上 通告と平穏
アメリカの宇宙ステーションから全世界に向けて放たれた一通のメールは、全世界を震撼させる威力を持っていた。
『残り二日で地球は隕石の墜落によって終わる』
なんでも、本来月の向こうを通るはずの彗星が、遠くの惑星の爆発に伴って飛来した破片に衝突して方向を変え、地球に向かっていると言う。
その宇宙ステーションの今までの功績は素晴らしく、誰もその話を疑う事もなかった。
あと一週間を待たずに今年を終えれるのに・・・。
各国の大名達はどうするかを迷った。
国民に知らせるべきなのか、それとも黙っておくべきなのか。
迷ったが、答えは中々早く出た。
世界に終わりを告げよう。
これは、全世界満場一致で決まった事だった。
最後だ。
どうせ最後なら、教えてやろう。
そうして、今俺はその内容をニュースで見るに至っているわけだ。
いいのか?と、俺は思った。
こんな事を世界に放送してしまって、暴動等は怒らないのだろうか?
そんな不安もあったが、何故だろう。世界は何時も通り回っていた。
決算売り尽くし!と、銘を打って、スーパーやらデパートで安売りが始まったりもした。
決算も何も、もはや金になんの意味も無いのに。
それでも、働く人は働いていた。
俺が見ていたニュース番組の中で、女性キャスターがこんな事を言っていた。
『私はこの仕事をしていて、今までとても楽しく過ごしてきました。今、私がここで皆さんに最後までニュースをお伝えすることに、私は一切の悔いを持っていません』
TVの中で、拍手が起こった。
俺も、拍手していた。
街でも、同じような事が起こっていた。
バス、タクシー、電車、新幹線は無料で走り、出来る限り誰もを会いたい人に合わせようとした。
TVでは芸能人が全員集合し、最後の時までパフォーマンスをやり続ける事を誓った。
お笑い芸人が、歌手が、マジシャンが、凡そ考え付く全ての人達がTVの中に集合した。
ああ、と、俺はTVを見ながら泣いた。
そして思った。
無駄じゃなかった、と。
今まで、俺達が何気なくでも生きていた事は、全く無駄じゃなかった。
TVに写る芸能人達は、これまでになく輝いて見えた。
『会いたい人に会って下さい。私達はここで、最後まで全てをやりきります』
TVの中で、演歌界の大物歌手がそんな事をいった。
そうだ。
誰か、誰かの所へいこう。そう思った。
親、親は何をしているだろう?
俺はすぐに電話を掛けた。
案外スンナリと、電話はつながった。
『もしもし?』
電話に出たのは母だった。
俺は涙を堪えながら、
「大丈夫か?」と言った。
『賢治かい?大丈夫って何がね?大丈夫よ。アンタは?』
「ああ、大丈夫だよ」
涙を堪えたいのだが、いかんせん、流れ出るものはもうどうしようもない。
『終わってまうってねぇ・・・』
電話の向こうで、母が言った。
「終わっちゃうな・・・」
俺も、答えた。
『母さんねぇ、アンタを産んで良かったと思っとるよ』
母は言ってくれた。
俺の目から、生まれてこの方流した涙より、もっと多いであろう涙が流れた。
「俺も・・・」
俺は無理やり声を絞り出して、
「母さんの息子で・・・、良かったよ・・・」
答えた。
言えた。
『うん・・・、うん・・・』
電話の向こうで、母が泣いているのが解った。
母は最後に、帰ってこなくてもいいから、会いたい人に会え、と俺に言った。
これが母との最後の会話になるのだろうが、俺はいつものように電話を切った。
涙を拭くと、もうそれ以上は流れてこなかった。
会いたい人―――
電話を見つめて、考える。
いや、考える必要は無かった。本当は心のどこかでさっきから思い出してはいた。
友人、のフォルダから、一人の女性の名前を探し出す。
こっちに越してきた折、分かれてしまった彼女だった。
会えるだろうか。
電話に出るだろうか。
考えているうちに、
プルルルルル・・・
電話が鳴った。
誰だ・・・?
ディスプレイを見る。
と、
今まさに、フォルダ内から探し出した、その彼女からだった。
俺はすぐに電話にでて、
「もしもし」と言った。
少し、声が裏返ってたかも知れない。
『もしもし?』
と、声がした。
間違いなく、あの声だった。
声は言った。
『会えないかな?』と。
『もう、着いてるんだ。そっちに』と。
俺は気づくと、答えていた。
「会おう」
と。
俺は部屋を出ると、バイクに跨って、いつもより賑わっている街の中を駆けて行った。
三話完結の話です。
楽しむ話ではありませんが、心が揺れれば幸いです。