6 「絶対に、助けてやるからな」
それは夜10時の事だった。
健康的な生活を心掛けていたアマネはすでに寝ていて、その音によって目覚める事になる。
ドンドン、ドンドンと繰り返し叩かれる扉。
それは、ただ事ではないことを端的に表していた。
急いで着替え、扉の前に立つ。
依然としてその音は続いており、アマネはただ、一年前のあの日を思い出させるようなこの音がひどく不愉快だった。
一年前、アマネは生徒を死なせたことがある。それは、訓練を終えない内に好奇心で地球穴に飛び込んだ生徒だった。
客観的に考えれば、アマネは悪くなどない。その生徒の自業自得というものだ。
だが、アマネは責任を感じていた。
だから、アマネは誓った。もう、自分の生徒を死なせはしないと。
不安が胸を締め付ける中、覚悟を決め、アマネはその扉を開けた。
そこには見慣れた同僚があの日のような顔で立っていた。
ああ、また、やってしまったのか。
アマネはその顔を悲しみに歪めた。同僚はそんなアマネの手をつかむ。
その光景は端から見ると、妹と姉が話しているようだった。アマネの同僚のその低い背が、その光景を作り出していた。
「アマネちゃん! 大変なの! 大変なのよ!」
あの一年前と同じ言葉を同僚は紡ぐ。アマネはその先を聞きたくはなかった。
耳を塞ぎたくなるが、もし、また私の生徒が死んでしまったということなら、私はそれを聞く責任がある。アマネはそう思いとどまり、耳を塞ぐことはしない。
同僚はその召還者を示す青い髪を揺らし、私に詰め寄ってきた。そして、
「あなたが気にしてた悠真くん、トラップにかかったって! まだ、帰ってきてないの!」
と、そう言った。
その言葉を聞いて、私は場違いにも安心していた。
まだ、死んだと確定したわけではない。それが、それだけがアマネを安心させた。
死んでないなら、助ければいいのだ。アマネはそう思う。
――体はもう、走り出していた。
「ちょっと、アマネちゃん!?」
アマネは全速力で走っているのに、軽々と併走してくるアマネの同僚。
アマネは、相変わらずだなとそう思う。
「すまない、エリア。体が勝手に動いていた」
「なにいってんのよアマネちゃん。まずは情報でしょ? 悠真くんのパーティーの人を地球穴の前に集めてあるわ。まずは話を聞きなさい」
本当に、相変わらずだ。
エリアはいつも用意がいい。私の行動など、お見通しだ。
「わかった。すまない」
「いいのよ。けど、私は別の用事で助けにいけないわ。くれぐれも、無理はしないでね?」
「わかった」
短い会話を終えると、エリアは併走していた速度を緩め、アマネから離れた。
「頑張ってね~」
なんて、呑気なエリアの声が後ろから聞こえていた。
それはまるで、救出に失敗する事など微塵も考えていないようで。
「期待には、応えなければな」
アマネはそうつぶやくと、よりいっそうスピードを出した。
地球穴の前に着くと、悠真のパーティーのメンバーである桐生、足立、八潮が悲しそうな顔で立っていた。
「先生!」
桐生がアマネを見るなりそう言う。
アマネは三人の前日で立ち止まり、短い言葉で説明を求めた。
「なにがあった」
「先生、坂月くんが罠にはまっちゃったんです」
「それは聞いている。具体的な状況を教えろ」
アマネの気迫に一瞬桐生はひるむが、すぐにその説明を始めた。
「それが、この入り口の近くで不自然な宝箱があって、僕達は怪しいから止めようって言ったんですけど、坂月くんは聞く耳持たなくて。それで、罠が作動して穴に落ちちゃったんです」
淀みなく、まるで最初から用意していた言葉を述べたようだった。
アマネはそれに違和感を覚える。
それに、アマネの知る限り坂月悠真という人物はそんなことをするほど軽率ではなかった筈だ。
アマネは、念のために自らの力を使うことを決意した。
アマネの力。それは、人の心を読む能力。といっても、相手の目をジッと見なければ使えないし、相手が強く思っていることぐらいしかわからない。何も強く思っていないなら、何も感じないだけだ。
「おい、桐生、私の目を見ろ」
そう言いながら、あの日悠真にやったように桐生の頭を掴み、目を覗き込む。
この場合、読み取れる感情は悲しみ、心配などの筈だ。
「な、なんですか?」
桐生はそう言うが、アマネは無視した。
目を覗き込み、意識を集中させる。
読みとれた感情、それは、
「……っ!」
アマネはゆっくりと手を離し、体を地球穴の扉へ向けた。
「せ、先生! 助けにいくんですか!? 無理ですよ! ロストしちゃいます!」
ロスト。その言葉が後ろから投げかけられる。
「ロストといっても、なにが起こるかはわかっていない。すぐに帰れる可能性もまだ残っている」
「でも! 今までトラブルとかにあってロストした人は戻ってきてないんでしょう?」
「黙っていろ。私は誰も死なせはしない!」
アマネは背中を向けながら、そう叫ぶ。
アマネはもう、桐生たちの顔を見たくなかった。
地球穴の再構成の時、その中にいた人はどうなるのか。いままでそういう目にあった人は、一人も帰ってきていない。
「それに、今日中に連れ帰ればいいんだ。問題はない」
それだけ言って、アマネは扉を開ける。
手の周辺に光が満ち、その手にレイピアが握られる。
あの時、桐生から感じた感情は、少なくとも、ネガティブな感情ではなかった。
嘲笑すら感じたのだ。何があったかなど、簡単にわかる。
走り出し、その穴の中へ。
「絶対に、助けてやるからな」
ただアマネは、そうつぶやいた。