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第三晶

秋梨秋は、辺りを見回す。人の気配がない広場だ。中心には、噴水が飛沫を上げている。

 先程まで、定義と先祖帰りが戦っていたとは思えない程、あたりは閑散としていた。

 二人の少女と、一人の少年が倒れている。彼女は、二人の少女をベンチに寝かせた。

「定義くん」

 呟きながら、少年をベンチに運ぶ。その頭を自らのふとももに乗せ、秋は微笑んだ。

「その男が好きなのか?」

 刹那、どこからともなく声が聞こえる。穏やかで渋い男の声だ。それを聞いた彼女は驚くことも無く、返事をする。

「わからないです」

 その男は、自らを盾と名乗った。秋が先祖帰りに襲われる直前、現れ、彼女を守った。現れたといっても、姿は無い。ただ、ある瞬間にその姿の片鱗を感じることが出来る。この盾は、先祖帰りの能力の一つであり、その使用者の秋梨秋が攻撃とみなしたものを防ぐ能力だ。防ぐときには、壁のようなものが発生したように、攻撃がある地点以降進まなくなるのだ。

 さらに、能力でありながら意識を持っている。この意識を感じ取ることができる者は、使用者のみだ。

「その割には、心を許しているようだが」

「人の好意を理解してください」


 それから、数時間後、定義は目を覚ました。

「おはようございます」

「おはよう」

 秋は彼の頭を撫で、そのままの勢いで、頬を優しくなぞる。少し、くすぐったそうに、目を細める仕草が愛おしく思える。

「疲れは取れましたか?」

「そうだね、でも、学校には行きたくないかな」

 精神的疲労が溜まるので、その姿にはあまり疲れが見えないが、その声色はいつもに比べて弱弱しい。

「家に帰るのですか?」

「そうしたいけど、家族には心配かけたくないから、公園にでも行こうかなと思ってる」

「だったら、私の部屋に来ませんか?」

「いや、いいよ、付き合ってるわけではないし」

「別に、そんなこと関係ないと思いますよ、それに私の先祖帰りの能力について知りたくないですか?」

 わかったよ、とやる気なさげに呟いた彼に向かって、満面の笑みを浮かべ、微笑んだ。



「どうぞ」

 定義は、秋の声に言われるまま、彼女の部屋に訪れた。

 学生用マンションの一室ということで、典型的な長方形型の部屋のワンルームだ。キッチンや、電化製品が壁に沿って、置かれている。

「私の部屋に人を入れたのは、初めてです」

「そうなんだ」

 ぬいぐるみなどのファンシーな小物が所狭しと置かれている。その雰囲気に隠蔽されるように、さまざまな書籍が本棚に並んでいた。人との接し方などのコミュニケーションについてのものが多い。

「いつでも、大丈夫なように部屋はいつだってきれいにしてます」

 二枚敷かれていた座布団の片方に座るように促す。彼は、会釈しながら、座る。

「何か飲みますか?」

「うん、お願いしようかな」

「コーヒーにしますか、紅茶にしますか?」

 コーヒーの粉末が入ったビンと、ティーパックを手に取り、秋は微笑んだ。いつも見る、笑顔よりもまぶしく見える。

「コーヒーで」

「わかりました、待ってくださいね」



 かなり甘いコーヒーを愉しんだ後に、秋は先祖帰りの能力について語り始めた。

「簡単にいうと、盾なんです」

「確かに、秋を襲った先祖帰りは壁に阻まれたように近づけなくなっていたね」

 気絶一歩手前の精神状態であったが、おぼろげに覚えている。その記憶では、先祖帰りのヒョウが、パントマイムのような行動をしていた。

「そういえば、聞きたいことがあったんだよね」

「何ですか?」

「先祖帰りの能力に目覚めたとき、誰かと話していたよね」

「気づいてたんですね、あれは盾と言って、私の先祖帰りの能力が作り出した意識です」

「そんな能力は聞いたことがないね」

 先祖帰りの暴走時には、本能的な行動をすることが多く、判別しにくいのだが、平時で扱う能力の片鱗を持っている。定義の場合は暴走時に、闇を体に纏っていた。

 そして、秋の暴走時には、人々の認識を変えるような現象が起きていたので、それから連想できる能力が彼女の能力になるべきだ。だが、彼女の能力は不可視の盾の出現と、意識の顕現。MKのデータベースにハッキングしたときに、暴走時と平時の因果関係が想像できない能力が存在するというデータはなかった。

