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3 「……待てよ」

 

 悠真は中学生になっても夢を忘れることはなかった。


「あー、お前らは俺たちがなんで生きていられるか、そこんとこわかってるよな」


 歴史の授業中。先生が教室内に向かってそう言う。


「はーい、アースが私たちを導いてくれたからです」


 少しふざけた調子でクラスの誰かが当然だという調子で答えた。

 先生は頷く。


「そうだ。いつからあるのか知らないが、この世界には地球の意志が記される石版が存在する。俺たち人間はその石板を中心にして栄えてきた。日本にも一つあるな。どこが管理してるかは知ってるか?」


「はーい、政府でーす」


 また誰かがふざけた調子で答える。先生も別にそれを咎めはしない。当然だ。こんなこと小学一年生でも知っている。


「その通りだ。では今日はそのアースに関する一番最近の出来事についての話だ」


 先生のその言葉にクラスはざわつく。その誰もがこれから何について話されるのか、その内容を理解していた。


「みんな分かっているようだな。そう、今日の授業は地球を守る仕事、アースダイバーについてだ」


 悠真もアースダイバーという仕事については知っていた。

 約百年間無言を貫いてきたアースが、二十年前、突然全世界の世界石に同時に人間への願いを書き記した。

 人間はいつも導かれる側だったのだ。それなのに、アースが人間へ願う。それは前代未聞のことだった。


「二十年前、アースから人間へ惑星を浄化してほしいという依頼がなされた。それがアースダイバーの始まりだ。全世界の政府が公開した世界石に記された内容は教科書に原文がそのままのっている。悠真、読んでみろ」


 突然名前を呼ばれた悠真は急いでそのページを探す。

 すぐにそのページを見つけた悠真は、少し早口でそのページを読み上げた。


「……人間へ。あなたたちにお願いがあります。私は今、あなたたちの悪意を日々浄化し、循環させています。ですが、人口が増えすぎたがためか、浄化が間に合わなくなってきています。あなたたちにはその手伝いをしていただきたい。一か月後、各地に地球穴を開きます。私はそこに世界の悪意を実体化させる。それを物理的に討伐してください。それで浄化は完了します。では、人間。期待しています」


 先生はそのすべてを聞き終えた後、大きく頷く。


「悪意の浄化とは何なのか、それははっきりしたことはわかっていないが、俺たち人間はその手伝いをすることに決めた。とにかくそれは地球にとって悪いもののようだしな」


 そこで、生徒の一人が手を挙げた。


「先生、アースダイバーは特別な力が使えるって本当ですか?」


「ああ、本当だ。アースダイバーは地球から悪意を浄化するための力が授けられる。悪意は俺たち人間が作った科学兵器では太刀打ちできないらしいぞ」


 先生の話す内容は生徒にとってとても興味深い物らしい。へーという声がみんなから漏れる。いつもは眠っている人たちも、今日ばかりは起きていた。

 しかし、ネコカフェという夢をもつ悠真には、なんでみんなそんなに楽しそうなのか疑問だった。

 だって、アースダイバーという仕事は命がけなのだ。悪意と戦って命を落とした人の話も聞いたことがある。悠真はそんなのはごめんだった。


「お前ら、楽しそうなのはいいが、アースダイバーは願ってなれるものではないからな? アースダイバーは年に一度、地球に選ばれた人たちがそこから三年間つく仕事だ。地球全体から選ばれるのはほんの一握りだ。まずお前らは選ばれねえよ」


「えー、先生は夢がないなあ」


 笑い声が教室のあちこちから漏れる。

 アースダイバーは危険と隣り合わせの分、その三年間を終えた人たちにはそれからの未来が約束されるらしい。

 夢はなんでも叶うという、そんな噂がたっていた。


 ガヤガヤとした雰囲気が教室に満ちていた。

 そこにパンパンと先生の手を叩く音が響く。


「おいおい、まだ授業中だぞ。話はまだ終わってない。次は、地球が呼び出す召還者のことだ」


 召還者という名前がでたとたん、教室は静かになった。生徒たちは先生の次の言葉に耳を傾けている。

 先生は続ける。


「召還者っていうのは、地球が呼び出す助っ人のようなもんだな。俺たち人間だけでは難しいと判断されたのかもしれない。アースはある日突然、召還するという旨を世界中に伝え、それを実行した。そうして呼び出されたのが召還者だ」


「先生、召還者はどこから来たんですか?」


 質問は委員長からだった。先生は答える。


「どこから来たか、それは実はよくわかっていない。だが、現在一番有力な説がある。それは、フィクションの世界から来たという説だ」


 先生の言葉に沈黙がクラスに広がる。

 先生は慌てたように続けた。


「お、おい、別に冗談じゃないぞ? 実際そう考えられているんだぞ? 理由だってある。召還者の多くは元の世界の記憶を持っている。そして、その記憶が俺たち人間が作り出した物語などに酷似していることがわかっているんだ。それに、敵である世界の悪意の姿も物語に出てくるモンスターに酷似しているんだ。な、俺が言うこともわかるだろ?」


