*1* 転校生
中学2年生の未彩は、電車に乗っていた。
外はどんなに寒くても、電車に乗ってしまえば中はとても暖かい。それは暖房の
せいなのか、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた人々の熱気なのか。
未彩はこういう暖かさが苦手だった。〈人の温もり〉・・・未彩には無縁の代物
である。
未彩は、血も骨もすべて人造で、神から授かったわけでは、ない。
――あたしもちゃんとした人として、生まれたかったかな・・・。
そんな風に思うことがあるが、口に出しては言わない。言ってはいけない。
もしも未彩がそんなことを言ったら、祐貴は記憶を消し、また新たに偽の記憶を
植え付けるだろう。
それはどうしても避けたかった。今までで未彩が唯一残してこられた物・・・運
命を受け入れるための勇気も、すべて消えてしまうのだから。
未彩は一度、記憶の修正を受けたことがある。
・・・確か、小学2年生の頃、未彩は自分の本当の親が誰なのかをしつこく祐貴
に聞き、結果的に記憶を消されることになったのだ。
祐貴いわく、『少しのほつれをそのままにしておくと、セーターは毛糸の塊にな
ってしまう』のだそうだ。
もちろん本人は覚えていない。しかし、記憶を消されたココロは・・・
救いようのないほど荒れて、人と関わることを拒絶するようになった。
ガタン・・・ゴトン・・・ガタン・・・ゴトン・・・
もうすぐ駅に着くだろう。そうしたらまた、歩き出さなければいけない。
――どこに行きたいわけでも・・・生きたいわけでもないのに・・・
未彩には、『自由』なんてない。
人工生命体の一生にあるのは・・・束縛だけだから。
駅に着く。電車を降りる。改札を通り、学校まで歩く。
校門を通り抜け、クラスまでの階段を上る。
・・・単調な作業である。
「おい、高原ッ!!」
担任の声がした。未彩は振り向く。
「・・・はい」
どんなに無愛想とはいえ、未彩は先生に好かれていた。
祐貴が〔つくる〕時に、脳細胞を活性化させたせいで、未彩が毎度のテストで好成績を収めているからだ。
――あたしが取ってるんじゃないのに・・・
「お前、アンドウヒロヤって奴、覚えてるか?」
アンドウヒロヤ・・・あんどう・・・安堂 博也・・・
「1年の7月に、イギリスに行った人ですか?」
「ああ、そうだ。覚えているとは・・・さすが高原だな。」
――違うって、あたしじゃない・・・
「そいつが、また戻ってくることになってな。高原は頼りになるから、安堂のこともよろしく頼むよ。」
「は・・・はい」
――よろしく頼まないでよ・・・
「と、いうわけだ。さっそく、教室まで連れて行ってくれ。」
――え?
先生の後ろから、ひょこんと飛び出してきた影があった。
「案内されなくても大丈夫ッスよ、先生!!俺、ちゃんと覚えてますから!!」
170cmは軽くある安堂博也はそう言うと、あたしの顔を見て、言った。
「一緒に行こ、高原ッ!!」
心なしか、顔が熱くなった気がした。