第一章 残り七日間の命 7DAYS③
商店街の街頭が夜を照らす。そんな中、青屋は人通りはあるがそこまで人は多くない道を歩いていた。
アパートに帰る気は無かった。帰ったら確実に殺されるとわかっていたからだ。
人がいる所なら俺を殺そうとしている奴は手は出せないだろう、そう判断したから青屋はアパートに帰らなかったのだ。
だが、老婆が居なくなってからそんなに時間は経っていない。約三時間程度だ。
「……ゲーセンに行って時間を潰そうかな?」
このままでは精神的に不味いとわかった青屋は少しでも気を紛らすためにゲーセンを探す。見つけたが思ったより近い。歩いて二十歩ぐらいか。
この商店街、普通とは違って老若男女に受け入れられるために開発された商店街で、半径一・五キロにも及ぶ、ゲーセンから骨董品を取り扱う店まで幅広く経営されている巨大な商店街である。この商店街には取り扱われていない物はない、そんな噂すらある商店街だ。
そんな商店街の中の一つのゲーセンに入ろうとして、警備員に肩を掴まれる。
「きみ、ちょっといいかな?」
「……なんでしょうか?」
「免許証か何か見せてくれないかな?」
「はい、良いですよ」
青屋は財布から身分証明書である、学生証を警備員に見せる。
「まだ未成年じゃないか、もう遅い時間なんだ。親御さんが心配するから家に帰りなさい」
両肩を掴まれ、警備員にゲーセンの出入口に追い出される。振り返ると、警備員が両手を腰に当てて青屋を見ていた。ため息を一つつき、ゲーセンを後にする。
(諦めてコンビニで弁当でも買うか……)
オマケのため息を一つ。それと同時にコンビニに向けて足を運ぶ青屋だった。
「ありがとうございましたー」
感情の入っていない店員の声を耳にしながら、青屋はコンビニ袋の中身を再確認する。
ツナマヨおにぎり一つ、濁りが入った本格的なお茶五百ミリリットル一本、蟹玉丼が一つ。このぐらいではないと青屋は満足できないのだ。
「公園で食うか」
商店街を後にし、近くの人通りは良い道路間近の遊具もない狭い公園に着くと、ベンチに座って蟹玉丼の蓋を開ける。
両手を合わせて、プラスチックのスプーンを袋から取り出す。
「いただきます」
蟹玉丼を口に運んでいく。コンビニの方でレンジで温めてもらっていたので熱々である。
「あぐ、もぐ、はふ、お茶お茶。んくんく……ぷはぁ! うん、うまい!」
その後、スプーンが止まることなく、しばらく蟹玉丼に舌鼓をうっていた。蟹玉丼を食べ終わるとすぐにツナマヨおにぎりを食べ始める。パリッとした海苔に、しっかり握られた白米、味付けもしっかりしたツナマヨ。その三つが合わさって市販ながらとてもいい味だった。
「ふぅ……また今度買おう。絶対に」
実にくだらない理由だが、死にたくない理由が一つ増えた青屋は残ったお茶を飲み干し、そのごみを一つに纏めて結び、近くにあったゴミ箱に捨てて、意識を変える。
いつ来るかはわからない、けれど警戒はできる。近付いて来る者を怪しめばいい、簡単だ、と青屋は頷く。
「おや、君。まだ帰ってなかったのかい?」
声に気付き振り返ると、先程のゲーセンにいた警備員だった。
「ああ、帰れない理由があるし」
「親と喧嘩して家出でもしたのかい?」
「いや、そう言ったのじゃないんだ」
警備員は首を傾げる。では、何かと? そう言外に語っていた。だから青屋は苦笑しつつ答える。
「死なないためだよ」
そう言って警備員を見た。彼は呆れるのでもなく、不気味に思うのでもなく、
笑っていた。
「え?」
「君は気付かなかったのかい? いつもなら車も人も通るこの道なのに僕以外誰も通らなかった事を」
食べてるのに夢中でした、とは言えなかった。警備員は無返答に顔をしかめるが、気にせずに笑う。
「まぁいいさ、僕は君を殺す。理由は──別にいいだろ?」
警備員は懐から回転式の拳銃を取り出し、口元を歪ませる。その銃口を青屋にし向けると、さらに口元を歪ませる。警備員が手にしているそれは、モデルガンやエアガンとは全く違う雰囲気が出ていた。試さなくてもわかるほどの、本物という威圧感。
その銃口から逃げようと青屋は体を動かそうとするが、目が見開き、体が震えて言うことを聞かない。
(このままじゃ死んじまうぞ! 動けよ、動けよ!)