「例外だね」

「そうなんですか?」

「今まで会った先祖帰りの中にはいなかったね」

「私は、先祖帰りらしく、能力を扱う人に会ったことが無いので、よくわかりませんが」

「そのうち、会うことになると思うよ」

「どんな方がいるんですか?」

「大抵は犯罪を犯してるよ」

「こ、怖いですね、定義くんもですか?」

「不正アクセス、公務執行妨害、器物損壊とか、いろいろあるよ」

「殺人は?」

「それはしてないよ、基本的に先祖帰りは殺人をしないよ」

「人間として、だめですもんね」

「そう言った理由ではないけどね」

「ん?」

「殺人を犯した先祖帰りは、MKによって殺される可能性があるんだよ、殺されなくても、なんらかの殺人罪をでっち上げられて、刑務所に入れられる」

「他の犯罪は大丈夫なんですか?」

「まあね、普通の人間になった後にも犯罪を続けたら、以前の罪も含めて罰せられるんだったかな」

「意外と、しっかりしてるんですね」

「何十年前に生まれた存在ではないからね」

 突然、秋が何かに対して、頷きだした。先祖帰りの能力で生まれた意識と話しているようだ。

「盾によると、盾が能力を使っているようです」

「盾というのは、先祖帰りの能力で作り出された意識のこと?」

「はい、そうです」



 どうにも、記憶が釈然としない。学園の校門をくぐった事は覚えている。それから、時代を操るリモコンを握ったところまでは覚えている。

 しかし、そこからの記憶が欠落し、気が付くと、夕暮れに染まる学園の校門を見ていた。もちろん、夕方になっていたので、帰宅したが、全く、授業をした覚えがない。それどころか、動画を編集してカットしたように、ぶつりと記憶が途切れている。

 物憂げに、夕食の味噌汁を啜っていると、妻が話しかけていた。

「どうしたの?朝も変だったし、帰ってきてからずっと黙っているし」

「いや、何でもないよ、心配させてごめんね」

 見え透いていたが、明るく振舞い、事あるごとに、夕食を褒めた。

「それにしても、この味噌汁、おいしいね」

「いつもはそんなこと言わないじゃない」

 彼女の表情が徐々に不安を帯びていく。

 これは駄目だ、やり直そう。

 手元に置いていたリモコンの巻き戻しボタンを押す。時間の流れが逆転し、もう一度、帰宅する。

「おかえり」

 いつもと変わらない笑顔を浮かべた。


朝、秋と待ち合わせをして、学園に向かう。

「今日も、先祖帰りに会うかもしれませんね」

 明るい表情で、彼女は呟く。

「何か、大きな事件が起きれば、そうなるかもしれないね」

「そういうことじゃ、ありませんよ」

「わかってるよ、先祖帰りの力を使いたいんだよね?」

 少女は自信に満ちた表情で、首を横に振る。否定の合図だ。

「いいえ、定義くんを守りたいです」

「僕を助けようとする人なんて、あまりいなかったから、嬉しいよ」

「感謝しても、感謝しきれないのは私の方ですよ」

 それから、数分が過ぎ、学園の校門に着いた。

 突然、秋がその歩を止める。彼女を確認すると、どうやら盾と会話しているようだ。首を何度かうなずかせている。

「どうしたの?」

「学校の中に不思議な力を感じるそうです」

 定義は一切その片鱗を感じていない。彼は元先祖帰りで、何度もさまざまな先祖帰りと戦った為に、先祖帰りの力を漠然と感じることが出来る。しかし、全くかけらも感じない。

 おそらく、高度に隠蔽した空間を作り出しているのだろう。しかし、秋の先祖帰りの能力の意識体である盾には、それをもってしても看破されている。盾は空間に不可視の壁を作り、それ以上の進入を阻むことができるので、かなりの空間把握能力を有しているのかもしれない。

「とりあえず、入ってみるよ」

 心配そうな彼女をその場にとどまらせ、定義は一人、校門を通り抜ける。

 瞬間、世界が変容し始めた。学園の姿が変わっていく。校門を完全に抜けると、学園の敷地は完全にいつも見ているものではなくなってしまった。

 しかし、それだけである。生徒に関しては、おぼろげながらも大半を知っている。生徒の表情や会話をかんがみる限り、彼らは学園の姿が変わっていることに気が付いていない。おそらく、指摘しても、理解できないだろう。

「定義くん」

 後ろを振り向くと、秋が校門を抜けていた。

「なんとなく、状況が分かりました」

「本当に?」

「はい、誰もいない校舎裏で話します」



「盾によると、時代が変わっているそうです」

 太陽の光が校舎に遮られた校舎裏で、秋は語り始めた。

「時間でなくて、時代?」

「時間ほどの厳密性が無く、人間が体感しやすい時代が変更されているらしいです」

 具体的な時間自体は正確ではない、漠然とした時間の集合体が時代である。たとえば、人間の時代に、縄文時代がある。それと同時間帯に、弥生時代も別の場所で成立していた。その為に、この時代は漠然としたものとしか、把握することが出来ない。

