第四晶
動物園のようだ。と、例えるのがここまで似合う状況は他にないだろう。全学院学園高等部の体育館には、多種多様な動物が互いを牽制するように存在していた。
これらの動物は、普通の動物ではない。先祖返りにより、人間の体から漏れ出た力だ。
「定義くん、逃げますか?」
更衣室から数歩出た体育館の端で、立ち尽くしていた定義の隣にいる少女が、緊迫した声色で話しかけてくる。彼女は秋梨秋。盾という絶対の防壁を身にまとう能力を持った少女だ。
「そうだね、幸運にも、この動物たちは僕たちに興味がないようだし」
本来であれば、暴走した先祖返りの力を奪うところだが、この数を相手にすることはできない。クリスタライズに変身したところで、彼が相手にできる先祖返りの数は三体が限界だ。逃げることが得策だろう。
「私の近くに来てください、盾で守ります」
促されるままに、彼女の手を握る。彼女の恐怖が震えという形で伝わってきた。
「今は、能力を使えるんだね」
「はい、盾によると、時代がまだ固定されていないようで、この体育館は何時でもなく何時でもあるそうです」
彼女は意味を理解しておらず、言われたことをそのまま話しているようだった。
「いつ盾の能力が使えなくなるかわからないから、クリスタライズに変身するよ」
彼の先祖返りの力を発揮させるためのベルトを鞄の中から取り出そうとする。
「あれ?ない」
鞄を開けると、見慣れた黒のベルトが見当たらない。
「時代の流れで別のものに変わったのではないですか?」
おそらく、盾の受け売りであろうどこかぎこちない口運びで、告げる。
「僕の能力は使えないってわけね」
「私の能力もいつ使えなくなるか、わかりませんし、早く逃げましょう」
暴走した先祖返り達は互いに互いを襲い、争っている。そのスケールは人間のそれよりもはるかに巨大であり、その余波を受けただけで、定義たちは死ぬ可能性がある程だ。
壁越しに、体育館の出口を目指す。普段であれば、二分もかからないのだが、恐怖が伴い、体感時間を引き延ばしていく。
綱渡りのような道のりの半ばに差し掛かった途端、秋の手の力が定義の手を握りつぶすように強くなった。
「どうしたの?」
「時代が定まり始めました、早くしないと、盾が使えなくなります」
ついに、張りつめていた緊張が、彼女の心を犯しはじめたのだろう。逃げる足取りは徐々に早くなり、それに従い真っ直ぐ進むことも困難になってくる。定義は彼女がバランスを崩さないように、足運びで態勢を整える。
「落ち着いて、転んじゃうよ」
「そんなこと言っても、早くしないと盾が…」
消えてしまいますと、続けるのだったのだろうか、彼女の言葉は止まり、その歩も止まった。
「秋、もしかして、消えたの?」
「もう、だめです」
今まで、見たことない青ざめた表情だ。定義は、彼女の手を引き、無理やり進もうとする。しかし、盾を失った彼女は突然の事態に対応できずに、足がもつれる。
「せっかく、盾を手に入れたのに…」
自暴自棄になった彼女は、地面に倒れた体を起こそうとせずに、独り言をつぶやき始める。
暴走した先祖返りが無数に存在しているこの空間にいることは、自殺行為だ。しかし、彼女は周りのことが見えずにいる。
「秋、早く逃げよう、ここにいるのは危険だ」
体育館の端にいるとはいえ、先祖返り達は、互いに争っているので、いつその余波が人間を襲ってもおかしくはない。一度でも、その一撃を受ければ、重傷を負うことは免れない。
「そ、そうですね」
力なく微笑んだ彼女は、立ち上がった。自分が、どれだけの危険と触れ合っているのかを理解したのだろう。
震える彼女の手を握りながら、定義は思考を巡らせていた。秋の能力が消えた今、闇を操る自分の力を発揮したいところだが、彼の力も消されている。それどころか、彼の能力を封印したベルトすらも、消えてしまった。
あくまで、志藤道寸の能力は時代を操作する能力であったはずなので、その時代に合わせた何かに変わるはずなのだが、過去に遡り、ベルトが作られる以前の時代になってしまっているので、消えてしまっている。