頭の中では逃げることに必死になっているのに、体は動かない。目で何かないかと探すが。
コツン、と青屋のおでこに拳銃が突き付けられる。警備員を見ると、歪んだ口から舌を出し、楽しんでいた。人を殺せることを喜んでいた。
「あの世とこの世から、サヨーナラー」
引き金を引く、その前に警備員の後ろで何かが落ちる大きな音がした。警備員がそちらに意識を向けた途端、それは大きな隙だった。
(行け───)
恐怖は目の前、だが相手は余所見をしている。なら────
(行けるッ!)
ベンチから転がるように立ち上がり、走り出す。これには警備員も驚き、呆然と立ち尽くすが、すぐに笑顔になる。
「あっはははは! 逃げるなよ、殺せないじゃん!」
「死にたくないし、殺されたくないから逃げる!」
そう怒鳴りながら、公園の外へと走る。目の前には道路だ、必ずといってもいいほどの確率で車がくるはずだ。
しかし警備員は笑っていた。
「無駄だよ、君は今日死ぬ。これは覆せない」
「ふざけんな! アンタ何様のつもりだよ、人の命を勝手に決めてんじゃなねぇ!」
公園の外に出て、商店街に向かう。とはいってもここの公園から商店街へは走っても五分はかかるだろう。だが、それしか頼りがないのは事実だった。
しかし、走っている青屋に対し、警備員は歩いているはずなのに、その距離は全く変わっていないように見える。
気のせいだ、そう判断した青屋は速度を上げる。
「ほらほらぁ、どうしたぁ? 鬼ごっこはおしまい?」
「くそったれ、どうなってる……」
商店街に来たには来たが、そこには誰もおらず、いるのは青屋と警備員だけだった。しかも警備員との距離は全く変わらなかった。
「面白いよね、これ」
「これ?」
そう言うが、警備員は何も答えず、銃口を青屋に向けた。
「冥土の土産、って言うのかな? 一応僕の力について教えとく。僕の力は僕が選んだ標的との距離を一定まで取る力。だから君がどれだけ逃げても無駄だったんだよ」
「んな……」
それじゃ今度こそ、と警備員は再び青屋のおでこに銃口を当てる。
「いやだ……死にたくない、死にたくねぇよ!」
「ざーんねーん、君はここで死にまーす」
「うむ、彼が死ぬのはちょっと困るな」
青屋と警備員とは違う、女性の声。それはどこからともなく聞こえてきた。声を聞いた警備員は辺りを警戒する。
「誰だ、出てこーい」
そう言いながら警備員は拳銃を辺りにばら蒔くように撃つ。しかし聞こえるのは弾く音。その結果につまらなそうに舌打ちをする警備員だが、弾切れに気付き、装填する。
今のうち、そう思い警備員から距離を取る青屋だが、警備員はそれに気付き、装填しながら青屋を見る。
「無駄だよ、僕が意識を保っている間設定した距離はけして変わらないよ。まあ、僕が気絶するか死ねば別だけど」
装填し終えた警備員は再三青屋に銃口を向けた。
「いいことを聞いた」
あの女性の声は上からした。警備員は面白いおもちゃを見つけたような表情をして、銃口を声のした方向へと向けた。その先には、少女が商店街を照らす街頭に腰かけていた。しかし逆光で少女の顔はわからない。
「君がどうやってそこに登ったのかは知らないけど、いい的だよ?」
「そんなのは気づいている。だが、こちらの方が楽しいだろう?」
声からして本当に楽しんでいるようだ。警備員もその楽しげな声に釣られて笑い、引き金を引く。それは少女に当たり、街頭から少女は地面へと落下した。
「くだらないことで時間を潰さないでくれるかな? メーワク」
「あ、ああ……」
「何を驚いているんだ君は?」
「んな!?」
先程の少女の声、それは後ろからだった。二人が振り返ると、そこには一言で言ってしまえば、白いところまで黒にしたメイド服といった感じの服装だった。髪は長く、腰辺りに毛先が見える。普通の少女なのだが、普通ではない所があった。目だ。ルビーのように紅く、電灯の灯りを反射して、煌めいている。
その少女は、存在そのものが異端さを放っていた。