「それで、だいたいの時代なの?」

「それは断定できません」

「まあ、個人的には一昔前の建物のように思えるけどね」

「はい、校舎は一昔前の時代のものなんです」

「校舎は?」

「学園の雰囲気は比較的最近のものなんです」

「そうなんだ」

「はい、それで、その最近は過去なんです、なので、私はまだ先祖帰りしていないことになっています」

「じゃあ、今、盾とは会話できないの?」

「はい、それで、定義くんはクリスタライズに変身できますか?」

 定義は、すぐさま、ベルトを装着し、変身を試みるも、闇が現れない。

「盾の言ったとおりです、だとしたら、学園の雰囲気はおそらく、敵対者の力を最大限奪う時代に設定されています」

「これでは、先祖帰りと戦えません」



己我定義は友人の秋梨秋と、学園の廊下を歩いていく。雰囲気は、昔のものだが、その構造までは変わっておらず、歩を進める足に戸惑いこそあれ、目的地には向かっていた。

 自らの教室に入り、その変化を確認する。

 現在、この学園は先祖帰りの能力の暴走により、その時代が変更されている。その原因を彼が知る知識や、出来事で整理すると、このクラスにあるはずだ。

 彼は先日、先祖帰りの暴走の兆候である特殊な光が確認した。そのことから、暴走はこのクラスの生徒の誰かであるはずだ。

 それとなく、クラスの様子を確認するが、平常時とかけ離れている人間はいない。

「あれ?」

 定義の前方で、唸りながら教室を確認していた秋が呟く。

「どうしたの?」

 得意そうな顔で振り向いた彼女は、わからないの、とでも言いたげだ。

「知りたいですか?」

「いや」

「ええ?定義くんもわかりましたか?」

 本心では、全く分かっていないのだが、彼女を困らせたい衝動に駆られ、ついつい嘘をついてしまった。

「冗談だよ、何が分かったの?」

「定義くん、それは私と仲がよいから、冗談を言ったんですか?」

「まあ、そういうことになるね」

 秋が微笑みながら、何かを言おうとした瞬間に、予鈴を報せるチャイムが鳴り響いた。その音も、いつも聞くものとは違い、少しひび割れていた。それが彼女の気持ちを遮り、無言のまま自らの席に着く。

 定義もそれに従い、自分の座席に腰を落ち着かせる。その時に気づいた。

 彼は教卓に一番近い、座席である。最も先頭の座席だけは四座席しかなく、それより後ろには六座席ある。しかし、本来無いはずの五座席目があった。彼の隣のその先だ。

 そして、その席には彼が知らない人間が座っていた。

 悟られないように、その男子生徒を確認する。何処かで、見覚えがある。

「定義くん」

「今は、様子を見よう」


その後、彼が誰かはすぐにわかった。彼と話している人間が何と呼んでいるのかを確認しただけであったが、おそらくは正解だ。

 彼の名前は、志藤道寸。少し前まで、定義と秋に社会を教えていた教師だ。その面影は確かにあり、名前を聞けば、幼くなったのだと納得できる。

 生徒たちとも、いつも話しているかのように接している。

 少し、耳を済ませれば、会話の内容も十分に聞き取れる。

「ああ!やっちゃった」

 黒板で、チョークが折れた。女子生徒が、誤って折ったようだ。その生徒も、折ったことに驚いたが、何らかの大事にも至ってない。

 それを見ていた志藤が立ち上がった。そして、自身の学生鞄から、リモコンを取り出し、黒板に向かっていく。

「志藤、突然どうしたんだ?」

 彼を仲間と見なしていた生徒も、リモコンについては、知らないようで、不思議に感じているようだ。

「まあ、見てなって」

 二つに分かれた白い塊を教卓に乗せ、それに対して、リモコンの向ける。本来のリモコンであれば、赤外線を射出し、テレビを操作する部分だ。

「ま、き、も、ど、し」

 チョークは一切の歪みを残さずに、結合した。その動きは、現実の世界ではまず見ることは出来ないであろう不可思議なものだった。

 一言で言えば、逆再生だ。分裂する前に起こった出来事が全て、逆の順番で発生し、一つのチョークに戻った。

 一昔前、まだDVDが登場する前に、VHSというものが、テレビの録画媒体であった。それは、内部にテープが巻かれており、それにテレビの映像を書き写していく。その後、その映像を見たい場合には、巻き戻しにより、テープを一番初めに録画を開始したところまで、戻さなければならない。

 現実はそのような記憶媒体により、録画されていることはないが、志藤道寸にとって、このリモコンによる時代操作が、一番理解しやすいのだろう。

 定義は確信した。確実に、この男は先祖帰りだ。

 彼の時代操作の結界により、先祖帰りの能力を失い、人間になっているが、知識と経験がそう言っている。

 しかし、今は人間なので早計なことは出来ない。

「すごいね、何が起きたの?」

 今、起きた奇跡に周りが静まっているので、定義は話しかけることにした。さらには、近づき、リモコンについても、確認する。

「このリモコン、時間を巻き戻せるんだ」

 自慢げな表情を浮かべ、志藤道寸は説明をした。先程、直したチョークを黒板にたたき付ける。かけらが辺りに飛び散る。

 それの一つにリモコンを向け、巻き戻しを行う。その際に、巻き戻しを表す、三角形で作られたボタンを押していた。現実のリモコンと同じ使用方法で、時間を操作できるようだ。