だが、それならば、彼の能力の象徴する結晶はどこに消えてしまったのだろうか。
「もしかして」
瞬間、彼の思考回路が、煌めいた。結晶は、もともと彼の体の中にあった血である。それが過去に遡ったということは、その血が体内に戻ったということになる。
「どうしたんですか?止まったら、危ないですよ」
彼は昔を思い出す。闇を操り、思うが儘に生きていた日々を。
闇とは、見た目を指して名称しただけのものだ。実際には、彼の感覚を延長させることができる。
「きゃ!なんですか、これ?」
定義の体から、紫色の霞があふれ出てくる。秋は、その様子に驚き、悲鳴を上げた。
「これが僕の能力だよ」
闇を触手のように伸ばし、近くにいた先祖返りの体を貫く。
「見つけた」
彼が呟くと同時に、像の形をした先祖返りは砕けた。
戻ってくる触手は、赤色の液体を掴んでいる。触覚を延長し、先祖返りの体内に侵入し、血液を抜き取ったのだ。
彼の能力は、感覚を延長させる能力だが、触覚に限っては闇を用いて、触れることが可能になっている。
突然、争っていた先祖返りが消え、あたりが静寂に包まれる。そして、何十の瞳が定義を見つめた。彼らは、生存本能が働き、真に危険な存在を認識したのだ。
「秋、ちょっと失礼するよ」
何気なく、闇を使い、足を持ち上げ、彼女を両腕に抱える。いわゆる、お姫様ごっこという奴だ。
足に闇を集中させ、触れる力を地面に叩き付ける。その反動で、彼の体が宙に浮く。
それと同時に、彼がそれまでいたところは、火を纏う鳥が放った炎弾の餌食になっていた。
「危ないね」
無数の闇の触手を伸ばし、先祖返り達の体を貫通させる。脳内に大量の情報が流れ込んでくるが、このような事態には慣れているので、彼の脳は混乱しない。
正確に、体内の血液を掴み、体内に吐き出させる。
刹那、多種多様な生き物でにぎわっていた体育館は、気絶したクラスメイトで溢れた。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、静まり返った体育館。その壁に、背中を預けた己我定義は、隣で脱力したように倒れ込んだ秋梨秋に話しかける。
「落ち着いた?」
「はい…」
秋は、気絶している生徒たちを眺めながら、返事を返した。
「本領を発揮した先祖返りって、恐ろしいですね」
不思議と、その声色には、恐怖を匂わせる雰囲気はなく、坦々と事実を告げているようであった。
「秋だって、自分の能力を磨けば、これくらいのことはできるようになるよ」
「そしたら、定義くんを守れるでしょうか?」
定義の言葉を世辞と受け取ったのか、彼女は食い掛かるように質問をする。
「能力を失った僕は、とても弱いから、今でも守れるさ」
「そうですか…ところで、」
正常な判断能力が戻ってきたのか、だらしなく伸びた足に力を混め、立ち上がり、当たりを見まわし始めた。
「志藤先生はどうしたのでしょうか?」
「わからないんだ、闇で周囲を確認したけど、時間の乱れっていうのかな、混沌としていて、把握できない」
定義は、あらゆる感覚を延長させ、時間の流れが狂った学園の様子を探ったが、空間が安定しておらず、情報を得ることができなかった。
「大丈夫なんでしょうか?」
「あれだけ煽って能力の象徴であるリモコンを壊したから、志藤先生は能力を失ったと誤解するはずさ」
「見てて、辛かったです」
「能力が使えない状況では、ああいうことをするしかないよ、あとは、志藤先生の能力をクリスタライズで回収するだけさ」
志藤道寸は、おそらく能力を失ったと誤解している。クリスタライズで、能力の源である妖怪の血を抜き取ることは容易にできるであろう。
本来は、能力者の精神をすり減らし、奪い取るのだが、そもそもないと認識していると、抗う理由がなくなるのだ。
壊れたリモコンを腕に抱え、駆ける。体からは、大量の汗が弾き飛ぶが、今の彼にとってはどうでもいいことだ。
彼の意識を、ある一つのことが支配していた。
