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5 「どうして、こうなったんだろうな」

 悠真が学園に入学してから3ヶ月ほどの時間が経った。

 入学してからの最初の1ヶ月ほどはアースダイバーとしての基礎知識を、その後2ヶ月ほどを訓練に使った。訓練は確かに厳しいものだったものの、力を授かったとき身体能力も向上したようで、なんとか終えることができた。

 悠真は今、日々地球穴に潜っている。

 そんな中、悠真は自分の運命を呪っていた。


「おい、坂月! 邪石を回収しとけよ!」


 そんな声が悠真に飛び、それに悠真は無言で従う。

 その声は明らかに人を見下した声だった。


 声の主は、あの日最初に武器を出した人物。その後の訓練から天才と呼ばれた、桐生祐。その実力は実戦であっても変わらなかった。


 悠真はあの日ドライバーというどうみても武器ではないものを出したおかげで、ほぼすべての生徒から見下されていた。

 そういった感情を持つものがたくさんいる中で、いじめの標的にならないわけがない。

 命がけであるアースダイバーにもいじめは存在し、すぐにその標的は悠真に移った。

 アースダイバーは命がけだ。いじめは、生死に直結する。だからこそ、悠真を助けようとする生徒など現れる訳がなかった。


 足元に転がる黒い結晶を悠真は拾い上げる。

 そして、悠真はその結晶、邪石を見つめる。これの存在も悠真は授業で習った。


 アマネから授業で習った地球穴の基礎知識は、この地球穴がいわゆるゲームで言うダンジョンのようなものであることだった。

 地球穴の中には稀に宝箱も存在しているし、先ほどの邪石が敵からドロップする。さらに、トラップもある。

 それだけでも悠真は驚きを隠せなかったのに、極めつけに、この地球穴は1ヶ月の終わりに再構成される。

 本当にゲームのようだと、悠真はそう何とはなしに思う。

 そして、明日がその1ヶ月の終わり。この地球穴が再構成される日だった。


「おい、遅れてんじゃねえぞ!」


 前方からそんな声が飛んできた。悠真は頷いて、背中に担いでいた大きな鞄に邪石を仕舞うと急いで追いかける。


 邪石はこの地球穴の外でお金に換金できた。悠真たちアースダイバーはそうして生活しているのだ。アースダイバーとして働くことに意義を持たせるためでもあるのだろう。

 そして、悠真はそれらを回収する役割を担っていた。いわゆる、雑用というやつだった。


 悠真は戦えない。理由は明白だ。悠真の武器が武器ではないから。そのことに悠真は落胆し、その運命を呪っていた。

 基本的にアースダイバーが出す武器を使わなければ、世界の悪意を倒すことはできない。

 悠真の武器では力任せに刺すことが限界だ。無理をすれば倒せるが、間違いなく苦戦を強いられるだろう。

 だから、悠真はこのような雑用をこなしていた。


 追いつくと、もうすでに戦闘が始まっていた。

 桐生の他にも、それなりの実力を持った人物が2人、片方は大きめのハンマーを操り、もう一人はクロスボウを撃ち込んでいた。

 相手は狼に似た姿をしている。通称、ダークウルフと呼ばれる存在だ。それが三匹。悠真は戦闘にすぐ決着がつくだろうと、邪石回収の為に背中から鞄を下ろす。


 それと同時に、桐生がそのロングソードを天にかざした。瞬間、ロングソードに浮かんでいた金色の文字が光り輝く。

 桐生がそれを横一線に払うと、その剣の先の辿った道から光が飛び出した。その光は、ダークウルフを三体同時に両断する。

 ダークウルフはその形を失っていき、しまいには闇に溶け込んで消えてしまった。

 後に残るのは、邪石のみ。悠真はそれを素早く回収し、鞄に仕舞う。


「いやーっ、やっぱりすごいねえ」


 悠真が邪石を拾っている最中、先ほどハンマーを振るっていた男、八潮龍がそう言う。


「ほんとほんと、なんか絶対に敵わない気がするよ」


 そして、それに先ほどクロスボウを撃ち込んでいた足立勝が続けた。

 悠真はそれを見て、気分が悪くなる。この二人はいつも桐生に付き添い、付き従っている。

 ご機嫌とりにはいつも余念がない。そして、桐生がするように、二人とも悠真を見下す。よくあるいじめの構図が、そこには出来上がっていた。


「はっはっ、そんなに誉めるなよ」


 桐生はどちらかというと頭が悪く、そんな簡単な言葉でいつもいい調子になっていた。

 桐生はその笑いが収まると、その腕につく時計を見て言う。


「よし、今日はこんくらいだな。ロストするとかそんな間抜けなまねはできない」