「これって、僕にも使えるかな?」

「たぶん、駄目だと思うよ」

 志藤は躊躇無く、リモコンを渡してきた。それを手に取り、定義はチョークに先送りのボタンを押す。巻き戻しとは反対の意味を持ち、時間を進めることができる。

 しかし、石灰の塊に変化はない。

 おそらくは、先祖帰りの能力を使っているのは志藤自身なのだが、その能力をコントロールする為に、あえてリモコンを用いている。時間を操作する能力を当たりかまわず使用すれば、自分にも危険が迫ると、本能的に察知し、このような形にしたのだ。彼のボタンを押したという認識が、体の中に眠る能力を呼び出す。

「ほらね」

 それとなく、定義はリモコンの様子を確認する。一般的なリモコンと同じボタン配置になっているのだが、二つのボタンが引き剥がされており、電子回路が剥き出しになっている。その付近のボタンを確認すると、高というボタンがあり、そのボタンの右隣と左隣が開いている。低というボタンが入るだけではないかと憶測する。

「リモコンのボタンが取れているよ」

 一瞬、黙り込んだ志藤であったが、すぐに気分を変えたようで、返事をした。

「その二つのボタンは、間違って押したら、大変なことになるんだよ」



 定義と秋で、志藤道寸についての情報を調べた。それによると、ほとんど生徒が彼を知っているようで、その全員が同じような印象を持っていることだ。

 これは、短期間で志藤道寸という人間を学園の生徒だという認識を作る為に、突貫工事で生徒の記憶を書き換えたのだろう。

 そして、肝心の印象は、いい人だった。特に、具体例はなく、そう思われている。

 今は、気になることがあり、彼を校門の近くで待ち伏せしている。

「定義くん、とりあえず、いろいろ調べていますが、先祖帰りの力を使えないのに、どうにかできるんですか?」

 共に、行動している秋が、疑問を投げかける。この時代が操作されている学園では、定義はクリスタライズに変身できないし、秋も自身の先祖帰りの能力を使用することが出来ない。

「それは、彼について、いろいろ調べないことにはわからないね」

「でも、先祖帰りの暴走はクリスタライズに変身して、無理やり力を引き剥がせば、それで終わりじゃないんですか?」

 「いや、クリスタライザーで、先祖帰りの力を引き剥がすには、相手を疲労させる必要があるんだよ、でも現状では、変身ができないから、もちろん、弱らせることは出来ないし、力を奪うこともできない」

「別に、この学園の外でなんとかすればいいんじゃないですか?」

「彼が来た、この話しは後にしよう」

 彼女の言葉を遮り、一人で歩く志藤の存在を報せる。

「わかりました」

 それにしても、志藤は何故、一人なのだろうか。彼は時代を巻き戻す手品のような能力があるのだから、注目を浴びてもおかしくは無い。

「ああ、己我くん、秋梨さん、どうしたんだい?」

 校門の前に立っていたことに疑問を感じた先祖帰りが話しかけてきた。

「志藤くんを待ってたんだ」

 怪しまれることを秋に話される前に、会話の流れを支配する。この発言により、その理由を尋ねようとするのは至極当然だ。

「何?」

「今日はこれから暇?どこかに遊びに行かない?」

 これだけの情報を与えたのだ。これで、秋も口裏を合わせられるだろう。一瞬、彼女に目配せをする。

「悪いね、今日はちょっと用事があるんだ」

 申し訳なさそうに、彼はそう言った。

「じゃあ、明日は?」

「明日も用事があるんだ」

 表情が変わり、気まずそうなものに変わる。

「じゃあ、一ヵ月後」

 秋が驚き、声を上げるが無視をする。

「ごめん、無理だと思う」

「どんな用事なんですか?」

 問いかけに、彼は言葉が止まる。意味をなさない唸りのようなものを呟きながらも、返事を返した。

「それは言えない、それよりもさ、己我くんと秋梨さんで、デートでもしたら?」

 志藤は、秋に向かって話しかけた。明らかに、話題を逸らそうとしている。

「そ、そんなこと…別に付き合ってるわけじゃないですし」

 彼女は頬を赤く染め、少し気の緩んだ表情で、しどろもどろに返答した。怪しまれては今後の接触が難しくなるので、これ以上の詮索は止めにする。

「では、もう帰るね」

「じゃあ、また明日」



 志藤が校門から出るのを確認すると、秋梨秋が顔を真っ赤にして、質問をしてきた。

「定義くん、今日はこれからどうするんですか?」

「尾行」

「え?…デートですか、し、しかたありませんね、って、尾行!?」

 彼女の言動が全く理解できない。志藤に言われた通りに、デートをする気だったのだろうか。

「うん、家を突き止めるだけ」

「志藤先生をストーカーして、楽しいですか?そういう趣味なんですか?」

 突然、冷たい視線を浴びせ彼女は帰ろうとする。尾行をしたくないのだろうか。

「待ってよ、話したいこともあるんだ」

「何ですか?」

共に先祖帰りに支配された空間から出ると、志藤は本来の教師の姿に戻っていた。

「先生の言動、どう考えてもおかしいよね?」

秋は、前方と教師を遠めに見つめながら、返事をした。

「そうですね、今日とか、明日とかだと、確かに用事がある可能性はありますが、一ヵ月後にも用事があるというのは変ですね」

「学校以外での接触はしないようにしているんだろうね」

「そうですね、矛盾が起きちゃいますもんね」

「いや、問題は志藤先生と志藤くんの記憶が共有されているかどうかなんだ」

 彼は時代操作を己にどこまで使用しているのか、それは今後の為にも知っておきたい。もし、共有していなければ、学校外で大胆な行動にでても、学内では、危険に冒される心配がなくなる。共有していれば、学内外問わず、注意深く、接触や、尾行をしなければならない。