「押された押された押された押された…」
全力疾走し、息が絶え絶えになりながらも、彼は呟いていた。
時間を操るリモコンの中にあった[中]というボタン。これは、彼にとっての弱点だ。
彼の記憶を蝕む時代といっても過言ではない。
そして、そのボタンを、彼は押してしまった。否、押すことを強要されたのだ。
非情にも、リモコンはその命令を受け、時間を操り始めた。
彼には、わかる。高校生になった時と同じ兆候が起き始めている。
意識は、希薄になっていき、記憶が抜け落ちていき、高校生の時の自分に切り替わる。
おそらくは、教師から高校生という境遇の変化を刺激の少ないものにするためだ。
そして、高校生の記憶だけになった彼は、日々を過ごしていくうちに、教師としての記憶を取り戻し、一日程で完全な記憶を取り戻す。
何よりも、厄介なのは、リモコンが壊れてしまったことだ。これにより、彼は中ボタンの命令を無効化させる手立てを失った。
「来た!」
その言葉を契機に、彼の記憶と意識は剥がれ落ちていった。
闇を使い、学園の様子を確認していると、多大な変化が起きた。
今までは、様々な時間が混ざり合い、得られる情報を整理できなかったのだが、ある地点を中心に時間の乱れが収束し始めている。
「時間の乱れが収まってきたよ」
閉じていた瞼を開き、隣に座る秋に、状況を伝える。
「ということは、志藤先生の能力の影響が消えかかっているのでしょうか?」
「たぶんね、場所もわかった、とりあえず、そこに向かおう」
彼女を連れて、体育館の出口に向かう。皮肉なことにも、目的地は志藤が担任の教室であった。
「定義くん、どこに先生はいるんですか?」
「僕たちの教室だよ」
「先生の深層心理がそうさせたんでしょうか?」
「かもしれないね」
進むたびに、時代の揺らぎが収まっていることを物語るように、目に映る物が一
つの時代に統一されている。学校の備品は時代によっても、変化が少なく、判断しにくい。
それでも、異なる時代のものを同時に見れば違和感を覚えるのだ。
木で出来た腰掛と背もたれを持った椅子の中に、樹脂製の物が混じっていると判断がしやすい。
集団の中にあった樹脂製の椅子は突然、木製のそれに変化した。
「秋」
「どうしたんですか?」
真剣な声色で尋ねたことに驚いた彼女の表情を、見つめながら、これからする質問は愚問であると理解していた。
「僕たちの教室に近づくたびに、木製の椅子が増えている」
その意味を理解すると、彼女の表情に戦慄が走った。
「学園の椅子は、木で作られていません、少なくともこの時代では」
「能力を失っていない?」
そこで、己我定義は気づいた。志藤道寸は、先祖返りのことも、能力のことも、知らない。
ならば、彼自体が、能力を有しているという発想に至らない可能性もある。
そして、彼は誤解したのだ。時代を操るリモコンを偶然、自分だけが使えると。
「急ごう」
邪推かもしれないが、時代を操るリモコンを失ったことで、彼は金輪際、時代を
操ることができなくなると思い込むかもしれない。
そうなれば、この学園は永遠に時代の流れから取り残される。
「私たちの時代よりも、少し古いようですね」
「志藤先生の高校生だった時に、似ているような気がするね」
闇から得られる情報が急速に増えていく。ほぼ鮮明なそれが意識に焦りをもたらす。
「秋、ちょっとごめん」
触感を持つ闇で、秋の体を掴み自分の背中に乗せる。さらに、足元で闇を爆発させ、推進力を得る。ただ、走るだけではなく、飛ぶことにした。
悲鳴をあげる彼女を無視して、速度を上げていく。
目的の教室に近づき、扉を破壊しながら、飛び込んだ。
そこには、頭を抱え、呻いている志藤道寸がいた。その姿は、高校生の時よりも、幼くなっている。
定義は、その体に闇を伸ばす。中の妖怪の血を抜き取り、先祖返りとしての能力を奪うためだ。
神の悪戯か、偶然か、それとも肉体の防衛反応か。
血を抜き取る瞬間に、時代を操る能力が新しい時代を作り出した。繋がっていた二人を一つのものと見なし、ある時代の渦が学園全体に広がっていく。
