第6話『アタイが高橋薐だ!』
えーと、これは所謂アレですか? ドアの向こう側では百合の花が咲き乱れてるってヤツ?
ちくしょう……なんてうらやまし――じゃねぇ! やるならてめぇらの部屋でやれよ!!
これは一度言ってやらにゃならんな。てなわけで百合百合ゾーンに突入するぜ! ヒャッハァー!!
「お前ら! 俺の部屋でなにヤって――ズコーッ!!」
部屋に入った途端に漫画のようなお約束のバナナの皮でも踏んだようにずっこける俺。
ベッドの上で雪に薐がまたがってる。ここまではそれっぽいんだが、奴らがやってたのはタダのマッサージだった……どうせそんなこったろうとは思ってたよ!
「お、裕哉じゃねぇか。おひさー」
「裕兄さん。おかえり〜」
奴らは俺の気持ちなんざ知ったこっちゃない様子で挨拶してくる。はぁ……なんか疲れたし、どうでもいいやと俺はテレビの画面に目を向けてそのまま固まった。
『あぁん? 最近だらしねぇな?』
「……なぁ、薐?」
俺、フリーズから復帰。
「おん? なんだ裕哉?」
「別にマッサージする時にテレビやらビデオやらを見るなとは言わねぇけどよ……なんで『ガチムチパンツレスリング』なんだよ!!」
普通はリラックスさせるために『世界の景色』とか『Nice boat.』とか流すもんだろ!? いや、『Nice boat.』は少し違うかもだけどさぁ……さすがにこれはないわ。
「ンなモン面白いからに決まってんだろうが。なぁ、雪?」
「はい。でも、私はお姉様が良ければなんでも……」
「ハハハ、愛いヤツだ。あとでたっぷり可愛がってやるからな」
「えへへー、お姉様ぁ」
子猫のように甘える雪を笑いながら撫でる薐。
精神が汚染されそうだからてめぇらの部屋でやれ。この、ある意味バカップルがっ!!
「雪、お前もお前だ! マッサージくらいでイヤラシイ声出してんじゃねぇ!!」
「だって……お姉様、力が強いから気持ちよくて、つい……」
「まぁアタイは力には多少自信があるからな! ハハハ!」
……そりゃあ、毎日毎日あんなぶっとい鎖を振り回してたら嫌でも力が付くでしょうよ。それで毎度毎度犠牲になる俺はたまったモンじゃないがな!
無駄にドヤ顔をしながら、レザーの上着のポケットから「タールもニコチンもヤバイ量です」と言わんばかりに『DEATH』と描かれた洋モクを取り出した女は高橋薐。苗字から分かるかもしれんが、俺の悪友である高橋雅矢の妹だ。
服装は上下レザー+鎖やらシルバーで常にジャラジャラさせてる。言葉遣いは聞いての通りの男言葉で、美里とは逆の『男装娘』だったりする。
雪とは見たままの仲だ。雪は薐を実の姉のように慕っていて、薐は雪を実の妹のように可愛がってる。時々行き過ぎてる気がしないでもないが、俺が口出すようなことでもねぇしな。
余談だが、薐はとあるバンドでギターを担当してたりもする。なんだっけな……そうだ、ヘヴィメタルとかデスメタルとかそんな感じのヤツ。
それはいいとして――
「薐、前にも言ったが俺の部屋は禁煙だ」
「チッ」
俺がライターを操作しようとしていた手を止めると、薐は舌打ちをしながらも素直に洋モクの箱をポケットに戻した。
俺は酒はやるが煙草はやらない。というか、煙草の臭いが苦手なんだ。よって、俺の部屋も当然禁煙だ。
「一服してから行こうと思ってたんだが仕方ねぇな。そんじゃ、アタイはそろそろ行くわ」
「ん? 今日はライブかなんかあるのか?」
「うんにゃ。ライブつーか、本番前の練習があんだよ。メンバー全員が集まっからサボるわけにもいかねーしな。じゃあなー!」
「それなら仕方ねぇか。またなー!」
「お姉様、またー」
「ああ、雪。明日アタイんち来いよ。さっきの続きしてやっから」
「あっ……。はい、お姉様……」
最後にウィンクを決めて薐は部屋から出ていった。つか……本当にマッサージだったんだよな? それにしては雪の顔がゆでダコのようになってるんだが……。
俺がそのことを雪に問いただすと――
「えっ……や、やだぁー裕兄さんったらぁ――!!」
「ちょ、おま! それ中に鉄板が入って――ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!!」
照れ隠しのあまりに暴走する雪に撲殺されかけました。これが俗に言う『満身創痍』って奴だな。マジで痛ぇわ……。
鉄板入りのカバンはすげぇ危険みてぇだから、良い子のみんなはマネすんなよー!?
その日は午後の出来事以外は特に大したこともなく過ぎていった。
一つだけ言えば、風呂場行ったら親父がマッパでポージングしてて「ん? 裕哉か。たまにゃー一緒に入るか? ハッハッハ!!」とか抜かしやがったんで、とりあえず手加減なしで延髄斬りかまして浴槽に沈めてやった。
日付が変わった直後くらいに部屋に戻って着替えて電気を消してベッドイン! 今日はもうやることもねぇし、さっさと寝ちまおう。
「ふあぁー、今日も疲れたぜ……おやすみぃー」
「おやすみー」
……どっからか声が聞こえてきた気がすんだが多分空耳だろう。
根拠はねぇが、なんだか良い夢が見れそうだ。そう決め付けて俺は毛布を被ると、すぐに眠りへと落ちていった。