「そうなんですか?」

「だから、確かめたいんだよ、協力してほしい」

 突然、彼女の瞳が煌々と輝き、手を掴む。

「はい!なんでもします!」

 彼女の肩に手をかけ、抱き寄せるように体を引く。頬が触れるほどに近づき、歩調を早めた。

「え?定義くん?何するんですか」

「なんでもするんでしょ?」

「そ、それはそうですけど」

 周りからの視線が痛いが今は、考えないことにする。もはや、競歩のように進んでいるので、志藤との距離を詰めていく。

 追い越す瞬間に、ある言葉を呟く。

「秋、ホテルに行こう」

「え?」

 彼女の瞳から、光が消えうせる。瞬間、体中に激痛が走った。彼女の先祖帰りの能力、盾が発動し、体に攻撃を加えている。

 線祖帰りとの戦闘経験が豊富な為、吹き飛ばされていないが、長時間このままにしていると、体の骨が折れてしまう。

「己我くん」

 先程の発言を聞いていた志藤道寸は話しかけてきた。

「何言ってるんですか?」

 彼は微かな怒りを纏わせ、詰問する。

「冗談です」

「とても、冗談には聞こえませんよ」

「デートで、ホテルのレストランに行っては駄目ですか?」

 その発言に、安堵したようで、彼の表情が穏やかなものになる。

「そういうことですか、はやとちりでした」

「では、僕たちはこれで」

 秋から離れて、彼女の手を掴み、立ち去ろうとする。

「その前に一つ、何故、今日デートに行こうと思ったんですか?」

 知っている。この男は知っている。学校での記憶がある。そうでなければ、こんな奇怪な質問はしない。

「………」

「己我くん?どうしたんですか?」

「何、言ってるんですか先生、先生がデートをしたらっていったんじゃないですか」

 秋が代わりに答えてしまった。

「そうですか」

 志藤は、リモコンをカバンから取り出す。

「やはり、昨日休んでいたあなたたちは記憶の改ざんが正確に行えていませんね、本来であれば、生徒に言われたと認識するはずです」

焦る気持ちを抑え、彼のリモコンを注視する。先祖帰りの力に慣れているので、弱い精神支配には対抗できるが、直接その技を受ければ、一たまりもない。クリスタライズに変身しようにも、肝心のベルトを腰に巻いていない。

「先生、何でこんなことするんですか?」

 秋は向けられたリモコンの送信部を見つめながら、問いかける。リモコンの持ち主は、動きを止め、彼女を睨んだ。

「こんなこと、というのは?」

「先生が生徒にやってることです」

「その方が、生徒たちを導けるからです」

「それじゃあ、本末転倒じゃないですか?」

「結果的にそれが一番なので、仕方ないです」

「結果って……大人は形式的なものが必要だと思うのですが」

「子供というのは、たまに正論を言うから、面白いんですよね」

「何、言ってるんですか、先生?」

「細かいことはいいんです、先生に任せれば、うまくいきますよ」

 志藤は、穏やかな笑みを浮かべる。彼の持つリモコンから、緑色の光が迸る。

「では、また明日学校で、会いましょう」





「盾が防いでくれました」

 公園のベンチに座り、隣に腰掛ける秋が呟いた。志藤道寸は先祖帰りの能力を使用したが、彼女の能力である盾によって防がれた。彼は、まだ先祖帰りの存在を把握していないので、己の力に過信しており、術中にはまったのかどうかの確認を怠っている。

「助かったよ、秋がいなければ、危ないところだった」

「定義くんを守ることが出来て、うれしいです」

 優しく微笑んだ後、彼女の表情が曇った。

「定義くん、どうして突然、ホテルに行こうなんて言ったんですか?」

 ひりひりと肌が焼け付くような感触は全身を襲う。彼女の能力が発動して、攻撃しているのだ。盾は彼女を守るために力を使う。彼女の近くに、定義という存在がいるだけで、それを攻撃と見なし、遠ざけようとしているのだ。

