闇夜の襲撃者
「あ゛~~~~~疲れたぁ~」
自分に用意された部屋に入るなりベッドに倒れこみ、情けない声を出す俺。だがしかし、これにだって事情があるのだ。今日も今日とて意味があるのかも分からない訓練に精を出し、リリィにボコられた。ぶっちゃけめがっさ疲れたのだ。アイアムベリータイヤード。
ちなみに腕前は徐々にだが上昇している。その結果、リリィに呼び捨てとタメ語を許可されたほどだ。実際は「姫様の客人が騎士に敬語を使うのもおかしいでしょう」と言われたからなのだが。そんなことはないんじゃないかと思ったが、堅苦しいのは苦手だったのでありがたくお言葉に甘えることにしたのだった。あっちは未だに丁寧語を使ってくるけどな。
「さってと、メシの前に風呂に入ろうかな」
有能なメイドさんがいつも通り沸かしてくれているだろう。あの人、態度はアレだが仕事は出来るのだ。ホント、人をからかう癖さえなけりゃパーフェクトなのに。
また意識が思考の海に揺蕩いそうになったので無理やり戻して立ち上がり、フォーテンシア製の天然繊維100%っぽい着替えを持って部屋を出る。そして浴場を目指して歩く。歩く。更に歩く。
「……広い。広過ぎる」
どうして金持ちやら貴族やら王族やらは一々無駄に広い家に住みたがるのだろう。威厳か?威厳がそんなに大切なのか?
「……にしても、流石にこんだけ歩いて風呂に着かないって程ではない筈なんだがぁ――――なッ!」
後方から飛んできたナニカを勘を頼りに避ける。今ほど神代先輩の教えに感謝したことはない。かもしれない。
神代先輩の教え、すなわち――――
「夜に距離を狂わせるのは敵の襲撃フラグってな」
魔法のあるこの世界で、夜の城内という絶好のスポットで。
ここまで露骨に条件が揃えばバカでも気づくだろう。灯りのあるホールや内側の廊下じゃなくて、一番外周の薄暗い廊下を歩いてたのもフラグだった。
「ッ!」
飛来した攻撃を避けた次の瞬間には、俺は既に敵に向かって走り出していた。こういう『結界系の襲撃』は大抵相手を倒してしまえば何とかなるらしい。実際に使う機会は絶対に来ないだろうと思っていた知識が役に立った。
もちろんその間も攻撃は容赦なく襲い掛かってくる。魔法と思わしき氷の矢。どうやら先程後ろから撃たれたのもこれのようだ。廊下の暗さと氷の透明度が合わさってかなり見えづらい、が。
「最低限、足と急所にさえ気をつけてりゃ案外何とかなるもんだなッ!」
相手が積極的にそこを狙ってきてくれたのも僥倖だった。数発喰らったが、かすり傷程度だ。後で
場内のスタッフに治してもらえば問題ない。あと初奈に甘えられれば。それは無理なんだけどね。
「う、らあああッ!」
黒いローブ?を身に纏った襲撃者を視認。それと同時に大きく踏み込み懐に潜る。拳を柔らかく握り締め、引き絞り――――撃ち出す!
「け、はっ」
鳩尾に打撃をモロに喰らった黒ローブはうめき声を上げ倒れかけるが、面倒くさいことに耐えて俺を突き飛ばす。
「っと」
攻撃後で多少体勢が崩れていたのもあり、思わずよろめいてしまう。その隙に黒ローブは一目散に逃げ出す。
「おい、待――――たなくてもいいか。別に」
日中の訓練と無駄に歩かされたせいで体力は既に限界に近かった。今から追いかけても追いつけないと判断して俺は、当初の目的通り浴場を目指す。すると割かしすぐ着いた。結界みたいなもんが解除されたのだろう。いや、元から結界なんて張られてなくてただ単に俺が迷ってたか道があまりにも長かっただけかもしれないが。
脱衣場に入るとメイドさんがいた。俺の姿を見つけるなりいつもの意地の悪そうな笑みを浮かべたが、所々から出血してるのに気づくと血相を変えて駆け寄ってくる。
「ゆ、ユウキさん!?どうしたんですかその怪我!?」
「いやー、ちょっとそこらでバトったらやられちゃって。湯に沁みたりするの嫌なんで何かありませんかね?」
「きゅ、救急箱はありますけど……包帯くらいしかありませんよ?」
「ですよねー」
仕方ない。せめて湯を汚さないように止血だけはしてから入ることにして、痛みは我慢しよう。
「あー、とりあえず、止血お願いできます?」
「分っかりましたー!」
いつもの胡散臭いニコニコ笑顔で元気に走るメイドさん。あれを見るとさっきの心配そうな顔は演技だったんじゃないかと疑ってしまう。
「お待たせしましたーって、うわわっと」
救急箱を片手に駆けて来るメイドさんがよろめいて倒れかける。幸い、途中で体勢を上手くコントロールして後ろに倒れて座りこむ程度で済んでいたが。スカートが盛大に捲れ上がったりしたら完璧な尻餅だったのに、きっちり押さえて倒れやがった。悔しくなんてないやい!
「メイドさんこそ大丈夫ですか……?なんかいつもより危なっかしいんですが」
「大丈夫です大丈夫です。ちょーっとフラっときちゃっただけなんで」
「ならいいですけど」
その後はメイドさんにからかわれ弄られながら止血を施され、風呂に入って夕飯を食って寝た。ちなみに以下の会話がメイドさんとの止血中のものだ。
「ユウキさん、結構良い体してますね……食べちゃいたいくらい」
「ダメですよ俺には好きな人がいるんですからお願いします」
「後半から欲望がダダ漏れですよー」
「しまった!」
「あはは、流石に食べちゃいたいのは冗談半分ですけどー。一緒にお風呂くらいは入ってあげましょうか?この傷に沁みないように入るのって大変でしょうし」
「え?マジですか?あと半分が冗談ならもう半分は?」
みたいなことを話していた。そして一緒にお風呂は涙ながらに断った。俺の心の中の初奈が悲しむ気がしたんだもの!(途中でヘタレた童貞の言い訳)
「それにしてもあの黒いのはいったい何だったのか……」
そこら辺の犯罪者がたまたま見かけたから襲ったってことはないだろう。第一、この城にそこらの奴が入れるわけがない。リリィを始めとした騎士団が24時間体制で警備しているからだ。
となると計画的に行われた俺の襲撃作戦で、なおかつやったのは城内の人間か関係者がいる奴ってことになるんだが……
「ダメだ。眠すぎて頭まわんねえ……」
今日は一段とハードな一日だったのだ。眠気が限界を突破していた俺は、考えることをやめて大人しく寝た。
寝てる間に暗殺とかされる可能性もあったことに気づいたのは、爆睡して寝過ごした翌朝だった。案の定リリィに怒られる羽目になったのは余談なので割愛。