第百九十二話 ラース教皇国での出来事 その55
エイブラム司教が銃を出した時、シャーリーとソニンは目を見開き口に手を当てて動けなくなっていた。
ルルは何もせず立っていてウィルはルルを庇うように前に立つ。
俺は驚きで言う事をきかない身体を無理やり動かしエイブラム司教の銃を奪うべく詰め寄った。
しかし、出遅れたのと距離があった事から間に合わないと思い先にエイブラム司教を捕らえておけば良かったと後悔していた瞬間、エイブラム司教は銃口を自分のこめかみに向け引き金を引いた。
『パンッ!』
銃声が響く中、エイブラム司教は倒れた。
誰もが予想外の事に反応出来ないでいる中、俺は引き金を引く瞬間にエイブラム司教の口元が動いたのを見た。
『ありがとう』
俺にはそういう風に口を動かしたように見えた。
何に対してありがとうなのか?
最後に良心を取り戻した事に対して? それとも自分の無き妻と子供に対して言った事?
そもそも『ありがとう』って言ったのかどうかも分からない。
その真相は永遠に闇の中だ。
結果としてルルは生きていてエイブラム司教は死んだ。
そして、メイファちゃんも……。
エイブラム司教が最後何を言ったか、何を思ったか分からないけど最後は清き心を取り戻し昔のエイブラム司教に戻っていて欲しい。
でなければ、死ぬ理由もなかったメイファちゃんがうかばれない……。
「エイブラム司教……」
エイブラム司教の一部始終を見ていたルルが呟く。
ソニンとシャーリーはエイブラム司教から目を逸らしている。
「終わったんだな……」
ウィルがポツリと呟く。
そう、終わったんだ。
エイブラム司教とメイファちゃんの死によって……。
「……メイファ、帰ろうか」
ウィルはメイファちゃんの遺体を抱き抱える。
「メイファ……ちゃん」
「……」
シャーリーとソニンはウィルが抱き抱えるメイファちゃんの遺体を見て涙を流した。
こんな結末が待ってたなんて……。
「……ウィル様、申し訳ありません」
「ルルは何も悪くない」
ルルが謝りながら頭を下げたのをウィルは止め、メイファちゃんを抱き抱え歩く。
「……ハル、帰ろう」
「あぁ」
いつもと違い、声のトーンが低いウィルの声。
……かける言葉が見つからない。
「ロイとアリィにも言わないとな」
ウィルが気を使い、言葉を繋ぐ。
そうだ、俺よりも辛いはずのウィルに気を使わせてはいけない。
「そうだな」
俺はウィルの言葉に返答しシャーリーとソニン、ルルに目配せをして歩き出す。
俺はふと空を見上げる。
空から差す光がメイファちゃんが天国へ昇って行った道筋のように見えた。




