が机から顔を上げて質問を返してくる。難しい質問だ……以前は好きな人がいたりもしたのだが、そういうときは決まって私よりも可愛い女の子に先をこされて私は見ている

以外なにもできないのだ。私の恋はいつも実らない。どうせ傷つくだけなら初めから好きにならなければいいんだ。私はそう思うようになってしまった。なんだか思い出すだけで悲しくなってきたな……。


「私は今は好きな人とかいないし……でもやっぱり彼氏は欲しいなあ。」

「……詩織は可愛いから、その気になればすぐに良い彼氏ができるよ。」

「恵に可愛いとか言われるとなんか嫌味に聞こえるのだけど……それより恵は好きな人はいないの?」


 私の質問に対して恵は机に伏してうんうんとうなりながら頭をかき乱している。


 恵はまだ顔を上げない。かと思うと恵はいきなり立ち上がり窓に向かって歩きだした。

雨はさっきよりも勢いを増したようで、窓をたたきつける雨音が室内に響く。そんな中、

恵は窓に向かい、私に背を向けたまま口を開いた。


「今からおかしなこと言うけど……ちゃんと聞いてくれると嬉しいな。」


 そう言って恵は気合を入れるように自分の頬を両手でぴしゃりと叩いた。


「私さ……本当は……その、なんていうか……詩織のことが……好き。友達とかそういう意味じゃなくて恋愛対象として好き。すごく好き……あなたが。」


 恵の言葉はつぶやきのような途切れ途切れではあったけれど、とても強い意思が込められているように感じられ冗談やふざけているようには思えなかった。

 予想していた答えとは180度違う突然の告白に私は言葉を失った。椅子に座った状態で私は金縛りにあったみたいに動けなくなっていた。恵も窓の外を眺めながら動かないが、その細い身体は小刻みに震えているのが容易にわかる。静まり返った図書室の中では打ち付ける雨音と通常の倍速で脈打つ自分の心臓の音がやけにうるさい。

 何か言わなくては……そう思うのだが頭が上手く働かなく、かけるべき言葉が見つからない。とりあえず落ち着かないと……そう思い深呼吸をする。

 私が何も反応しないのが不安なのか、恵は恐る恐るこちらを振り向いた。

 

「あの……無理に返事しなくてもいいよ。自分……が変なこと言ってるのはわかるし……気持ち悪いよね、こんなの……ごめんね……ほんとに。」


 嗚咽交じりにそう告げる彼女の眼には涙があふれている。普段決して見せることのない恵の泣き顔は怯えや後悔、悲しみ、不安などの入り混じった年相応の少女のものだった。

 恵はそのまま私から目を逸らしたまま机の上のカバンと上着を無造作につかむと小さくごめんとつぶやいて図書室の出口に向かう。

 こんなときに本の中の登場人物ならなんと言うのだろう? たくさん本を読み、たくさんの言葉に触れてきたはずなのにこんなときには全く役に立たない。目の前で苦しんでいる友人を救うこともできないなんて……。今彼女を行かせてしまったら恵と話すことはもうないだろう。そんなことにはなりたくない、そう思い私は立ち上がり彼女をひきとめようと手を伸ばす。


「恵! 待っ……」


 しかし先ほどの驚きと緊張でこわばっていた私の身体は突然の動きに対応できなかったのか、伸ばした手は恵の手に届くことなく、足をもつれさせた私は彼女の下半身に見事なタックルを食らわせるのであった。


「え? きゃあっ」


完璧な不意打ちを食らった恵はうつ伏せで床に倒れこみ、私も彼女の足の上に覆い被さるように倒れる。


「いたたっ……」

「ご、ごめんっ!」


 私はとっさに謝る。どうやら恵はうまく受け身をとったらしく怪我などはないようだ。恵に怪我がないことに安心した私は現在の状態に気づき動けなくなる。恵の身体は身長の割にとても華奢でそれでいて柔らかい。そんな感想が頭に浮かぶのを必死に打ち消す。

 恵と目が合う。彼女も困惑しているようだ。驚きで涙も震えも止まっているが、その瞳には不安の色が見てとれる。そんな彼女になんて声をかければいいのか。わからない。でも黙っているわけにもいかないし……

 二人のあいだに気まずい沈黙がながれる。


「あの私もう行くね……ごめん。」


 恵はそう言って立ち上がろうとするのを私は彼女の腕をつかみとどめる。彼女の顔がこちらを向く。私の両手が彼女の両肩に置かれる。恵はビクりと肩を震わせ目を閉じる。


「あなたは変じゃないよ」


 私はそう言って顔を近づける。

 恵は本当に私のことを想ってくれているんだ。そのことがただ嬉しかった。私と恵の言う「好き」に差はないのかも知れない。恵は女の私から見ても魅力的で私をこんなにも好いてくれている。最初から迷うことはなかったのかも知れない。社会や既成観念は同姓愛を認めないかも知れないが、それがなんだというのだ。私はそんなものを理由に好きな人を悲しませたくはない。もう覚悟は決まった。

 恵は何か言いたそうに口を開けるが、それよりも早く私の唇が彼女をふさぐ。瞬間またしても恵は硬直するがすぐに私のキスに応えてくる。私たちは互いに窒息しかけるまで長いキスをした。


 それから私たちは二人で床に寝転がってたくさん話をした。今までのことやこれからのことについて。私には幸福感はあれど不安は微塵もない。私の恋人はこんなにも素晴らしい人でこんなにも私を想ってくれているのだから。


「詩織、そろそろ閉館時間だよ。」

「もう、そんな時間なのね……今閉館させるからちょっと外で待ってて。」


 私は閉館プレートを図書室の前に掛け、電気を消して外に出る。


「お待たせ、じゃあ行こうか。」


 私は恵に向けて手を差し出す。恵は少し顔を赤らめてからそれに応じる。別に手をつなぐことは私たちにとって特別なことでもなかったが今日からは少し違うのだ。そう思うと自然と顔がにやけてきてしまう。


「何にやけてるの?」

「別に……それより私傘を忘れてきたのだけど、恵持ってきてる?」

「うん、持ってきてるよ。今日予報で雨って言ってたから……いっしょに入る?」

「もちろん」


 雨は嫌いではない。むしろ好きだ。そして今日のような雨は大歓迎だ。

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