ちぐはぐだった景色を一色に染め上げていく。その規模は、学園に留まらず、当たりの都市を巻き込んだ。
「起立」
その声に呼応するように、当たりにいた学ランとセーラー服を着た男女は木製の椅子から立ち上がった。
何が起きたのだ。突然、覚醒した意識に戸惑いながら、己我定義は立ち上がった。否、体が勝手に動き出した。
その時に、気づいた。声を出すこともできない。というよりも、夢をさまようように、体の感覚が一切ない。立ち上がった時も、足の感覚を感じなかった。
「礼、着席」
意思とは、無関係に体は動く。眼球すら動かせず、読めないタイミングで与えられる情報を丁寧に拾っていく。
今、視界には、教科書とノートが机に置かれている光景が移っている。ノートは教科書の下に重ねられ、その持ち主の名前がわからない。ただ、教科書の表示に書かれた情報から、これが中学生用のものだとわかる。
教師が前方の生徒との雑談を終え、授業が始まった。ノートを開く直前に、持ち主の名前がわかった。志藤道寸と書かれていた。
定義が、先祖返りの能力を奪おうと、闇を介して繋がった瞬間に、時代の変更が行われ、定義と志藤は一つの存在と見なされ、時代に対応した姿を与えられた。その結果、意識だけが残された。
この世界に、一切の影響を及ぼせないのでは、自分にできることは何もない。
それから、何時間も体を操ることができないか、様々なことを試みた。結果は、歴然であり、わかったのは、中学時代の志藤道寸の一日であった。
奇妙だったのは、誰とも会話らしい会話をしなかったことだ。事務的な連絡を一度されただけで、その時もおっかなびっくりに返答していた。人と接するのが苦手なのだろうか。
帰宅する時刻になると、そそくさと教室から出ていき、帰路に着いた。
寄り道することなく、家に着き、半ば急ぎ足気味に自分の部屋に向かう。
「はぁ」
ベッドに倒れ込み、何気なく、独り言をつぶやき始めた。
「二度目となると、記憶を取り戻すのがはやいですね」
そして、誰かに語るように、ところでと、呟いた。
「うまく、言い表せないのですが、なぜ私の中に、キミがいるのですか?己我定義君」
「私の記憶と意識が鮮明になるにつれ、キミの存在も大きくなりましてね」
どうやって、返答しようと考えていると、また彼が喋りだした。
「大丈夫です、考えるだけで私に伝わりますよ」
「意識だけでなく、その記憶も少し伝わっています」
どの程度知ったのだろうか。
「先祖返り…ですか」
「それにしても、かなりひどいことをしてくれましたね」
「動揺が伝わってきますよ」
「まあ、キミの知識のおかげで、自分の力がどういうものか認識できましたよ」
「こんな風にね」
掛け声と同時に、指を鳴らす。その導きに応じて、世界の形が変わり始めた。
「定義くん!」
目が覚めると、秋梨秋の膝に頭を預けていた。
「相変わらず、仲がいいですね」
からかうような、あきれたような声が聞こえる。飛び起きると、志藤道寸が笑っていた。
「志藤先生」
「最初に、言っておきますが、私に戦う意思はありません」
降参とでも、言いたいのか、無造作に両手を振る。
「僕たちが、戦うといったら?」
「君たちの目的は、暴走した先祖返りの能力を止めることでしょう?私は暴走していませんし」
「また、学園をどうにかする気なら、僕たちが止めますよ」
「何もしませんよ、というか、私には、時代を操る能力はいらないので、奪ってください」
驚愕だ。世界すらも、捻じ曲げる能力を持っているのに、それをゴミのようにしか思っていない。
「最初は、新しいおもちゃをもらったように、おもしろくて遊びましたが、飽きました」
「飽きた?それだけの能力を?」
いらだちを隠せず、煽るように問いかける。
「私の目的には、この力は役に立たない、むしろ遠ざけるような気がするのですよ」
「目的?」
これだけの能力ですら、叶えられない願いがあるだろうか。
「幸せな人生を送ることです」