 足立と八潮は桐生のその言葉に頷き、同時に左手に装着している腕輪に右手を置く。

 悠真も同じように、左手の腕輪に右手をのせた。

 ログストーンと呼ばれるこの腕輪は今まで通ってきた道を示すものだ。装着している間に歩いた道筋を記録し、手をその上に置いたときだけそれを光によって表す。

 この道具があるから、悠真たちアースダイバーはマッピングという面倒な真似をしなくてよかった。




 悠真たちはログストーンの示す道に従い、すぐに入り口付近まで帰ってきていた。

 途中世界の悪意が出ることもあったが、すぐに桐生たちが殲滅する。入り口付近の世界の悪意は弱く、敵にはならなかった。


 そして、ようやく入り口の扉が見えるようになってきた頃、それは起こった。


「おい、見てみろよ」


 突然立ち止まり指を指す桐生。その先を見るが、最後尾に立つ悠真にはその先は見えない。

 足立と八潮には見えたようで、目に見えてテンションが上がっていた。


「おお、宝箱じゃーないですか」


「運がいいですね」


 宝箱の中には便利なもの、マジックアイテムと呼ばれるものが入っていると知られている。それは高く売れるし、使えるものなら自分で使ってもいい。喜ぶのは当然だった。

 しかし、悠真は嫌な予感がしていた。

 なぜこんなに入り口に近く、目立つ場所なのにまだ誰にも取られていないのか。確かに後から宝箱が設置されることもあるらしい。だが、それだって珍しいことだ。

 それと同じことを、足立が言う。


「でも、なんでこんなに入り口にちかいのに残っているんでしょう。罠かもしれませんよ」


 その言葉に宝箱に駆けていこうとした桐生はその足を止める。

 三人は向かい合い、話し合い、そして、その顔を同時に悠真に向けた。


「よし、お前が行ってこい」


「あなたが行けばいいんです」


「そうだそうだ、お前が行ってこいや」


 その目は明らかに悠真の命を考慮していない。限りなく冷たく、限りなく悪意の籠もった目だった。


「さすがに、それは嫌だ。俺だって死にたくない」


 悠真はそう言うが、三人の目は鋭くなるだけだった。


「ああ? 逆らうのかよ。行ってこいって言ってんだろ? 行けよ。俺はお前をお情けで同行させてんだぞ?」


 声を低くする桐生。その声には何の迫力もなかったが、お情けで同行というのは事実だ。

 お金を稼ぐために、悠真はこの三人について行くしかない。


「……わかった。行ってくる」


 しぶしぶとそう了承し、悠真はその目を宝箱に向ける。


 まっすぐな道の先、そこにぽつんと存在する宝箱。本当に、嫌な予感しかしなかった。


 ゆっくりと、ゆっくりと近づく悠真。

 悠真には、自らの足音がやけに大きく聞こえていた。


 悠真が宝箱の前にたどり着くと、後ろから声が飛ぶ。


「おい、早く開けろよ!」


 声は桐生だ。本当に、嫌になる。

 悠真は恐る恐る手を伸ばす。そして、その手を宝箱にかけた。


 ――瞬間、ガタンという音が聞こえた。

 嫌な予感が的中したことを悠真は理解する。気休めにもなればいいと悠真はドライバーを両手に出し構えるが、その罠は、そんなことでどうにかなるものではなかった。


 気がつくと、悠真の体は宙に浮いていた。

 それは、床が抜けたということ。

 落ちる! そう思っても、もうどうにもならない。

 落ちるその間際、悠真を助けようともしない、桐生たちの姿が見えた。

 その顔は、宝箱が罠だったことだけに、ひどく落胆していた。







 暗闇の中、その穴の中、悠真は一人寝転がっていた。

 悠真は自ら目を閉じていた。まるで何も見たくないとそう言うかのように。


「どうして、こうなったんだろうな」


 悠真はそうつぶやく。目を閉じたまま、その右腕で顔を覆う。


「俺は、どうしようもないぐらいのつたない夢を追っていたのにな」


 こんな、世界の悪意が跋扈する地球の穴の中で、悠真は過去を思い返す。

 アースダイバー、それが持つ使命など、くそくらえだと嘆く。


「もう、あきらめてもいいですかね」


 言葉は絶対に届かない。あの人はもう死んでしまった。

 強烈な眠気が悠真を襲っていた。

 ここで眠ったらどうなるかなど、悠真は十分に理解している。


「……悠真」


 最後に、自分にとって特別な自らの名前を呟きながら、坂月悠真はその意識を手放した。

 眠気に身を任せ、悠真は死ぬ決意を固めたのだった。

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