エアコン(らしき)魔法
「もうっ……もう無理!これ以上は流石に死ぬっての!」
「弱音を吐くとは情けないですね。そもそも貴方が寝過ごしたりなどするから悪いのです」
「だって昨日は大変だったんだし!俺さっき説明したよね!?襲われたんですけど!」
訓練場の芝の上で駄々をこねるバカが一人。誰がバカか!(セルフツッコミ)
黒いのに襲撃された翌日。訓練の開始時間を大幅に過ぎるまで爆睡していた俺は、足りない時間を質で補うためにいつもの十倍くらい厳しい訓練をやらされていた。あれ?俺って一応、ルナの客人だよね?扱い酷くない?
まあ、俺の扱いについては夕飯の時にでもちくちくと嫌みったらしくルナに言うとして。
「確かにそのような話は先程聞きましたね」
「そう!だから仕方ない!つーか元はと言えば城の警備が突破されたせいなんだからな!」
「ええ、それは確かに私達『フォーテンシア騎士団』の失態ですね。貴方が、本当に襲われていたとするならば、ですが」
「うぐっ」
そう、そうなのだ。実は昨日の襲撃の件に関して、リリィはまったく俺のことを信用していない。
彼女は自分の実力、そして何より部下である騎士団員たちに全幅の信頼を置いている。そんな彼女達と自分が城内への侵入を許すはずがないと思っているのだろう。もちろん、俺だって実際に襲われたりしなければその考えは全面的に支持する。
更に言えば、今回の一件はあまりにも証拠が少な過ぎる。例えば、俺以外にあいつの姿を見たヤツがいないこと。城内には『遠見水晶』という監視カメラのようなものがあるが、運悪く俺と奴が戦った一番外側の廊下にはそれが設置されておらず、なおかつ城のどこの水晶にも襲撃者の姿が無かったのだ。
そしてもう一つ、俺の話の信憑性を下げる要因がある。襲われた俺への被害が実質無いことだ。
昨日の夜、俺は確かに氷の刃のようなもので浅くとはいえ身体の数箇所を切り裂かれたはずなのだ。しかしメイドさんの治療が効きすぎたのか、はたまた俺の身に宿るめちゃんこ凄いパワーがこのタイミングで目覚めちゃったのかは知らないが、どういう訳か朝起きたら傷が綺麗さっぱり無くなっていた。ついでに巻いていた包帯も。
けれどこちらの方は解決するのは簡単だ。何故なら昨日の夜に俺の傷を見たのは俺一人だけじゃない。そう、あのラブリーで性格の悪い意外と優秀なメイドさんが治療してくれたのだ。あの人はその時に俺の傷を見ているッ!つまり――――
「メイドさんが証言してくれれば、二つ目はクリア」
残るは『襲撃者の存在』の証明だが、こっちはどうしようもない。俗に言うお手上げという奴だ。
まあどうせあの黒いのはまた襲ってくるだろうし、その時に現行犯で捕まえりゃあいい話なんだが。
「そろそろ再開しましょう。今日はあと三本仕合ったら終わりにします」
「オッケー。んじゃ、やりますか」
そう言って立ち上がろうとした瞬間、軽い眩暈に襲われて倒れそうになる。咄嗟に右手に握っていた訓練用の木剣で体を支え、事無きを得る。
「あっぶねぇ……」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、だと思う。たぶん動きすぎて体温が上がったのが冷え切ってないのに、急に立ち上がったからだろ。ただの立ちくらみだ。リリィの方こそ大丈夫か?」
「私は大丈夫です。冷気の魔法を使っていますから」
「うわ何それずるっ……」
しかしよく聞いてみると冷気の風で体を冷やすだけらしいので、実際は冷え過ぎて体を壊してしまうこともあるそうだ。エアコンみたいだな。
これは冷気――――つまり水や氷と相性が良く、魔法の才能もあるリリィだから気軽に使えるだけらしく、他の人が使うと大抵失敗してしまうらしい。どうでもいいけどちょっとドヤ顔のリリィ可愛い。でもやっぱり初奈の方が可愛い。ああ初奈に会って初奈酸を補給したい。
そんな邪念を持ったまま訓練に臨んだ罰が下ったのか、その後の残りの三本はいつもよりボコボコに倒された。……反省しよう。