 生徒たちは始めは半信半疑だったが、先生の話が本当の事のようであるとわかるとわっと一気に教室は騒がしくなった。


 そこで、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。


「お、もう終わりか。ワークを宿題にしとくからちゃんとやっとけよ」


 終わり際の先生の言葉にクラスからえーという声が聞こえるが、それを先生は意図的に無視して教室を出て行く。

 生徒たちは休み時間でもずっとガヤガヤとアースダイバーについて話し込んでいた。

 悠真は一人、その教室の片隅で次の授業の準備をする。



 どうにか今日も乗り切ったと、悠真は一人安心していた。

 後少しでシルがいつも住み着いている場所に着く。悠真にとって唯一の癒やしを目の前に、悠真は自然と早歩きになっていた。

 しかし、今日の悠真は運が悪かった。

 悠真の目の前に、三人組の中学生が現れる。

 悠真はその顔を見て、露骨に顔をしかめた。


「おい、坂月、ちょっと付き合え」


 どうしてこう、いじめっ子というものは三人でつるむのだろうか。悠真はただそう思っていた。


 路地裏に連れてこられた悠真は、三人に囲まれる。


「おい、お前、金持ってねえか?」


 僕は首を振る。これはいつもの問いだ。答えなんてこの三人も知っているだろうに、本当に、性格が悪い。


「おいおい、持ってる訳ないだろ? こいつ孤児院で暮らしてんだぜ?」


 その言葉に続いて、三人の笑い声。

 こいつらの声を聞いていると、心が酷く暗くなっていく。


「金がないならしかたないな。じゃあ、殴らせろ」


 言葉と同時に突き出される拳。理不尽など当然だった。


「っぐ」


 息が詰まった。的確に腹に向かって繰り出され、それは悠真に痛みを与える。

 悠真がうずくまると、続いて、別の誰かから蹴りが入る。


 もう、声も出なかった。


 それでも、悠真は今日をいつも通り過ごす気はなかった。

 たとえ、負けてもいい。ただ、なんとなく、いつも通りはいやだった。


「うるせえ。うるせえぇ!」


 がむしゃらに、腕を振り回す。

 突然の抵抗についていけなかったのか、誰かの顔にその腕がクリーンヒットした感覚を悠真は感じた。

 そのまま追撃をしようとするが、すぐさま別の方向から蹴りが飛んできた。


「っ、こいつ。生意気なんだよ!」


「……っ!」


 当然避けられるわけもなく、悠真に当たる。

 悠真の反撃はその一度だった。


 どれだけ時間が経ったのだろうか。三人はようやく満足したのか悠真から離れる。

 いつもより長かったかもしれない。悠真はそう痛みの中で思っていた。


「今日はこれくらいにしてやるよ。てめぇ、次に反撃したらただでは済まさねえからな」


 そんな捨て台詞を吐いて、三人は離れていく。

 いや、離れていこうとした。


「シャーッ」


 そんな音が悠真の耳に届いた。どこかで聞いたことのある音だと、悠真は痛みで閉じていた目を開く。


 ――悠真は、その音が誰の物なのかすぐにを理解した。

 横になった景色の中で、銀色の毛並みをした猫が三人に飛びかかる瞬間を見た。


「なんだこいつ!」


 三人の内の一人が反射的に腕を振る。

 今日の悠真は、本当に運が悪かった。

 ほとんど対象を見ずに振るわれた腕は、その猫を真横から吹き飛ばす。

 ここは路地裏だ。壁はすぐそこに存在している。

 その先の結末を、悠真は見たくなかった。だが、その光景は否応なしに悠真の目に焼き付く。


「……あっ」


 ドンという思ったより重い音がして、猫は壁に打ちつけられた。そして、地面に落ちる。


 ドサッという音が、悠真には確かに聞こえた。

 落ちた猫は動かない。少しも、動くことはない。


 三人は無言で、互いを見つめ合っていた。

 さすがに生き物の命を取るということはすこし抵抗があったのかもしれない。三人は足早にその場を離れようとする。


 悠真は、いつの間にか声をかけていた。


「……待てよ。……おい! 待てよ!」


 立ち上がり、その背中に向かい走り出す。先ほど打ち負かされたことなど、もう記憶には残っていなかった。

 拳を振りかぶり、それを背中に叩き込む。

 確かな感触があった。だが、相手は三人だ。結局、結末はなにも変わらなかった。


 悠真は再び路地裏に転がっていた。

 痛む体を抑え立ち上がり、その足を猫の下へ向ける。

 銀色の毛並みの猫。

 できれば違って欲しい。そんなかすかな希望を胸に、ゆっくりと猫に近づく。


 だが、やはり。


 悠真は思った。

 絶望は、いとも簡単にやってくる。

 希望は、いとも簡単に崩れ去る。


 あの日、院長先生が死んだ日、感じたように。


 悠真は絶望を目の前に、泣き叫んだ。

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