「志藤先生と矛盾無く会話する為だよ」

「普通に話しかければよかったのでは?」

「こっちから、デートの話を持ち出したくなかったんだ」

 得体の知れない力に体を押される。

「確実に、先生に話しかけてもらわないと困ったんだよ」

「それで?」

 彼女は軽蔑の眼差しを向けて、言い訳を促す。

「その後に、デートという話題を出したかったから、デートといえばホテルかなと思ったんだよ」

「意味がわかりません」

 そう言う彼女の頬は赤かった。

「お、盾の力が消えた」

 しかし、彼女なりに納得したようで、皮膚から焦がすような感触が消えた。

「え、盾が?」

「うん、どうやら僕に不信感を抱いて、能力が発動したみたいだね」

 彼女の表情は青ざめる。そして、独り言を呟くように、何もない背後に話しかけ、盾に確認をとった。

 彼女の先祖返りの能力である盾は、彼女を守るためにその力を発揮すると自称していたが、それにしては、能力が過大すぎる。

 彼女の不信感を受け、対象の人間を遠ざけようとしたり、志藤道寸が作り出した学園に入る際にも、その全容を解説して見せた。明らかに、守る以上の力が発動している。

「定義くん、痛かったですか?」

 秋は盾の力に絶対の信頼を置いているようで、覗き込むように定義の顔に近づき、尋ねる。接近する程、彼女の顔の様子がわかり、頬に浮いた汗から彼女の必死さが伝わった。

「痛かったけど、そんなに焦るほどではないよ」

 落ち着かせるために、彼女の肩に手を置く。迫っていた体を引かせ、微笑む。

「そ、そうですか?まさか、こんな些細なことで能力が出てしまうなんて」

 肩に乗せられた手に、自らの手を重ね、深呼吸をする。彼女の表情が少し、安らいだ。

「秋の能力は、生活に支障をきたすかもしれないね」

「そうですね…」

 彼女は俯き、だらりと力なく手を下ろす。

「そういえば、定義くん」

 突然、顔を上げた秋は何かに気づいたようで目の前の少年を強いまなざしで見る。

「どうしたの?」

「もしかしたら、先生と話していたときにも力を使っていたかもしれません」

「でも、先生の表情に一切変化は無かったような気がするよ」

 もし、志藤が、定義同様皮膚を焼け付かせるような刺激を受けていたならば、何らかの反応を示すはずだ。定義の場合には、原因がはっきりわかっており、現状では解決できないと割り切り、痛みを感じていないように演じていた。

「だとしたら、先生には能力を使っていないとすると、私は定義くんだけに力を使っているのでしょうか」

「だと、思うよ、というか盾に聞いてみればいいんじゃないかな?」

 一瞬の沈黙の後、彼女は口を開いた。

「…覚えてないそうです、盾は忘れっぽいんです」

 定義は、自分の時のことは覚えていたのではないかと、心を過った。

「そんなことより、先生の能力ですよ、定義くん」

「そうだね」

「先生はリモコンで時間を巻き戻せるようでしたね」

 能力の持ち主が語っていたし、実際にそのような事象を起こしていたので、間違いはないだろう。リモコンの先を向けた対象の時間を巻き戻す能力だ。ただ、リモコン自体に能力があるわけではなく、彼の内に秘める力を意識的に発現させる為の暗示のようなものだろう。

「リモコンは飾りだけどね」

「盾も似たようなことを言っていました、本当にそうなんですね」

「うん、リモコンで自己暗示をかけて、能力を使っているんだと思うよ」

「なんだか、無意味な気がしますね」

「おそらく、とても強い力を持っていて、無意識に能力を抑えてしまっているんだね」

 感情の赴くままに、時間を操ることができれば、なんら問題はないのだが、人間の足が吊るように、眠たくなるとあくびをするように、人間には自分の意識ではどうしようもない生理現象がある。それが、もし能力にも影響を及ぼせば、意図しない形で力を使ってしまう。最悪の場合、時間を操る力が自分を殺す可能性だって存在する。

「そういうこともあるんですね」

「そのリモコンなんだけどさ、おかしなところがあったんだ」

「おかしなところですか?」

 それは、志藤に、リモコンを借りた時に気づいた。

「先生のリモコン、ボタンが取れてるんだよ」

「中古のリモコンということですか?」

「いや、そのことを尋ねたら、取れたボタンを押すと、大変なことになるって

言ってたんだよ」

「何のボタンかわからないんじゃ、どうしようもないですね」

 秋は半ば投げやりに呟いた。d

「高と書かれたボタンの両隣の二つが取れていたんだよ」

 彼女は、高と呟き始めた。空白のボタンに考えを巡らせているのだろう。

「高ということは、高いという意味ですよね、それならどちらかは低になるはずです、音量を変えるものが来るはずですもんね」

「僕もそう思ったんだけどさ、高があるボタンの行は右から、小、謎、高、謎ってなってたんだよ」

「それなら、小、大、高、低になるでしょうか?不自然ですね」

 使い安さ、わかりやすさが求められるリモコンにおいて、違和感のあるボタン配置になっている。

「それよりは、小、低、高、大の方が自然な気がするよ」

ボタンの大きさはすべて、等しく円なので、これも奇妙ではあるのだが、先ほどよりはリモコンらしいといえる。このままでは、時間を無駄にするようなことになりかねないので、話題を終わらせることにする。

