8 「落ち着け、落ち着け、想定内だ」
悠真はそのぼんやりとした灯りの中を歩いていた。
シルは足元を歩いている。
一向に階段は見えず、少し悠真は精神的に疲れてきていた。
そのたびに、シルが悠真を癒していたのだが。
今まで、運がいいのか戦闘はない。というより、敵がいればそこをよけて進んでいるために、思ったように動けない。
そのため、ここがどこかはわからないが、ここにいる敵の種類は理解した。
この階層にいるのは、桐生たちが戦っていたダークウルフと、大きめのクモのような生き物、ダークスパイダー。相変わらず、名前はそのまんまだ。
一体ずつなら、なんとか相手にできるかもしれない。それが悠真の感想だった。
アマネは悠真に訓練の時、ドライバーでどんな風に戦えるかを考え、教えてくれた。
アマネ曰わく、
「やはり、それでは力任せに刺すくらいだろう。ただ、お前は他のやつの武器とは違って、何本かのドライバーを一度に出せるようだ。しかも種類もある。なら、後できるのは技術を磨き、その利点を活かすべきだろう。お前のスキルは、あれだしな」
ということだった。
ちなみにスキルというのは武器に刻まれている金色の文字のことだ。
その文字は武器を出した本人にしか読めず、そのスキル名を心の中で唱えることで発動する。
ことごとく、ゲームのようだと悠真は思う。
悠真のスキルは次のようだった。
修復
様々なものを直す力。元の形をイメージすることで、その形に戻すことができる。生物は不可能。
おおざっぱな説明で、しかも、あまり役立たないスキルだった。
そもそも、地球穴の中で直すものといえば武器くらいだが、アースダイバーの武器は出し入れすることで新品のようになるのだ。
やっぱり、全く役に立たないスキルだった。
そんなことを考えていたら、シルが悠真の足に体をこすりつけ、悠真の気を引いた。
その理由を悠真はすぐに理解する。
遠くに、ダークスパイダーが見えた。
数は珍しく一匹。危なかった、あのままだったら気付かずに近づいていた。
思考の海から引き上げてくれたシルに感謝しながら、悠真は考える。
数は一匹だ。だから、戦うこともできる。多分だが、これから戦闘を避けられないときも出てくるだろう。だったら、戦闘の練習はしておいた方がいい。
悠真はそう考え、鞄を下ろす。
その様子を見たシルが、少し心配そうに見上げてきた。
大丈夫だと伝える為にシルを撫で、悠真はドライバーを構える。
一撃目が大切だ。できれば、それで決めたかった。
改めてダークスパイダーの容姿を見る。
それは大きくしたクモそのものだが、その体は少し堅そうな殻で覆われている。
ゲームのように糸を吐くことはないらしいが、それでも十分脅威に感じた。
悠真の持つドライバーはほかの市販されているドライバーより先が鋭くなっている。理由はわからないが、最初からこうなっていた。
はっきり言って意味がわからないが、悠真にはそれがありがたかった。
これなら、貫くことができる。
悠真は走り出す。
ダークスパイダーは後ろを向いていた。
「……っ」
そこに、力任せにドライバーを差し込んだ。アマネから習ったように、捻りも加えるようにする。ザクッという意外に軽い音がして、確かな感触が悠真に返ってきた。
しかし、
「ガアアアッ」
そんな声がしたかと思うとダークスパイダーは体を回転させた。
悠真は冷静にドライバーから手を離し、後ろに下がるが、そのダークスパイダーの顔が悠真を捉える。
悠真を恐怖が包むがそれを悠真は振り切った。
ダークスパイダーがその手を振り上げ、その爪で悠真を切り裂こうとする。
悠真はそんな中できるだけ冷静を心がけた。
「落ち着け、落ち着け、想定内だ」
自然と、そんな声も漏れ出ていた。
その縦にふるわれた攻撃を横に避けながら、その手にドライバーを再度出現させる。こんなことができるのも、力を授かった時に身体能力が向上したおかげだ。
ドガっという音がすぐ横から聞こえる。その攻撃が直撃した床は、抉れていた。
内心、悠真は冷や汗をかく。
だが、立ち止まる訳にはいかない。
左手に出したドライバーをダークスパイダーの横から思いっきり差し込んだ。それを右手でさらに押し込む。
「……ギッ、ガァ」
そんな声が聞こえた。
悠真はその手を離し、さらに右手からドライバーを出し、もう一度突き刺した。
「……死……ねっ」
「グッ……ガガッ……」
まだ、なのか。なら、もう一度。
悠真はもう一度ドライバーを刺そうとするが、それを実行する前に、ダークスパイダーが力を抜いた。
ガクンとバランスを崩し、悠真は地面に倒れる。
地面から見上げたダークスパイダーが、闇に紛れて消えていくのが見えた。
しばらくは実感が沸かなかった。
寝転がる悠真にシルが近づいてきて、それでようやく実感した。
「……は、ははっ。やった。倒した」
悪意を倒すのは初めてではないが、こんなに上位の悪意を倒したのは初めてだった。
悠真が倒したことがあるのは最初の階層に必ずいるダークスライムくらいだったから。
だから、たまらなく嬉しかった。
悠真は、自分も戦うことができると、嬉しかった。
だが、その感情を悠真は押さえつける。
調子にのってはいけないのだ。今だって、ようやく倒した感じなのだ。これが複数なら、こうはいかない。
「……ふー」
深呼吸をし、心を落ち着ける。
立ち上がり、落ちていたドライバーを回収し、それを虚空に消し去る。
「にゃ~」
相変わらず心配そうにするシル。
それに対して悠真は、
「……心配させてごめんな?」
そう、つぶやいた。