「だとしたら、誤った時にやりなおしが…」
「そういうことをすると、人生の価値が下がるんですよ、経験者なのでわかりま
す」
定義は言葉を探していると、さらに彼は語り始めた。
「現実感が徐々に薄れていくんですよ、どこかから俯瞰しているようなそんな気分になって、リモコンが壊れたときは焦りましたが、その結果、現実に帰ってこれました」
「そうですか…」
定義とは違い、彼の能力は強すぎた。その結果、努力を跳ね除け、愛着が湧くこともなく、それどころか己の価値観を破壊しかねない危険性を秘めていた。
「ところで、無理やり押させたリモコンのボタンって、なんだったんですか?」
敵対関係にないと、理解した秋は話題を変えた。気を使ったのだろう。
「中です、中学生の中」
「なるほど、小中高大となっていたんですね」
「中学生の時は人が苦手でしてね、それをどこかトラウマのように思っていたんですが、いざ過去に行ってみるとなんのこともなくてですね、リモコンのボタンをはがすほどのことではありませんでしたよ」
笑いながら、そう語る彼は、嘘をついているようには見えなかった。
「では、定義君、私の時代を操る能力を奪ってください」
クリスタライズに変身し、銃を構える。
「モードチェンジクリスタル」
銃の形が変容していく。
{結晶化条件の達成を確認しました}クリスタライズが、無機質な日本語を話した。
「え?こんなの初めてだ」
普段とは、異なる形状に変化していき、どこか不格好なモノになった。何よりも、不思議なのは、六発の弾丸を込めることのできるリボルバーの仕切りが消えたことだ。
「まぁ、きっと大丈夫ですよ、何かあったら、私が時間を巻き戻します」
{CRYSALIZE} 銃口から、白い光が伸び、志藤道寸の体を貫く。
その光の糸を頼りに、赤色の液体が体からあふれ出てくる。そして、銃口の中に吸い込まれていく。
光が消えた後に、拳銃を確認すると、結晶が入っていた。取り出して、確認すると、定義がクリスタライズに変身するときに使う結晶と同じ形をしていた。ただ、色は薄い青色だ。
「現実感が戻ってきました、少し、残念ですね」
白いタイルが床に張られ、清潔感を漂わせる室内の中央には、机が置かれていた。長方形型の木箱のようになっている。
二メートル程の机上には、左右にモニターが三面鏡のように傾いて配置され、中央から見やすくなっている。中心には、視界を遮るようなものはない。
空いたスペースからは、一人の青年が緊張した面持ちで立っていた。
「所長、報告があります」
「それは、先ほど、部屋に入った時にも言っていましたね」
所長と呼ばれたのは女性だ。その見た目はまだ所長と呼ぶには若い。白衣を着こなし、整った顔立ちだが、奇怪なそれが目立つ。彼女の左目は青く輝いていた。
「それで、プロトタイプが結晶化に成功しました」
「詳しい報告書は作りましたか?」
微笑を浮かべ、座っている机から手を少しだけ伸ばす。意図をくみ取り、彼は三枚綴りの報告書を渡す。
「これで、全部ですか?」
「それが、時空が歪んでいたせいで、結晶化直前の情報しか、手に入れることができませんでした」
「それでは、仕方ありませんね」
青い瞳が瞬き、書類を凝視している。生身の目は、あいかわらず青年を見つめている。
「今回、結晶化した能力者の志藤道寸という男は、どうも時間を操るようで、その結果として、プロトタイプから送られてくるはずのデータが届かなかったんです」
「まぁ、いいでしょう、クリスタライズの結晶化の機能も正常に起動することがわかりましたし、あとは、結晶化させた結晶を使って、鎧装を作り出せることがわかれば、それでいいです」
「これで、鎧装を生成出来れば、戦闘班用の鎧装に着手できますね」
「正義君に早く試してほしいですね」
それではと、青年は振り向き、タイル張りの部屋から出ていった。その扉は上半分にすりガラスが取り付けられていた。その中心には文字が貼り付けられていた。
MK先祖返り研究所所長室と。