「何はともあれ、それが先生の弱点になっていることに間違いはないと思う」

「でも、そんなことがわかっても、どうしようもないですよ」

「いや、方法ならあるよ」

 鏡がなく自らの表情を確認することはできないが、不自然な位、口角が吊り上がるのがわかる。

能力が使えない敵の空間で、無敵であるはずの敵を、知恵を巡らせ、打ち負かすこと程、心が浮き立つものはない。定義が、先祖返りの能力をいかんなく発揮できた頃を思い出す。その能力は、器用貧乏で、他の能力に比べてできることが多いが、決定打のようなものがなかった。しかし、相手の弱点を見破れば、何でもできる彼に敵はいない。

先祖返りと戦闘することが目的ではなく、正義を全うすることが本分であったが、戦う時の高揚は捨てがたいものがあった。

「なんだか、定義くん、怖いです」





「おはよう」

 己我定義は、やや緊張した面持ちの秋梨秋と、別次元の門を潜り、自らの教室に入り、生徒になりすましている志藤道寸に話しかけた。

「おはよう」

 時間を操れる先祖返りは、微笑み、挨拶を返す。その仕草は、昨日と打って変わり、記憶を消したはずの二人を訝しんでいることを物語っている。

「おはよう…ございます」

 遅れて、秋が志藤に挨拶を返す。その姿はぎこちなかったが、彼は気にしている様子がない。

 自分の席に付き、秋は定義を手招きする。隣に座っているので、首だけを動かし、反応する。

会話を持ち掛けている定義にすら聞き取りづらい程の声量で、秋は囁きかける。

「本当にやるんですか?」

「うん、といっても、秋が動いてくれなければ、できないけどね」

「とても恥ずかしいです」

「申し訳ないけど、君にしかできないんだ」

嫌悪感を全身から、漂わせていた彼女だが、その言葉に心が揺らいだのか、菩薩のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。

「その代わりに、一つ言うことを聞いてください」

 菩薩スマイルでは、拭えない程の邪な感情がそのセリフを媒介して、伝わった。




朝の眠たい授業を終えた、二時限目。歴史の授業は無音を極めていた。生徒たちは授業に集中しているわけではなく、次の体育の授業のことを考えているのだろう。

秋梨秋は、定義に頼まれたことを実践するために、ゆっくりと手を挙げた。

音ではなく、行動すらも静寂を強いられた空間に現れた変化に誰もが、反応する。視線を感じながらも、彼女はどうしたと尋ねる教師に目を合わせた。

「具合が悪いので、保健室に行ってもよろしいですか?」

「なんだか、具合が悪そうだな、顔が赤いし」




二時限目の終了を告げるチャイムがなり、生徒たちは体育の授業が行われる体育館に向かい始めた。定義は、学生鞄の中の携帯電話を確認する。メール通知を知らせる光の点滅が、暗闇を照らしていた。

定義は、何気ない動作を装い、トイレに向かい、用を足した後に、体育館の内部にある男子更衣室に向かう。迂回をしていたので、一番遅くに着いた。早くに来た生徒の中には、もはや、着替えを済ませ、ジャージに身をまとい、体育館で遊んでいる者もいる。

「はやくしないと、遅れちゃうなぁ」

 彼は更衣室の奥にある掃除用具を入れたロッカーの近くにある着替えを入れる棚に鞄を入れ、呟いた。

「どうしたんだい?君らしくないね」

 志藤は、慣れた様子で話しかけてくる。

「ちょっと、トイレに行ってたら、こんな時間になっていたんだよ」

「たまにあるね、授業には遅れようにね」

「最近は、自分の意図しないことが多くて、疲れるよ」

 定義の何気ない独り言にも聞こえる発言に、彼は何かを感じ取ったのか、踵を返した。

「どういう意味?」

「なんだか、昨日の記憶があやふやなんだよね」

 ついに、男子更衣室には、定義と志藤の二人になった。

正確には、もう一人いる。秋だ。彼女は体調が悪いふりをして、この部屋のロッカーに隠れている。その目的は、リモコンだ。おそらく、志藤は体育の授業の時には、リモコンを手放すだろうと考え、この瞬間を狙った。

今、するべきことは、志藤をリモコンから、遠ざけ、ロッカーに隠れた彼女がそれを回収するのを補助することだ。

「うわ!」

 何の脈絡もなく、バランスを崩し、時を操る先祖返りにもたれかかる。その様子は、まるで男子が男子を襲っているように見えるだろう。

 それを見た秋はロッカーから出て、リモコンが入っている鞄に近づく。

 まだ、時間が必要だ。

「どうしたの?」

「ごめん、志藤君、体調が悪いようだ」

「それは大変だ、早く、保健室に行かないと、申し訳ないが、体をよけてくれないか」

 まだだ。

「体が動かせない」

「しかたない、少し痛いかもしれないけど、力づくでどかすよ」

 まだ、物色している。しかし、このままでは、志藤が自由に動けるようになり、彼女の存在にも気づいてしまう。何とかして、動きを止めないといけない。

「志藤君、君、いい匂いがするね」

「は?」

 志藤道寸の動きが止まった。彼の全身に鳥肌が走る。一瞥すると、リモコンを掴んだ少女が笑いを堪えていた。

「冗談だ」

「困ったな、私には妻というものが…冗談か」

「アハハ」

自分の気持ちをかき消すように、大きな笑い声をあげる。

「さて、志藤君、いや志藤先生」

「記憶があやふやどころか、その様子だと、全て覚えているみたいですね」

 生徒の姿をした教師は、見下すような眼差しを浮かべる。

「秋、リモコンを取れたよね」

「はい、定義くんがたっぷり時間を稼いでくれました」

「秋梨、いつの間に、しかし、そのリモコンは私にしか使えませんよ」

 あくまで、冷静に応対する。圧倒的な能力を持ち、自分の有利は変わらないと確信しているのだろう。

「僕は昨日、先生に尋ねたことがあります」

 不気味さを装う為に、嘲笑しながら、ことを進めていく。

「ボタンのことですか?」

「大」

 罵倒するように、ねっとりと確実な発音でそう伝える。

「!?」

「一番右の外れていたボタンですよね」

「どうして、わかりました?」

「普通にわかりますよ、先生」

一旦、間を置く。

 「そして!そのボタンを今!リモコンに貼り付けます!」

 演劇のように芝居がかった様子で、高らかに宣言する。

「やめろ!」

 秋は、志藤の怒号に驚きながらも、用意してきた大のボタンを貼り付ける。

「さらに!なんと!残りのボタンも用意しております!」

 今の志藤道寸は、正常な判断力を欠いている。弱点を突かれ、さらには煽るような口上を受けている。まともでいることは不可能だろう。

先祖返りとはそういった性質を多かれ、少なかれ持つ。絶対の自信を持つ、ある意味では、現実に現れたアイデンティティーのような存在である能力を弄ばれているのだ。凄まじい屈辱だろう。実際に、体験した定義にはそれが痛いほどわかる。

「最後のボタンは、秋ではなく、志藤先生、本人によって、貼り付けてもらいましょう!」

 全力をもって抗うが、数々の先祖返りとの死闘を制してきた己我定義の体重を乗せた圧迫には叶うはずがない。秋は、罵声に怯えながらも、彼の指にボタンを貼り付ける。

「やめろ!やめてくれ!」

「さあ!その時だ!自らの手でリモコンを完成させましょう!」

 震える少女の手に握られたリモコンが、志藤道寸の手に張り付いたボタンに近づいていく。

「ああ…」

 ついに、リモコンとボタンは結合した。そして、そのままの勢いでボタンが押される。

「おっと!完成した喜びでボタンを押してしまいました!」

 彼の意志ではないが、能力の発動条件は完全に果たされた。そして、彼は知らない自分は何も書かれていないボタンをリモコンに貼り付け、押したことを。

 しかし、彼の能力は発動する。あくまで、リモコンは制御する為に、無自覚、無意識に生み出されたものだ。彼の押したという認識があれば、能力は発動する。例え、それが実際とは異なったボタンでもだ。

 実際、定義と秋は、ボタンの正体を当てられなかった。しかし、押したという認識があれば、いいので、このように彼の心を煽り、判断力を奪った。もし、志藤が先祖返りの能力について、知識があれば、このような事態は防げたかもしれないが、日が浅い彼は運がなかった。

「嫌だ!このままでは!はやく直さないと!」

 更衣室にある備品の姿が歪む。ボタンを押したことにより、異なる時代の代替品になり替わろうとしているのだろう。

 押さえつけられながらも、近くに落ちたリモコンを拾おうとする彼の目の前で、元先祖返りの少年は、リモコンを叩き割った。

「な、なんてことを!」

「定義くん、いくらなんでもやりすぎです」

 拒絶の籠った響きに、闇を操る先祖返りの少年は正気に戻った。

「しまった、昔のくせが」

 力の弱まった隙を狙い、志藤はのしかかっていた体を突き飛ばし、壊れたリモコンを掴み、更衣室から出ていった。

「とにかく、先生を追いましょう」

 クリスタライズのベルトが入った鞄を掴み、更衣室から出る。

「なんだこれ!?」

 体育館には、生徒がいるはずだが、一人もいなかった。特別な光を見ることのできる定義の瞳は虹色に輝いていた。

「どうして、クラスのみんなが先祖返りしているんだ?」

 動物園のように、様々な光に包まれた動物たちが体育館を埋め尽くしている。体育館の出入り口に立っていた志藤道寸は大声で叫ぶ。

「己我くん、そして、秋梨さん!私がみんなの電源を入れてあげましたよ、もうリモコンは元に戻りませんが、復讐だけはさせていただきますよ!」

 クラスメイトは全員が暴走している。以前、暴走して血を抜いた筈の生徒までが再度暴走している。

 己我定義はかつてない事態に焦っていた。

「さぁ、私が受けた以上の痛みを味わってもらいますよ」


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